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2014年3月

2014年3月31日 (月)

総武本線などの写真

パソコンの入院などで大幅に遅れていた、過日の銚子方面などの写真をアップさせて頂こうと思う。新鮮味に欠ける記事となってしまうが、どうぞお許し下され。

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いきなり形式写真からスタートしてしまった。横浜線用の6扉サハ。横浜線では205系を233系に置き換える作業が続々と行われており、233系には6扉車が存在しないことから、このラインカラーの6扉もボチボチ見納めが近づいてゆくことになると思う。埼京線の205系もほぼ全滅しているので、残る6扉車は、中央-総武直通鈍行の209系・231系に限定されていくことになるたろう。

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旅行記で書いた「モノサク」、物井~佐倉での、通常とは逆方向を向いた写真。反対を向いても程々に、いい写真が撮れる場所である。ぽっかり浮かんだ雲を表現したかったので、もう少し上を向けた構図にすべきだったと後悔している。

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モノサクの有名な踏切よりも少し物井寄りで写真を撮ると、こんな迫力ある写真も撮れる。高速で走る電車を一瞬で切り取るので、速いシャッター速度が要求されて、晴れの日でないと撮影は不可能に近い。風が強い日だったが、天気が良かっただけでも救われたかも知れない。

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モノサクの有名撮影地で撮った、貨物列車・96レ。殆どの方にはバレていたと思うが、同業者の方に話しかけられたように原色PFが来た。車号は撮影時には判らなかったが、フィルムを拡大して見ると、N市のTさんが言われた通りの2121号機のようである。

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一枚上の「モノサク」で貨物を構えていた方は、他に4名いた。その方々は、この構図で貨物を撮っておられた。私とは線路をはさんで反対側で、こちらの方が確かに迫力がある。しまったなぁと後から気付いたが、後の祭りである。それでも横須賀線直通の217系でこんな写真が撮れたから、これはこれで良かったのではとも思っている。

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上と同じモノサクで、線路から離れるとこんな構図の写真になる。午後はこちら側が順光となるようだ。5両とは短い編成の特急(「しおさい」)だが、総武線の閑散ぶりからすると仕方ないことの様でもある。

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日向駅から歩いたポイントでの撮影。あまり面白くない撮影地だったので、足元に咲いているタンポポ(右下手前)を強調してみようとしたが、見事に玉砕した。タンポポがもう少し群生していれば、もう少しは何とかなっただろうと思う。日向~成東にて。

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横芝駅から程近い場所で、自分で見つけておいた撮影地。編成は全部入らなくてもいいので、サイド気味に枯れススキが写り込んでくれればと思って撮影した。流れる川は、栗山川。横芝~飯倉にて。

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横芝駅前で撮った、ほんの日常の一コマ。これくらいの大きさの写真なら顔ははっきり判らないので、ギリギリ肖像権にはセーフと云うことにしておいて下さいな。この写真を撮って思ったのだが、私が撮りたいのは、日常にある一コマなのだ。お立ち台写真もいいけれど、そればかりだと「撮らされている」感じがしてしまう。今後はこういう写真を積極的に撮って行きたいと、気付かせてくれた一枚である。

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八日市場駅から、飯倉方面へ30分近く歩いた場所での撮影。バックがゴチャゴチャして、あまりいい写真にはならなかった。この背後には跨線橋があって、そこから撮ればもう少し趣の違う写真が撮れたかと悔やんでいる。田圃の広がる場所は、比較的撮影に向いてはいるが、稲が刈り取られてから田植えまでの季節は、あまり絵にならないと云うことを思い知らされた。

正直申し上げて、面白味に欠ける写真が多かったと思う。その場所その場所で、ベストなポジションは「お立ち台」だけではないのだと言うことを、もう少し意識して撮らないと、つまらないありきたりの写真ばかりになってしまうようである。

ご高覧の程、御礼申し上げる次第である。

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2014年3月22日 (土)

片道20分の旅---銚子電鉄

自宅用のパソコンが、緊急入院してしまった。暫くフィルムのスキャンが出来ない状態なので、こちらの記事を先行させて頂く。

JR銚子駅で、「銚子電鉄に乗ります」と言って有人改札を通り、2番線の先端へ行くと銚子電鉄の乗り場が見えてくる。

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銚子電鉄は、パスモも何もICカードは使えない。で、こんな殺風景な駅舎が2番線の先端にある。JR総武線とは反対方向へ向かうので、こうした形で十分なものらしい。

ホームへ来るのが遅かったから、既に次の電車は入線していた。銚子方の先頭車は、こんな車両。

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これだけだと、どこのお古かは判りかねる。が、反対側(外川方)を見ると、私でも判別がつく。

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これは、京王のお古だ。但し、Wikiで調べてみると、京王→伊予電鉄→銚子電鉄が、正式な履歴らしい。お古の、またお古と云うことらしい。そんな車両でなければ、ここには買い取りできない金銭的事情があるようだ。

早速車内へ入ってみるが

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悲しいほどにガラガラである。ご覧の通り、2両編成だが、なぜにこうする必要があるのかが理解できない。

10分ほど待って発車する。キイキイと車輪を鳴らしながら、2分もしない内に、次の仲ノ町へ到着する。ここは銚子電鉄の本社がある駅で、車庫も兼ね備えられている。ここから、「ワンマン」の表示がある車内へ、女性の車掌さんが乗り込んできた。

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お客は少ないから、一人一人に「こんにちは~。どちらまでですか?」と笑顔で切符を売りに来る。丁寧、親切な応対だ。非常に好感が持てる。
私は終点の外川まで往復するだけだが、往復料金と同じ値段で一日乗り放題の「弧廻(こまわり)手形」を販売しているとの情報は仕入れてきた。それで「弧廻手形はありますか?」と尋ねると「はい、ございます。少々お待ちください」と切符に手書きで、乗車当日の日付を入れてくれた。

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620円でこれだけの切符を販売してくれるのだから、マニア的には有難いことだ。地方私鉄もバカにしたものではないと思う。

車掌さんは乗車券発売と回収が仕事のようで、案内放送は普通にテープの音声である。

笠上黒生(かさがみくろばえ)という駅の手前で一旦停車する。テープでは「この駅で列車の行き違いを致します」と言うが、乗車当日は事故か何かで臨時ダイヤのため、行き違いはなかった。列車が一旦停止したのは、その事故の影響なのだろうか。ショベルカーも車外に見える。

行き違う列車もなく、電車はひたすら「クォーーーン」と走る。製造年月から考えて、抵抗制御の電車だろう。私と、どっこいどっこいの車齢かも知れない。
途中の「海鹿島」も難読駅だろう。これで「あしかじま」と発音する。

かくして、途中で2ヶ所くらい海を望み、終点の

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へは20分で着いた。銚子と言うと漁港を連想するけれど、殆ど海沿いは走らなかったと言ってよい。犬吠埼のイメージもあるので、海が殆ど見えないのは意外な感じがする。

さて、停車時間は10分しかない。急いで終点の記録をしたり、硬券入場券などを買ったりして、ローカル私鉄に貢献する。因みに外川の駅舎内には

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かつての走行車両らしき模型と

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各種乗車券類が展示されていた。また、15年くらい前に乗った時にお世話になったと思われる、デハ801って車両が、ホーム先端に停まっていた。

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黒とローズピンクのカラーは見覚えがあり、「801」の車番も何となく記憶にある。多分、昔、乗ったのはこの車両で間違いないはずだ。

10分などはあっという間。すぐに折り返し発車のベルが鳴り響く。慌てて車内へ戻った。

今来た線路を引き返すだけだが、女性車掌さんは相変わらず丁寧で明るい応対だ。私も見習わなければと思う。

帰路も笠上黒生の手前で一旦停車した。何か、この駅であったらしい。

地元客と女性車掌さんが「今日は3つ団体が入る」とか喋っている。何のことかよく判らない。途中から子供の団体でも乗ってくるかと思ったが、そうではなかった。

それは兎も角、仲ノ町には車庫もある。往路で撮り損じたので、2枚ほど車両の写真を。

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こちらは、自分が乗ったのと同じ2000型車両で、ファンのために昔の京王カラーに塗り替えた車両だそうだ。

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これは元・営団の車両。これもファンサービスで、軌条方式は違えど、カラーだけを日比谷線時代に戻した車両だそうである。このカラーは、流石に私もちょっと見覚えがある。

帰路も20分ちょうどをかけ、銚子へ戻ってきた。前窓から見ていると、ホームに一杯の人だかりが見える。先程、女性車掌さんと地元の方が話していたのは、この団体のことらしい。かなりの人数が見える。

団体割引があるのかないのか詳しいことは知らないけれど、ともあれ、これだけのお客があれば、2両の電車でも意味があるだろう。1往復して、やっと、色々な意味合いが判ったのであった。

団体さんでも何でも、兎も角乗って頂いて、少しでもこのローカル私鉄に貢献して頂けたら…。自主経営再建を断念している私鉄らしいが、何とか生き延びて欲しい。そう願わずにはいられなかった。

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2014年3月15日 (土)

大まかに総武線を撮る旅(3・4日目)

3日目(3月11日)

前日と同じ8時09分の列車で、日向へ向かう。駅からさほど遠くない場所に、撮影地があるとネットで見てきた。

たどり着いた場所は

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こんな、ありふれた場所。佳景とは言えないが、編成写真なら撮れるような場所だった。

それにしても、今日も風が冷たい。3月とは思えない空気の冷たさを手に感じる。

何本かの列車を撮影した後、今度は銚子方面へ戻って

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この駅へ行く。ここは駅から近い場所で、自分で撮影地を見つけておいた。どんな写りになっているか、今回はフィルムを持って行っているので、今のところ不明。

昼過ぎの列車で更に銚子方面へ戻って、八日市場で降りる。駅から少し離れているが、田圃の長閑に広がる場所を車窓で見つけておいた。勿論、今は稲は植えられていないが。

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こんな名前の踏切を過ぎて、目的地までトコトコと歩く。

昼頃から、冷たい空気が少し緩み始めた。暖かいとは言えないが、少し気温が上がったなと思う。足元には

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オオイヌノフグリが咲いている。寒くとも、確実に3月にはなっているようだ。

撮る内に、陽がどんどん西に傾いてくる。16時前の列車を撮影して本日の予定は終了。

地図だけでは中々撮影地は見つけられものだが、何枚か、後日アップできるような写真が撮れていたらいいなと思いながら、銚子へと戻った。

4日目(3月12日)

ここまで来たからには、銚子電鉄に乗って帰りたい。以前にも乗ったことがある鉄道だが、もう15年以上前のことになると思う。今日は銚子電鉄と、成田空港へ立ち寄って帰る予定にしてあるから、それに従う。ただ、銚子電鉄のことについては、後日、別掲とさせて頂く。

銚子電鉄の時間の都合で、帰りは成田線経由で戻ることにした。一旦、佐原まで戻り、ここから成田線の支線・空港線に乗って、

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この駅へ降り立つ。ちょうど昼時にかかるので、空港で昼食をとることにした。1時間少々の時間がとってあるから、簡単な食事くらいは出来るだろう。

飛行機にはそれほど興味がないけれど、降り立ってみると面白いものでもある。列車の駅は地下に設けられているが、5階まで上がって「スカイレストラン」の表示がある店へ赴く。

私にしては珍しく、

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こんな光景を眺めながら、昼食のカツカレーを平らげる。時折、外国語の会話も聞こえる(当たり前だ)。昨日までの寒さがうって変わって、今日はコードが邪魔なくらい暖かい。

さて、昼食も終わったし、そろそろ帰らなければならない。成田空港までは、1時間に一本、総武線直通の快速がある。これで一気に東京へ出る予定にしてある。但し、普通車に乗っては味気ないので、

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こうした車両に乗ることにする。旅行で遊ぶ時の多少の贅沢は、お許し頂ければと思う。例によって

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ここの部分に乗って車窓を楽しむことにする。今や総武線の快速は、グリーン車に乗らないとクロスシートが楽しめないと云うのも、何かちょっとした矛盾を感じる。関東圏の鉄道は、詰め込み主義のロングシートが当たり前になってしまった。

成田空港から東京まで、特急もあるけれど、快速でも結構早い。1時間半くらいで、東京まで着いてしまった。楽しい時間は、いつも、あっという間に過ぎ去ってしまうものである。

かくして、寒さと暖かさが混合する3月の旅行が終わった。次は、どんな楽しみを作ろうか。今からワクワクしている自分である。

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2014年3月10日 (月)

大まかに総武線を撮る旅(1・2日目)

1日目(3月9日)

大まかに言って、総武線を撮ろうと思う。但し1日目の今日は、首都圏の通勤電車---205系や209系などを撮ってから、総武線終点の銚子へ赴こうと予定している。

名古屋で新幹線の自動改札を通ろうとしたら、いきなり「ピンポーン」とブザーが鳴って、行く先を塞がれた。有人改札へ赴いたが理由が判らない。「まあ、ちゃんと乗車券は通っていますから」とスタンプを捺されて、改札を入る。

新幹線車内で検札を受けて気がついた。今回は205系などを撮るために新横浜で新幹線を降り、横浜線・東海道線・南武線・武蔵野線を経て総武線に入る乗車券を作ってもらった。ところが、新幹線の特急券は、間違えて東京までのものを買っていたのだ。新横浜までと東京とまででは特急料金も経由も異なってくる。それで改札をくぐれなかったのだ。二重に悔しい思いをする。

さて、新横浜で降りて、205系を撮る。と言っても横浜線では、6扉車が撮りたいだけだ。横浜線では233系化が進みつつあり、6扉のサハ204は近い将来なくなりそうなのだ。それだけ撮れれば、横浜線の用は事足りる。

東神奈川へ出て目的を済ませ、京浜東北線で川崎まで出たら、今度は南武線に乗り換える。途中の鹿島田駅で形式写真を撮る。南武線では普通の205系が主流だが、先頭車化改造の205系や209系も存在する。それを撮るのが目的だった。

Dscn6430205先頭車化改造の205系は、こんな感じ。ただ209系は1時間いたが、残念ながら撮り損じた。

13時40分の立川行きで府中本町へ出て、今度は武蔵野線に乗り換える。武蔵野線には2タイプの205系が走っている。形式写真を撮るだけだから、対面式の駅ならどこでもよかったけれど、結局、南越谷で何とか目的を達成する。

南越谷では、偶々、貨物列車も撮れた。

Dscn6434_3コンデジなのでブレているが、ま、大体こんな感じの駅であります、と。

南越谷からは更に武蔵野線で西船橋へ赴き、船橋で総武線の快速へ乗り継ぎ、千葉へは16時23分着。

千葉からは16時43分の総武線回り銚子行きで、銚子へ行くことにしてある。総武線の普通電車は、113系亡き後、209系を両端車だけセミクロスシートに改造した209系2000番台が後を継いでいる。

Dscn6435京浜東北線か何かで使われていた209系の改造車だ。ラインカラーも変えられ、現在ではこんな姿になっている。

結構乗客は多く、途中の飯岡までは相席だった。

それにしても、この209系の座席のモケットって

Dscn6439ちょっと目がブレそうな模様ですな(写真も少しブレているが)。

走る内に、どんどん日が暮れて、すっかり暗くなった18時31分に銚子着。

少し目的を達成できない部分もあったが、まあ、何とか撮れるものは撮れたかなぁと思う一日であった。

2日目(3月10日)

「モノサク」へ行こうと思う。モノサクとは「物井」と「佐倉」の頭文字で、両者の駅間に関東地区では有名な撮影地があるらしい。

物井は、みどりの窓口もある有人駅だった。ただ、駅舎内に

Dscn6446こんなのが忍び込んでいて、「糞にご注意下さい」との注意書きもあった。

一旦、反対の四街道側で少し撮った後、本題の佐倉側へ赴く。途中、何箇所かで撮りながら、目的地へ到達する。

目的地は

Dscn6447こんなすっかんぴんな場所。ただ、邪魔者がないから、綺麗な写真は撮れると思う。

因みにこの場所、

Dscn6448の直ぐ横で、列車の接近も判って、撮り易い場所である。

向こうには

Dscn6449葦野原にスズメさんたちが居て、殺風景な場所でもある。風が強くて、途中で2度ほど三脚とカメラが倒されそうになった。

踏切の右も左も撮影地になるが、13時過ぎに同業者の方が来て、「あの、今度の貨物列車、カマ、判ります? 何か原色が来るかもって」と言われる。14時くらいに上り貨物列車が来るはずなのだ。でも、カマはさっぱり判らない。悪いけど、判らないと答えるしかない。

貨物列車は撮れたとは思うけど、どんなカマだったかは後日、結果ご報告をするのでそれまでお待ち下され。

風があまりに強いので、寒くてならない。予定を早めて、16時14分の普通で佐倉へ出て、そこから特急で帰ろうと決意する。

物井駅へ急ぎ足で戻り特急券を所望すると、空席ありとの事ですぐ発券される……はずがカチッと音がして、マルスが券詰まりを起こした。私の頭の中で、すこし「プチッ」とキレかかる。「何時の汽車で行かれますか?」と窓口氏が聞くので「10分後の、16時14分」と答えると、「判りました。何とか直ると思います。何時の列車で行かれますか?」と同じ事を聞く。手洗いへ行く旨を伝え、「その間に直しておいてください」と言う。

用を足して戻ると別客が何か窓口で尋ねている。それを待って発券されるかと思うと、また同じことを尋ねられる。遂に4回目に尋ねられて、こちらもブチキレた。大人気ないが、こちらの容量にも限度がある。

何とか2分前に発券され、急いでホームへ降りる。予定通りの行程で、佐倉で乗り継げた。

朝、銚子の駅で

Dscn6443こんな表示を読んでいたので、車内で缶チューハイを買い求めた。房総地区は特急の銀座通りなのに、案外、儲からないらしい。

17時33分、定刻で、銚子へ戻る。降り口に車販のお姉さんが居たので、「長いこと、ご苦労様でした」と声を掛けた。
寒い一日が終わった。

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2014年3月 5日 (水)

オタ席の注意書き

Dscn11051ここ2~3年に新規導入されたバスのオタ席には、注意書きがされている。

私共の職場では、現在ノンステップバスしか導入されていないので、所謂「オタ席」は非常に高い位置にある。そのためにこの注意書きが書かれるようになった。

このオタ席の注意書き、ちょっと拡大してみると、あることに気付かれるはずだ。拡大写真。

Dscn11062

「注意」の文字部分が、何やら歪んでいる。シール貼りしてあることがお判り頂けるかと思う。この「注意」の下には実は「遠慮」の文字が書いてあった。

私は、以前、職場の提案制度を利用して、ここの席には高齢の方や幼児の方に座って頂くことを遠慮して貰うよう、発言した。すると職場サイドから「そんなことは判っている」みたいな回答があった。判っているのなら、全車に「遠慮」して頂く旨の掲示をして欲しいと思っていたのだが、結局はこんな形で収まってしまった。現在でも、殆どの車両に、この掲示は為されていない。

「遠慮」ではなく「注意」に変えたのには、多分、お上の連中が操作したのだろう。この席は本当に高い位置にあるから、ご遠慮頂きたいのだが、お上の連中は何かに怯えて、「遠慮」の表現を変えてしまっている。

私にしたお上の回答と、実際の行動が違うのは、なぜだろう。私はいつもちょっと不満な気持ちを拭えない。

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