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2012年1月

2012年1月29日 (日)

冬の道央での写真

アップが遅くなってしまったが、今月中旬に出かけた北海道での写真を何枚かご覧頂こうと思う。

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札沼線・豊ヶ岡で撮ったハイモ。音もなく突然やって来るから普通には撮れる筈もなく、後追い撮影である(こっちへ向かってくる写真だったら、危険極まりないですね)。余談だが、豊ヶ岡のような超ローカル駅でもきちんとホームの除雪が為されているのは有難かった。

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既に架線の張られた下を行く、5連のDC。先頭車両は石狩当別以降への車両送り込みを兼ねたキハ40 400番代。電化後のキハの送り込みはどういう形になるのだろう。篠路~拓北にて。

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キハ201と731系の電・気協調運転の962M。形式写真的なものだが、名古屋近辺ではこうした形の列車が走る予定はなく、これも一つの記録にはなるかと。大麻にて。

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近文で撮った1080レ。一時的に雪が強く降っていたので、後方は何が何だか判らない。ご一緒頂いたkattsu-mqcさんがDFの車番を見て「赤スカ車ですね」と言っておられたが、なるほど、こうして見てみるとスカートが赤いのが判る。

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同じく近文で撮った711系普通列車。敢えて車掌さんにピントを合わせてみた。もう少し車掌さんの動作に変化があると絵になったのだが、私が撮るとこんな程度になってしまう。何れにせよ、酷寒地での勤務、ご苦労様である。

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kattsu-mqcさんに多大なるご労力を割いて頂いて撮った宗谷ラッセル。駅に近いのでこの次のコマでは、もう羽根を閉じかけてしまっている。私も300mmで応戦したのだが、内地人は考えが甘かった。ピンが甘くなってもいいからテレコンをつけるべきだった。北永山~南比布にて。

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玉砕画像を一つ。DD51牽引のタンク貨・5772レ。ダイヤの乱れから5772レの現着が若干遅れ、この有様である。尤も721系の方だって、ダイヤ通りには走っていない可能性が高い。721系は決して嫌いな車両ではないのだが、この時ほど721系が恨めしく思えたことはなかった。あと0.5秒、721系が遅れていれば……。北広島~上野幌にて。

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旅行記で“みどりのおばさん”に「寒くないですか?」と声を掛けられたのは、ここの場所である。車が通ると揺れてしまう陸橋からの撮影なので、1/1000秒でシャッターを切っている。この日は本来、TWL.EXPの運転日ではないので、団体専用として貸切運行されていたのかも知れない。その所為かあらぬか、ヘッドマークもない。恵庭~恵み野にて。

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暖かい内地から北の辺へ来ると、ヘッドサインが氷に包まれているだけでも「北の鉄路は違う」と思ってしまう。道内の方には何でもない写真かも知れないが、個人的には凍てついた「KAMUI」の文字が気に入っている。札幌駅にて。

日頃の行いが悪いのか、雪害のために列車ダイヤが乱れがちで、玉砕系の画像が多かったことは否めない。毎日氷点下でもいいから、もう一度冬の北海道へ行ってみたいと強く願っている次第である。

ご高覧、お疲れ様でした(礼)。

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2012年1月23日 (月)

祝津と小樽と宴会と

先日の道央旅行記で「後日別記とする」とした、旅行3日目のことを書こうと思う。行先は小樽とその先の祝津というところだ。

そもそもなぜ祝津へ行くことになったかを記しておくと……。

何ヶ月前かに、Wさんが親友のM子さんと祝津へ行って、とある魚類を食べさせる食堂へ入ったそうだ。そしたらそこが、美味いしボリュームもあって、大変良かったのだそうだ。で、「これは今度、おさかな(私)が北海道へ来た時に、是非連れて行きたいね」となったらしいのだ。それで、Wさんから連絡を頂いた私も、今回の北海道行きの中で一日、祝津へ赴く日を作るお約束をしておいた。

祝津へは小樽駅前からバスが出ている。バスで15分くらいの場所で、鰊漁が賑わった頃は漁の拠点としても名を馳せた所だという。

9時半に札幌駅へ集合。今回はvanagon714さんの呼びかけもあって、Wさん、M子さんの他に、Wさんのお友達で大阪のMMさん、そしてバス真理教(?)のK尊師もご一緒頂くことになった。

JRで小樽へ向かい、「先ずは食堂へ行きましょう」となって祝津へ直行した。この食堂は、札幌近郊の方なら知る人ぞ知る食堂らしい。

昼前から★を注文し、様々な魚類を肴に一杯やる。

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真ホッケ(食べかけ画像で済みません)。脂の乗った時期でとても美味。

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鰊の卵(つまりは数の子)も焼いてもらった(食べかけ画像で済みません)。

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ホタテの味噌汁(これは食べかけじゃない)。

その他にも焼きホタテや、ハッカクと云う魚の刺身等など、色々頂いた。Wさんが教えて下さったとおり、ボリュームもあって味も抜群であった。

満腹になったところで、次は鰊御殿として国の有形文化財にも登録されている「青山別邸」へ向かう。祝津からすぐだ。

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館内は撮影禁止になっているので、外観だけご覧頂くこととする。鰊漁で名を挙げた漁師たちは、こうした豪邸を作って館内に自分の持ち舟の船員たちを寝泊りさせたり、様々な骨董品などを買い集めて館内に飾ったそうである。結局は、自分たちで鰊を採り過ぎて鰊をほぼ絶滅させてしまい、こうした豪邸は「昔物語」となってしまっているとの由。

15時前に小樽へ戻り、運河沿いを散策する。散策と言っても冬の寒い時期なので、バスに乗ったり店に寄ったりして“寒さ凌ぎ”しながらの道中である。

ところで、私は以前このブログで「佐々木好さんのこと」との記事を書いた。その佐々木好さんが歌手時代、小樽の「海猫屋」と云うライブハウスで度々ライブをされていたとの情報を耳にしていた。それで、今回の小樽散策の行先に是非、この「海猫屋」を加えて欲しいと我儘をお願いしておいた。当の「海猫屋」はオーナーは変わっていないが、現在はレストランに改装されているそうだ。

小樽に詳しいK尊師の道案内で、割と簡単にみつかった。

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現在のお店の側面。

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入口側。

佐々木好さんが歌手活動を止められて約25年が経つけれど、彼女のファンの私としては是非見ておきたい場所だったのだ。探して下さったK尊師に感謝。

小樽では、スイーツのお店にも寄った。「LeTAO」と書いて「ルタオ」と読むそうだが、ここのチーズケーキは絶品ですよとvanagon714さんやWさんから教えて頂いた。迷わず、それを注文。甘過ぎず、すっぱ過ぎず、とろける感じのチーズケーキは確かに美味だった。

ガラス細工の店などもブラブラしながら、小樽を17時過ぎの快速で札幌へ戻った。

夜は、小樽から戻った6人に、札幌のN子さん、Oさん、フジ子さん、I田さん、tunnel_no2さんも加わった総勢11名で大宴会。
昨年の冬も札幌で大宴会をしたけれど、今回は名古屋からの出席者は私だけ。私も「お初」の方があったけれど、皆、vanagon714さんやWさんのつながりの方ばかりで、おいしいお酒を飲みながらワイワイと賑やかに★を楽しんだ。殆どの人は2次会まで行って、夜1時過ぎまで騒いでいた。鉄道写真もいいけれど、こう云う一日もいいものだ。

最後になってしまいましたが、この一日を企画して下さったvanagon714さん、Wさんには心からお礼申し上げます。また、小樽の道案内をして下さったK尊師にも、厚く御礼申し上げます。
また、宴会にご出席の皆様、楽しいひと時をどうも有難うございました。お疲れ様でした。

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2012年1月18日 (水)

道央地区ヒヤヒヤ旅行(6・7日目)

6日目(1月17日)

早いもので、今日は道内最終日になる。最終日はいつものように乗り鉄するつもりで、「冬の富良野線」に乗りたいと計画を立てていた。

然し、ここのところの雪害による交通の乱れは酷い。地元のvanagon714さんも「岩見沢より北へ行くのは危険ですね」と言われていた。私は今日の夕方の「北斗星」で帰路につく。北斗星に間に合わなくなったら、おおごとである。

天気予報と睨めっこをし、札幌駅で一旦は旭川行の「スーパーカムイ」の列に並んだが、地元の人の言うことには逆らえない。「やめた」とひとりごちて反対ホームの釧路行

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の列に並び直した。道央地区の周遊きっぷで来ているから、帯広までなら行けるのだ。石勝線・根室線方面の大きなダイヤの乱れは、耳に届いていない。帯広往復なら北斗星にも間に合う。

スーパーおおぞらは順調に走り、晴れ間の広がる新得で降りた。ここからは、

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これで帯広へ向かうこととする。少しは普通列車に揺られてみたかったのだ。

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昼間からこう云うものを買い込んで、車内で寛ぐ。酒飲みオヤジは困ったものだ。雪の大地を眺めながら1時間ほどで帯広へ着く。

ちょうど昼時となった。帯広へ来たら「やっぱ、豚丼だよなぁ」とまた独り言を言い、店もさして混んでいなかったので、その通りのものを食べた。

腹もくちくなったし、タイムリミットも迫っている。13時34分に帯広始発の

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がある。札幌定刻着なら16時14分。北斗星は札幌を17時12分発。20分程度の遅れは想定して、駅弁を買ったりする時間を差し引いても間に合うだろうと踏んだ。

幸い私の読みは当たり、12分の遅れで札幌へ戻ってきた。石勝線途中の清風山(信)で保線作業員を乗せる珍しい臨時停車もあったが、あとは大したこともなく戻って来れた。

一旦改札を出て、駅弁やビール、翌朝のパン等を買い込み、ホームでちょっと撮影していたら「5番線に上野行の北斗星が入線します」と放送が入った。慌てて写真機材を片付ける。

今回も一人旅の癖して

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Bながら2人用の個室寝台を押さえてある。1人用の個室だと結構狭くて、足元に荷物を詰め込まなければならないので、広めの個室で贅沢をするのだ。

今日はダイヤの乱れもなく、定刻に窓外の暗くなった札幌を発車する。あーぁ、今回の旅も終わっちゃったな、と思う。

買い込んだ★を飲み、駅弁を食べ、あとはひたすら暗い車外を眺める。札幌での6日間が走馬灯のように頭を巡る。目を閉じたらトロトロして来て「函館です。10分遅れています。機関車を付け替えるため少々停車します」とアナウンスが入って、我に返った。

列車が青函トンネルを出たのは知っている。だが、その先の青森(信)での機関車付け替えは記憶にない。レールのジョイント音は、私にとって睡眠薬以上の役割を果たすらしい。

7日目(1月18日)

8時くらいに目が覚めた。「列車は定刻に運転しております」とさっき放送が入ったから、もうすぐ宇都宮だろう。この6日間見続けた雪景色が残っていて欲しい。何かとんでもない我儘であるが、窓のカーテンを開ければ

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コンクリートジャングルにそんな我儘が通用する筈もなかった。

北斗星は定刻のまま走り続け、9時38分、上野に着いた。せきたてられるようにして車外へ出る。

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冬の北海道から内地へ戻ると、いつも「何て内地は暖かいんだ」と感じる。今回は特にその感が強い。道内の方が「とんでもない寒気が居座っている」と言っていた気候から戻ってきたのだ。そう云えば北海道では一度もプラスの気温にならなかったっけ。

コートの前をはだけて京浜東北線に乗り、東京からは新幹線で名古屋へ戻る。家には14時前に帰って来た。有難いことに、仮付けの歯冠の土台は、取れることなく戻って来れた。

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は16時に予約してあるから、もうヒヤヒヤする必要もない。やれやれ、良かった。

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2012年1月16日 (月)

道央地区ヒヤヒヤ旅行(4・5日目)

4日目(1月15日)

歯冠の土台が取れやしないかとのヒヤヒヤ旅行は4日目を迎えるが、今の所、仮セメントでつけた土台は取れていない。何とか無事に過ぎて欲しい。

さて、3日目の昨日は宴会がメインのような日であった。こっちも調子に乗って前夜は1時過ぎまで飲んでいた。ホテルへ戻って翌日の準備をし、シャワーを浴びたりしてたら布団へ潜ったのは3時少し前になってしまった。

今朝は、vanagon714さんと大麻駅でプチ撮影会のお約束がある。事前の連絡で「731系とキハ201系の協調運転列車・761Mで大麻へ向かいます」とのお約束になっている。761Mの札幌発は7時30分だ。遅れる訳に行かないから、4時間程度寝ただけで、6時45分にはまた起き出した。

以前にも乗ったような気がするが、電車とディーゼルの協調運転は面白い。前の車両は電車で静かなのに、後ろの車両はガラガラとディーゼルエンジンの音が響く。大麻までは15分で着いてしまうけれど、少しはその面白味を楽しめた。

この761Mは江別で折り返し、大麻発8時13分の762Mとして戻ってくる。先ずはvanagon714さんと合流し、当の762Mを撮りましょうということになっている。

762Mを待つ間に、711系の札幌方面行が通る。見ていると

Dscn2390711_3昨年6月に拝めた原色編成が先頭で入っている。一眼では撮り損ねたが、デジでは何とかかように収めることが出来た。

以下、画像がないけれど……。

762Mを無事撮り終えた後、旭山動物園号を高架化相成った野幌で撮りましょうということになった。二人で移動し、昨年冬には玉砕した旭山動物園号を無事撮ることが出来た。高架の上の駅ホームは風もあって大変寒く、vanagon714さんと「札幌へ暖まりに逃げましょう」と一旦札幌へ戻った。

私はこの後、旭川のkattsu-mqcさんと近文でお会いする約束がある。近文へ12時35分に着く列車で落ち合うお約束なのだ。時刻表を見ながらvanagon714さんと「13D(オホーツク3号)で岩見沢で乗り換えれば、近文12時35分の列車に乗れますね」と話し、その手で行くことにした。vanagon714さんは残念ながらお仕事があるので、札幌でお別れすることになる。

岩見沢までオホーツクで行き、そこから普通列車の旭川行に乗り換える。これで近文へ予定通り着ける筈だ。安心したのと前夜の睡眠不足が相乗効果を発揮し、旭川行の列車では爆睡していた。

この列車は滝川で40分も停車する。その間にやっと目が覚めて、いよいよ近文でkattsu-mqcさんとお会いすることになる。雪の影響で到着が10分ほど遅れてしまったが、近文での撮影には影響がない。

kattsu-mqcさんと「次に撮るべくは13時18分頃通過の14Dですね」と意見が一致し、14Dの先行列車・スーパーカムイ24号の通過を待つ。ところがスーパーカムイの時間になっても上り方の信号が開通しない。13時15分くらいにやっと信号が開通し、スーパーカムイの通過を見送ろうと二人で待合室の中から眺めていると、何故か時刻通りに14Dが通り過ぎるのが見えた。然も、撮影は出来ないが遠軽方は白ボウズだった。「えっ? いつの間にスーパーカムイは通り過ぎちゃったの?」と二人で唖然としたまま玉砕してしまった。

気を取り直して、1080レと711系の上り普通を撮り、kattsu-mqcさん運転のお車で宗谷本線方面へ向かう。宗谷線の排雪列車がいい時間にあるのだ。色々場所を詮索した挙句、南比布駅至近の場所で俯瞰しましょうとなった。

線路とクロスする道路から撮る訳だが、クロスする道路へは雪を掻き分けて登らなければならない。kattsu-mqcさんが一生懸命雪掻きをして下さって、私だけが上でカメラを構えたら、排雪列車接近のホームの放送が入ってしまった。結局、kattsu-mqcさんは撮れずじまい。私の雪掻きのためにここへ来て下さったようなものだ。申し訳なさ過ぎて、お詫びのしようもない。

排雪列車を撮ったらもう特に予定はないので、私は札幌へ戻るだけである。kattsu-mqcさんに旭川駅まで送って頂いて、今日の行程は終了した。16時発のスーパーカムイで札幌へ取って返した。

vanagon714さん、kattsu-mqcさん、お忙しい中をお付き合い頂きまして本当に有難うございました。厚く御礼申し上げる次第であります。

5日目(1月16日)

今日は千歳線の上野幌から、JRバスで行くといい撮影地へ赴こうと思う。JRバスの椴山(とどやま)で降りて、10分ほど歩いた撮影地だ。

JRバスの時刻を下調べし、それに十分間に合う列車で上野幌へ行く……筈だが、その列車が来ない。今日は岩見沢方面が大雪でその煽りを受けダイヤが乱れているそうだ。結局、乗ろうとした列車は15分遅れで札幌を出、JRバスには間に合わなくなってしまった。

止む無く上野幌からタクシーを呼ぶ。が、タクシーの運転手は「椴山」を知らないと言う。運転手が無線で問い合わせてやっと椴山へ行けた。

椴山では

Dscn2393こんな狭い陸橋の脇から撮影することになる。元々狭い陸橋が、雪のために尚一層狭くなっている。

ここでは廃止が決まっているタンク貨物を撮る予定だったのだが、何と反対列車に被られて肝心のタンク貨は玉砕してしまった。何のためにタクシーまで飛ばしたのか判らなくなる。

戻りはJRバスに乗って、上野幌へ昼過ぎに着く。

今度は12時47分の普通列車で、恵庭へ向かう。鉄道写真攻略本に紹介されている撮影地があるのだ。

千歳線のダイヤは正常に戻ったようで、13時半頃から2時間弱、ここの撮影地に居ついていた。ここも道路の陸橋から撮影する場所で、通りがかった「みどりのおばさん」に「寒くないですか?」と尋ねられた。陸橋上は風があるから、15時過ぎにはかなり寒くなり、正直、辛かった。

北海道の日暮れは早い。恵庭駅に戻った頃には薄暗くなって来た。駅には相変わらず

Dscn2394こんな掲示が出ている。岩見沢方面は過去の記録を更新する積雪量になっているそうだ。

17時前に札幌へ戻ってくる。駅から見える温度計は今日も「-6度」と表示している。

晩は、vanagon714さんに教えて頂いた駅構内のそば屋「蕎麦紀行」で、軽く済ます。

Dscn2395但し、あくまで★は飲む。一瞬、歯冠土台のセメントの味を感じてヒヤリとする。

その後、急に思い立って地下鉄に乗りすすきのへ出向く。いや、別にやましい店へ行こうと思った訳ではない。Wさんから以前「すすきのから札幌まで地下道で歩けるようになりましたよ」と聞いたのを思い出して、歩いてみる気になったのである。

歩いてみたらちょうど20分で札幌まで戻れた。北海道の方々とお知り合いになれて、自分の行動範囲が広がったような気がする。何かとても嬉しかった。

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2012年1月14日 (土)

道央地区ヒヤヒヤ旅行(1・2日目)

1日目(1月12日)

現在、歯科医へ通院中である。神経を抜いてある歯の根元が炎症で痛み出し、歯冠とその土台を全部削り取って、一から治療をし直しているのだ。

先日、ある程度治療が進んで、やっと歯冠の土台を入れるところまでこぎつけた。土台を入れた後で先生が言った。
「痛みが出るかどうか調べますので、今は仮のセメントで土台をつけてあります。一週間後にまた来て下さい」。

私は今回の旅行を控えていたので思わず言った。
「あの……1週間休暇を押さえてあって旅行に出るので、今度は2週間先しか来られないのですが……」

すると歯科医氏は、う~んと首をひねり
「まぁ……2週間くらいならもつとは思いますが……仮セメントですから取れる場合もあります。もし取れてしまったら、土台は必ず持ち帰って来て下さい」。

そんな訳で、ヒヤヒヤな旅行に出ることと相成った。

それと、昨年も同じ時期に札幌方面へ旅行し、大雪に降られて見事に玉砕した。それもヒヤヒヤの一因ではある。

さて、と。

前夜の内に新幹線で東京まで出ておいた。だから正式には今日は「2日目」になるが、東海道新幹線を一々記述する必要もないので、実質今日が旅立ちなのだ。

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上野を7時38分に出る「はやて」で北へ向かう。

新白河辺りで一旦見え出した雪が、白石蔵王を過ぎて仙台へ近付くと少なくなる。流石に仙台に人口が集中するのが理解できる。盛岡を過ぎ、各駅に停車しながら新青森へ定刻着。

新青森からは

Dscn2350s_2スーパー白鳥の客となる。まだ居るのは本州だが、列車のカラーが北海道なので、既に北海道へ来た気分になる。

新青森は対向列車待ちのため、9分遅れて発車。遅れはそのまま取り戻せず、青函トンネルをくぐる。これで名実共に「北海道へ来た」ことになる。

遅れは更に拡大して、結局10分遅れで函館のホームへ滑り込む。函館では16分乗り継ぎの「北斗」で札幌へ向かう予定だが、遅れのため乗り継ぎ時間は6分しかない。然も函館からは自由席にしてある。急いで乗り継いで、兎に角空いている窓側席に座らせてもらう。車内は

Dscn236011座れるのが僥倖なくらい満席であった。函館で既に立ち席客が出たくらいだ。

八雲、長万部、伊達紋別と順調に過ぎるが、東室蘭からどっとお客が乗り出した。通路にも立ち席の方が溢れている。「早く中に入れ!」と怒鳴る御仁もいるぐらいだ。本当に席につけただけでも有難い。

満席状態は南千歳まで続いた。お客の乗り降りのために列車も7分遅れている。このままだと多分、札幌へは10分遅れぐらいに到着するだろうとの予想通りになった。

ともあれ、札幌へ着いた。駅前の温度計が-7度と表示している。札幌在住の方から「とんでもない寒波が来ています」と言われていたが、その通りである。

取り敢えず宿へチェックインし、直ぐに★へ出掛ける。こちらへ在住のWさんから勧められた店もあるので、そこへも行った。結果的にハシゴしてしまった。1泊目から贅沢をしてしまったものだ。

飲食の間、歯の土台の仮セメントの味がしてヒヤヒヤする。が、今日のところは大丈夫なようであった。

2日目(1月13日)

朝は5時半過ぎに起きる。札沼線の石狩当別より先、豊ヶ岡へ行きたいのだ。そのために行程を練ったら、6時16分の札沼線一番列車で出なければ仕方ないことが判明したのである。

6時早々に札幌駅ホームへ上がる。早朝の札幌駅は各方面への回送列車がかなり多いことを知る。自分が居る対面の9番線にも「回送列車が入ります」とのアナウンスが入ったが、見ていたら

Dscn2366何とラッセル車であった。何線を走ってきたものか判らないけれど、札幌駅でラッセルにお目にかかれるとは思っていなかったから、思わぬ眼福である。

6時16分の石狩当別行は予定通りに発車した。篠路を過ぎた辺りで

Dscn2369空が白み始める。早起きは辛いが、見ていると気持ちのいいものではある。

石狩当別からは3分接続で豊ヶ岡方面の浦臼行がある。ところが当別到着アナウンスで「本日、大雪の影響のため、浦臼行は運休します。ご乗車の方は駅前から代行バスにお乗り下さい」と言う。代行バスの写真を撮ったところで仕方がない。困って駅員に尋ねると「次の7時51分発、新十津川行は運転の予定ですからそれまでお待ち下さい」と言われた。早起きは三文くらい損をした。

Dscn2372発車案内を当てにして、7時51分を待つ。発車10分前にやっと「新十津川行、改札を始めます」と言われ、早速乗り込む。

ところが運転士氏が「えー、この先の除雪に時間がかかっております。次の北海道医療大学までは運転できますがその先の除雪に40分ほどかかると連絡がありました。石狩月形方面へお越しの方、挙手を願います」と言う。私も含めて20人くらいが挙手する。それを見てウテシ氏は列車から改札方面へ消えてしまった。

暫くするとウテシ氏が戻ってきて「月形方面へのお客様、タクシーで代行致します。駅の南口へお越し下さい」。また、列車から下りる羽目になった。駅員に尋ねると、もう一本あとの新十津川行からは確実に運転できると言う。撮影できる列車が限られるが、タクシーが無料で使えるならと、私も代行乗り場へ赴く。

相乗りになったタクシーで、石狩月形へ急ぐ。私以外の二人は月形でいいと言う。が、私はその先の駅へ行きたいのだ、と言うと、タクシーの運転手さんは「駅の場所、判んないなあ」と言い出す。結局相乗りのお客の一人が「俺、大体判るから、案内してあげるよ。豊ヶ岡へ先に行ってやりな」と言ってくれる。

結局、9時15分頃にやっと豊ヶ岡駅へ辿り着いた。次にここへ来る列車は11時56分発だから、半日玉砕したも同じである。

豊ヶ岡駅から札比内方面を見た線路の状況。

Dscn2375廃線跡みたいで、本当にこれで列車が通れるのだろうか。そう思っていたら、9時50分頃にハイモが通り過ぎて行って、線路が見えるようになった。これなら大丈夫だろうと安堵する。

11時56分の列車を駅撮りし、折り返し13時38分の列車で石狩当別乗換え・拓北まで戻る。ここまで戻れば列車本数も多いし安心して撮影できる。電化前の札沼線の姿を撮って、早いけれども15時半過ぎの列車で札幌へ戻った。

幾つかの用事を済ませ、再びJRの改札をくぐる。夜は森林公園駅の近くでvanagon714さんとtunnel_no2さんとのプチ★会のお約束があるのだ。

お二人とお会いし、居酒屋で看板まで「鉄話」に花を咲かせていた。半日は潰されたけど、後半の半日は充実した日であった。

明日、3日目はちょっとした団体行動になる予定なので、模様は後日別記としたい。

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2012年1月 6日 (金)

DD51重連いろいろ

先日、いつもお邪魔しているvanagon714さんのブログでDD51重連の動画がアップされていた。

そう云えば自分も色々なDD51重連を撮っているなぁと思い出したので、動画ではないがコラボさせて頂こうと思う。

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最初は旅客列車から。ご覧の通り「カシオペア」である。室蘭本線の有名撮影地・萩野~白老にて。2007年5月。

Img731twlexp

これも有名撮影地。札幌近郊の方なら直ぐお判りと思うが、千歳線の西の里(信)に程近い場所から下りのTWL.EXP。少し遅延したため、上り方向の特急「とかち」に被られてしまっていてみっともない写真だが、183系による「とかち」も今は亡きものだからお許し頂きたいと思う。2008年6月。

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これ以下の写真は全て2009年12月の撮影。関西本線四日市駅構内で停まっていた、国鉄色先頭のタキ貨。エンジンも停止していたので、四日市で終点になる8261レが停泊している姿だと思う。

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塩浜貨物線を走る、南松本行のタンク貨・5284レ。所謂A更新同士の重連だ。右側に見えるのは近鉄名古屋線。四日市~塩浜(貨)にて。

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塩浜貨物駅に到着した5271レ。南松本からの返空タキ貨だ。停止位置目標がないので、駅職員が停止位置で腕を差し出している。

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塩浜貨物駅では特に入替専用機がいないので、DD51は重連のまま入替作業も行う。随分と贅沢な眺めだと思う。

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最後はちょっとオマケ的な画像。重連ではないのだが、vanagon714さんの記事に青更新のDD51の走行シーンがあったので、それもコラボさせて頂いて。何号機か記録がないし、この車両が現在も青更新のままかどうかは判らない。ともあれ約2年前までは内地にも青更新が存在したことだけは確かだ。四日市駅構内の末広可動橋にて。

重連はどの型にしても、勇ましさが倍増して見える。況して、数を減らしつつあるDD51の重連は貴重な記録になっていくと思う。自分も撮れる内に撮らなければ、と思っている。

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2012年1月 1日 (日)

平成24年

明けましておめでとうございます

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本年もよろしくお願い申し上げます。

ところで私の子分たちですが

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平和なお正月を送っているようでございます。

                    平成24年・元旦

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