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2014年5月

2014年5月27日 (火)

福島リベンジの写真

やっと福島でのポジを受け取ってきた。何れも東北本線の写真である。何枚かご紹介しようと思うので、暫しお付き合い下され。

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南福島駅は街の中にある感じだが、30分も歩くとこんな山の中の場所へ辿り着く。ここは上下線がセパレートしているので、結構綺麗に写る。ただ、貨物列車は長くて全編成はとても入らない。金谷川~南福島にて。

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上の写真と全く同じ場所で、50ミリレンズを使って。こうすれば短い編成なら全部入る。編成写真を重視する訳ではないので、こうした空の多い写真もいいだろう。この辺りは大体の普通列車でも4両以上で来てくれるので、何とか絵になると思う。

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日常の写真。駅員さんに聞いて、ICカードにお金をチャージしていた女子高生を撮らせて貰った。高校生らにとっては、スイカにチャージすることも珍しい体験なのだろうか。南福島にて。

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バックの雪山は、安達太良山。私が見つけた撮影地でも何でもなく、ガイド本を頼りに行った場所だ。この後で、旅行記に書いた「眼鏡の悲劇」が待っていた訳だが。松川~金谷川にて。

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郡山駅にて。何が撮りたいかお判りになり辛いだろうが、私自身がよく被っている制帽に何となく親しみを感じたので。人によっては汗取りのためにタオルを入れたり、色々工夫するものである。

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白石からタクシーを飛ばして出掛けた撮影地。午前中に行けばよかったのだが、午後は逆光になってしまう。ここは「上手くいけば水鏡も狙える」と撮影ガイドにはあったが、角度的に無理なようだ。2月のあのドカ雪の時に出かけていたら、とても行き着けない撮影地だったろう。タクシーの運転手さん曰く「あの時は60センチ雪が積もった」らしい。越河~白石にて。

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ここから3枚は、越河駅での撮影。私はどうも、「じょしこおこおせい」ばかり撮影しているようだ。何となく絵になるかと思って。写真を拡大して見ると、この時、右側の学生の横には既にスマホが置いてある。後でこのスマホを私が拾って福島駅へ届けた訳だが、今になって落とし主が判った。

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シャドーも撮り様によっては絵になる訳で。鉄道写真のジャンルに入れるのには無理のあるような写真だが、夕暮れ時は絵になる風景が点在するように思える。

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越河駅はカーブの途中にある。これまた撮り様によっては、少し、絵らしいものになるのではと思って撮った。ご覧の通り、ワイドレンズ・24mmで撮っている。レンズも使いようによっては楽しい写真が撮れると思う。

ご紹介できそうな写真はこれだけしかないので、ここまでとしておくが、私に根性があればもう少しは絵になる場所も点在しているように思える。

ご高覧の程、御礼申し上げる次第である。

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2014年5月20日 (火)

何年前?

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福島近辺での写真は、当分、お待ち頂くこととして。

近年、私共の職場では一部の例外を除いて、新車のバス車両が入っていない。理由は単純で、廃車の延長期限を12年から18年に延ばしたからである。一部のノンステ車を除いて、廃車の憂き目にあった車両は殆どない。

これは、ツーステ車が残っていた最後の頃、遊び半分で車庫内をうろついていて撮った写真。早くにノンステ化が行われた系統と行き先の表示を、自分で勝手に再現してみたのである。

ところが人間とは殊勝なもので、自分たちの車庫からこの車両がなくなったら、一体何年前の写真か判らなくなってしまった。記録では2012年2月撮影となっているが、それはただ単に現在のフォルダーに移した日にちかも知れないのだ。私の写真フォルダーもかなりいい加減で、きちんとした撮影年月が入っていないことが、ままあるのである。

このツーステ車を見ていると、随分前のことのような気がしてならない。現在この車両が北の地で、第2の人生を送っているらしいことは判るのだが、私の記憶がごちゃごちゃになっていて撮影日は記憶の彼方へと飛び去っている。

自分はしっかり物事を覚えている方だと思っていたけれど、いい加減なものである。
たったこれだけの写真で、何年前か判らなくなるとは…。

追記・廃車になった年度からして、撮影日は2012年2月で間違いないようではある。最近身辺で色々変化が大きいので、かなり記憶が薄れているようだ。

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2014年5月13日 (火)

リベンジ・オブ・フクシマ(2・3日目)

2日目(5月12日)

また、いきなり2日目から始まるが、前日のうちに福島まで出ておいたので、こう云うことになる。最近職場の人手不足が甚だしく、こうした形での旅行が増えた。

ともあれ、今回は2月の豪雪で玉砕した福島近辺の撮影のリベンジである。どう云うことになるか判らないが、やれるだけやってみたいと思う。

さて、少し寝坊して10時過ぎの列車で

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ここまで赴く。駅から徒歩30分くらいの場所に、お立ち台があると読んできた。

当の場所は

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行ってみると、獣道ならぬ「鉄みち」が出来ている。ここを登れば撮影地にありつけそうなことは、容易に察し出来る。

付近には美味しそうな

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ワラビが生えていて、もう少し時期が早ければ絶対山菜取りに夢中になりそうな場所だった。いや、山菜を採りに来たのではない。写真を撮りに来たのだ。一応、ちゃんと写真も撮りましただ。

駅まで戻り、昼過ぎの列車で次の

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ここまで行ってみる。ここは上り方面の駅間に、何箇所か撮影ポイントがある(らしい)。 

取り敢えず、徒歩20分あまりの撮影地まで、これまた

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薮道を行ってみる。この薮が、帰りに思いがけぬ結果をもたらした。

1時間半くらいだろうか、まあ満足行く撮影をして、帰りにまた薮を通ると潅木で眼鏡が外されてしまった。 私は裸眼視力が0.03くらいのド近眼なので、眼鏡を外されると全く見えない。それが、眼鏡を薮に引っ掛けられて、どこに眼鏡が落ちたか判らないのである。

大まかに言って

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こんな感じだと思ってくだされ。何も判らないまま、徒に時間を無駄遣いした。30分近くかかってやっと見つかると云う有様だったのだ。

別の撮影地も予定していたが、無駄足を踏んで暗くなってきてしまった。別の撮影地へは赴いたけれど、殆ど撮れずじまいで終わってしまった。

健康・良眼が何よりである。眼鏡の必要な自分にしてしまったことが恨めしい今日ではあった。

3日目(5月13日)

昨日よりは少し早起き(?)をして、一度、郡山まで出てみる。撮ってみたいアングルがあり、前回の2月の時に上手く撮れなかったのだ。

今回はフィルムカメラを持って来ているので、どんな写りになっているかは判らない。ともあれ大雑把に

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こんな感じの写真を量産する。郡山では乗務員の入換が激しいので、こう云う写真がある程度撮れる。

あと、関係ないけど

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こんなものも居たので、撮影に及ぶ。区名札は「鶴」となっているので新鶴見らしいが、大変遠くまで出張してきているものだ。因みに音はものすごく静かで、排気ガスも殆ど判らない。優れた車両だと思う。

さて、昼過ぎに福島行きで戻って、更に下って白石まで至る。本当は越河で降りたかったのだが、快速列車なので越河は通過されてしまう。タクシーを使って戻る形になった。

辿り着いた先は

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こんな辺り。雑誌にも載っている有名撮影地らしく、タクシーの運ちゃんも直ぐに了解してくれた。

列車の水鏡はうまく行かなかったようなので、田植えしていた農家のお婆ちゃんの水鏡でもどうぞ。

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ある程度撮って、今度は歩いて越河駅まで戻る。徒歩30分くらいの道のりらしい。途中で物騒な看板を見つけた。

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注意は判るけど、じゃあ実際に出会ってしまっても、どうしろと言うのだ。判らん。

ほんに雑誌の言う事はよく当たるもので、本当に30分かけて越河駅へ戻ってきた。だが、ここに停まらない快速列車を間に挟むため、次の列車まで1時間も余裕がある。
無人の駅舎内に盛んにツバメさんが入ってくるのでよく見たら、電灯に

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ツバメさんハウスが作られつつあった。そんなこんなの写真を撮りながら時間を潰していたら、 1時間などあっという間だった。

駅のベンチでスマホを拾得した。無人駅でどうしようもないので、福島へ持っていって届けることした。列車に乗っていたら当のスマホに着信があったので、福島駅へ届ける旨を伝えておいた。お役に立てたかどうかは判らぬが、落とし主に少しでも安心を与えられたらとも思う。

福島へ戻り、あっさり系のラーメンでも食べたくなったので、駅から7~8分のお店へぶらっと入る。

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頑固者だが愛想のいい親父さんが迎えてくれた。先日、とある食品漫画家が「福島に居ると鼻血が出やすくなる」などと在りもしないことを並べ立てたことに、かなり親父さんは憤りを感じておられたようだ。相槌を打ちながらラーメンと★を頂く。名古屋人が思っている以上に、地元の風評被害が酷いことを思い知らされた夜だった。

明日は、これまた2月に乗り損ねた阿武隈急行に乗りながら名古屋へ戻るつもりである。従って、旅行記としては以上にて〆。

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2014年5月 1日 (木)

愛知県の鉄道、全線制覇

先日、名鉄全線を完乗した。この頃、名鉄に面白さを感じてあれこれ乗っている内に、全線制覇をしてしまったのだ。

愛知県には、JRと名鉄の他に、以下の鉄道線が走っている。

名古屋市交通局
近畿日本鉄道
豊橋鉄道
名古屋臨海鉄道(あおなみ線)
愛知環状鉄道
愛知高速鉄道(リニモ)
東海交通事業

で、名鉄を乗り終えた時点で、自分の記憶をよ~く辿ってみたら、何のことはない、愛知県内で自分が乗っていない鉄道線は豊橋鉄道の市内線だけだったのだ。これは、自分の住む愛知県内の鉄道だけでも、全線制覇したいところである。その機会を窺っていたのだが、今日とうとう時間が捻出できた。

豊橋まで名鉄特急に乗って、豊橋の駅前から発車する市内線(路面電車)の乗り場へ行ってみる。

豊橋鉄道市内線の路線は、誠に簡単で、カタカナのイの字に似た形になっている。

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(豊橋)駅前から端を発して、井原と云う電停で二手に分かれ、赤岩口と運動公園前に一区間ずつ別れているに過ぎない。比較的簡単に乗れそうである。

運転系統も誠に簡単で、昼間は7分隔きに赤岩口行きと運動公園前行きが交互に来ることになっているらしい。取り敢えず、乗り場には

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こんな赤岩口行きの電車が待っている。パト電車とは物騒だが、とにかく乗ってみることにしよう。

乗ってみたら、本当にあっけなく20分ほどで終点の赤岩口へ着いてしまった。

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線路が終点の更に奥に延びて、逆方向に分岐しているので何があるかと思ったら、

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車庫があった。終点と車庫が兼ね備えられたのが、赤岩口の実態らしい。

これで、残すところは井原~運動公園前の一区間だけになった。赤岩口から運動公園前には直通の系統はなく(大体がが線路がそういう風に分岐していない)、先程書いたように井原電停からは赤岩口も運動公園前も1区間ずつだから、ここから運動公園前までブラブラ歩いてみようと思う。豊橋の市内を全然知らずとも、線路伝いに歩いていけばいいのだから、事は誠に簡単ではある。

井原交差点まで来て、ここで、線路の分岐点をよく確かめておく。

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今度、ここの分岐点を電車で通った瞬間に、自分は愛知県内の鉄道全線制覇を達成するのだ。

赤岩口から15分くらいだろうか、少し汗ばみながら歩くと、もう一つの終点の運動公園前に着いた。

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ここの井原~運動公園前は昭和57年の開業で、確か路面電車廃止が相次ぐ中では、全国でも最新に開通した区間である。ブツッと途切れた線路ではあるけれど、大変貴重な路線でもあるのだ。

最後の一区間を乗るべく、待ち遠しい思いで待っていると、すぐに電停の「電車が来ます」のLEDが点滅し始めた。来た電車は

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今度は、また、やけに古そうな電車だ。調べてみたら、これは系列会社の名鉄から譲り受けた車両だそうだ。折り返しに少し時間があるので、車内を徘徊してみる。

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新しい液晶モニターがつけられているが、その上の製造銘板が気になる。拡大写真。

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昭和30年!! 私より8つ年上である。当然の如く、完全に吊り掛けモーター車である。

発車を待つと、運転士氏が「では、駅前行き、発車します」と案内放送を入れて、クォーーーーーンとの音と共に、古参電車が発車した。

先程見た、井原電停近くで、あの合流点

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へと進入する。ガタガタとポイントを渡る音がして、電車は赤岩口へ延びる線路と合流した。ここから先は往路と同じ行程である。

豊橋駅前には、14時15分くらいに到着した。

これで、愛知県内の鉄道は全線乗ったことになる。今日はちょっとした記念日になった。

さて、これから先、自分はどうして行こう。私鉄も含めた全線制覇をするべきか。東京の地下鉄全路線などは、退屈過ぎて自分の性分には合わないかも知れない。だけど、日本の鉄道全路線制覇と云う、大きな夢に近付いていくのも面白そうではある。

全路線制覇のルールはどうしよう。ケーブルカーやロープウェイまで、鉄道として扱うのか? ロープウェイは個人的に鉄道とは思えないから除外対称だろうが、跨座式と懸垂式は鉄道の内に加えるべきだろう。と言って、無理にディズニーランドへ侵入して、跨座式に乗る気は起きない。

色々問題はあるが、やれるところまでやっていこうとも思う。

まずは、愛知県内の鉄道制覇を祝して、自分に乾杯である。

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