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2012年6月 3日 (日)

私が見て来た音威子府駅

Dscn2877過日の記事で「後日別記としたい」と書いた音威子府駅のことを書こうと思う。

「オトイネップ」は私が北海道の中で最も好きな駅名だ。以前にも書いたけれど、アイヌ語の「川口が濁っている所」を意味する「オ・トイネ・プ」に宛て字をして、こうした地名・駅名が生まれたとか。

そんな音威子府の駅、駅舎は新しくなっているが、現在でも木の温もりを大切にしているという。列車改札案内にも

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こうした形のものが掲げられており、駅の意図する所は私にも伝わってくる。

駅舎内には

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こう云うものもあったけれど、正直言って展示物はお粗末なものだった。なのでここでは、省略させて頂く。

駅員さんに許可を頂いて、駅ホーム内に入ってみた。一番初めに目に付くのは

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この古めかしい跨線橋だ。国鉄末期の1987年3月に見た時も、このままだった覚えがある。内部をちょっと観察してみる。

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所謂「渡り廊下」の部分。手摺りなどちょっと新しいものも目に入る。だが、天井部分は古めかしい昔のままだと思う。

階段部分。

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Dscn2880残念ながら現在では、冬季の滑り止めのゴムラバーが張られてしまっていて、あまり古めかしい感じは受けない。新しい手摺りもついている。バリアフリーが叫ばれる現在、この程度のことは我慢せねば仕方ないのだろう。

ただ、階段部分を側面から見ると

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電化された他線区などで見られる「下部のかさ上げ」がない。昔の純正の姿を留めているのだと思う。電化は程遠い宗谷本線だから、この部分は暫くは手直しされることなく過ぎるのだろう。

2・3番線ホームに現存する上屋も、往年の姿を留めている。

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塗装のし直しなど致し方ない部分はあるが、何かかなり古い代物であることは素人の私にも判別がつく。

梁の部分をアップで眺めてみた。

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この無骨な造りはどうだろう! 建造物に詳しくない私でも「ははぁ~、よく造られているな」との感想ぐらいは思い浮かぶ。古物のレールを複雑に組み上げて作った梁は、芸術品に近い感情を湧き立たせてくれる。

ところで、例の如く、これらの古レールは何年のものなのだろうとの疑問が浮かぶ。全てが一致している訳ではないだろうが、私が見つけた範囲で

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「1903」の文字が目に飛び込んできた。今が2012年だから、100年以上昔のものと云うことになる。廃物利用とは言え、レールがかくも長持ちするとは立派なことだ。

さて、話はちょっと変わるのであるが。

音威子府といえば駅そばが有名だそうで。私も今回初めて、食することが出来た。

Dscn2868

こんな暖簾のかかるそば屋さんから出て来た「天ぷらそば」は

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かような色黒の麺のそばであった。音威子府の駅近辺を歩いてから駅へ舞い戻ったのであるが、似たようなそばは近所の蕎麦屋でも特産品として売られていた。「音威子府のそばは、黒い」。今回しっかり身についたことなのであった。

あと一つだけ。私は最近、マルスになってからの入場券を再度集め直している。で、みどりの窓口へ行って「入場券を下さい」と言うと、出て来たのは

Dscn2861

硬券の入場券なのであった。夕張線の清水沢だけに存在すると思っていた硬券だが、意外にも、“憧れの”音威子府駅にも立派に存在しているのであった。道理で、入場券をわざわざ買い求めに来る人が多いはずであった。

マルスがあるから端末の入場券も発行してくれたけれど、結局私は2枚の入場券を手にして、音威子府駅を後にしたのであった。

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国鉄・JR」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
音威子府の跨線橋いいですね~
3線跨ぎで階段も広いので昔は相当の乗客が渡ったのだろうと想像できます。
ホームの陸屋根も凄い造りですね。
古レールは永遠ですね。

有名な黒い蕎麦、私もいつか食べてみたいと思います。
以前テレビでやってましたが駅蕎麦研究家の方によると
音威子府の黒い蕎麦はナンバー1なのだそうです。

投稿: vanagon714 | 2012年6月 3日 (日) 22時43分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
あの跨線橋、外観は超一級ですね! 私も凄く気に入りました。
貨物のあった頃の名残で3線跨ぎとなっており、尚且つ幅も広いですから、かなりの乗降客があった証でしょうね。
2・3番線の上屋屋根も「まあ、よくこれだけ複雑にレールを組み合せたものだ」と感心して暫く見入っておりました。本当に芸術の域に達していると思いますよ。

駅そばは、料金の割に美味しいそばでした。食べ得と言いますか……(変な表現ですが)。駅そばまでこんなに黒い麺だとは知らなかったので、出てきた時には「おぉ~!」って感じでした。

投稿: vanagon714さんへ | 2012年6月 4日 (月) 01時47分

こんばんは。
現在は閑散としている音威子府駅ですが、蒸気機関車現役時代の天北線のある頃はたくさんの乗客で賑っていました。
夜行の『利尻』で朝3:08に到着して4:16発の天北線の列車があって何回か利用した時は乗り換え客が多数いました。

私もこの跨線橋を何回も跨いだのですね~。
年代物で味があっていいですね~。


蕎麦は昔から有名でした。
以前はホームにありましたが、現在は待合室にありますね。
家族でrvcarで行った際に食べました。
遠軽の「玉砕蕎麦」とは違って容易且つ気軽に食べられるので安心ですhappy01
私の中でもこの黒い蕎麦はナンバーワンではないかと思います。

投稿: N市のT | 2012年6月 4日 (月) 19時53分

>N市のTさんへ
こんばんは。
私も国鉄の最終末期に音威子府の駅で乗り換えをしています。天北線があった時代です。
確かに蒸機時代ほどではないにしても、今のような閑散とした駅ではなかった記憶です。結構乗り換え客がいて、この地方のターミナルのような雰囲気でしたね。
例の「天北線資料室」には往時の配線が模型で再現されていました。貨物もかなりの活気があったようですね。今は草ぼうぼうの空き地ですが、線路がびっしり張られていたみたいですね。

跨線橋は昔の記憶と変わらず、いい味を出していますね。

皆さんのブログで「音威子府の蕎麦はいい」と散々伺っていたのですが、私もこれでやっと一人前に口を利くことが出来るようになりました。きちんと営業していてくれる所が有難いですwink
かくなる上は「玉砕蕎麦」の攻略と云うことになりましょうか……。

投稿: N市のTさんへ | 2012年6月 4日 (月) 21時47分

こんばんは
昭和の頃はこんな跨線橋が普通に見られましたが、すっかり姿を消してしまいましたね。ホームの上屋とともに国鉄時代を伝えてくれる貴重な建造物ですね。

最後に音威子府駅へ降り立ったのはまだホームに蕎麦があった頃でした。
N市のTさんのコメントにありますが、下り「利尻」の到着時間に営業していたと思います。さすがに味の記憶は消えていますが、黒くて太い蕎麦はしっかり覚えています。

投稿: kattsu-mqc | 2012年6月 4日 (月) 22時38分

悔しいのですが、この有名なおそばを食べたことが無いのです(涙)

音威子府の駅には訪れたことがあります(よかったぁ~)。しっかりと硬券の入場券もあります!!ただ残念なことに、跨線橋の記憶が…絶対に通ったはずなのに…いや、昔の跨線橋はどれも同じ様な味のある跨線橋でしたので、特に意識はしなかったのだと思います。
近所の月寒駅にはありませんでしたが、白石駅には立派な古い跨線橋がしっかりとありました。

投稿: suzuran6 | 2012年6月 5日 (火) 05時18分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
国鉄だった昭和の時代、私も意識せずにこうした跨線橋を眺めていました。仰せのようにあって当たり前のものと思っていましたものね。
駅舎自体は綺麗なものに建て直されていますが、一歩改札を入ると昭和の世界へタイムスリップです。こうした建造物はできるだけ建て直さずに残して欲しいものです。

自分が初めて音威子府を通った時も、まだホームの中にそば屋があったはずです。ただ当時は貧乏学生で、駅そばのような高級品は滅多に食べられませんでした。後年になって有名な駅そばだと知った次第ですが、あの黒くてしっかり太い蕎麦は大変印象的ですね。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2012年6月 6日 (水) 00時26分

>suzuran6さんへ
そうですか。元道民の貴兄でも、あの蕎麦は食べられたことがないと……。位置的にも奥の方になりますし、意識しないと食べられるものではありませんよね。
でも、硬券入場券はお持ちなのですね。私も過去帳を見てみましたら、昭和62年3月のものがしっかり残っておりました。平成も24年になって、まだ硬券として残っているのは奇跡に近いことと思います。
跨線橋、行かれたのですから渡ってみえる筈ですよね。実際、kattsu-mqcさんも言われていますが、国鉄時代はああした形の跨線橋が当たり前にありましたから特別意識しなかったのでしょうね。
昔の北海道のことは全然存じ上げませんが、白石駅には往時の跨線橋が存在したのですね。月寒駅に関しては……貴兄の駅模型再現記事を楽しみにお待ちしております!!

投稿: suzuran6さんへ | 2012年6月 6日 (水) 00時44分

こんばんは。
音威子府駅は何とものどかでいいですね。しかし
25年前とほとんど変化がないというのも…。

黒蕎麦は栄養価が高そうで、おいしそうですね。

硬券の入場券はこれからますます珍しくなりそうですね。
時代の流れには逆らえないということでしょうか。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2012年6月 6日 (水) 20時22分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
こんばんは。
閑散時に行ったこともあって、余計のどかな雰囲気になっているのだと思います。変化がないからこそ、いいのではないでしょうか? 日本にもまだこんな所があると思えるのは大切なことだと思います。

黒いそばの栄養価の程は存じません。ただ、色が黒い麺は独特なので物珍しい気がします。

硬券入場券も残る良き雰囲気は、いつまでも保って欲しいと思いますね。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2012年6月 7日 (木) 22時49分

今晩は。
音威子府駅はかなりご無沙汰です。年がわからないのですが、最後に通ったのは51系の客レが残っている頃、天北線からの乗り換えでした。短いホーム、懐かしいです。
蕎麦を食べたのはさらに前、1975年稚内に蒸機を撮りに、夜行の”利尻”で通った時です。黒い蕎麦、美味そうですね~~。私の仕事場にいる中川出身の娘も”そば粉”たっぷりと言っていました。北海道の蕎麦はツナギの”山芋”が多く、白く蕎麦っぽくないのがちょっと残念なのですが、ここは違いますね~~。食べに行きたくなりました。

投稿: tunnel_no2 | 2012年6月 9日 (土) 00時01分

>tunnel_no2さんへ
こんにちは。
音威子府は大分奥になりますから、道央にお住まいの方だと用事でもこしらえない限り、行かれる機会は持たないかも知れませんね。
51系の客レが残っていた時代となると、1980年代中頃以前でしょうか……80年代後半には、普通の客レはディーゼルに置き換わっていましたものね。
皆さん、やはり夜行の「利尻」をご利用になっているようですね。それだけ馴染みのあった列車なのでしょうね。「利尻」の時間帯にそば屋を開けていたのも、今となっては驚きの事実です。
ツナギは小麦粉を使うと思いきや、そちらでは山芋が多いのですね。あの黒いそば、多分忘れることはないでしょう。自分も次回はいつになるのやら……です。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2012年6月 9日 (土) 13時59分

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