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2014年4月 6日 (日)

さよなら、瀬戸電の「赤い電車」

瀬戸電とは何のことかと思われようが、名古屋鉄道瀬戸線のことを地元の人間はこう呼ぶ。理由は簡単で、この線が名鉄に合併されるまでは「瀬戸電気鉄道」との名前だったからで、それを略して地元人は「瀬戸電」と呼んでいるのだ。

この瀬戸電には長い間、塗装された電車が走っていたが、今日4月6日の「赤い電車・さよなら運転」を以って、瀬戸電から赤い電車が消えることとなった。

私は幼少時、瀬戸電の瓢箪山駅からすぐ近くに住んでいた。私が現在のような電車オタクになったのは、この瀬戸電の存在がかなり影響していると思われる。何しろ物心ついた頃には、私は瀬戸電の電車に激しく反応していた。近所の市場へ買い物に行くのには必ず瀬戸電の踏切を渡らなければいけなかったが、母によると、私は「電車が1本通り過ぎるまでは、絶対踏切を渡ってくれなかった」らしいのだ。

そんな瀬戸電も近代化が進み、今般、全てが

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こんなステンレスの電車に置き換わることになった。それで、今日は昔住んでいた守山区へ出掛けて、赤い電車の最終さよなら電車を撮ってきた。

私は守山区に住んでいた頃、

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この踏切の近くに住んでいた。で、今日もその懐かしの踏切から、さよなら電車を撮ってきた。

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特製のヘッドマークをつけた、赤い電車が栄町へ向かっていく。髭のような模様のラッピングが鬱陶しいが、最後なので多少のデコレーションは仕方ないのかも知れない。

そして、この上り電車の約30分後に、本当に最後の赤い電車が、尾張瀬戸に向けて走って行った。

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方向幕は、一般営業ではないため、「団体」となって、行き先は表示されていない。もう少し早く撮りに来るべきだったと後悔が残る。

瀬戸電では、昭和53年に600Vから1500Vへの昇圧が行われている。で、その昇圧前に記念に撮った写真やら何やらがあるので、少しご紹介して行こうと思う。

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私の鉄道写真人生の1枚目は、この瀬戸電から始まっている。これは昭和51年2月に撮った、喜多山駅でのワンシーン。所用で出掛ける父についていき、撮った記憶がある。

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上の写真と同じ日に撮った、瀬戸街道を渡る電車。これは昭和48年以降に瀬戸線へ入った3700系電車だ。当時は「特急」の区分が瀬戸電にもあった。別に座席指定でも何でもないのに、当時は通過駅の多い電車は「特急」であった。

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私にとって、瀬戸電は「緑色の電車」のイメージが強い。昭和40年頃の瀬戸電では、赤い電車は専ら特急運用についており、普通電車はほとんどがこの緑色の電車だったのだ。潅木に隠れていてみっともないが、まあ昔の写真なのでお許しくだされ。昭和53年3月、喜多山にて。

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これも、昭和53年の喜多山付近での撮影。赤色の電車は当時は、2両きりの編成だった。パノラマカーを模した逆富士型の行先表示は、赤い電車にだけ許された特権だった。

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ブレていて申し訳ないが、急行運用に就く緑色の電車。大曽根駅付近で昭和53年に撮ったもの。尚、右端の黄色い看板のすぐ上に築堤が見えるが、これは瀬戸電と国鉄中央本線を結んでいた連絡線。上の方に見える盛り土線が国鉄中央本線だ。

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これも緑の電車。行先は読み辛いが「土居下」と書いてある。この当時、瀬戸電を栄町へ乗り入れさせるために土居下~堀川を廃止して、全列車を土居下で折り返させていた。

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これも昭和53年3月の撮影。当時の大曽根駅は地上にあって、こんな風景が繰り広げられていた。写真の702号は、後に谷汲線へ移って、谷汲線が廃線になるまで活躍した車両である。谷汲線移行後は、名鉄カラーの赤に塗り替えられている。

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矢田川鉄橋を渡る、3700系電車。これははっきりと記憶に残っていて、昭和53年3月18日の撮影だ。この翌日から瀬戸電は1500Vに昇圧されるため600V車を撮るために自転車をこいでここまで出掛けた記憶がある。

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これも、上の写真と同じ、昭和53年3月18日の撮影。昇圧に伴い、使わない電車は早い時間から大曽根の留置線へと回送された。これもその回送電車。2300系の中でも唯一、高運転台へと改造された2326号車が先頭である。

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瀬戸電昇圧に伴い、新しく配置された6600系電車。これはまだ使用される前の姿で、喜多山の留置線に留め置きされていた。今となってはこの6600系も廃止となってしまい、ピカピカの同車が写っているのは、我乍ら奇遇と言えよう。

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6600系・6704号車の車番。これも、使用開始前の写真で、記録によると昭和53年3月12日の撮影らしい。当然、車番もピカピカ。

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いきなり時代は動くが、これは記録によると、平成19年12月の撮影。この頃、瀬戸電には吊り掛けモーター車に車体だけ新造たた6750系と云う電車が走っていて、それを偶々写してあった。大森~印場での撮影。

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これも更に時代を経て、平成25年1月の撮影。小幡駅からすぐ喜多山寄りの踏切から撮影した6000系電車。この区間は近い将来、高架になる予定で、既に用地が取得されている。

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ちょっとややこしいが、6枚目の写真と同じ、瀬戸街道と呼ばれる広い道を横切る踏切での6000系の写真。既に、赤い電車が廃止されるとの噂は立っていて、意識して撮った記憶がある。これも平成25年1月の撮影。

写真の羅列となってしまったが、私にとっては切っても切れない縁の瀬戸電。その瀬戸電から、今日また、新しい歴史が一つ幕を下ろした。ステンレス電車は好きになれないけれど、瀬戸電そのものが廃止になる訳ではないから、現状を甘受するしかないのであろう。

赤い電車、今まで、有難う。

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コメント

こんばんは。
どれも貴重な写真ですね。
緑の電車はかなり古そうです。
シル・ヘッダの付いた窓周り、屋根の丸みや前面の形がすばらしいですね。
名鉄といえば真っ赤な電車のイメージですが
そちらでもステンレス化が進んでましたか?
いつか新型アルミ車で赤が復活すると良いですね!

投稿: vanagon714 | 2014年4月 7日 (月) 23時40分

おはようございます。
貴重な写真ありがとうございます。
昭和の古い電車に古い駅は味があっていいですね~。
とうとう赤い電車も淘汰されて銀ギラ銀の電車になってしまって味気なくなりました。
最後は派手な顔になってしまっていますね。
「さようなら・ありがとう」の系統板掲出時に3回ばかり撮りに行きましたが、赤い電車がたくさん走っているいちにもう少し撮りに行けば良かったと思っています(泣)
6000系も本線系ではまだバリバリに活躍しているのに、瀬戸電の方が先に廃止になってしまうのは以外でした。

投稿: N市のT | 2014年4月 8日 (火) 08時50分

>vanagon714さんへ
こんにちは。
撮影当時は何気なく撮っていた写真が多いのですが、今となっては…の世界になってしまいました。
緑色の電車は昭和初期の製造だそうです。リベットまるけの無骨な車体は時代を物語っているかなとも思います。別の線に移ってからですが、車内の写真もありますので、いつかご紹介できたらと考えています。
名鉄は赤い電車が主流でしたが、最近、本線系でもステンレスが増えつつあります。記録として、赤い電車を撮っておくようにしたいなと思っています。
ステンレス車両に赤いラッピングでもしてくれたら、今一度「瀬戸電」に足を向けたいと思っているのですが…。

投稿: vanagon714さんへ | 2014年4月 9日 (水) 17時45分

>N市のTさんへ
こんにちは。
撮影当時は何の考えもなしに、ただ「撮っていた」ものばかりです。ネガもすっかり変色してしまってお見苦しいですが、ご容赦下さい。
昭和初期の車両には、やはり昭和の駅が似合いますよね。喜多山駅は意外と現在でも当時の面影を残していて、ある意味貴重な存在かと思います。
ギンギラギンや髭のようなラッピングは、どうも個人的には頂けません。私もデコレーション前に出掛けるべきだったと悔いています。
本線系では6000系やそのすぐ後期の6200系などが現役バリバリで走っているのに、私も瀬戸線から先に淘汰されるとは思いませんでした。逆に言えば瀬戸電の方が、先に近代化する必要に迫られているのかなぁとも思います。何しろ栄町近辺は「地下鉄」ですものね。

投稿: N市のTさんへ | 2014年4月 9日 (水) 17時56分

日本中銀色になってしまうのは時間の問題?
いや阪急だけは残るかなぁ~

名鉄の赤い電車も減少しつつあるのですね。
瀬戸線・・・尾張旭には仕事で行っていましたのでおそらく乗ったことはあると思いますが余り記憶に無い路線ですが、のんびりとした駅であった記憶はあります。

投稿: suzuran6 | 2014年4月10日 (木) 05時16分

先般は拙ブログへコメント頂き、ありがとうございました^^
幼い頃から親しんできたものがなくなるのは寂しい限りですよね。
また、昭和の香りがするものがドンドン消えていくことも同じく…
味気ない無機質なモノばかりに囲まれて暮らすのは窮屈に感じます。
電車や鉄道系には疎いため、あまり気の利いたコメントが出来ずに
申し訳ございません^^;

投稿: 銀狼 | 2014年4月10日 (木) 18時59分

>suzuran6さんへ
こんばんは。
仰せの通り、日本中、銀色の嵐が吹き荒れていますよね。阪急のような特殊な会社は別として、銀色に制覇される日は近いと思います。

名鉄でも近年、本線系を含めて銀色がジワリジワリと増えつつあります。嬉しいのは特急電車が塗装系の車体で新造されているんですよね。まだ名鉄も、捨てたものではないと思っています。
尾張旭へ行かれたのなら、多分瀬戸電に乗っておられると思います。一部の例外を除いて、瀬戸電にはのんびりしたムードの駅が多いので、個人的には気に入っております。

投稿: suzuran6さんへ | 2014年4月10日 (木) 20時50分

>銀狼さんへ
こんばんは。
コメントを有難うございます。
貴兄のブログには昭和の香りのする記事が結構あるので、ちょくちょく拝見させて頂いております。先日も「SHOGUN」のことを書いておられましたが、あれも昭和真っ只中のグループでしたよね。
私が昭和として生きていた年数は、とうとう平成として生きた年数に追い越されてしまいました。でも、やはり昭和は学生時代などを髣髴とさせてくれるので、今でも忘れ得ない記憶になっています。
私が鉄道系の人間なので、こんな記事ばかりで、お気遣いをさせてしまって済みません。ただ、鉄道の中にも昭和の雰囲気を感じて頂けたら、大変嬉しく思います。

投稿: 銀狼さんへ | 2014年4月10日 (木) 20時57分

こんばんは。
良い写真をお持ちですね。この電車を見ると写真でしか見た事ないですが、掘り割りの中を走ったり、道路下の小さなトンネルを通るのにそこだけ上下線が一緒になるような光景を思い出すのですが、あのあたりは、どうなったのでしょうか?

投稿: すーさん | 2014年4月11日 (金) 22時22分

こんばんは
名鉄の知識はほとんど無いため、瀬戸電ってどのあたりを
走っているんだろう?状態で拝見いたしました。
緑の瀬戸電も貴重な画像ですね。
私は小~中学にあたりの頃のネガは手元になくて
撮影の記憶はうっすら残っているものの画像は拝めない状態です。
記録と保管をしっかりされているおさかなさんを見習わなければ・・・です。

投稿: kattsu-mqc | 2014年4月12日 (土) 18時29分

>すーさんへ
こんばんは。レスが遅くなり、済みません。
写真を始めた頃のネガが大半なので、色褪せているわみっともないわと、色々お恥ずかしい次第です。

>小さなトンネルを通るのにそこだけ上下線が一緒になる

ガントレットのことですね。あそこは撮影名地だったらしいです。私が写真を始める僅か前に廃止になってしまった区間です。
今でも基幹バスであそこを通るのですけれど、お堀はすっかり草で覆われ、あそこに電車が走っていたとは知っている人にしか判らない状態になっています。R=60なんて急カーブもあったらしいですね。今更ながらに凄い鉄道が身近に走っていたものです。

投稿: すーさんへ | 2014年4月16日 (水) 20時50分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。レスが遅くなり済みません。
私が旭川電気軌道がどこを走っていたのか全く判らないと同じくらいの、ローカルネタですね。ちなみに瀬戸電とは、名古屋の中心街・栄町から瀬戸物の街・尾張瀬戸までをほぼ東西に走る路線です。
私にとって、緑色や赤色の電車は憧れでした。私がもっと幼い頃は、茶色の電車も走っていました。そんな古びた鉄道でした。
記録は偶々、写真袋に汚い文字で撮影年月日が書いてあり、それで判りました。お遊びのまた下の次元で撮っていたものですが、今になって撮っておいて良かったと思っています。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2014年4月16日 (水) 20時57分

懐かしい写真ありがとうございます。

鋳鉄シューの鉄粉をまき散らしながら走る瀬戸電も完全に過去のものになってしまったんですね。
釣り掛け信者なのでホームで電車を待っている時、低い位置に前照灯がある電車が来た時の喜びといったらもう(笑)
短時間ではありますが、運が良ければ90キロ超走行も披露してくれました。

無塗装電車は味気ないですが、時代の流れなんですよね・・・

投稿: 企4 | 2014年4月27日 (日) 22時29分

>企4さんへ
名古屋に古くから住む方には、ある程度楽しんで頂けたら幸甚です。

最近は遠くまでを照らす必要性から、高い位置にヘッドライトを持つ車両が増えましたね。私もどちらかと言うと、低い位置にヘッドライトがあると喜ぶ性格です。
瀬戸線沿線に住んでいた頃は、線路脇の石が著しく茶色に染まっていました。凄い鉄粉を撒き散らして走っていた電車だと思います。記念に1個だけ、家のどこかにしまってある気がするのですが、忘れてしまってどこにあるものやら…。
四角い電車なのであまり速度は出さなかった気がしますが、90キロ超は知りませんでした。
ラッピンクでもいいので、一編成だけでも赤い電車に戻して欲しいなぁと思うのですけれどね。

投稿: 企4さんへ | 2014年4月29日 (火) 21時02分

こんにちは。確かに瀬戸線はなかなか新車をいれてもらえない路線というイメージがありましたが、いざ赤い電車がなくなってしまったら寂しく感じます。車種が豊富なのが名鉄っぽくてよかったのに銀の電車しかこないとちょっとつまらないですね。時代の流れだからしかたないですが…。
市バスも同様で、今はほとんどが見た目が同じで名ばかりのHやSばかりでたまにNやFがくるとおっ、て思いますね。

投稿: ジョウ | 2014年5月 3日 (土) 17時58分

>ジョウさんへ
こんばんは。
瀬戸線は元々名鉄ではなかったことと、単独路線であることから、中々新車が入りませんでしたね。然し、ここ数年の4000系投入で、事態が一変してしまいました。
赤い電車ばかりの頃は、6600系、6750系、6000系と見どころがあって楽しかったのですが、仰せのように銀色ばかりになると味気なく思います。あれだけボロイ車両ばかりの瀬戸線がこんな流れになるとは想像もしませんでした。
我が職場は最近気付きましたが、NやFって限定の路線に入ることが多いようです。乗る路線では乗りますし、乗らない路線では全然乗りません。乗れる時がちょっと楽しみでもあります。

投稿: ジョウさんへ | 2014年5月 3日 (土) 23時48分

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