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2012年5月

2012年5月28日 (月)

北海道での写真とヒヤヒヤ旅行3・4・5日目のこと

北海道でのポジが上がってきたので、撮影に充てた3日間のことをコンデジの画像を織り交ぜながらご紹介していきたいと思う。こう云う変則的な形を取ることになったのは、早い話が天塩中川の宿からはネットに繋がらない環境であったことに起因する。

3日目(5月18日)

外は少し雨がポツポツ状態なので、まずは天塩中川駅から近い跨線橋へ行く。地図には載っていないが、ネットで撮影地を調べるとここが出てくる。

Dscn2843_2こんな人道専用のもので、ここから写したスーパー宗谷が下の写真。

Img794

排雪列車の撮影地として紹介されていたが、他の列車でも何とか絵になるなぁと思っている。区間としては佐久~天塩中川になる。

この後、下り列車で問寒別へ赴いた。5月の北海道の代表花(と思っている)エゾエンゴサクDscn2853に囲まれて撮ったのが、下の写真。

Img795

これも列車はスーパー宗谷で、下りだからこれが「1号」になる。終わりかけのフキ(正確にはアキタブキらしい)の花をワイドレンズで取り込んでみたつもり。 区間は問寒別~糠南。

雨が少し止んで、問寒別の駅から下りのキハ54を望遠レンズで写し込んでみた。

Img79654

北海道の方にとっては白樺なんて珍しくも何ともない樹木かも知れないが、内地の人間にしてみると高山地帯へ行かないと見られない、比較的珍しい木なのだ。で、その白樺林をバックにしてみた。まだ新緑といえる状態で、綺麗に見えた。歌内~問寒別にて。

この日はこれで終わり。天塩中川へ16時35分頃に戻る列車で早々と帰った。宿へ戻ったら「ヒヤヒヤ」の歯の根元が少し痛んだので、鎮痛剤を飲んだ。

4日目(5月19日)

朝は珍しく早起きし、音威子府へ赴く。音威子府から下りの筬島方に、いい撮影地があるとネットで調べてきた。ただ、肝心のスーパー宗谷の写真はフィルムを巻き忘れるという初歩的ミスで玉砕。折角、増結した6連だったのに、逃がした魚は大きい(おさかなが魚を逃がしてどうする?)。

その後、駅を通り過ぎて咲来方面で撮影地を探してみる。そこで撮った写真。

Img79754

逆光気味であまりいい撮影場所ではないが、カーブの具合がいいなぁと思っている。因みにこのキハ54は、527番車と元急行用車両なので、拡大して見ると窓の上にも赤帯があるのがお判り頂けると思う。

音威子府駅へ戻って時間があったので、駅をじっくり観察しているが、この駅のことは後日別記としたいのでここでは省略。

13時過ぎの上り列車で、恩根内まで向かう。ここもネットで「駅から徒歩10分ほどの陸橋から、いい写真が撮れる」とあったので。

当の陸橋。Dscn2883ここからは、下り方面の写真が紹介されていたが、上り方面もまあまあ絵になるので、そちらを向いた「サロベツ」の写真。

Img798

側面が逆光になってしまうから、高曇りの日に撮影した方がいい場所なのかも知れない。区間は紋穂内~恩根内になる。

この後、恩根内駅へ戻って、駅自体がちょっと絵になりそうなので、色々試して撮ってみた写真。

Img799

エゾエンゴサクの花と、逆光に映える白樺の木々が綺麗に思えたので。恩根内の駅名標が傾いて見えるのは、使用したワイドレンズの所為だけではなく、実際にかなり傾いていた。

ここから17時23分の下りで、天塩中川には18時半頃に戻った。

5日目(5月20日)

8時08分の上りで筬島まで。小さな集落しかない秘境駅に近い駅だ。

駅からは歩いて撮れる場所はそんなにないが、自分で気に入ったショットは

Img80054

これぐらいだろうか。単行列車にちょうどいいアングルだ。本人に言わせると、左側の新緑の潅木がポイントなのだ。区間は筬島~佐久。

ここから戻る途中、付近の踏切が周囲の雰囲気とは違って、やけに立派な新しいものであることに気付く。

Dscn2896

踏切の背後に見えているが、国道40号線のバイパス道路を工事中で、その工事用車両のためらしい。

駅へ入ろうとした所で、どう見ても国鉄時代の駅名標と思われる物が立っているのを見つける。

Dscn2898_2

拡大して頂かないとお判りになりづらいが、上り方の隣駅は音威子府でいいとして、下り方に「かみじ」とある。今は下り方の隣駅は佐久だが、1963年の時刻表で調べてみたら「神路」と云う駅が載っている。比較的遅くまで残っていた駅らしいが、集落がなくなって廃駅になったのだと、札幌に戻ってからtunnel_no2さんに伺った。確かに筬島から佐久へ戻る途中で、列車が速度を落として駅の跡地らしい所を通る場所を目撃している。多分、当の神路駅の跡で間違いないと思う。

筬島駅は、ヨ5000を再利用した駅舎になっていた。その駅舎内の時刻表。

Dscn2900

一番上、排雪列車や、通過列車である52D(スーパー宗谷)の時刻まで書かれている。鉄道マニアへ向けた警告メッセージなのか、或いは先程書いた国道バイパス工事の方々へ知らせるために書いてあるのだろうか。

この後、天塩中川を通り越して、歌内まで行ってみた。大した写真は撮れていないので一枚だけ掲載するに留める。

Img80154

これも、3日目の画像で載せたのと同じアキタブキとの写真だが、フキは花が終わって果実になってからでも撮りようによっては使えるものだなぁと思ったものである。

宗谷線での写真は以上だが、あと2枚だけお付き合い下され。

6日目の晩は札幌で泊まったことはお知らせした通りだが、札幌で泊まったのは札幌近郊にお住まいの皆さんと親交を深めたいのと、この写真を撮りたいためだけで泊まった。

Img802

1月の時に対向列車に被られて見事に玉砕したタキ貨。今回こそは、お蔭様で無事に撮れましたです。上野幌~北広島にて。

あと1枚は、鉄道に関係ない、オマケ。
5月21日の金環食の日に、わざわざ金環食の見える名古屋を離れてしまったことはお伝えした通りだが、北海道でも部分日食にはなっていた。

Img803

「食」の部分はかなり小さいが、天塩中川の駅前から、札幌で一番「食」が進むと言われた7時50分頃に、フィルムカメラで絞りを一番絞って尚且つシャッター速度を最速の1/4000秒にして撮ったら、こんな画像が写っていた。まあ、一応、日食であったことはお判り頂けるかなと。

と云う次第で、長々とお付き合い頂きまして有難うございました。

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2012年5月23日 (水)

北海道ヒヤヒヤ旅行・初夏編(6・7・8日目)

6日目(5月21日)

名古屋なら金環食が見えているはずの今日、私はわざわざ北海道にいたままである。休暇を取った段階で、金環食のことは全く頭になかった。で、こう云う形になってしまったのだ。

朝の段階で、まだ天塩中川にいる。ただ、外へ出てみると、気持ち、薄暗いように感じた。北海道も北部では部分日食に過ぎず、気のせいだろう。

さて、と。

撮影した3~5日目のことは後日書くとして、帰途を兼ねた6日目以降のことを書いていく。

朝は8時08分の名寄行で、少しずつ戻りにかかる。この列車は30分ほど走った音威子府で、何と1時間13分停車する。この間に特急に抜かれ、下りとの交換もあるが、それにしてもこの停車時間は気宇壮大だ。

Dscn2924_21番線にて停車中……。ゆっくり車両を観察していると、所属標記などが目に入った。 

Dscn2927「旭アサ」の下に辛うじて「札ナホ」の文字が、定員は「100」が「74」に書き換えられている。車内はクロスシートから新幹線の座席を再利用した簡易転換シートになっていて、窓と座席もずれている。それで定員が大幅に減ったのだろう。国鉄時代は苗穂にいたとのことらしく、当初は急行などで使われたのだろうか。

音威子府からは「便乗」の方が4人も乗ってきて、何事かと思っていると、どうも音威子府からは新米運転士さんに交代したらしい。速度も恐々出している感じ、それに矢鱈と汽笛を鳴らす。喧しいくらいだ。

時間も遅れがちになり、名寄で5分接続のはずの旭川行が、1分も接続時間がない。列車到着ホームと発車ホームは跨線橋を渡らねばならず、大急ぎで跨線橋を走っているうちに発車ベルが鳴る。自分は辛うじて間に合ったが、お年寄りの方とかおられたら、間違いなくアウトだっただろう。

旭川行は順当に走り、塩狩峠を越えて、石狩方面へと入る。新旭川の手前で乗務員交代のための停車があり、速度が落ちたため旭川の運転所をゆっくりと堪能する。出来の悪い画像だが

Dscn2929733733系を初GET。1番編成で、どうも試運転のために来ていたようだ。

旭川に定刻着。駅蕎麦をすすって、今度は富良野線に乗り換える。富良野線は冬に乗り損ねたので、今回堪能しようとの魂胆だ。

各駅に停車しながら、美瑛、そして富良野へと急ぐ。あと1ヶ月もすればラベンダーやルピナスが車窓を彩るだろうが、今はまだタンポポとチューリップが目につくばかりである。

やがて、左に

Dscn2930右にと

Dscn2933残雪の山を仰いで(何山かは判らない。帰ったら調べるつもり)、富良野へ到着した。

ここからは滝川へ出る予定だが、次の滝川方面列車には少し時間がある。時刻表を調べると、新得方面の列車が先に出て、それに乗って次の布部で折り返すことが出来るようだ。今回は「北海道フリーパス」で来ているから、乗らねば損とばかり、一駅だけ反対方向に進む。

布部で14分待ち、無事に

Dscn29432434d滝川行を捉える。これで終点の滝川へ出る。

滝川からは、特急で一気に札幌へ戻るつもりだが、特急の前に反対ホームへ

Dscn2946711こう云うものが入ってきてしまう。昨年6月にkattsu-mqcさんに教えて頂いて以来、何故かこの列車はよく見れる。これに乗りたい気持ちも湧くが、札幌ではvanagon714さんらとお会いする約束があり、遅れる訳にはいかない。予定通り、スーパーカムイに納まる。

平日ながら、札幌では、vanagon714さんの他にtunnel_no2さん、Wさんや札幌のN子さんなど、多くの方々と★することが出来た。お仕事帰りで明日もお仕事の皆様、お集まりくださって本当に有難うございました。

7日目(5月22日)

朝は9時10分発の快速「エアポート」に乗る。新札幌まで出向き、ここからJRバスで「椴山(とどやま)」まで行く。ここは1月にも来たのだが、撮影しようとした列車・タキ貨を撮影し損ねてしまい、リベンジだ。

Dscn2948こんな感じの場所。有名撮影地でもあり、平日ながら先客さんが1名だけおられた。

フィルムで撮っているから撮影結果は判らないが、今回は1月の時のような「反対列車での被られ」はなく、一応自分的には納得したシャッターを押した。

12時半頃に上野幌駅へ戻る。今日の17時12分の「北斗星」で内地へ戻る予定だが、まだ少し時間がある。今から札幌へ戻ると、6月に電化される札沼線の北海道医療大学まで往復が出来そうである。ちょうど時間潰しを兼ねて「乗り鉄」が出来るので、その考えに従う。

電化で廃車が噂されるキハ40なども乗れる。

Dscn2950

北海道医療大学まで、完全に電車化されるのは10月らしいが、どちらにしても10月までに北海道へ来る予定はない。医療大学駅でのこのショットは、自分では記録になるはずである。

途中駅で寄り道などもしながら、札幌へ15時39分着。お茶を飲んだり夜行列車での買い物などをしている内に、あれよあれよと時間が迫ってきた。急いでホームへ入る。

「北斗星」は定刻に発車。★を飲んだり、車窓を眺め、あっと言う間に函館まで来てしまう。

22時過ぎに青函トンネルに入ったのは覚えているが、出たのが記憶にない。あちこち回って疲れていたのだろう。

8日目(5月23日)

往きと同じように、車掌のアナウンスで目が覚める。暫く無視していたが、8時過ぎに「間もなく宇都宮です」のアナウンスで、いい加減起きねば、と飛び起きる。

今回は(確か)初めて北斗星が定刻で走っていて、上野にも定時の9時38分に着く。

ここまで牽引してきた機関車には

Dscn2970

「3.11」以来のシンボルマークみたいになったシールが貼られている。

東京へ出て、今回は新幹線を使わず東海道線の普通で名古屋へ戻ろうと考えていたので、在来線の下りホームへ赴く。

まずは熱海まで下る。熱海までは自由席のグリーン券が買ってある。北海道で撮影していた19日に、音威子府駅の「みどりの窓口」で購入しておいたのだ。

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例によって、「2階建て」ではない部分の席を選んで座る。

東京の雑踏は目が回りそうだったが、小田原を過ぎた辺りから海も見えたりして、気持ちが落ち着く。30年前の初渡道の時も東京からは在来線で帰ったが、30年後の自分はグリーン車が使える贅沢人になっているのだなぁと思う。

熱海からは3駅先の沼津行に乗り継ぐ。短い距離の列車だが車端は

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業務用荷物室として仕切られていた。

列車は沼津まで行くが、2つ目の三島で降りる。この先の乗り継ぎ列車が三島始発なので、一足お先に乗り継ごうと降りることにしたのだ。

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この列車で興津まで行く。終点の島田まで行かないのは、沼津行と同じ理由による。

途中で、富士駅を通り過ぎる。駅前には王子製紙の工場があって、以前はハワムが群れていた駅だが、今は

Dscn2974

コンテナばかりが目立つ駅になっていた。以前は王子製紙の子会社で働いていたので、この変貌振りがちょっと寂しくもあった。

予定通り、興津で浜松行に乗り換える。乗り換えて15分ほどで静岡を通る。流石に県庁所在駅で、お客の入換が激しい。

焼津まで来ると、お客の姿が少なくなる。トラックに乗っていた時代は、最東でここまで来たことがあったなぁと思い出す。

20分も走ると『越すに越されぬ』筈の大井川を、電車はあっさり越す。蒸気機関車運転で有名な大井川鉄道の線路が寄り添ってきて、車掌が「次の金谷で大井川鉄道はお乗り換えです」と言う。30年前、国鉄時代には私鉄への乗り継ぎは一々アナウンスしなかった。民営化されて変わったなと感じる。

14時52分に、浜松着。熱海からここまではずっとロングシート地獄だったが、ここからは転換クロスシート電車に乗れる。国鉄型の117系が来るかと思ったら

Dscn2976

JR東海オリジナルの311系電車だった。

30分弱走ると二川で、いよいよここからは自分の住む愛知県になる。景色も見慣れたものになって、この列車の終点・豊橋に着く。

……と、長々書いてきて、読まれる方もお疲れになってきただろうから、以下は省略するけれど、何しろこんな乗り継ぎで自宅まで延々帰って来たのであった。自宅には夕刻5時半過ぎに戻ってきた。幸い、歯根の痛みは何とか落ち着いたようだ。

北海道へ行く度に、多くの皆さんにお世話になっている。初渡道の30年前とは比べるべくもない。本当に有難いことだ。今一度感謝の意をお伝えして、帰り道の記事は終わりにしようと思う。

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2012年5月21日 (月)

北海道ヒヤヒヤ旅行・初夏編(1・2日目)

1・2日目(5月16・17日)

私にしては珍しく、事後報告的な記事ではあるけれど。事情は追ってお書きするつもりでいる。

さて、1月に渡道した際、“歯に爆弾”をかかえて旅行したのは、以前の記事で書いた通りだ。

今回は大丈夫だろうと思っていたら、旅行前日の15日になって、あの時とは別の歯の根元が激痛に見舞われだした。困ったことになった。取り敢えずは近所の歯科医へ急患同様で診療してもらい、痛みは何とか治まった。歯科医には「1週間くらい旅行に出るから」と予め言っておいたら、「硬めのセメントで痛みを治療する薬を覆ってあるので大丈夫だと思います。ただ、炎症を抑える薬と鎮痛剤を出しておきます。痛みが出てきたらそれを飲んで下さい。」とのこと。

何故に北海道へ行こうと企むと、こう云う憂き目に遭うか判らないが、多分日頃の行いが余程悪いのだろう。そう思わなければ仕方ない。

とまれ、そんな次第でまた今回もヒヤヒヤしながらの旅行と相成った。この先どうなるかは、神のみぞ知る世界だ。

今回の目的地は宗谷北線の部分。それも音威子府とか天塩中川とかの随分中途半端な辺りが主目的である。宿もあれこれ調べた結果、天塩中川の駅前旅館で4泊することと決めた。

17時半過ぎの新幹線でビュンと東京まで。上野までの途中、秋葉原で食事休憩の後、上野駅13番線で待機する。

今回のターゲットは

Dscn2797hm_3

で、これで青森まで向かう。

「あけぼの」の将来には二説あって、来春のダイヤ改正で廃止説と新造客車で存続説の二つなのだ。何しろ乗れる内に乗っておこうと思い、個室寝台も押さえておいた。

車内では当然★する。上野で買ったその★は、内容物の温度によって缶の色が変わるそうな。

Dscn2807両者の違い、お判り頂けますかね? 因みに右の青っぽい方が空の缶。

ともあれそんな★を飲み、大好きな夜景を見ながら眠りに就いた。

***

「列車は、あと20分ほどで秋田に着きます」。車掌のアナウンスで起こされる。まだ6時半前だ。無視して寝ようと布団を被る。然し次々停車駅のアナウンスが入る。8時前の「間もなく二ツ井です」で諦めて起き出した。
外は

Dscn2809

少し中途半端な天気のようだ。ぼんやり車窓を眺める内に、お岩木山も過ぎ、定刻に青森へ到着する。

次のスーパー白鳥まで少し昼食など買い物をしておく。函館からは8分乗り継ぎのスーパー北斗だが、スーパー白鳥が定刻で函館に着いた試しがない。昼食を買いそびれたくはないのだ。

買い物を済ませ、待ち遠しい思いで待っているとスーパー白鳥が入ってきた。

Dscn2823s
これで青函トンネルをあっさりと抜けて北海道へ上陸し、果たして3分遅れで函館着。函館からの指定席は取ってあるが、毎度の遅れは何とかならないものかと思う。

スーパー北斗に乗り換えると、幸い、外は晴れてきた。大沼や駒ヶ岳、噴火湾などが青空に映えて気分がいい。

2時間ほど走ると有珠山が車窓に見え、間もなく伊達紋別に着く。それを過ぎると少しソワソワし始める。ほどなく本輪西を通過するが、ここはタキ貨の群れる貨物の一大ターミナルだ。北海道のタキ貨は近い将来全廃が発表されており、ここの景色は見逃したくない。

Dscn2828

写真は上手く撮れなかったが、タキの群れだけは目を凝らして見ておいた。

トンネル内減速の影響で室蘭に8分遅れの着。更に行くにつれ遅れが拡大し、自分が降りる南千歳では11分の遅れとなった。札幌まで行かず南千歳で降りるのは、千歳駅に所用があるからである。ここで快速エアポートに乗り換える。

千歳での用事を済まし、再度快速で今度こそ札幌へ向かう。特急の遅れを見込んで予定を立てたから、ちょうどいい時間に札幌着。

1時間ほどの待ち合いの間に夕食などの買い物など済ませ、稚内行「スーパー宗谷3号」の客となる。これで目指す天塩中川には21時21分に着く予定だ。

大麻の辺りで見覚えのある跨線橋を眺め、ぼんやりしている内に日が暮れて来た。

Dscn2836

今朝、二ツ井で見た陽が岩見沢を過ぎた辺りで暮れて行く。今日はそんな一日だったのだと思う。

旭川から宗谷本線に入り、暗闇の中をひた走る。弁当も食べ、★も飲み、自分が待つのは、あと天塩中川に着くことだけだ。名寄でスラブ軌道も終わり、少し速度の落ちた特急は定刻を維持し、とうとう車掌のアナウンスから「天塩中川」の言葉が出た。今のところ歯の痛みもなくここまでやって来た。

暗闇の駅に降りたのは、私一人だけだった。

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2012年5月15日 (火)

“前輪が見える”こと

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バスを運転していてハンドルを末切りすると、上の写真のように前輪がサイドミラーに映ってしまう。普通乗用車ではあり得ないことだ。バスに乗り慣れていない頃は、これが何だか凄く不気味で、変な気分だった。

然し、歳月は流れ、私もバスの運転手となって20年以上が過ぎた。

そうなると今度は殊勝なもので、ハンドルを切った時に前輪がミラーに映っていないと「あれ? 今、ちゃんとハンドル切っているよなぁ……?」と思うようになってしまった。

所謂“慣れ”によるものだろう。自分の境遇によって感覚が変わってくるものだと、この「ミラーに映った前輪」を見る度に思う。あれだけ不気味に思っていたものが、今では逆に安心材料になっている。

バスの車長は大まかに言って普通乗用車の2台分、11mくらいだ。車体の構造も普通車とは全く異なっている。軽乗用車なら後輪がある辺りに、バスなら前輪がやっとある。それだけ感覚の異なるものを自分が運転できるようになるとは、夢にも思わなかった。

いつの間に私は「バスの運ちゃん」になったのかなぁと、不思議でたまらない今日この頃ではある。

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2012年5月 9日 (水)

愛知環状鉄道をやっと制覇

私にしては珍しく、事後報告である。

先日の連休中に、愛知環状鉄道に乗りに行った。元々は国鉄「岡多線」として岡崎から新豊田の間で運転されていたが、国鉄の手を離れて第3セクター「愛知環状鉄道」になってから、新豊田から高蔵寺の間が新たに開通した。

いつもの千種から金山へ出て、東海道線の普通に乗り換える。快速や新快速でも愛環鉄道の始発駅・岡崎には止まるけれど、快速だと混むのが嫌なのと急ぐ理由もなかったから、敢えて普通に乗った。

案の定、笠寺を過ぎたら

Dscn2738

車内はガラガラになった。時折、お客の増減はあったけれど、まあ大体こんな感じで岡崎着。

次の愛環の電車は、12時49分発の高蔵寺行らしい。愛環専用の0番線で待っていると、「間もなく電車が参ります」とアナウンスが入り、愛環の電車が姿を現した。

Dscn27411163

私は方向幕マニアなので、列車の側面の方向幕は眺めずにいられない。

Dscn2743

岡崎に居ながら、「高蔵寺」の方向幕が拝めるのは、何か不思議な気持ちがする。自分の頭中の鉄道路線図は、JRから離れてしまうと関心度が薄れるので、岡崎と高蔵寺が結ばれていることに今ひとつ納得がいっていないのだ。

ただ、この愛環はJRとの結びつきが強い。現在でもJR中央線からの直通乗り入れ列車があるし、「愛・地球博」が開かれた時は、途中の八草(万博当時は「万博八草」と駅名を変えていた)からやはり中央線直通のシャトル列車が多数運転された実績もある。

現在走っている愛環の車両も

Dscn27452200

JR東海の313系を、殆どそのまま継承した形状となっている。

さて、12時49分、定刻に発車。暫くは岡崎の市街地を行くが、10分ほど走ると川幅の広い矢作(やはぎ)川を渡る。

Dscn2748

愛知県の三河地方では随一の流れだ。車窓も徐々に、市街地から外れたものになっていく。

矢作川を渡ったすぐの駅が北野桝塚で、ここには愛環の本社がある。乗務員の交代もある。

Dscn2750

愛環の乗務員運用に「便乗」があるのかどうか知らないけれど、それがなければ唯一の乗務員交代駅となる。また、駅の北側には、車両基地も併設されている。

Dscn2751

北野桝塚は、国鉄岡多線時代はトヨタの乗用車を「ク5000型」貨車で積み出す、貨物主体の駅であった。現在の車庫は、その貨物駅への引込み線跡を利用している。

ちょっとのんびりした景色を10分ほど見下ろしていると、今度は徐々に豊田の市街地へと入っていく。「世界のトヨタ」の中心地だ。

線内では一番の繁華駅、新豊田で一旦降りる。先も書いた通り、岡多線時代はここが終着であった。どんなに変貌しているかと思いながら、ちょっと興味を持ちながらの下車である。

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国鉄時代は自分が立っている側のホームしかなかった覚えだが、交換ができるように反対ホームが新設されている。また近くには名鉄の豊田市駅があり、そこへの連絡通路が延びているのが見えた。

少しホームで待っていると、反対の岡崎行の電車が入ってきた。

Dscn2763

昼間の閑散時はここでの交換はないけれど、朝夕のラッシュ時は交換の他、この駅で折り返しとなる列車の設定もある。

岡崎行を見送って暫く待つと、次の高蔵寺行が入ってきた。これで一気に終点の高蔵寺まで行こうと思う。万博開催直前に八草から高蔵寺は乗ったことがあるので、今から乗る新豊田から八草までの間が、未乗区間になる。

名古屋の近郊地帯を行くのだから、特筆するほどの景色はない。意外に思ったのは、トンネルが何箇所かあったことと、あと瀬戸口付近の車窓で

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「瀬戸デジタルタワー」が見えたことだろうか。「瀬戸デジタルタワー」は正式には「瀬戸デジタルテレビ送信所」というのだそうで、中京圏のテレビのデジタル電波発射塔である。こんな所にあったのか、との気がした。

瀬戸市を出て、中水野付近のちょっと山間っぽい景色を抜けたら、あっと言う間に終着の高蔵寺だった。元々が国鉄線として計画された路線なので、高蔵寺もJR駅に乗り入れる。

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JR東海の橙帯の駅名標と、愛環の鉄道車両が同居している。

短時間ではあったけれど、名古屋近郊ながら見慣れない景色を見れて、ちょっと面白かった。それに、近郊ながらやっと愛環鉄道を完乗できた。

高蔵寺からの帰りは「みどりの窓口」へ行って、

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敢えてマルス券で千種までの乗車券を買った。

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2012年5月 4日 (金)

マンガ好きのおっさん

最近コメントを頂くようになった“るふるん”さんのブログを拝見していて、改めて思い出したことがあるので、それを本日の記事にしようと思う。

私は一人暮らしになってから、俄然マンガを読む機会が増えた。以前は北杜夫さんや宮脇俊三さんの単行本を読む機会が多かったが、魚澄庵に移ってベッドに枕元灯をつけたら、夜寝る前にマンガを一日に一話読んでから寝る、変な癖がついてしまった。マンガを読んだ後って心も体もリラックスするから寝つきが良い、とヘンテコリンな理由をこじつけている。

枕元にも

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何やら怪しげな漫画本が常に置かれている。

読むマンガは実に種々雑多だ。それらが魚澄庵の「倉庫部屋」と自ら呼んでいる秘密の6畳間に、ズタズタと隠すように置いてある。

取り敢えずはその「倉庫部屋」。

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コピー機やカメラ類に混じって、パソコンのケーブルや旅行時の資料などもゴタゴタと置いてある部屋だ(奥に押入れが見えるが、流石にこの押入れはお恥ずかしくて中をお見せする訳にはいかない)。

そんな部屋の一角に、漫画本のコーナーがある。

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センプーキも見えているが、まあここは無視しておいて頂いて。奥の白い棚が、皆、マンガを詰め込んである本棚なのだ。

私にとって元々は、高橋留美子さんがマンガ好きになった原点である。それで、本棚の中でも高橋留美子さんの作品が大きく場所を取っている。

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お馴染みの「めぞん一刻」から

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ラムちゃん(「うる星やつら」)や「らんま1/2」などが所狭しと並んでいる。

一方で、「サラリーマンマンガ」と呼ばれるものもある。私が好き好んで読んでいるのは「山口六平太」。

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「山口六平太」に関しては、「物語が出来すぎている」とか批判のお言葉もあるようだが、今現在で単行本が66巻まで出されている長寿マンガだから、それなりに支持もあるということだろうと思う。

更に最近では、新しい若い方向け(と思われる)のマンガも攻略している。

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画像を拡大して頂かないと判らないと思うが、「涼宮ハルヒ(すずみやはるひ、と読む)」関連のマンガに結構ハマっている。初めは意味不明で読み出したが、読んでいると結構ギャグとかあって面白いのだ。

あまりネタをばらすと、私生活が疑われる恐れがあるので程々にしておくが、何しろ私は「面白ければいい、気分がほぐれればいい」と思ってマンガを読んでいるから、何年かの内に、ことほど然様に色々な漫画本が我が家へ集結してしまった。

これらのマンガ本はまだまだ増えていくと思う。一つのことに結構のめり込むオヤジであるから、面白いと思えばまた何か新しいネタを買い込んでくるに違いない。

精神安定剤の一種と思って頂ければいいだろう。そんな私の暮らしの一部ではある。あ、流石に少女マンガはないなぁ……。

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