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2012年5月 9日 (水)

愛知環状鉄道をやっと制覇

私にしては珍しく、事後報告である。

先日の連休中に、愛知環状鉄道に乗りに行った。元々は国鉄「岡多線」として岡崎から新豊田の間で運転されていたが、国鉄の手を離れて第3セクター「愛知環状鉄道」になってから、新豊田から高蔵寺の間が新たに開通した。

いつもの千種から金山へ出て、東海道線の普通に乗り換える。快速や新快速でも愛環鉄道の始発駅・岡崎には止まるけれど、快速だと混むのが嫌なのと急ぐ理由もなかったから、敢えて普通に乗った。

案の定、笠寺を過ぎたら

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車内はガラガラになった。時折、お客の増減はあったけれど、まあ大体こんな感じで岡崎着。

次の愛環の電車は、12時49分発の高蔵寺行らしい。愛環専用の0番線で待っていると、「間もなく電車が参ります」とアナウンスが入り、愛環の電車が姿を現した。

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私は方向幕マニアなので、列車の側面の方向幕は眺めずにいられない。

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岡崎に居ながら、「高蔵寺」の方向幕が拝めるのは、何か不思議な気持ちがする。自分の頭中の鉄道路線図は、JRから離れてしまうと関心度が薄れるので、岡崎と高蔵寺が結ばれていることに今ひとつ納得がいっていないのだ。

ただ、この愛環はJRとの結びつきが強い。現在でもJR中央線からの直通乗り入れ列車があるし、「愛・地球博」が開かれた時は、途中の八草(万博当時は「万博八草」と駅名を変えていた)からやはり中央線直通のシャトル列車が多数運転された実績もある。

現在走っている愛環の車両も

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JR東海の313系を、殆どそのまま継承した形状となっている。

さて、12時49分、定刻に発車。暫くは岡崎の市街地を行くが、10分ほど走ると川幅の広い矢作(やはぎ)川を渡る。

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愛知県の三河地方では随一の流れだ。車窓も徐々に、市街地から外れたものになっていく。

矢作川を渡ったすぐの駅が北野桝塚で、ここには愛環の本社がある。乗務員の交代もある。

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愛環の乗務員運用に「便乗」があるのかどうか知らないけれど、それがなければ唯一の乗務員交代駅となる。また、駅の北側には、車両基地も併設されている。

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北野桝塚は、国鉄岡多線時代はトヨタの乗用車を「ク5000型」貨車で積み出す、貨物主体の駅であった。現在の車庫は、その貨物駅への引込み線跡を利用している。

ちょっとのんびりした景色を10分ほど見下ろしていると、今度は徐々に豊田の市街地へと入っていく。「世界のトヨタ」の中心地だ。

線内では一番の繁華駅、新豊田で一旦降りる。先も書いた通り、岡多線時代はここが終着であった。どんなに変貌しているかと思いながら、ちょっと興味を持ちながらの下車である。

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国鉄時代は自分が立っている側のホームしかなかった覚えだが、交換ができるように反対ホームが新設されている。また近くには名鉄の豊田市駅があり、そこへの連絡通路が延びているのが見えた。

少しホームで待っていると、反対の岡崎行の電車が入ってきた。

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昼間の閑散時はここでの交換はないけれど、朝夕のラッシュ時は交換の他、この駅で折り返しとなる列車の設定もある。

岡崎行を見送って暫く待つと、次の高蔵寺行が入ってきた。これで一気に終点の高蔵寺まで行こうと思う。万博開催直前に八草から高蔵寺は乗ったことがあるので、今から乗る新豊田から八草までの間が、未乗区間になる。

名古屋の近郊地帯を行くのだから、特筆するほどの景色はない。意外に思ったのは、トンネルが何箇所かあったことと、あと瀬戸口付近の車窓で

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「瀬戸デジタルタワー」が見えたことだろうか。「瀬戸デジタルタワー」は正式には「瀬戸デジタルテレビ送信所」というのだそうで、中京圏のテレビのデジタル電波発射塔である。こんな所にあったのか、との気がした。

瀬戸市を出て、中水野付近のちょっと山間っぽい景色を抜けたら、あっと言う間に終着の高蔵寺だった。元々が国鉄線として計画された路線なので、高蔵寺もJR駅に乗り入れる。

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JR東海の橙帯の駅名標と、愛環の鉄道車両が同居している。

短時間ではあったけれど、名古屋近郊ながら見慣れない景色を見れて、ちょっと面白かった。それに、近郊ながらやっと愛環鉄道を完乗できた。

高蔵寺からの帰りは「みどりの窓口」へ行って、

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敢えてマルス券で千種までの乗車券を買った。

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旅日記」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。お久しぶりです。
確かに方向幕っていいですよね。私も電車だけでなくバスの方向幕がくるくる回っていると、つい見てしまいます。明らかに使用しないだろうという幕が出てくると、まだあるんだと思いますね。(おさかな様の営業所だと名駅〜名大の旧81系統とか)
最近はLEDが大半なので残念ですね。

投稿: ジョウ | 2012年5月10日 (木) 09時52分

こんばんは。
お恥ずかしい話ですが愛知環状鉄道というのがあるのを知りませんでした。
車両やPC枕木の線路を見ると新しい鉄道に見えます。
電車の前面のギザギザ塗り分け?は変わった感じで面白いですね~
もしかして知多半島、三河湾。渥美半島をアレンジしているのでしょうか?
デジタル電波塔、先端から炎が出ていたら油田のような形ですね。

投稿: vanagon714 | 2012年5月10日 (木) 22時20分

こんばんは。
一周してプチ旅行でしたね。
岡多線は1980年に乗りましたが、大垣夜行で来たので眠くて半分意識が飛んでいましたが、北野桝塚は記憶にあります。

万博の時は211の10両編成のシャトルが何本も乗り入れていましたね。
あれからもう7年も経つんですね。

投稿: N市のT | 2012年5月10日 (木) 23時33分

>ジョウさんへ
こんばんは。久々のお越し、有難うございます。
方向幕のよさは、マニアにしか判らないかも知れません。JR東海の311系などでも、以前使った「洗馬」などが残っているとニンマリしてしまいますね。
私共の営業所でも色々残っていますよ。車庫名のローマ字を「D」から「T」に直していないものとか、仰せの旧81の幕などですね。
LEDは味気ないですが、先日のマラソン時に使用した営業短縮路線の行先(塩付とか菊園町一丁目など)が、消されずに残っていたりします。

投稿: ジョウさんへ | 2012年5月10日 (木) 23時53分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
国鉄時代の岡多線自体が地味な路線でしたから、H海道の方がご存じなくとも無理はありませんね。第3セクターになって黒字転換した、元気のいい鉄道です。
岡多線が旅客営業を始めたのが1970年代後半ですので、新しさの目立つ路線だと思います。
電車の前面のデザインは、色々調べてみたのですが何をデザインしたものかは判りませんでした。殊にによると、仰せの通りのものかもしれないです。

〉先端から炎が出ていたら油田のような形……

言われてみれば、です (^ ^)

投稿: vanagon714さんへ | 2012年5月11日 (金) 00時05分

>N市のTさんへ
こんばんは。
本当は長良川鉄道でも乗りに行こうかと思っていたのですが、天候が芳しくないようでしたのでプチ環状旅行に変更しました。
でも、久々に乗ってみた価値はありましたね。北野桝塚は自動車積み込み駅の跡形もなくなっていて、時代の流れを感じました。
旅客営業開始当時は神領の70系電車が走っていて、異端な路線の感じがしました。

「愛・地球博」から、はや7年……。言われてみればそうなんですね。
211系のシャトル電車が20分間隔で出ていた時代も、「懐かしい」部類に入ってきましたね。

投稿: N市のTさんへ | 2012年5月11日 (金) 00時14分

こんにちは。バスの方向幕って使わなくなったものでもずっと残っていますよね。G器所だと山下通(現・瑞穂運動場東)とか旧160の名古屋大学前(名城線が開通する前の)がいまだに残っていましたし、旧67の田代本通のを見て、そういえばこの系統はもともと田代本通が終点だったんだなーと思ったりしました。もしかしたらおさかな様の営業所のバスにもあるんでしょうか。
旧81はせっかく追加したのに短い間でしたね。名駅の緑、栄のピンク、金山の黒などはなかなか見られなくなり残念ですね。

投稿: ジョウ | 2012年5月11日 (金) 16時08分

>ジョウさんへ
こんばんは。
バスの方向幕で、使われなくなったものが残っている理由は非常に簡単で、「幕を外して切り取った後、再度セロテープで張り繋げる手間が要る」からです。特にG車庫の場合、取り外すべき行先が多数残っていて、それを一々切り取ってまた貼り直していたら相当な手間になってしまいます。それで残っているだけのことなんです。
私共の車庫では、旧81が田代本通を終点とする時代には受け持っていませんでしたから、緑の田代の行先は入っていません。結局はあの路線、1年受け持っただけで終わってしまいましたね。
旧の67は原則として中型車で運行しますから、NMFが当たれば必ずピンクの栄がお目にかかっているはずです。旧の160も一部の運行を中型でやっていますから、同じことが言えますね。
方向幕も慣れてしまうと、瞬間的に変わってくれるLEDの方が有難く思えてくるのですから勝手なものです (^ ^;;;

投稿: ジョウさんへ | 2012年5月11日 (金) 21時43分

こんばんは
名古屋近郊に3セクの鉄道が存在するとは思いませんでした。
毎度のことなのですが、道外の路線に疎くて時刻表や地図を見て「ここなんだー」と呟きながら拝見しております。
マイカーを持つようになってからは車で出かけることが圧倒的に多くなってしまいましたが長距離でなくともやはり汽車旅が良いですね。

投稿: kattsu-mqc | 2012年5月12日 (土) 22時39分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
愛環鉄道も3セクですが、実は名古屋駅から出ている「あおなみ線(名古屋臨海高速鉄道)」という路線も、以前は国鉄の西臨港線として貨物専用線となっていたものを、名古屋市などが出資して旅客・3セク化したものです。どちらもマイナーな路線なので、道内にはご存知の方が少ないかと思われます。
愛環の一周旅行は普通列車で巡っても、3時間かからない程度の路線なので、チョイ乗りには頃合かも知れません。私はこの頃、車の運転が面倒になってきたので、出来るだけバス・鉄道を使っています。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2012年5月13日 (日) 00時45分

以外にも、出張で昔は岡崎→豊田(のあたり)、万博のあとに、高蔵寺→八草は何度か乗っているんですよ…
複線の高架に単線の線路が…なんだか寂しい…オリンピック誘致が成功していれば、立派な環状線が出来上がっていただろうに…と思いながら乗車した記憶があります。

投稿: suzuran6 | 2012年5月13日 (日) 22時25分

>suzuran6さんへ
今は結構地味な路線なので、「乗ったことがある」と言われるとチョット嬉しかったりします。
自分は中学生の頃に北野桝塚まで自転車で「ク5000」を見に行ったことがあるんです。広々とした敷地が印象的でした。
沿線は仰せのように高架が殆どで、踏切が一ヶ所もないんですよね。ある程度の需要を見込んで複線の高架になっていますが、実際に複線になっている場所は限られていて、勿体ない気がしますね。
オリンピックはどちらかと言うと名古屋市内を中心に行う予定でしたから、誘致に成功していても愛環には大きな影響はなかったかも知れません。

投稿: suzuran6さんへ | 2012年5月13日 (日) 22時49分

こんばんは。

高蔵寺も岡崎も降りたことはありますが、愛知環状鉄道には
いまだ乗ったことがないですね。

車両のデザインは落ち着きがありますね。是非機会があれば
乗ってみたいです。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2012年5月15日 (火) 21時40分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
こんばんは。
岡崎や高蔵寺は、名古屋近郊ではメジャーな場所ですので、行かれる機会もおありだったかと思います。

一方で愛環鉄道は、途中の豊田近辺を除けばちょっと田舎っぽい雰囲気も感じられる地域が多いですね。息抜き路線としては程々かなと思っております。こちらへお越しの際は、話のタネに乗ってみられることをオススメします。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2012年5月16日 (水) 18時09分

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