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2012年10月21日 (日)

芸備線撮影旅行+α(3・4日目)

3日目(10月20日)

6時56分発の備後落合行きに間に合うよう起きる。ちゃんと起きて着替えもしたが、どうも体の具合がよろしくない。体がだるくて喉も痛い。昨夕の寒さで風邪を引いたのだろうか。

どうも行動する気になれないので、もう一度、服のまま布団に横になる。次の備後落合行きは10時47分までないが、体調不良では仕方がない。

うつらうつらとして、気がつくと1時間ほど経っていた。体のだるさも喉の痛みも取れている。時間を無駄にしてしまったが、気を取り直して10時47分の列車で出掛けることとする。

少し早めに三次駅に着き、駅員さんに許可をもらって早めにホームへ入る。ホームからは

Dscn3620ある程度の気動車も見えるが、国鉄時代に比べると断然車両数が少ない。以前は奥の転車台の方まで気動車が停まっていた。合理化で寂しい駅になってしまったようだ。

10時47分の列車に乗って発車を待っていると、70歳くらいの男性が「あんたも写真ですか? 私はプロの写真家なのでね。『おろち号』に乗るんだろ」と聞いてくる。『おろち号』とは備後落合から接続する木次線の観光列車である。

別に『おろち号』には乗らないし、自分から「プロの写真家」と言ってくるプロカメラマンは、まずいない。鬱陶しいので、適当に返事してあしらっておく。

定刻に発車した列車で、平子まで向かう。さっきのご老人は別の婦人グループを捕まえて、得々と鉄道の知識を披露している。ご婦人方も迷惑そうな顔をしている。

平子でやかましいご老人とも別れ、一人でせっせこと撮影地を探しながら歩く。まだ刈り取りの終わっていない

Dscn3622水田を見つけ、そこでカメラを構える。

一本撮った後、少し移動する。気分次第で撮影場所を決め、三脚を構えていると、足元に

Dscn3623コオロギが寄ってくる。普通、昆虫は人間を見ると逃げ出すものだが、奴は人懐こいのだろうか。

撮影を終えてコオロギさんとも別れ、別の撮影場所へ移動する。途中で渡った

Dscn3624西城川の流れを眺めている内に、午前中の嫌な思いも吹き飛んだ。

平子駅近辺で15時台の上り・下りを撮影し、駅へ戻る。次は17時41分の三次行きまで列車はないが、2時間くらい待つのは物の数ではない。

段々日が暮れて、夕刻のホームが綺麗に見えた。六曜で言う「先負」みたいな一日だったが、終わりが良ければ、まあいいではないか。

Dscn3634

4日目(10月21日)

今日も6時56分発の備後落合行きに間に合うよう起きる。今日は体調がどうであれ、これに乗らないと予定が狂って名古屋へ帰れなくなる。なので、ちゃんと起きる。

宿を後にすると

Dscn3636早朝の街は霧で霞んでいる。三次や庄原など広島県北部は、何故か早朝に霧が出ることが多い。

予定通りの備後落合行きに乗り、前日までに撮影した山ノ内や平子などを過ぎ、終点の備後落合に至る。私の切符はここから木次線に入るように作ってある。三段式スイッチバックの出雲坂根などを沿線に擁すローカル線だ。

暫く待って、木次線の木次行きに乗る。発車を待つ内に、さっきまで乗ってきた芸備線の列車が三次行きとなって折り返す。

Dscn3652左が三次行き、右がこれから乗る木次線の車両である。形式はどちらもJR西オリジナルのキハ120だが、線区によってカラーリングが異なっている。

寸暇をおかず、木次行きも発車する。客は芸備線から降りた4人がそのまま、木次線の客となっている。日曜日だから少しは観光客もいるかと思ったが、意外なほど少人数だ。ここら辺りのローカル線も、いつ廃止の話が出るか判らないような状態ではある。
とは言え、私も木次線に乗るのは20年ぶりだ。他人をとやかく言える立場ではない。

昨日書いた観光列車の

Dscn3661『奥出雲おろち号』とは、出雲三成で交換し、11時20分に木次へ定刻着。

ここからは更に宍道まで行って、山陰線に出る予定である。次の宍道行きは12時10分発、但し時刻表の当該列車に「第3日曜日は運休・代行輸送あり」と注記がある。今日、10月21日はまさしく第3日曜日である。

勿論、これは承知の上……と書きたいところだが、実は予定を立てた段階でビンゴだとは気付かなかった。切符も作ってもらい、予定行程を見直していて、初めて気付いたのだ。

幸い、終点の宍道では岡山へ出る特急「やくも」に1時間もの乗り継ぎ時間がある。代行輸送もあると書いてあるから、どうにかなるだろう。

駅員さんに案内されて駅前で待っていると、

Dscn36672

代行のジャンボタクシーがやって来た。前の車は「各駅停車」用、後ろの車が「宍道まで直行」用の車だそうだ。駅員氏に切符を見せ、後の車に乗り込む。

タクシーは木次線の線路にほぼ沿った道を走る。途中で

Dscn3671踏切を渡ったりするのも、代行輸送ならではの余興ではないか。

直行便は結構順当に走り、列車の時刻と同じ12時44分に宍道駅前へ着いた。流石、プロの運転手さん、時刻まで正確でお見事である。

ここからはさいぜん書いた「やくも」で岡山へ出て、あとは新幹線に乗って名古屋へ帰るだけだ。とやかくは書きたくないが、もう一つだけ。

「やくも」の車窓で有名なのは、宍道湖と大山の山並みが代表格だが、私はもう一つ見ておきたいものがある。区間としては伯備線の備中川面から木野山にかけての辺りである。

Dscn3680ちょっとお判り辛いが、石垣の積まれた棚田の景色だ。渋過ぎてオジン臭い景色かも知れない。だが私はここを通るのが楽しみだ。日本の原風景を見ているようで、自分が日本に生まれたことを感謝したくなる車窓だと思う。

と、まあ主観で長々と書いてきたが、ともあれ今回も無事に戻って来れた。列車の遅れもなく、風邪も悪くならず、10月らしい撮影+αだったと思っている。

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コメント

こんばんは(^o^)おじゃまします。
いきなり胡散臭い人物に遭遇してしまったのですね。
まぁ表現は乱暴かもしれませんが、旅先には何故か悪い印象の、かまってちゃんが表れる時がありますよね。
さて車庫の風景、寂れた印象ですがある意味これも味のある風景かなと思います。
そして川を渡る風景の綺麗なこと!これぞローカル線ならではの風景ですね。
曜日指定の代行輸送、こんなのあるんですね経費削減の手段なのでしょうか、、、鉄道ファンにとってはちょっと複雑な気分になる処置ですね。
最後の写真の棚田は意外でした。棚田は急斜面でのイメージが強かったのですが、このような石垣をつかった緩やかな棚田もあるんですね(^^)
風邪は悪化しなかったのはなによりですが、この時期の風邪はけっこうしつこいので、どうか本日はゆっくりとおやすみください。
おつかれさまでした(^^ゞ

投稿: レッドライン | 2012年10月21日 (日) 22時53分

架線の無い景色‥子供の頃、電車=市電の街で育った者としては、国鉄を思い出させてくれるいい雰囲気です。

投稿: suzuran6 | 2012年10月22日 (月) 08時27分

こんばんは。
無事帰還お疲れ様でした。
天気も良く、風邪も大事には至らず良かったですね。
変な爺さんがタマにキズでしたね。

非電化で邪魔物もなく、秋の風景がいいですね~。
国鉄時代は気動車や客車がたくさん留置してありましたね。
現在は単行が多いので、寂しくなってしまいましたね。

投稿: N市のT | 2012年10月22日 (月) 22時11分

こんばんは。
出撃お疲れ様でした。
風邪悪化しないで何よりでしたね。
田舎の風景が心地よいですね。
水田、こおろぎ、棚田・・・いい雰囲気です。
木次線はいつか乗ってみたいです。
いつかのんびり乗り鉄したいですね~

投稿: vanagon714 | 2012年10月23日 (火) 21時22分

こんにちは。
出撃ご苦労様です。旅先での体調不良は怖いですね~。私も経験があり、薬の携帯を心がけています。復調し日程をこなすことが出来よかったですね。
芸備線沿線はとても気に入っています。1978年、94年に訪れました。三次の朝は霧ですね~。78年にはまだ扇型庫も健在でキハ10系や旧客、50系客車で賑わっていました。94年は自転車持参で三次から江の川沿いの田舎道をのんびり下って行きましたね~。私も石垣の棚田の写真も撮りました。鉄道は寂しくなりましたが、ここはまた訪れたい場所の上位にあります。

投稿: tunnel_no2 | 2012年10月24日 (水) 10時59分

>レッドラインさんへ
こんばんは。コメント有難うございます。
胡散臭いお相手、遭遇するのは初めてではないですけれど、何故か年寄りの方に多いようですね。家で構ってもらえないのかなぁと思いながら、テキトーに相手して、ある程度話したら後はシカトです。
自分はこうした老人にはなりたくないなと思います。
初めて三次に行った時には、キハ20・58・23・40などが思い思いに屯していました。それを思うと、寂しさは禁じ得ません。
川の風景は心が洗われます。晴れ空に映える川面は、いつ見てもいい気分です (^ ^)
代行運転の件ですが、線路の保守点検のためです。利用度の低い曜日や時間帯を狙って、こうしたことがちょくちょく行われています。
棚田と云うと、仰せのように急斜面を想像される方が多いと思います。あれだけの緩斜面に広がる棚田は、全国的にも珍しいような気がするのですが……それも石垣できちっと区切られているのが、お気に入りのポイントです。
風邪のことは蛇足だったかと思いますが、お蔭様で大事に至らず今日と相成っております。ご心配頂き有難うございます。

投稿: レッドラインさんへ | 2012年10月24日 (水) 19時55分

>suzuran6さんへ
架線がないと、スッキリしていていいですよね。個人的にはハエタタキがあるともっと雰囲気があっていいのですが、今は邪魔なケーブルに取って代わられているのが残念です。

投稿: suzuran6さんへ | 2012年10月24日 (水) 19時59分

>N市のTさんへ
こんばんは。
100点満点の旅行って、まずないですよね。
色々起こって、それだからこそ思い出として残るのでしょう。
変な爺さんも、そんな思い出の一つとして考えることとします。
風邪の件は蛇足だったと反省しております。お蔭様で大事に至らず、今日まで来ております。

私が初めて三次に行った時、既に客レはなかったと記憶しています。ただ、レッドラインさんにも書きましたように種々雑多な気動車が多く居たことが今も印象に残っています。
ワンマン専用のキハ120が5~6両、はちょっと残念ですね。
旅行中、清々しさが強く脳裏に残りました。

投稿: N市のTさんへ | 2012年10月24日 (水) 20時13分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
風邪の件は、余分なことを書いてしまったと反省しております。お蔭様で大したこともなく、直ぐに元に戻りました。ご心配をお掛けしまして、申し訳ありません。
好天にも助けられて、いい旅が出来たと思っています。
こおろぎさん、何故、寄ってきたのか今も疑問です (^ ^)
でも、つくづく感じるのは田舎の良さですよね。風景が心を包み込んで浄化してくれるようです。
木次線の末端部分は一日3往復と、絶滅危惧種並です。珍しいスイッチバックもありますし、そちらからは遠いとは思いますが、早めに乗られることをお勧めします。

投稿: vanagon714さんへ | 2012年10月24日 (水) 20時23分

>tunnel_no2さんへ
こんばんは。
風邪の件は皆様にご心配をお掛けし、蛇足だったと反省しております。
私も風邪薬は常に携帯しており、この時も飲みました。そのためかあらぬか、大事に至らずに済みました。
私は三次に泊まったのは3度目だと記憶しています。「初めて」は三江線に乗った後に泊まった84年だったと思います。仰せの扇型庫もありました。客レは既にありませんでしたが、「広ミヨ」標記の気動車が懐かしいです。
三次の霧や石垣棚田をご理解頂けると、大変嬉しいです!!
江の川沿いを下った行かれたと云うことは、三江線伝いに江津方面へ向かわれたのですね。大雑把には「下り」ですが、途中にはアップダウンも多くあったはずで、ご健脚ぶりに頭が下がります。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2012年10月24日 (水) 20時40分

こんばんは
撮影旅行お疲れ様でした。その後は体調の悪化もなかったのでしょうか。季節の変わり目なので大事にしてください。
今でも代行輸送って行われているのですね。
道内だと士幌線しか思い浮かばす、平成の世に存在するとは知りませんでした。
ポジの仕上がりも楽しみにお待ちしております。

投稿: kattsu-mqc | 2012年10月24日 (水) 22時17分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
お蔭様で旅行も無事に終わり、風邪も悪化することなく、事なきを得ております。ご心配をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。
レッドラインさんにもお書きしましたが、代行輸送は線路の保守点検のために、毎月日にちを決めて行われています。ですので「毎日」と云うほど定期的なものではないのですが、ビンゴしちゃうとこういう憂き目にも遭うのです。鉄道に乗れなかったのは痛いですが、ある意味貴重な体験が出来たとも思っています。
今回は写真屋さんの都合でポジの上がりが遅れますが、お待ち頂ければ幸甚です。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2012年10月25日 (木) 21時49分

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