« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月27日 (火)

これだけですか……

だいぶ前に買ったCDで、1回聞いたなり「ああ、全然いい曲が入っていないや」などと思い、それきり放置してあるものが何枚かあるのを思い出した。

で、我が家の近所に

Img863買い物する度、レシートに、こう印刷される中古CD・本屋があるなぁと思い、持って行った。今までCDを売ったことはなく、言わば“人生初体験”である。

合わせて3枚のCDが今回の餌食となり、買った時の金額を考えると3枚で合計500円くらいにはなるかな、と思いながら中古屋のカウンターに申し出た。身分証明書を見せ、10分ほど待つと「査定金額が出ました」と言われ、再びカウンターへ出て行った。

そして、渡された金額はといえば

Img864たった、これだけだった。特に、上2枚の「¥5」の査定には吃驚だ。

どうせ要らないで、CD棚の肥しになっているだけだから60円なら60円で仕方ないけれど、買った時の値段は3枚合計で5000円は超えていたはずだ。それが、たったこれだけですかと、「超」虚しい思いをしながら、店を後にしたのであった。

世間の相場は、厳しいものですなぁ……。 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年11月23日 (金)

名古屋駅での何だコリャ?

Img8463

少々前にレッドラインさんを中心に盛り上がった、「何だ、こりゃ?」シリーズの2作目。

兎も角、撮影地は名古屋駅。1978年(昭和53年)3月5日撮影とまで、メモは残っている。当時から特急「しらさぎ」は4・5番線からの発車が多かった。位置から見て5番腺であろうとの想像はつく。が、一体これは何が写したかったのだ??

方向幕マニアの私であるから、方向幕を写したかったのかとも思ったが、他のコマを見るとちゃんと方向幕部分だけの写真は別にあるのだ。車両の連結部分を中途半端に写して、何を記録したかったのだろう?

約35年前の自分に問いたい。

改めて今見ると、現行8両編成の「しらさぎ」に「10号車」「11号車」の札が入っている。これはこれで、ちょっとは記録になっているかも知れないが。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年11月16日 (金)

博多近辺での写真

風邪にやられていたためアップが遅くなってしまったが、先日の鹿児島本線での写真を幾枚かご披露したいと思う。

Img856後追い写真だけれど、博多近辺では異形式混成も当たり前らしい。この列車は4両固定の811系と3両固定の813系の混成。駅での案内表示も「4・6・7・8・9両編成の場合の乗車位置」などとなっており、様々なケースを設定しているなと思わせたものだ。東福間~福間にて。

Img85776雨に降られながら撮ったED76牽引の貨物。 居合わせた同業者の方から「このスジは(EH)500が来ますよ」と言われていたが、私が撮っていた3日間ともED76の牽引であった。右側の潅木が、やや残念。東郷~東福間にて。

Img8581152「午前中向きの撮影地」と撮影地ガイドに書かれていた場所へ、午後に赴いたからかような完全逆光の写真になってしまった。ただこの1152レはタンクコンテナで組成される特殊な列車なので、敢えてネタにしてみた。海老津~教育大前にて。

Img859柿の実が生っていたので、何となく撮ってみたもの。柿にも色々種類があるようで、既に葉が落ちて実だけになっていたものや、もっとたわわに実のついたものも見かけたけれど、 これはちょっと貧相な実のつき方である。海老津~教育大前にて。

Img8601152千早駅から望んだ千早操車場。駅から操車場までは少し距離があり、「300mmに1.4倍のテレコン」と自分の持つ最大限のレベルでの撮影となっている。先程も出したタンクコンテナ貨・1152レの発車シーン。この列車はEF81の牽引となっており、銀釜を期待したが、この日は「既に塗装された銀釜」であった。

Img861旅行記で「昭和8年架橋」の橋をご紹介したが、その橋の南詰から撮ったもの。ここの線路は千早操車場から分岐した福岡貨物(タ)への貨物専用線。橋の下に見えている橋脚は西鉄のもので、更にその奥には鹿児島本線も走っているが、ここは純然たる単線でローカル線のような趣がある。

Img862_3上と同じ橋梁を北詰から。日暮れの遅い九州でも、流石に17時を回るとかなり露光が厳しくなる。列車の速度が極端に遅かったので、1/60秒のシャッタースピードでも何とかブレずに済んでくれた。早朝・深夜の時間帯は判らないが、北九州貨物(タ)で機関車の付け替えを行うケースが多いようで、EH500が九州内で牽引する姿は殆ど見かけなかった。

……とまあ、こんな具合で小倉から博多辺りの幹線ばかりを撮っていたので、秋らしい風情の写真は殆ど撮れなかった。ひとえに撮影者の腕の悪さに起因するものであろう。
ともあれ、ご高覧、お疲れ様でした。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年11月 7日 (水)

北九州を巡る旅(3・4日目)

3日目(11月6日)

今日ものんびり8時半に起きる。支度を済ませて9時19分の鹿児島線上りに乗り、香椎で降りる。午前中は乗り鉄の予定で、香椎線を往復しようと思う。

香椎線は途中駅の香椎と長者原で鹿児島線と筑豊線にそれぞれ接続しているが、起終点の西戸崎と宇美は独立駅となっている。炭鉱で栄えた時代に敷設された線だから、こういう変な事情になっている。

香椎→西戸崎→宇美→香椎
の順で1往復する。

Dscn3741西戸崎駅からの眺め。そう言えば海が見えたのだっけな。15年以上乗っていないから忘れていた。但しこの眺めは、高層マンション建設のために近い将来消えるらしい。

Dscn3749終点の宇美。嘗ては勝田線と繋がっていて、炭鉱列車が行き交ったというが、今はその面影もない。

12時15分に香椎へ戻り、一駅博多寄りの千早駅で降りる。ここは福岡貨物ターミナルへの貨物専用線を分岐する千早操車場の最寄だ。

Dscn3755奥にコンテナの停まっているのが操車場。元々は地上にあった香椎操車場を引き継いで、高架化後も残っているのだと言う。当時の香椎操車場は、写真左手のマンションの辺りまで線路が広がっていた由。

14時半頃まで北風に吹かれてここに留まり、一旦JRの改札を出る。私にしては珍しく

Dscn3757西鉄に乗り換える。考えてみれば西鉄に乗るのって、初めてだと思う。

貝塚まで乗り、ここから

Dscn3760こんな古い橋の袂まで歩いていく。ここでも北風に吹かれながら、17時過ぎまで粘ってみる。写真が成功していたら、ここでの成果はご説明する予定でいる。

西鉄で千早へ戻り、JRに乗り換えて博多へ17時40分くらいに帰ってきた。

博多最後の晩なので、とんこつラーメンの店を捜し歩いた。見つけた店は結構いい味で満足!

4日目(11月7日)

相変わらずで、のんびり起きる。今日は帰り道になるが、いつものように素直には帰らない。寄り道だの何だのして戻る。

博多を9時20分発の「ゆふいんの森1号」に乗る。これに乗りたいからのんびり起きになったのだ、と言い訳してみる。因みに

Dscn37691こういう気動車。2年前に鹿児島線を撮影した帰りにも「ゆふいんの森」に乗っているが、そちらはⅠ世で、 今日のはⅡ世と呼ばれる車両だ。正式にはキハ72型と云うそうで、前回との微妙な違いがお判り頂けるだろうか。

定刻に発車し、竹下の車庫や南福岡電車区を見下ろし走り、久留米から久大線に入る。前回も話題にした善導寺付近の苗木畑をこれまた見下ろして走る。

Dscn3773苗木も紅葉が始まって綺麗に見える。この苗木畑では800種類に及ぶ木々が育てられているそうで、全国一の規模を誇ると車内案内が入る。

私の持っている「周遊きっぷ・北九州ゾーン券」では日田までしか乗れないが、次の停車駅の天ケ瀬まで乗ることにしてある。乗車券も別途買ってある。

天ヶ瀬は既に大分県で、この県の温泉と言えば別府が筆頭格だろう。然しこの天ヶ瀬も温泉街として知られており、駅前に出るとぷ~んと硫黄の匂いが漂っている。嬉しいことに駅出口の横に

Dscn3776かような有難いものが湧いている。折り返しの列車まで30分あるので、束の間の「温泉気分」に浸る。後から気付いたが駅から徒歩1分の場所に「駅前温泉・入湯料100円」もあるので、1時間くらい時間が取れれば、是非オススメだ。

日田へ折り返し、これまた前回の時のように日田彦山線に乗り換える。これで田川後藤寺まで至る。

先月の旅行で伯備線から見える棚田をご紹介したが、日田彦山線からもかなり雄大な棚田が見られる。場所はアーチ橋で有名になっている大行司駅の近辺だ。

Dscn3794こちらの方が上から見下ろせるから、棚田の美しさが際立つかも知れない。棚田だの温泉だのと、40代の人間がこんな渋いものに大騒ぎしていては、60歳になった暁には渋茶でもすすって水墨画などを愛でるようになる可能性がある。

でもって。

ゆっくりできるのは、ここまで。田川後藤寺からは怒涛の乗継が2回続く。具体的に時刻を書くと

田川後藤寺13時15分着/13時19分発-後藤寺線-新飯塚13時39分着/13時43分発-筑豊本線-

となる。これは新飯塚での写真。

Dscn3801左手に見えるのが今まで乗ってきた後藤寺線の列車、右から入ってきたのが筑豊本線の列車だ。田川後藤寺から日田彦山線経由でも九州の出口・小倉へは行けるけれど、昨日書いた香椎線同様15年以上乗っていない後藤寺線に乗ろうと企んだ結果、かような忙しいことになった。
もっとも、後藤寺線はたった20分の乗車で、覚えていたのは船尾駅付近の大々的なセメント工場だけだったけれど。

この辺りは筑豊の炭鉱地帯で、各所で嘗ては国鉄線として走っていた線の廃線跡を目にした。民営化されて20年以上、今では言われなければ「ただの草ぼうぼうの築堤」くらいにしか見えないのは残念だ。

新飯塚から乗り継いだ筑豊線の列車は、鹿児島線の黒崎へと直通する。これを乗り終えてしまえば、実質本当の「帰り道」になる。黒崎から小倉までは、快速列車で15分程度だ。あとは新幹線に乗ってしまうだけ。

大判になってから集め直している入場券を小倉でも買い、コレクションが大幅に増えた。

Dscn3806

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年11月 5日 (月)

北九州を巡る旅(1・2日目)

1日目(11月4日)

名古屋を8時過ぎの新幹線で、ビュン、ビュン、ビュンと小倉まで。
実はこの新幹線、先月の芸備線行きや先々月の四国行きと全く同じ列車である。我が家を出る時間と、その先の乗り継ぎの都合が誠にいいので、西へ向かう度に同じ列車になってしまう。

ともあれ、11時17分に小倉へ着く。在来線ホームへ降りると

Dscn3702813九州では馴染みのある電車がやって来る。813系と呼ばれるもので、JR九州のオリジナルだ。

これで鹿児島本線に入り、1時間弱乗った東福間で降りる。広島辺りでは晴れていたが、ここまで来ると曇天になっている。更に午後は雨の予報だ。

撮影地ガイドに従って福間方面へ赴く。

何故か眼下に

Dscn3703何やら瓜らしい作物の見える場所で、少し撮影する。

30分程度でここを辞し、駅方面へ戻り、駅を通り越して今度は東郷方面へ向かう。通して歩いて30分程度だったろうか。今度の場所は

Dscn3704こんな池の端の辺りで三脚を構える。ただ、池は水が少なくて、本当におさかな共がいるのかどうかは、私でもよく判らぬ。

少し移動した場所でもう一度三脚を構えていると、同業者の方がやって来る。挨拶しながら撮影に臨む。私のお目当ての貨物列車は、15時23分くらいに来るのだと教えて下さる。

だが、残念なことに15時くらいから天気予報通り、空が泣き出した。傘を射してお目当ての貨物列車まで頑張る。

雨の中をトボトボと駅まで戻り、博多方面鳥栖行きの電車に乗る。今夜から3泊、博多で泊まる。

予約したホテルは、シングルだけはフロントと別館の不便な宿であった。然も連絡通路もなく、雨の中を濡れながら、道路対面の部屋へ投宿しなければならない。

晩飯は少し離れた場所を予定していたので、地下鉄に乗って出掛けたが、福岡の街は複雑でよく判らない。名古屋から時間的距離の遠い札幌の方が、街が碁盤の目状になっていて、他所者の私でも余程判りやすい。かなり戸惑って、晩飯処へ行き着いた。

2日目(11月5日)

朝はのんびり8時半頃起きる。福岡圏は列車の頻度が高いから、そうガツガツと早起きしなくてもいい。

Dscn3711雨の上がった街を人込みに紛れながら、博多駅へ赴く。前の方々は「おんもん」の書いたパンフを手に握っておられる。先入観があるからだろうが、九州は韓国人や中国人の旅行者が多いと思う。

ガチ西工の

Dscn3712bt

バスを見ながらバスターミナルを横切ると博多駅になる。ここから、9時半過ぎの笹原方面鳥栖行きの電車に乗る。

笹原とは博多から2つ目の下り方面の駅で、この先の南福岡より南は2年前に九州へ来た時にあらかた撮影してある。で、今回はここからがスタートみたいになる。

少し撮って、一駅戻った竹下でまた降りる。ここは

Dscn3715車両区と共に博多運転区がある。昔は「竹下気動車区」として車両の配置もあったのだが、現在は車両配置がなく、乗務員の所属所になっている。

あまりいいアングルも見つからずに終わり、10時54分発の普通・門司港行きに乗る。本日のメイン舞台、海老津駅付近へ向かう。1時間近く電車に揺られるうち、「内山田洋とフィンガー5」などと下らないオヤジギャグを思いつく。

さてと。

海老津駅から徒歩20分ほどで、撮影目的地に着く。足元には

Dscn3721ヘビイチゴと思われる雑草が茂っている。要するに、少し草むらへ分け入っているのだ。

三脚を構えていると今度は

Dscn3724イナゴが寄ってくる。先月はコオロギに近付かれたが、またここでも昆虫である。何で私は昆虫にばかり人気があるのだろう?

少しずつ撮影場所を移動しながら、徐々に駅へ戻っていく。日の短い季節になり、流石の九州でも16時を回ると薄暮の様相を呈してくる。少し早いが、16時21分の快速で博多へ戻ることにした。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »