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2013年3月

2013年3月30日 (土)

私が見てきた黒磯駅

随分遅くなってしまったが、過日の旅行で見てきた黒磯駅のことを書こうと思う。

黒磯駅に着いて、先ず目に付いたのがこの機関車。

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パン上げしているが、車号や状態などが不鮮明なので、ちょっとアップした画像を。

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EF65のPFながら、番代はまだ1000番代を名乗っていて、然も「一休車」とある。ご覧の通り、作業員の方が機関車に乗り込んだりしているし、コンプレッサーらしき音もする。「おっ、一休車が動く姿が見られるか?」と期待していたが、私が居た5時間あまりの間、機関車は結局動かなかった。何のためのパン上げなのかよく判らない。

さて、駅の北側(青森方)から見ていくとして。

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当然ながら、北側は交流電化で、今しも701系の郡山行きが発車していった。電車の手前右側には、デッドセクションの標識がある。車上切替をする時は、ここで交直を変えるらしい。

また、北側は主に交流(今は実質上、交直両用)の機関車の留置所となっているようだ。

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訪れた日は土曜日だったが、土日ウヤの筈の1070レがやって来た。ここまではEH500が牽引し、ここでEF210にバトンタッチする。私は呑気に三脚を構えて撮っていたので、残念ながら機関車付け替えのシーンは撮影できなかった。

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先程まで1070レを牽引してきたEH500-65が、中線(3番線と4番線の間にある)を使って、機回しされてきた。機関車はこのまま更に北側へ移動し、

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駅北方の留置線に落ち着いた。何しろ、北側は交流関係機が置かれることになっているようだ。

これで暫く、貨物列車の往来はないなと思っていると、南側(上野方)の留置線から、変な重連がやって来た。

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EF210とEF65の異形式単機重連。私がのろのろカメラを構えている内にEF210の方はパン下げしてしまったが、 来た時は、ちゃんと歴とした「重連」だったのだ。この後、EF210だけをここに残して、EF65は元居た場所に戻っていった。直流の筈のEF65が片パンなのも面白いと思うし、そもそも何故、EF210を留置するだけのために重連でここまで来たのか、素人の私にはよく判らない。機関区(と言っても、乗務員配置しかない)なりの事情があるらしい。

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さて、駅の南側は、普段は直流機の留置所となっているようだ。同じEFでも、64や65、210も見られて、楽しい。

旅客列車は、現在、殆どが電車化されている。お判りになり難い画像だと思うが、交流専用の701系と、直流専用・湘南色帯の211系が並ぶのも、この駅ならではの光景だと思う。因みに、調べてみたら、この写真で211系が停まっている3番線だけは、直流専用線となっているのだそうだ。

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ついで、と言っては何だが、この駅ならではの設備をもう一つ。

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これも撮り方がヘタクソで申し訳ないが、中央の大きな碍子の下の架線は、セクションインシュレータ。 その上に見える白地にオレンジの横帯標識は、電車線区分標。

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一番、駅舎から離れた5番線に、3050レが到着した。この列車は隅田川(貨)行だが、ここでEH500からEF64へ機関車交換を行うようだ。左側が今まで牽いてきたEH500、右側がこれから牽くEF64で、構内では並走している。また、EF64はこの場合でも片パンで走っている。これもここならではの面白い風景かと思う。

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さいぜんの3050レが、EF64に付け替えられて発車したところ。拡大して頂くとお判りかと思うが、この時点ではEF64は両パンとも上げている。

さてさて、と。最後にあまり「交直」に関係ない画像を。

駅の番線表示をぼんやり眺めていたら

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こうなっている。何が言いたいか、お判りになり難いと思うので、該当部分をアップしてみる。

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「環境にやさしい」。例の「3.11」を意識しての表示なのではと思うが、最近はこんなところにもLEDが活躍しているんですなぁ。

Wikiなどで下調べをしていけば、それなりの写真がもっと撮れたらしいが、今回の観察はこの程度で終わりとさせて頂こうと思う。「肝心なもの」がかなり抜けているし、この駅は面白いから、今度は一日かけて、絶対に再観察に及ぼうと思っている。

的の絞れていない記事にて、失礼しました(礼)。       

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2013年3月17日 (日)

宇都宮方面へヒヤヒヤ旅行

1日目(3月15日)

以前に北海道へ旅行する直前、神経を抜いた歯の歯根が痛み出して、ヒヤヒヤ気分で旅行したことがある。今回は、それの宇都宮ヴァージョンだ。但し今回は既に治療を始めており、鎮痛剤さえ飲めば大丈夫なことが判っているから、その点、安心ではある。

例によって東京までの新幹線は爆睡し、東京-上野と乗り継いで、東北本線の客となる。今回のターゲットは、東北本線の宇都宮~黒磯間だ。

大宮を出て暫く、東大宮を過ぎた辺りで右窓に目を凝らす。

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撮影地として有名な「ヒガハス」を車内から眺めると、こんな感じになる。この景色だけでは、どこがあんな人気撮影地なのかは判らないだろう。自分も昨年4月に訪れたが、外から受ける印象とは全く違う。

小山と宇都宮で更に乗り継ぎ、蒲須坂には14時半過ぎに着く。下り方面へ歩くと、いい撮影地があると本で調べてきた。

25分くらい歩いただろうか、目的地に着き、結局そこで夕方まで居ついていた。途中で得た獲物。

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自分は反対を向いてカメラを構えていたからコンテジでの撮影となったけれど、485系を改造した「宴」がやって来た。名前からしてお座敷電車だろう。兎も角、車内に人影が見えたから、営業運転だったようだ。

18時過ぎの電車で、宇都宮へ戻る。今夜と明日はここへ泊まる。

偶々、明日からダイヤ改正だ。今回の改正で、宇都宮から出る日光線から、107系が消えてしまうらしい。発車間際の電車を

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慌てて押さえておいた。

2日目(3月16日)

朝、6時過ぎに起きる。いつも書くように、この時間は私にとっては早起きなのだ。

6時56分の黒磯行に乗り、昨日と同じ蒲須坂で降りる。昨日と同じ道を歩き、昨日とは線路の反対側となる場所で三脚を構える。この場所は、午前中は線路の東側から、午後は線路の西側から、それぞれ撮れる好撮影地なのだ。

ここで、痛いミスをした。今日は暖かくて、午前9時には、もうポカポカ状態。私は昨日の夜更かしが祟って、眠くて堪らない。何本かの列車を撮って、あとこの時間帯に来る貨物列車は1本くらいかなと思った時に、やらかした。
カメラバックを椅子にして、そのまま寝入ってしまったのだ。「ゴトッゴトッ」と云う貨物列車独特の音で寝覚めた時には、既に手遅れ。金太郎牽引の貨物列車を撮り損ねてしまった。

同業者の方も3人くらいみえたと思う。この列車を待って皆さん、散り散りになって行かれたが、私は「ダイヤ改正の日だから、何か臨時列車でも来ないかなぁ」と淡い期待を抱いて待つ。が、同業者の方なら臨時列車情報など、ご承知千万だろう。皆さんが居られなくなったと云うことは、そう云うことなのだ。10時半くらいにやっと諦めて、駅へ戻った。

(お詫び・この辺り、本当に眠かったのでデジ画像がありません。つまらん文章だけで申し訳ないです)。

ここからは一気に、黒磯に向かう。ご存知のように交直切り替えの、「鉄」にとっては欠かせられない駅だ。

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ここではかなり長いこと居ついて、一人で駅構内をウロウロしていた。これを一々書いていたらとんでもない長文になるから、後日別記にしようと思う。ともあれ「鉄」には堪らない駅だ。
ご参考までに、写真は土日ウヤの筈の石油返空・1074レ。何故か土曜日の今日も運行されていた。

黒磯で思いも寄らぬ長居をしてしまったので、夕方は中途半端に時間が余ってしまった。宇都宮へ戻る途中、片岡で途中下車して駅撮りしてみたが、碌な写真は撮れなかった。また、いつか別の場所でリベンジしてやろうと思う。

3日目(3月17日)

昨日の反省を踏まえ(?)、今日はゆっくり起きる。9時09分の黒磯行(遅すぎsign03)で、(北)野崎まで赴く。「駅から徒歩20分で、いい撮影地あり」と、またまた本で読んできた。

行き着いた場所は

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道路側がこんな場所。空き地に三脚を構えるが、周囲には干乾びたテッシュが散乱している。夜間に、この空き地がどんな用途で使われているか、流石の私にもすぐ判る。

ともあれ、ここでも同業者の方が居られたので、ご挨拶して三脚を立てたが、何せ私の出勤時間が遅いから目ぼしい列車はもう行ってしまっている。同業者の方たちは直ぐに車で去って行かれた。私は粘った甲斐があり、臨時と思われる貨物を2本GET。

駅までフラフラ戻っていると、往きには気付かなかったが

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御影石の加工所が何軒かある。地場の産業なのだろうか。

野崎を12時26分の211系で、いよいよ帰りにかかる。先頭(都合上、11号車になっているが)車両の車番プレートを見ようと思ったら

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こんな状態であった。本物のプレートは盗難にでも遭ったのだろうか。何とも気の毒な車両である。

さて、宇都宮からは贅沢して、既に「普通列車用自由席グリーン券」を入手してある。例の如く

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こっちの部分に席を取る。旅行中は常に荷物があるから、私はこちらの席が好みだ。昔、「クリープのないコーヒーなんて……」ってCFのCMがあったが、私に言わせれば「網棚のないグリーン車なんて……」 なのだ。

発車3分くらい前だろうか、ホームにけたたましいブザーが鳴り響いた。発車時刻を過ぎても鳴り続けている。車掌氏が「只今、急病のお客様の救護に当たっております。発車まで暫くお待ち下さい」とアナウンスする。やっと、意味が判った。車内のSOSボタンが押されたのだろう。

多少、発車は遅れたが、この先、東京からの新幹線は自由席にしてある。別に急ぐ必要もない。兎も角、今日の内に名古屋へ帰れれば、それでいいのだ(バカボンパパみたい・笑)。

んで、東京には15時過ぎに着いた。どの列車にしようかと少し考えたが

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結局これを選択した。
「ひかり」は停車駅が多くてのろいイメージがあるが、この「ひかり519号」は、名古屋までは「のぞみ」の停車駅+小田原に停車するだけなのだ。殆どのお客が「のぞみ」のホームへ急ぐ中、私はゆったりした気分で、この列車のホームには入ったのであった。

あ、そうそう、ヒヤヒヤした歯根の痛みは、市販鎮痛剤で何とか凌ぎました。ご報告までに m(_ _)m

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2013年3月 7日 (木)

がーん

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私も気付くのが遅すぎるのだが。

今年3月のダイヤ改正などに伴い、JR各社のHPを漁っていたら、こんな記事を見つけた。

最後まで残っていた13ゾーンの「周遊きっぷ」が今月で発売中止になるという。特に北海道まで行く時になど愛用していた切符なのに、なくなってしまうとは大変残念だ。

元々はこれ、国鉄時代の「周遊券」の後を継ぐ位置付けで発売されたものの筈だ。なのに、一気に全廃とはやり過ぎではないのか?

確かにこれをマルスで発券するのにはかなりの手間がかかる。
「一件操作入力タブ」から「特企券」を選択し、然もその後にゾーンを先に選択して……と複雑で、旅行会社の社員さんでもいつも難儀して発券してくれていた。JR専門の担当者さんがいないと、発券できずに本社まで電話して問い合わせていたくらいだ。私は諸事情によりこの券の発券方法は知っているけれど、旅行会社の社員さん泣かせだったことは理解できる。

「ゆき券」「ゾーン券」「かえり券」の3枚セットにしてしまったのが、この切符の発行をややこしくしてしまった要因でもあろう。が、結局のところはややこしい操作をさせて客までをも戸惑わせ、挙句の果てに「廃止します」ではこちらは納得行かない。

JRになって26年目の春が目前だ。
「民営化しても、従来通りのサービスは変わらない」と断言した当時の○曽根総理の発言は、嘘八百だったと、とことん思わせる事柄でもある。

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