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2012年9月

2012年9月25日 (火)

コード番号0004

Dscn31370004

LED方向幕で、行先・系統番号などを設定する入力装置。

私たちの職場では、案内放送に方向幕が連動するように設計されているので、直接この装置を触る機会は滅多にない。但し、装置の上に赤で光っている4桁の数字は、現在表示している方向幕の内容を示すものなので、誤作動がないかを確認するため時々見る。

この4桁の数字なのだが、私共の職場ではどこの営業所でも共通のコードがある。コード番号「0001」は「白幕(職場の名前が表示される)」を表示する。「0002」は緊急時の「故障」表示、「0003」は「貸切」を表示する。

そして、「0004」は「回送」を表示する。

仕事を始める時の回送は緊張しているけれども、仕事が終わった後の回送は気持ちのいいものだ。お客様を乗せている訳ではないから、制限速度一杯でぶっ飛ばす(私だけか?!)。鼻歌の一つも歌いたい気分でハンドルを切る。やれやれとの気分も交錯する。
そんな時、表示されているコード番号が「0004」なのだ。

お客様が見られる機会は滅多にないコード番号だが、私にとってはご機嫌なコード番号なのである。

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2012年9月19日 (水)

黄色い吊り革

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昨年度導入された、私共の新しい車両。優先席付近の吊り革が黄色い警戒色となる変更が加えられた。

優先席付近が黄色い吊り革に変えられているのは、私たちの職場だけではない。公共の乗り物全般に行われている。下は過日乗った、仙台付近のJR車両(701系電車)。

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一目で「優先席付近」と判るように、吊り革ごと変えられている。

ところで、優先席付近と判るようにして、何に気をつければいいのだろうか。私も疑問に思ったし、職場でも少し話題になった。で、月に一度ある業務習得の時間に、ある同僚が質問した。「優先席付近であることは判った。何を注意喚起しているのか?」。

すると帰って来た上司の答えは

「優先席付近なので、携帯電話の電源を切って欲しいとの注意を促している」

とのことだった。私のケータイ嫌いは以前にも別記事で書いた通りだが、そう云う意味合いが込められた黄色だそうである。

車両メーカーなどへお勤めの方で、この解釈が間違っていると思われる方がおられたら、是非ともご一報頂きたいと思う。私共はあくまで、そう云う説明を上司から受けただけなので。

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2012年9月13日 (木)

土讃線須崎近辺での写真

須崎を中心とした先日の旅行のフィルムが上がってきた。自分なりに気に入っている写真も色々あるけれど、諸事情によりここでは7枚の写真をご披露するだけに留めようと思う。

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多ノ郷(おおのごう)付近で撮った、俯瞰写真。空が曇り気味で残念だが、手前の民家の物干しが雑っぽくて、何となく気に入っている。多ノ郷駅から大間寄りにて。

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斗賀野駅から撮った一枚。右側の工場から出ている煙が野焼きみたいで、何となく秋っぽい雰囲気かなぁと思って。襟野々方面を向けてカメラを構えている。

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旅行記では「吾桑駅でも降りて少し撮った」と簡単に書いたけれど、その吾桑駅付近での写真。山深い雰囲気に思われるだろうが、実はこの画面の右側には茫々とした畑地が広がっているのだ。ちょっとしたトリック写真みたいで面白いかと思い、アップすることにした。吾桑~多ノ郷にて。

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安和駅から徒歩10分くらいの、俯瞰撮影地より。ここは鉄道写真攻略本などでも紹介されており、流石にそれだけの景色ではあるなと思う。区間は土佐新荘~安和、列車は特急「南風」。

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平凡な田園風景だが、バックの萱葺きの民家に惹かれてアップすることにした。単行の気動車は寂しいが、この構図では単行だからこそ写ってくれた景色かと思っている。影野~六反地にて。

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旅行中、暑い日が多かったけれど、僅かに見つけた秋はコスモスの花だった。列車と共に画面に入れるのが難しくて、こんな前ボケにするのが精一杯だった。影野~六反地にて。

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窪川駅から徒歩5分程度の、狭い陸橋から撮った「南風」の発車シーン。当の陸橋は狭い割には車通りが多くて、三脚は立てられず、手撮りである。まあでも、列車も程々に駅にいるし、雨に降られたお蔭で線路がヘッドライトで光っているし、こんな写真もアリかと。窪川駅から仁井田寄りの陸橋にて。

全部で60枚のフィルム写真を拵えているのだが、あまり多くを載せるとくどくなってしまいそうなので、これだけにさせて頂こうと思う。
ご高覧の程、御礼申し上げます。

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2012年9月 9日 (日)

四国の県庁所在地を全部通る旅(4・5日目)

4日目(9月8日)

今日からは実質戻りにかかる。とは言え、素直に戻る訳ではない。寄り道や遠回りなど色々する。

取り敢えず、窪川駅付近が撮影したいので、まずは帰るのと反対方向の窪川行き列車に乗る。窪川着が9時前、駅近くの小さな陸橋から2本の上り列車を撮る。流石に今日は少し雨に降られる。

撮影し終えて駅に戻る。ここからは更に逆行して土佐くろしお鉄道(旧・国鉄中村線)の終点・宿毛まで行ってみたい。駅へは思ったより早く戻れたので、途中の中村まで行く列車がまだ発車を待っていた。

Dscn3444中村までは国鉄時代の約30年前に乗ったことがある。今回は「四万十・宇和海ゾーン」の周遊きっぷで来ており、この切符で中村より先への宿毛までも乗れるようになっている。折角なので、一度行ってみたいと思っていた。

予定していたより一本早い中村行きで、旧国鉄中村線を南下する。30年昔の記憶は殆どないが、黒潮が洗う土佐の海を眺めながらの旅はいいものだ。

中村へは11時過ぎに着。少し待合時間があるので、駅構内を眺めてみる。ひょっとして、これって

Dscn3455国鉄時代の給水ホースではないかなぁ?

さて、

Dscn3450に乗り込み、岡山からの「南風1号」の接続を待って発車。30年前に中村へ来た時、当時この辺りに住んでおられた恩師が「あれが建設中の宿毛へ行く線よ」と高架橋を見せて下さった。あの高架橋を、今、自分は走っているのだ。延伸した土佐くろしお鉄道も奮闘しているなと思う。

鉄建公団の建設した新線だから踏み切りは一箇所もなく、30分で宿毛まで行く着く。ちょうどお昼時なので、私も折り返し時間を利用して軽い昼食をとる。

宿毛は今来た列車が折り返すものかと思っていたが

Dscn3457隣に別の列車が停まっており、左の列車から右側の列車へと乗る車両が変わる。余裕のある車両運用をしているなと思う。

中村へ戻り、ここからは特急「南風」で今夜の宿泊地・阿波池田まで一気に駆け抜ける。さっき通った荷稲から若井へ向けてのループ線を逆に上り、窪川、そして昨日撮影した影野や安和付近なども特急の窓から散見する。3日泊まった土佐新荘も呆気なく通過する。

途中晴れたり雨になったり、不安定な天気だが、ともあれ15時過ぎに2つ目の県庁所在地駅

Dscn3464【高知】に着く。少し長い停車があり、客層も入れ替わる。流石に大きな街だと思う。

更に遡り、新改のスイッチバックや橋上の駅・土佐北川、やがては大歩危小歩危の峡谷を過ぎて、16時19分、予定していたより早い時間に宿泊地の阿波池田に着いた。

ここは、“変わっていない普通の”ビジネスホテルが予約してある。早く着けたから、宿でのんびり休んで、★でもしに行こうと思う。四国最後の夜だから、盛大に飲みたい。

5日目(9月9日)

元々この旅行は、前日の文で書いた「中村に住んでおられた恩師」にお会いしたいと思って企画した。今、その恩師は徳島にお住まいで、ご都合がよければ昨晩にでもお会いしようと思っていた。
ところが恩師の娘さんの出産予定日が重なっているとのことで、今回はお会いできないことが判った。でも折角だから久々に徳島に足跡を残したいなぁと、そんな発想からあれこれ時刻表と格闘して、結局、こんな旅行になったのだ。

阿波池田から素直に帰らないために、徳島線・高徳線経由として、高松から岡山行きの快速「マリンライナー」に乗れば、表題の件は達成できる。で、朝はゆっくり起きて、9時半過ぎの徳島行きに乗る。時間に余裕があるので普通列車でいい。

「四国三郎」の吉野川が見える左側の席を確保して、吉野川や収穫の始まった水田地帯を眺める。そう云えば、以前は徳島本線の急行列車に「よしの川」との名称があった。

各駅に停まりながら、11時半くらいに

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【徳島】へ至る。乗車券は一駅手前で接続する佐古から高徳線へ入るようになっているので、徳島⇔佐古の往復券だけ予め手に入れておいた。

一通りの鉄活動をして、今度の高徳線が発車する1番線で列車を待つ。目の前は

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徳島の気動車区で、前記事にkattsu-mqcさんがコメント下さったように、ここではまだまだ「気動車王国」の匂いが強くする。この車庫から、12時くらいに

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この気動車が方向幕を「高松」と掲出して、入換作業に入った。私が待つ12時16分発の高徳線はこの車両が使われるらしい。ご存じない方もおられるかと思うけれど、これはJR四国のオリジナルで1500型という。普通列車用気動車として、今も増備が続けられている形式だ。

定刻に発車して、普通列車だからまたのんびり走る。高徳線は単線ながら特急も多く走っており、交換の他に追い抜かれのためにも屡、5分程度の停車がある。目的の高松に着くのは14時41分の予定になっている。

右窓に鳴門海峡の海をチラチラ眺め、列車の遅れもなく、時刻通りに

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香川県の県庁所在地【高松】へと到着した。香川県は瀬戸大橋を渡って初めに通る県なのに、松山回りで旅行したために通るのが最後になってしまった。ちょっと申し訳ない気もする。ともあれ、表題に嘘偽り無しの状態と相成った。

さあ、ここからはさいぜん書いた「マリンライナー」で岡山へ出るだけだ。ちょっと贅沢して「マリンライナー」は2階の

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グリーン券を買っておいた。ちょっと高い位置から見下ろす瀬戸内海も乙なものだろう。

岡山からは新幹線に乗り継ぐだけで、名古屋には18時08分に戻ってきた。外はもう薄暗く、日暮れが早くなったなとしみじみ思う。秋の彼岸まで、あと2週間ばかりである。

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2012年9月 5日 (水)

四国の県庁所在地を全部通る旅(1~3日目)

1日目(9月5日)

先日、撮影に出たばかりだが、9月は9月で休暇を押さえてあるのでまた旅行に出る。今回は4泊5日の予定である。

四国へ行くのであるから、例によって新幹線でビュンと岡山まで、そこから瀬戸大橋を渡る特急「しおかぜ」にて松山へ至る。名古屋を出たのが8時過ぎ、松山には13時過ぎに着いた。

Dscn3379先ずは愛媛県の【松山】を通る。今回は土讃線の末端部分、須崎から窪川辺りが撮影目的地なので、ここは僅か11分の停留でほぼ素通りする。次は宇和島行きの特急「宇和海」で宇和島まで行く。

慌しく発車し、内子線に入ったら眠くなった。居眠りする内に八幡浜に着き 、更に進んで14時43分、宇和島に着く。

50分近く待って、今度は予土線の鈍行で窪川へのんびり歩を進める。名古屋を出た時は晴れていたが、宇和島では雨になっている。雨の中をひたすら鈍行で太平洋側の窪川へと出る。

窪川へは17時49分着。ここから宿のある土佐新荘まで、また鈍行に乗らなければならない。土佐新荘とは、須崎の一駅下り寄りである。次の鈍行は約1時間待ち。

Dscn3393窪川で既にこんな暗さだ。18時45分にやっと出発し、土佐新荘には真っ暗になった19時13分定刻着。駅には

Dscn3397が住み着いている、何か変わった駅だ。

駅から近い「ビジネスホテル」へ赴くと、フロントのおばさんは私に鍵だけ渡して、食事などの都合も一切聞いてくれずにさっさと何処かへ車で帰って行ってしまった。

入った部屋も、ビジネスホテルだか学生の下宿だか判らないような、何か中途半端な造りである。兎も角ここで3泊するから、この風変わりな雰囲気に慣れるしかない。

幸い、宿の前に大きなスーパーがあるので、そこで弁当などを買い込んで宿へ戻り、今はその風変わりなホテルの部屋でこれを書いている。明日からは天気が悪いそうだし、どうやって日々を過ごそうか、かなり知恵を絞らねばならない。

2日目(9月6日)

朝はゆっくりと8時半に起きる。意外にも外は雨ではない。9時43分の高知行きに乗ることは確かだが、天気を見ながら行動するよりないだろう。

列車に乗り、少し考えて多ノ郷で降りてみる。駅近くに跨線橋などもあり、写真も程々に撮れそうだ。

Dscn3400こんな感じで線路を俯瞰する。隣の大間駅までは間近なので、一駅歩く。

空を見上げると、いわし雲が湧いている。

Dscn3402まだ暑いけれど、季節は徐々に秋へ向かっているようだ。

昼過ぎの列車で斗賀野まで上る。この駅はJR四国のホームページにも乗っているので、駅を見てみたい。

降りて気付いたが、自分は2年前にこの駅で降りたことがある。まあいいっか、折角降りたのだからと

Dscn3405チョウチョさんを眺めたりしながら、のんびり撮影する。

この後、吾桑でも降りて少し撮影し、宿には17時前に戻った。

今日はちゃんと夕食を頼んでおいたが、流石は南国土佐、

Dscn3423カツオのたたきがメニューに入っていた。

3日目(9月7日)

朝は人並みの時間に起き、7時13分の下りで一駅乗った安和まで行く。例によって「駅付近にいい撮影地あり」とネットで見てきた。

徒歩10分くらいの高台へ上って、さっき降りた安和駅付近の写真を撮る。取り敢えず今は

Dscn3424海の写真だけで堪忍して下され。上手く撮れていたら、また後日、記事に貼り付ける。

潮騒の音も心地よく、10時半過ぎまでここに居ついていた。

11時18分の下りで、更に南の六反地まで行く。ここから一駅・影野までの間を撮り歩きながら戻ろうと思う。沿線は

Dscn3433平凡な田園地帯だが、歩いているとそれなりにネタが見つかるものだ。幸い今日も晴れて暑いが、日に焼けながらゆっくりと影野方面へ戻る。
途中でシャッターレリーズが壊れてしまった。先日の旅行でもベルトが壊れたし、どうもこの所、○っこさんのタタリの様相を呈している(スイマセン、超ローカルネタです・汗)。

気の向くままに撮り歩き、影野駅には16時少し前に着いた。

Dscn3437駅舎からは線路を渡る島式ホームだが、待合場所の木造りに安堵感を覚える。

16時44分の須崎行きで、今日も早々に宿へ戻る。早く帰らないと、宿のおばさんが夕食を作らずに帰ってしまうのだ。変わった宿だが、3日も泊まると要領が判ってくる。ここの宿は今夜が最後だが、兎も角夕食さえマトモに食べさせてくれれば文句を言う筋合いもないのだ。

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2012年9月 1日 (土)

富田駅と三河地区での写真

先日の「変形日焼け」の時のフィルムが上がってきた。今回は特に富田駅での写真はかなりの“量産”をしてまっていて収拾がつかない。
それで富田での写真は、三岐鉄道→富田→四日市の流れの写真を、一本の列車のようにまとめてアップしてみることにした。それでも枚数は多いが、まあ宜しければお付き合い下され。

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ED45の重連に牽かれて、セメントタキが三岐鉄道の連絡線からJRの富田駅構内へ入ってきた。連絡線は右方から大きくカーブして入っており、写真で左手に伸びているのが名古屋方面への関西線である。

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列車の到着を待っていた誘導員が、手を挙げた辺りにEDとタキの連結部がかかるように列車は停車する。右側の留置線では、次に牽引するDD51が既に待機状態。

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列車の停止と共に、直ぐ誘導作業員が連結器に取り付き、EDとタキを解結する。

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“単機”となったEDが引き上げてスイッチバック、駅構内の留置線へ向かう。

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間髪を入れる間もなく、JRのDD51が留置線から出てくる。誘導作業員も乗り換えている。

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先程のEDと逆の流れでスイッチバックしたDD51がタキに連結されていく。

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列車によって待機時間は10~30分程度と異なるが、ともかく関西本線の開通を待って四日市へ向けセメント貨が発車していく。これは駅南方の踏切から。

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これも同じ発車シーンを、駅ホームから眺めたもの。こうして、一連の流れが終了する。
逆方面への列車の場合も、機関車の引き上げ方向が変わるだけのことで、ほぼ同じ流れで作業が行われる。

この他に富田駅では、ちょっと面白いシーンを撮ったので1枚だけ。

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「突放」によって堕走する貨車を扱う作業員。三岐鉄道のEDは富田駅で待機中、こうした作業を行うこともある。現在は殆どの貨物列車が突放禁止のコキで組成されているため、こうしたシーンを見られる場所も限られるのではなかろうか(千葉臨海鉄道ではコキでも突放をしているらしい)。
また、三岐鉄道のED45について概説だが、製造年は1950~63年くらい、自社発注の車両の他、東武や富山地鉄からの移籍車もあるとのこと。東洋と東芝製だそうだ。

さてと、以下は2日目に撮った東海道線での写真。

Img833373

8月も下旬になって、稲穂が少し頭を出し始めた。ここは豊橋から2駅下り寄りの愛知御津~三河大塚だが、豊橋に近くともこうしたのんびりした景色は結構多い。バックの木々は蒲郡特産のミカン。電車は特急用の373系で、多分検査の都合などから所属の大垣より飯田線の始発・豊橋へ回送されるものだと思う。

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過日の記事で特集を組んだ「トヨタロングパスエクスプレス」。直流区間では「桃太郎」ことFE210が牽引する。ここは相見駅から少し岡崎寄りへ歩いたところ。始発の笠寺を出るのが12時34分なので、ここの通過時刻は13時前後と踏んでいたが、どっこい13時25分くらいににやっと通過した。ここではこの後もう一本、熊本始発の貨物を撮る予定でいたが、「どう考えても通過しなければいけない時間」を30分以上過ぎても通過しないため、玉砕(諦めた)。

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三河塩津駅から三ヶ根寄りへ歩いて直ぐの陸橋から。ここはトラック時代に何度も通っており、その度に「一度降りて写真を撮りたいなぁ」と思っていた場所である。20年以上ぶりに願いが叶ったということ。時間が遅くなってしまったので車体側面が逆光だが、俯瞰するカーブの雰囲気がいいかなと。右下方へ分かれている線路は、名鉄蒲郡線。

と云った具合で、長々とお付き合い頂きまして有難うございました。

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