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2012年11月23日 (金)

名古屋駅での何だコリャ?

Img8463

少々前にレッドラインさんを中心に盛り上がった、「何だ、こりゃ?」シリーズの2作目。

兎も角、撮影地は名古屋駅。1978年(昭和53年)3月5日撮影とまで、メモは残っている。当時から特急「しらさぎ」は4・5番線からの発車が多かった。位置から見て5番腺であろうとの想像はつく。が、一体これは何が写したかったのだ??

方向幕マニアの私であるから、方向幕を写したかったのかとも思ったが、他のコマを見るとちゃんと方向幕部分だけの写真は別にあるのだ。車両の連結部分を中途半端に写して、何を記録したかったのだろう?

約35年前の自分に問いたい。

改めて今見ると、現行8両編成の「しらさぎ」に「10号車」「11号車」の札が入っている。これはこれで、ちょっとは記録になっているかも知れないが。

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国鉄・JR」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
国鉄時代の485系特急電車ですね。
国鉄特急色を見るだけで落ち着きます。
車端ダンパーも見えますね。
よく見ると屋根上から下がってくる配管も気になります。
まるで旧客の雨どいのようですが高圧ケーブルでも入っているのでしょうか?

投稿: vanagon714 | 2012年11月23日 (金) 23時43分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
国鉄カラーは馴染みがある所為か、ホッとしますよね。懐かしさと共に安心感を感じます。
コメントを拝見して、改めて色々と調べてみた所、写真の車両はモハ484or488の200番代のようです。0番代にあるはずの冷房用ルーバーが写っていませんので。車両に関してのメモが残っていないので正確ではありませんが、車体形状からはそんな想像がつきます。
屋根上からの配管ですが、恐らく交流走行時用の高圧機器類からのケーブルが詰まった配管と思われます。
済みません、私もあまり詳しいことはよく判りませんもので、お粗末なコメントとなってしまいました。お許し下さい。

投稿: vanagon714さんへ | 2012年11月24日 (土) 00時32分

こんにちは。

昭和53年3月というと、私はまだ生まれて半年も経っていないですね。
さて画像の写真ですが、なんだか、私も方向幕をアップした写真の
失敗作ではないか、という気がしま¥した。

で、最後の段落にあります、号車の札と一緒に写っているというのが今となっては
まさに「ひょうたんから駒」になっているなあ、と思わされました。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2012年11月25日 (日) 12時38分

こんばんは
国鉄特急色に号車札、特急・自由席のサボと当時は当たり前だった光景ですが、今では特急色もサボも殆ど見られなくなってしまいましたね。
こちらで今もサボや号車札が見られる特急は183系くらいでしょうか。
こんな角度からも撮影しておかなければならないな~と思いました。

投稿: kattsu-mqc | 2012年11月25日 (日) 21時18分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
こんばんは。
昭和53年3月は東上線-副都心線一利用者さんにとってそういう年なのですね。
当時の私のことですから、方向幕アップの失敗かも知れません。何しろ方向幕に異常に興味を持っていたことは事実です。
改めて当時の「しらさぎ」の編成を見てみたのですが、481・581どちらの系列の列車でも12両で運転されていたようです。L特急としてそんなに当時から需要があったのかなぁとも思ってしまいますね。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2012年11月25日 (日) 22時25分

kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
国鉄カラーは今になってリバイバルが生まれていますけれど、九州の編成は既に波動用で普段は使われていないようですね。
485系には「方向幕」「サボ」「号車札」の3点セットは外せられません(笑)。国鉄色と相俟って、改めてアナログ時代を感じますね。
言われてみれば北海道の特急も殆ど新系列化されてしまいましたね。仰せの183系は絶滅危惧種の貴重な存在と云ったところでしょうか。
私も将来「何じゃコリャ」と思ってもいいので、183系DCでそんな写真を撮っておきたいと思います。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2012年11月25日 (日) 22時34分

模型をいじる者は時々こんな写真を撮ります。
ランボードの隙間から見える配線などもいいです!!
やはり交直流車ののこの辺りは、見ていてわくわくします(笑)

投稿: suzuran6 | 2012年11月27日 (火) 08時15分

>suzuran6さんへ
模型をやられる方は、細かい配線や屋上パーツなどにも気を配られるので、こうした写真が必要になってきますね。貴ブログでもそれは感じます。
交直両用車は、車端部にも色々な配線や高圧機器が並びますね。ワクワクされるお気持ち、判るような気がします。

投稿: suzuran6さんへ | 2012年11月27日 (火) 21時25分

こんにちは。
国鉄色はいいですね~。
「何じゃコレ」と思っても、ちゃんと写っているので立派な記録になりますね。
485もウヨウヨいたのに、今や残っているのは僅かで淋しくなりましたね。

投稿: N市のT | 2012年11月28日 (水) 11時11分

>N市のTさんへ
こんにちは。
国鉄色を見ると、未だにホッとしますね。「三つ子の魂」の色なのでしょう。
何でも写しておけば、兎に角それなりに記録にはなりますね。ただ撮影意図は判らなくなりますが(苦笑)。
485は交直流特急のパイオニア的な存在だっただけに、どんどん数を減らしていくのは辛い気がします。JR東・新潟の3000番代も、651系の余剰により予断を許さなくなってきました。

投稿: N市のTさんへ | 2012年11月29日 (木) 16時36分

こんばんは。
国鉄特急色ですね。
私は現在、愛知県在住なのですが実家が富山なので大学時代から
「しらさぎ」にはよくお世話になりました。
私がよく乗ったころ(昭和50年代後半)はグリーン車2両
食堂車を含んだ12両編成で、時にはボンネット先頭車の時もあり
簡易リクライニングシートでないと損した気分でした。
また食堂車も末期で簡易営業(軽食のみ、紙の皿)の時もありました
乗客数に関しては米原、金沢間はそれなりだったように思います。
「しらさぎ」に限らず富山発着の485系特急は富山駅西側の神通川鉄橋
を渡るタイミングで「鉄道唱歌」のオルゴールを流して車掌が発車、到着
車内放送を行っていました。
富山終着の485系で神通川を渡りながら鉄道唱歌を聞くと帰ってきたと
実感したものでした.
今となっては思い出となってしまいましたが。

投稿: DMH17H | 2012年11月29日 (木) 22時27分

>DMH17Hさんへ
こんばんは。コメント有難うございます。
そうです、懐かしき国鉄特急色です。
富山がご実家なのですね。
私は学生時代(1980年代前半)に高山本線系に傾倒してしまい、富山を訪れるときは「のりくら」のお世話になることが大半でした。それにお金もありませんで、特急は高嶺の花でした。
今思えば、何とか工面してもう少し乗っておけばとよかった思います。
昭和50年代後半と言いますと、私は撮り鉄を始めた頃です。ただ「しらさぎ」は何かとご縁があり、母の財布で何度か乗せてもらった記憶があります。ボンネットが来ると「古臭いなぁ」なんて贅沢なことを思っていました。
この写真の頃は、多分食堂車も連結されていたと思います。グリーン車2両までは記憶にありません。どちらにしても12両編成の頃ですから、仰せのような編成だったはずです。
581系による「しらさぎ」が廃止になってしまうため、その余興で撮った一枚だったと思います。

投稿: DMH17Hさんへ | 2012年11月29日 (木) 23時50分

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