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2011年12月

2011年12月24日 (土)

ゆく車、くる車

Dscn2310

今年度の新車の納入が、先日から始まった。写真は偶々並んだ、届きたての新車と、もう方向幕もナンバーも外されて廃車になる車。

昨日まで元気に走っていた車がナンバーを外されると、途端に廃車ムードが高くなる。方向幕まで抜かれると、もう、本当に廃車業者に持って行かれるのを待つばかりと云った雰囲気になってしまう。

因みに居合わせた車両係の人に尋ねると、左の廃車される車は既に譲渡先が決まっていて、北海道へ渡るそうである。プレヒーターのついた2扉車だから、今年2~30両が譲渡された北海道C央バスにでも譲渡されるのだろうか。

今年度の新車搬入により、私共の営業所ではツーステップ車が全廃となり、ノンステップ化100%が達成される。

廃車になる左の車が入ったのも、ついこの間のように思っていたのに、もう廃車かと思う。

譲渡先は大変寒い地域だと思うが、せめて、その先で元気に活躍してくれることを願うばかりである。

***

さて、少々早いですが、自分の勤務やその他の予定などからすると、今記事が今年最後の記事になると思います。

拙いブログでありますが、今年一年お付き合い頂いた皆様、有難うございました。心より厚く御礼申し上げます。

また、皆様方に於かれましては、どうぞ良いお年をお迎えくださいますよう心よりご祈念申し上げ、年末のご挨拶に代えさせて頂きます。

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2011年12月18日 (日)

サイドサンバイザー

私の車庫に在籍する車両で、メーカーも形式も年式も同じなのにサイドサンバイザーの形状の異なるバスがある。写真の撮り方があまり上手くなくて申し訳ないが、両者を比較させてみようと思う。

Dscn1850a

運転席から見たサンバイザーと右側バックミラーの見え具合。仮にこちらを「タイプA」としておこう。

これに対して別の車両ではこうなっているのだ。

Dscn2253b

上に対してこちらを「タイプB」と呼ぶことにするとして。

サンバイザーのミラーが見える付近の切り込み方が全く異なっていることがお判り頂けるだろう。タイプBではミラー付近のサンバイザーは全部切り込まれた形状になっている。

運転席から眺めた場合、個人的にはタイプAよりタイプBの方がサイドミラーが見易くて運転にも楽なように思える。咄嗟に車線変更を余儀なくされるケースも度々あるから、右側のミラーがきちんと見えることは重要なように思う。

同年式で2つのタイプがあるということは、両者を運転手に比較をさせて、評判のいい方を今後採用して行こうとの意図があったのだろう。私たちは実験台になったのかとの思いもあるが、まあ、少しでもいい方向に持っていく意図があるのならこの程度は仕方がないのかな、と。

結局の所、両者のどちらが評判が良かったのか、私には判らない。と云うのは、このメーカーのこの形式は、以降私たちの職場に導入されていないからだ。自分としては結論も知りたかったのだがなぁ……。

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2011年12月12日 (月)

高山線・下呂近辺での写真

先日の下呂spaへ行った時のフィルムが上がってきた。

散々書いたように撮影目的ではなかったけれど、撮ってきた写真を4枚だけご紹介しようと思う。

Img724

白川口駅からまあまあ近くにある鉄橋。撮影地として比較的有名な場所でもあるので、敢えてアップさせて頂く。ここは日の丸構図でもお許し頂けるかなと。因みに写してある車両は、大阪発と名古屋発の列車を併結させた「ひだ5・25号」の後追い。白川口~下油井にて。

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下油井駅の間近から撮った写真。下油井は白川口の隣の駅になるが、この辺りは「白川茶」の産地としても知られている場所である。キハ48の手前に写っているのも茶畑だ。画面中央の木が邪魔っこいが、30年前にここで写真を撮った時はこんなに列車が木で隠れるようなことはなかった。年月と共に景色が変わるのも仕方ないことのようだ。下油井~飛騨金山にて。

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雨に降られて逃げ込んだ下油井駅からのカット。偶々、駅ホームに植えてあった南天の実が綺麗だったので撮った一枚。真っ赤な南天から滴る水滴に、悪天を感じ取って頂ければと。通過する特急は速度が速かったので、シャッターのタイミングが難しかった。

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ここも学生時代に撮ったことのある場所。益田川を渡る普通列車は2両なので、135mmのレンズで撮っている。学生時代には7両だかの急行「のりくら」を写しているので、50mmで写したとの記録がある。ここでは4枚の写真を撮ったが、橋梁の付近も建物が増えて今の時代に50mmで撮るとゴチャゴチャと鬱陶しい写真になってしまった。で、敢えてこの写真をアップさせて頂く。

マトモに見れる写真は以上なので、ご紹介はこれで終わりである。まあspaに浸かるのが主目的の旅行だったので、写真の方はこの程度でご堪忍下さいまし。

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2011年12月 8日 (木)

下呂温泉と高山線と

1日目(12月6日)

12月は毎年、寒くなってくる時期だからと言い訳を言ってあちこちのspaを巡っている。今年は名古屋から近い割には余り足を運んでいない下呂温泉に宿泊しようと考えた。

中央線の千種から、多治見・美濃太田回りで高山線に入る。前夜、色々とやることがあって寝るのが遅くなった。そのため多治見までと、その後、太多線に入って可児へ着く辺りまで殆ど居眠りしていた。太多線は中々乗る機会がないからと思ってルートに組み込んだのに、眠っていては意味がない。

とまれ、そうこうする内に美濃太田までやって来た。ここからが今回の目的の高山線になる。但し今回はspaがメインなので、撮影は申し訳程度にするつもりでいる。

美濃太田は高山線の車両を預かる大切な車庫の最寄だ。車両の切り離しや回送列車の到着などで

Dscn2256眼前の風景は見ていて飽きない。「鉄」のためにあるような駅だ。

美濃太田を9時57分に出発し、10時27分に白川口へ着く。駅から少し遠いが撮影に有名な鉄橋があるのだ。
往路はタクシーで赴くつもりだったが、駅前にタクシーがいない。白川口は特急も停まる駅なのに、見当が外れた。あれこれした挙句、結局は運転代行の車で目的の橋梁まで向かえることになった。

Dscn2259_2この橋梁、ご存知でしょうかね? 写真集などにはよく載っている場所なのだけど。ここで1時間半ばかりを過ごした。

帰り道は流石にタクシー代が勿体ないので徒歩で戻る。撮影地ガイドに「駅から徒歩40分」と書かれていたが、35分で戻れたので、まだまだ自分の足も捨てたものではないと安堵する。

13時過ぎの列車で次の下油井へ至る。学生時代に撮影した場所を覚えているので、そこで撮ってみようとの魂胆である。駅から国道へ出てすぐの辺りだから、歩かなくて済むのは助かる。が、ちょっと撮影している内に空模様がかなり怪しくなってきた。今回はISO400のフィルムを持ってきたが、それでも絞りを開放にしてシャッター速度は1/60秒がやっとの状態。こりゃあダメだと思う間もなく、雨が降り出した。

Dscn2264

「今回はspaがメイン」と自分に言い聞かせて、早々に撤退する。ただ、どちらにしても下油井に停まる普通列車は予定していた16時27分のものしかない。温泉街の下呂へ着くのが17時過ぎになることには変わりがない。

皮肉なことに、下呂へ着く頃には雨が止んでいた。まあ、いい。温泉旅館に泊まって★を飲めば満足する旅行なのだ。

10年以上ぶりの下呂の湯は、期待を裏切らない、いい心地であった。2泊の予定なので、茹で魚になるまで2晩浸かろうと思う。

2日目(12月7日)

朝湯に浸かってから宿を出る。贅沢な話だ。

8時59分発の普通列車で飛騨萩原まで行こうと予定してある。その列車が嬉しいことに

Dscn2267dc_2旧国鉄色風に塗り直したキハ48の編成だった。何とも懐かしい気分に浸れる。

飛騨萩原から、手前の禅昌寺へ向けて徒歩で戻りにかかる。この辺りも学生時代に撮った記憶があるので、その「現在の姿」を捉えようとの魂胆である。

ちょっとだけバスの力も借りて、禅昌寺へ至る。その先の橋からも、高山線が狙える。レンズを換えながら色々な写真にチャレンジしてみる。自分の眼下は益田(ました)川で、

Dscn2271川面が光り、水が透き通っているのが判る。綺麗な川だなと嬉しくなる。これだけのことでも、心の清涼剤になるものだ。

撮影していた橋から禅昌寺駅へ戻る途中の信号に

Dscn2273_2とある。自分が泊まっているのが下呂で、そこから山奥へ向かって3つ目に「上呂」という駅がある。下があって上があって、この禅昌寺辺りが「呂」の中間に当たるらしい。

14時10分の下り列車で更に奥の

Dscn2279までやって来る。この辺りも学生時代に撮影した記憶がある。当時は135mmのレンズが持ち合わせで一番長いタマだったが、今は300mmまで持って来ている。贅沢しているなと思う。それらのレンズを使いこなしながら夕方までこの辺りで写真を撮っていた。

予定していた撮影をほぼこなして、17時過ぎの列車で宿泊地の下呂へ戻る。spaがメインだから撮影は程々にと思っていたが、多少は熱を入れて撮っていたかも知れない。

3日目(12月8日)

朝、一応8時20分に目覚ましをかけておいた。目覚ましに促されて窓外を見ると、雨になっている。今日は下呂の温泉街が見下ろせる、下呂駅付近でのポイントから撮影を考えていたが、雨では億劫だ。撮影は諦めてもう一度布団に潜り込む。

9時頃に朝食へ行き、もう一度だけspaに浸かることにする。ホテルのチェックアウトは11時だし、帰りの列車は

Dscn2288

(ブレてて済みません)
上の普通列車に間に合えばいいから、のんびり過ごそうと考える。

11時少し前にやっとホテルをチェックアウトし、歩いて直ぐの駅で普通列車を待つ。列車は11時25分に下呂着の予定なので、そんなに長い時間を待たされる訳ではない。

この辺りでは普通列車にはキハ48が基本的に使われる。それに乗ってゆっくり戻りにかかる。 高山線にはちょくちょく乗るが、普通列車でのんびり戻るのは久し振りだ。のんびりしたまま13時05分、美濃太田着。

往路では太多線を経由したが、帰りは高山線で岐阜まで行って名古屋へ戻るような切符にしておいた。度々書いてきたが学生時代に高山線や越美南線(現・長良川鉄道)をよく撮りに来ていて、その時は大抵岐阜回りで帰っていたのだ。30年昔を思い出してみたいと思って、こんなルートを選んだ。

Dscn2290

駅弁売りの残る美濃太田を後に、

Dscn229311

岐阜行のキハ11に乗り込む。JR東海のオリジナル車両で、昔のキハ11とは全く違う。

岐阜までは30分少々かけて行く。沿線の景色も大分変わって、30年前を思い起こすのも難しくなってきた。時代が変わってしまったのだから、昔に執着する方がどうかしているのかも知れぬ。

まあ、長くなるから岐阜より先は省略するけれど、自他共に変わったことを再認識させられる帰路であった。自分がspaに行くこと自体、昔とは違うのだ。

と云う訳で、今回は幕としよう。

尚、再三書いてきたが、今回は撮影がメインではないので、撮影結果はそれ程期待せずにいて下さい m(_ _)m

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