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2014年3月22日 (土)

片道20分の旅---銚子電鉄

自宅用のパソコンが、緊急入院してしまった。暫くフィルムのスキャンが出来ない状態なので、こちらの記事を先行させて頂く。

JR銚子駅で、「銚子電鉄に乗ります」と言って有人改札を通り、2番線の先端へ行くと銚子電鉄の乗り場が見えてくる。

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銚子電鉄は、パスモも何もICカードは使えない。で、こんな殺風景な駅舎が2番線の先端にある。JR総武線とは反対方向へ向かうので、こうした形で十分なものらしい。

ホームへ来るのが遅かったから、既に次の電車は入線していた。銚子方の先頭車は、こんな車両。

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これだけだと、どこのお古かは判りかねる。が、反対側(外川方)を見ると、私でも判別がつく。

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これは、京王のお古だ。但し、Wikiで調べてみると、京王→伊予電鉄→銚子電鉄が、正式な履歴らしい。お古の、またお古と云うことらしい。そんな車両でなければ、ここには買い取りできない金銭的事情があるようだ。

早速車内へ入ってみるが

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悲しいほどにガラガラである。ご覧の通り、2両編成だが、なぜにこうする必要があるのかが理解できない。

10分ほど待って発車する。キイキイと車輪を鳴らしながら、2分もしない内に、次の仲ノ町へ到着する。ここは銚子電鉄の本社がある駅で、車庫も兼ね備えられている。ここから、「ワンマン」の表示がある車内へ、女性の車掌さんが乗り込んできた。

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お客は少ないから、一人一人に「こんにちは~。どちらまでですか?」と笑顔で切符を売りに来る。丁寧、親切な応対だ。非常に好感が持てる。
私は終点の外川まで往復するだけだが、往復料金と同じ値段で一日乗り放題の「弧廻(こまわり)手形」を販売しているとの情報は仕入れてきた。それで「弧廻手形はありますか?」と尋ねると「はい、ございます。少々お待ちください」と切符に手書きで、乗車当日の日付を入れてくれた。

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620円でこれだけの切符を販売してくれるのだから、マニア的には有難いことだ。地方私鉄もバカにしたものではないと思う。

車掌さんは乗車券発売と回収が仕事のようで、案内放送は普通にテープの音声である。

笠上黒生(かさがみくろばえ)という駅の手前で一旦停車する。テープでは「この駅で列車の行き違いを致します」と言うが、乗車当日は事故か何かで臨時ダイヤのため、行き違いはなかった。列車が一旦停止したのは、その事故の影響なのだろうか。ショベルカーも車外に見える。

行き違う列車もなく、電車はひたすら「クォーーーン」と走る。製造年月から考えて、抵抗制御の電車だろう。私と、どっこいどっこいの車齢かも知れない。
途中の「海鹿島」も難読駅だろう。これで「あしかじま」と発音する。

かくして、途中で2ヶ所くらい海を望み、終点の

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へは20分で着いた。銚子と言うと漁港を連想するけれど、殆ど海沿いは走らなかったと言ってよい。犬吠埼のイメージもあるので、海が殆ど見えないのは意外な感じがする。

さて、停車時間は10分しかない。急いで終点の記録をしたり、硬券入場券などを買ったりして、ローカル私鉄に貢献する。因みに外川の駅舎内には

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かつての走行車両らしき模型と

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各種乗車券類が展示されていた。また、15年くらい前に乗った時にお世話になったと思われる、デハ801って車両が、ホーム先端に停まっていた。

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黒とローズピンクのカラーは見覚えがあり、「801」の車番も何となく記憶にある。多分、昔、乗ったのはこの車両で間違いないはずだ。

10分などはあっという間。すぐに折り返し発車のベルが鳴り響く。慌てて車内へ戻った。

今来た線路を引き返すだけだが、女性車掌さんは相変わらず丁寧で明るい応対だ。私も見習わなければと思う。

帰路も笠上黒生の手前で一旦停車した。何か、この駅であったらしい。

地元客と女性車掌さんが「今日は3つ団体が入る」とか喋っている。何のことかよく判らない。途中から子供の団体でも乗ってくるかと思ったが、そうではなかった。

それは兎も角、仲ノ町には車庫もある。往路で撮り損じたので、2枚ほど車両の写真を。

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こちらは、自分が乗ったのと同じ2000型車両で、ファンのために昔の京王カラーに塗り替えた車両だそうだ。

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これは元・営団の車両。これもファンサービスで、軌条方式は違えど、カラーだけを日比谷線時代に戻した車両だそうである。このカラーは、流石に私もちょっと見覚えがある。

帰路も20分ちょうどをかけ、銚子へ戻ってきた。前窓から見ていると、ホームに一杯の人だかりが見える。先程、女性車掌さんと地元の方が話していたのは、この団体のことらしい。かなりの人数が見える。

団体割引があるのかないのか詳しいことは知らないけれど、ともあれ、これだけのお客があれば、2両の電車でも意味があるだろう。1往復して、やっと、色々な意味合いが判ったのであった。

団体さんでも何でも、兎も角乗って頂いて、少しでもこのローカル私鉄に貢献して頂けたら…。自主経営再建を断念している私鉄らしいが、何とか生き延びて欲しい。そう願わずにはいられなかった。

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コメント

こんばんは
昨秋の小湊・いすみ出撃の際に銚子電鉄も行けないかと
画策しましたがちょっと時間的にも無理があって諦めました。
経営は厳しいのでしょうけどローカル私鉄は
何ともいえない雰囲気で惹かれますね。

投稿: kattsu-mqc | 2014年3月23日 (日) 21時26分

おはようございます。さっそく有り難うございました。
先日の事故の時、マスコミによって電車の顔が違う意味がわからず、この時初めて二両が別形式であることを知りました。朝の通勤時間の列車は混むようですが、日中も団体が乗るとは嬉しいです。都心からも行きやすく、いろいろ施策があれば集客できそうな気がしますが、それがなかなかのようです。聞けば、先代社長が本職の社長をしている建設会社に仕事を回すために無理に駅舎を建て替えたりしたようです。
なんとか頑張って欲しいです。

投稿: すーさん | 2014年3月24日 (月) 06時56分

こんにちハネ。
おじゃまします。
やはり銚子電鉄は人の流れが寂しいですね。
この2000系は伊予鉄転入時は3両固定編成でしたが、後にラッシュ時3両、日中は2両編成になるために中間のサハに後付けの運転台を取り付けた為に、外川方の先頭車は京王5000系の様な顔になってしまった訳です。
伊予鉄当時では、分割した1両をそのまま走行させて入庫させるという面白い事をしていました。
つまり、銚子方がオリジナルで、外川方は後付けのニセモノ顔(笑)という事になります。
留置されていた801形は、実は元伊予鉄の車両で、この2000系(伊予鉄では800系と名乗っていました)に置き換えられ、銚子入りした経緯があり、長年の月日を越えて、今度は千葉の地で同じ車両により置き換えられたという、なんとも珍しい記録となりました。
2000系列に置き換えられた後は動態保存でしたが、現在は中止しており、財政難な問題で静態保存に切り替わる可能性が出てきました。
この2000系導入時に、一口スポンサーを募集していたので、一口買いました。
いまだにピンチを抜け出せないのは残念です。
事前にお知らせ出きれば良かったのですが
銚子電鉄の車庫は、明るい時間であれば、社員に申し出れば車庫内の見学撮影が可能なので、もしまた撮影される機会がありましたら
是非、行ってみて頂ければと思います。

投稿: レッドライン | 2014年3月24日 (月) 13時59分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
小湊・いすみと銚子とはちょっと距離があるので、一日で回るのは厳しかったかも知れませんね。
かような辺鄙な地の鉄道ですので、経営が苦しくなってしまうのでしょう。もう少し、便利な土地柄の私鉄だと客も乗るでしょうが、銚子という外れの地では、集客も難しそうです。
でも、のんびり揺られるのにはもってこいの路線です。何とか生き延びて欲しいですね。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2014年3月24日 (月) 21時08分

>すーさんへ
こんばんは。
拙い乗車記になりましたが、実情がお伝えできれば何よりかと思います。
私も乗る前にWikiを斜め読みしてから出掛けたので、あれを見なければ先頭車の顔の違いを意味不明のままにしていたと思います。2000型と2500型、銚子電鉄では完全に別々の形式として区分しているようですね。
記事にした「弧廻手形」など色々工夫はしているのでしょうが、銚子という辺鄙な土地柄、集客はかなり難しそうですね。
それでも「ローカル私鉄」ということから、逆に団体ツアーもあるようで、ああした団体が乗車する機会もあるみたいです。銚子駅へ戻った時に、100人は超えると思われる団体が待っていたのは明るい材料だと思います。
自分も今後乗れる機会があるかは判りませんが、何とか生き延びて欲しいですね。

投稿: すーさんへ | 2014年3月24日 (月) 21時22分

>レッドラインさんへ
こんばんハネフ。コメント有難うございました。
銚子電鉄と伊予鉄道の車両の行き来と、形式などのご詳説、有難うございました。
Wikiを斜め読みしただけの知識で出掛けてしまったので、後から色々ご解説頂けるのは助かります。
銚子方の先頭顔が正規の形ということは、井の頭線の車両が元々の京王での姿ということなのでしょうか。私は井の頭線くらいしか京王に乗ったことがないので、あのタイプを見るとすぐにそちらを連想してしまいます。
偽者(?)の京王顔は、自分的には「京王の代表」のように感じていましたので、あれが「後付け」とは知りませんでした。
同様に、銚子電鉄の800型も伊予鉄からの引き取りモノとは知らず、古くからの銚子電鉄の車両だと思い込んでいました。昔の鉄道写真集を見たところ、仰せのように800型のような車両が伊予鉄で走っている姿が写っておりました。なるほどなぁと思っております。
明るい時間なら、車庫内の写真も可能だとのこと、知っていれば実現したと思いますので、残念です。今後、銚子まで足を運ぶ機会があるのかは自分も判りませんが、何とかしてみたいとの気持ちが湧いてきます。今回の結果を元に、今後、再訪できるかどうか考えてみたいと思います。

投稿: レッドラインさんへ | 2014年3月24日 (月) 21時55分

銚子電鉄、とても懐かしいです。
私は展示してある模型の塗装の頃、1981年1月に行きました。乗り換えのホームに上屋は無く。かなりくたびれた感じの15~17mクラスの単行が日中行き来していましたね~。ビューゲルの車両も居たと思います。ずっと経営が厳しい状態、事故を起こした時はもうだめかと思っていました、生き延びてくれているのはありがたいことです。
それよりも京王の湘南タイプ2000系(うる覚え)がまだ生きていたのが驚きです。しかも緑色。オリジナルですよ! かぶりつき席のある、お気に入りの車両でしたので是非合いに行きたいですね~!

投稿: tunnel_no2 | 2014年3月24日 (月) 22時53分

こんばんは。
ローカルな雰囲気がいいですね。
湘南顔の電車もいい感じです。
銚子電鉄、ますます行ってみたくなりました。

投稿: vanagon714 | 2014年3月24日 (月) 23時39分

おはようございまス
またおじゃまします。
2000系は、本線系統のみで使用されていた系列です。
銚子入りしてからの付番は
公式的には京王時代の形式を参考にと言う事でしたので
外川方のニセモノ顔のほうは、京王時代はサハ2500だったという事からの由来と思われます。

限られた時間でとはいえ、内容の濃い千葉巡りでしたね(^^)

投稿: レッドライン | 2014年3月25日 (火) 09時53分

>tunnel_no2さんへ
こんばんは。
模型の車両、あまり大きくない17m級の中型車両のように見えました。30年前には、こんな車両が銚子で走っていたのですね。
ピューゲルの車両がかなり後年まで残っていたのですね。驚きです。逆に言えば、その当時から、経営状態が苦しかったのでしょうか。
1995年の正面衝突は知っていましたが、今年に入って脱線事故があったのは知りませんでした。色々な困難な状況を乗り越えて、今日も走っていることは有難いことですよね。
湘南顔の電車は、伊予鉄から移籍した時に、敢えて京王オリジナルに再塗装変更されたそうです。様々な試みで集客に努めている姿は、好感が持てますね。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2014年3月25日 (火) 23時01分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
ローカルな私鉄で、ロングシートといえどもモーターが唸りを上げて走る姿は、いい雰囲気でした。
のんびり揺られるには格好の路線かと思います。
近年になって、ローカル私鉄が次々と廃線になっていますよね。何とかして経営を続けて欲しいものです。
是非にも一度、乗りに来られることをオススメしたい私鉄です。

投稿: vanagon714さんへ | 2014年3月25日 (火) 23時08分

>レッドラインさんへ
こんばんハネフ。
ご再訪、有難うございます。
そうでしたか、湘南顔でも本線系だったのですね。京王のことはあまり詳しく知りませんので、乗ったことのある井の頭線ばかりが頭に浮かんでしまいました。
ニセモノ顔の先頭車は、元々はサハだったのですね。Wikiにはかなり色々なことが羅列されていて、全文読むのに疲れてしまったので、貴兄のピンポイントのご解説には感謝申し上げる次第です。
2000型も1000型も、元々の路線での形式を継承しているらしいですね。こうした地道な努力が、いつの日か実を結んでくれるといいなと思います。

3泊4日の慌しい関東巡りでしたが、色々なものが見れて本人なりに満足しています (^ ^)

投稿: レッドラインさんへ | 2014年3月25日 (火) 23時19分

おはようございます。
若き日の1980年チャレンジの間合いにと、一昨年の夏に行って来ましたがお客さんの激減にはビックリしました。
一昨年の夏はおさかなさんと同じく車内で「弧廻手形」を購入し、何ヶ所か降りて撮影したり飯沼観音に参拝してご朱印をいただいたりしました。
犬吠駅の売店でぬれ煎やヒゲタ醤油など買い込んで来ました。
また是非行ってみたいと思います。

投稿: N市のT | 2014年3月26日 (水) 09時38分

再度すみません。
5000顔の車両は、2000番代改なのですね。知りませんでした。改造する時、わざわざ5000の頭を持って来るなんて面白い事しますよね。京王の子会社に京王重機、と言う会社がありまして、こういう事上手いようです。東急じゃ、しませんね…。ハトマルくん作った、東京特殊車体もそうですが、京王グループには、面白い会社があるようです。

投稿: すーさん | 2014年3月26日 (水) 20時01分

>N市のTさんへ
こんばんは。コメントのレスが遅くなり申し訳ないです。
銚子電鉄のお客さんは、私も減ったなぁと思います。私は15年位前に乗ったような記憶ですが、その時はもう少し賑わっていたように思います。
ただ、団体客などを積極的に受け入れる姿勢は、将来に明るい兆しが見えるようにも感じます。
「ぬれ煎餅」はあまりに有名になってしまって、買う気が起こりませんでした。今から思えば、ヒゲタ醤油は買っておくべきだったなぁと後悔しています。地方の醤油ですものね。

投稿: N市のTさんへ | 2014年3月30日 (日) 23時20分

>すーさんへ
こんばんは。コメントのレスが遅くなりまして済みません。
私もレッドラインさんからコメントを頂くまでは、2000系の詳しい経緯を知らずにいました。2両編成にするためには、ここまでの無理でもしなければいけないのですね。
京王重機って、たまに車内製造版などで見る会社ですね。それぞれの会社で得意分野があるのだなぁと思います。東京特殊車体なる会社は、実は知りませんでした。「ハトマルくん」は名古屋人にはよく判らないので、後でWikiなどで調べてみたいと思います。京王グループには色々な会社があるのですね。

投稿: すーさんへ | 2014年3月30日 (日) 23時27分

ペニ、ペニ、ペニペニペニィ~ィ~

投稿: パニス | 2015年3月12日 (木) 23時09分

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