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2011年11月23日 (水)

琴電に渡った名古屋の地下鉄

Dscn2179四国は香川県に高松琴平電気鉄道(通称:琴電)って私鉄がある。
メインのような感じで琴平線(ラインカラー・黄色)があり、支線的な位置付けで長尾線(ラインカラー・青緑)と志度線(ラインカラー・赤)が走っている。

四国の鉄道としては珍しく標準軌を採用しており、そのために走る車両にも特色がある。現在では主に、元京浜急行車・元京王電鉄車・元名古屋地下鉄車が使われている。京王を除けば、元々の軌間が標準軌の車両会社のものを使用しているのだ(京王だけは「馬車軌間」と呼ばれる軌間だが、これも狭軌よりはかなり広い)。琴電の車両を管理している「京王重機整備」の提案により、これらの車両を使っているという。

今書いたように、私の地元名古屋からも、琴電へ車両の譲渡が為されている。名古屋の地下鉄は東山線と名城線(含む名港線)で標準軌が採用されているから、改軌の必要がなく譲渡には都合が良かったようだ。いつだったか深夜に仕事で回送中、国道の信号で止まっていたら目の前を地下鉄車両がトレーラーに載せられて通り過ぎたのを見たことがある。この譲渡のための輸送を偶々目撃したようだ。

さて前置きはこれぐらいとして、過日の四国旅行で、名古屋から譲渡された琴電車両たちを見学してきた。現在実際に琴電で走っている元名古屋地下鉄車両をご紹介していこうと思う。
尚、琴電では基本的に2両編成を1編成として運用している。一部の例外もあるが、走っている車両は2両編成だと思って頂いていいだろう。

Dscn2212630

派手なラッピングが為されているが、この630号は名古屋時代に中間車両から先頭車化の改造を受けた車両だ。現在は志度線で運用され、集電方式が第3軌条からパンタ式へ、また冷房化の工事も行われている。然し車体そのものはほぼ名古屋時代のままで、特に東山線で運用されていた車両だから同線沿線に住む私にとっては懐かしい。

琴電へ渡った車両は、この形を基本にして名古屋での中間車も先頭車化されている。志度線内で630号と他の車両が並んだ。

Dscn2205630628

殆ど同じ形で改造されているのがお判り頂けるかと思う。

名古屋時代に元から先頭車として製造された車両は、かなり正面のイメージが異なる。

Dscn2209722

琴電で722号を名乗る、元名城線の車両。この形状は名城線・東山線ほぼ共通の形状で、私も「先頭車」というと、こちらの形の方がイメージ的に合う。80歳になる母にこの写真を見せたところ、母も「懐かしいねえ」と言っていた。

志度線では全車両が名古屋の地下鉄のお古である。631号の車両に乗ってみた。タネ車は名城線の中間車両である。

Dscn2198631

「日本車両/昭和48年」。名古屋から琴電へ渡ったのは1998年から2002年にかけてらしいが、名古屋で30年近く使用された後、琴電で既に10年以上活躍していることになる。

Dscn2201631

車内。窓から下の部分はほぼ名古屋時代の形を保っているようだ。網棚はあとから設置されたものだと思う。また、連結面の通路は名古屋時代よりもかなり広げられている印象を受けた。その為、連結妻面の窓が大幅に狭くなったように見える。

志度線の他に、長尾線、琴平線でも活躍している車両がある。

Dscn2189614

これは長尾線用の614号+613号。タネ車は名城線の中間車両。この日は昼間時は運転されない運用だったようで、瓦町駅近くの側線に留置されていた。

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こちらは琴平線で運用される606号他の4連。これもタネ車は名城線の中間車。8月頃に長尾線から転属してきた車両で、2両編成を2つ繋げて4両編成とし、主にラッシュ時に活躍している。琴電の最も大きな車庫・仏生山に留置されていた。編成全体が見えないのが少々残念だった。

Dscn2169606

同じ606号のサイドビュー。こうして眺めていると、色以外は名古屋時代と殆ど変わらず、懐かしさがこみ上げてくる。今ではこの形は名古屋地下鉄から完全に姿を消してしまったから、こうして他の県でお目にかかれると嬉しい。

駆け足でご紹介してきたが、機会があれば走っている姿も写真に撮ってみたいなと思う。

そして何より、いつまでもこの鉄道で愛されて活躍して欲しいと願わずにはいられなかった。

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鉄道その他」カテゴリの記事

コメント

「黄電」ですね~。
懐かしいです。
N市に来た頃は黄電ばかりでステンレスの方が少なかったですからね~。
四国で第二の人生を送っているのは嬉しいですね。
末永く活躍する事を願うばかりです。

投稿: N市のT | 2011年11月23日 (水) 23時10分

こんばんは。
昭和48年製造の車両がまだまだ現役で活躍しているのは嬉しいですね。
記事を拝読するとN市営時代からかまり多岐にわたって改造されているようです。
最後の黄色い車両はまるで新車のように綺麗で大事にされているのだなあと
感心してしまいました。

投稿: vanagon714 | 2011年11月24日 (木) 20時12分

>N市のTさんへ
N市の地下鉄は元々は黄色ばかりでしたから、「黄電」って呼び方さえ私には違和感があります。ともあれ、その黄電たちですね。
N市のTさんがN市へ来られた当時は、東山線にステンレス車両が15編成程度あったでしょうか。ステンレス車両=冷房車両なので、銀色の電車が来ると物珍しさと嬉しさが伴っていたものです。
今やステンレス車両ばかりになり、全面塗装車は他の県へ行かなければ見られなくなりました。本当に、末永く活躍して欲しいですよね。

投稿: | 2011年11月24日 (木) 21時54分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
Wikiで調べたところ、昭和44~48年製の車両が琴電へ渡っているそうです。地方私鉄ではまだまだ昭和40年代の車両が元気に活躍していて、見ていても嬉しいですよね。
N市営時代には一部の車両が中間車から先頭車への改造がされています。両数は小規模に留まっていますが。
最後の写真の車両は今年の8月頃に長尾線から琴平線に移され、その際にラインカラーに合わせた塗装変更がされています。綺麗に見えるのはその所為もあるのでしょう。

投稿: vanagon714さんへ | 2011年11月24日 (木) 22時03分

N市営地下鉄も全ての路線で標準軌が採用されていたのではないんで
すね。東山線も古いものは昭和57年製がたぶんまだ現役でしょう
から、それら最古参組も近い将来琴電に譲渡されそうな気もします。
ところで琴電はバスでもN市営の中古車がありますよね…。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2011年11月24日 (木) 22時10分

昭和~平成にかけてが一番N市に出張に行っていましたので私にとっても懐かしい車両です。

ドア付近にちっちゃな網棚があるだけで、真ん中あたりだと、危うく座っている人にカバンを落としそうになったことがありました…(札幌は全くありませんね)

箱としては頑丈に作られているんでしょうか?長持ちしますね。

投稿: suzuran6 | 2011年11月25日 (金) 08時12分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
名古屋の地下鉄は、鶴舞線が名鉄乗り入れとの関係で狭軌を採用しています。鶴舞線と丸の内で繋がっている桜通線も同様に狭軌です。
東山線の車両は仰せのように昭和57年製の5000系が最古参かと思います。これも徐々に廃車が始まっており、新しいN1000系が少しずつ入っています。5000系の初期車がどこかに譲渡されたという話は聞いていません。そのまま廃車体になっているかも知れません。
バスのことはこの頃関心がないので判りませんが、N市のTさんによれば琴電バスにも入っているらしいですね。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2011年11月25日 (金) 22時33分

こんばんは
道外の地下鉄ともなるとほぼ知識ゼロなのですが・・・
昭和48年車が第二の人生で活躍をしているのは地下鉄は風雨にさらされにくい分で寿命も長いのかなぁと思いながら拝見いたしました。

札幌の地下鉄は他の場所じゃ走れないですし、JRの車両は厳しい気候で道外より短命だったりするので第二の人生を送る道産子車両を見る機会ってなかなか無さそうです。

投稿: kattsu-mqc | 2011年11月25日 (金) 22時39分

>suzuran6さんへ
suzuran6さんもこれらの車両、ご存知なのですね。黄色の電車は網棚がなく客から不評でした。それで初期の冷房車・5000系には扉付近にだけ網棚が付けられました。その後、普通に客席の上にも網棚が設けられるようになりました。
琴電に渡った車両は冷房化のために屋根部分を改造したらしいので、その際に網棚を付けられたようです。

電車の箱は頑丈なようですね。国電でもつい最近まで終戦直後に作られた車両が活躍していましたから、50年以上使っても大丈夫なものも存在するようですね。

投稿: suzuran6さんへ | 2011年11月25日 (金) 22時41分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
ちょっとローカルネタになってしまい済みません (^ ^;;;
昭和48年製の車両たちが琴電へ渡ったのは10年くらい前になります。当時は経年約30年と云うことで、すんなりと受け入れ先が決まったようです。同じ頃に廃車になった車両ではアルゼンチンで使われているものもあるそうですよ。
札幌の地下鉄は独特の走行方式を採用しているので、廃車後の受け入れ先を探すのは極めて困難でしょうね。以前vanagon714さんとも同じようなことを話し合っていたことがあります。

北海道の車両は国鉄時代なら多少の異動があったようですが、やはり厳しい寒さに晒されるので、道内で短命の一生を終えてしまうものが大半のようですね。実際、北海道の寒さって半端じゃないですものね……。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2011年11月25日 (金) 23時02分

こんにちは。
すみません、N市の地下鉄乗ったことはあるのですが、ほとんど記憶にありません。写真も撮っていませんでした。
コトデン、とても懐かしいです。1991年に訪れました。その頃は本線では京急1000や阪急車、長尾線、志度線は京急230や旧型車が活躍、
瓦町の駅も戦前のもので、頻繁な列車の発着、解結作業、とても活気がありました。
今のN市の車両も良い感じですね~。模型にしたいサイズ、カラーも気に入りました。機会があれば”サンライズ”に乗ってまた行ってみたいです。

投稿: tunnel_no2 | 2011年11月26日 (土) 12時07分

すみません、追加コメントです。
1991年当時、長尾線、志度線で活躍していた1000、3000、5000系はコトデン創業時からの車両でした。その時点で60年以上の現役車両でした。今も保存車で動いていますよね~。80年です。
ちなみに北海道にも48年製が居ます。DD511047号機。道内の現役動力車では最古参だと思います。

投稿: tunnel_no2 | 2011年11月26日 (土) 12時23分

>tunnel_no2さんへ
こんばんは。
N市の地下鉄は比較的マイナーで、東京や大阪の地下鉄のように頻繁に鉄道ニュースなどにも載ったりしませんよね。貴兄にお写真がなくても無理からぬことと思います。
かく言う私も黄色い電車の頃の地下鉄は殆ど撮っていません。撮影の記憶はあるのですが、何年頃に撮ったのか忘れてしまい記事にはアップできませんでした。限定発売された飾りの模型も行方不明でどうにも説得力のない記事になりました。
琴電の京急車は元1000系と云うのでしょうか、あれは現在、本線や長尾線で主力として走っています。瓦町駅が改装された関係で、現在は志度線が孤立した形になっていますね。それで、志度線にN市の地下鉄車両が集中投入されているようです。
琴電の旧型車両は4両でしたか、恐ろしく古いのが健在ですね。イベント時に走っている記事を鉄道ニュースで見かけます。80年! 凄いですよね。
道内のDD51にも昭和48年製が健在ですか。JRとしては珍しく長寿ですね。石北線のPPがある内は、何とか走ってくれるのではないでしょうか?

投稿: tunnel_no2さんへ | 2011年11月27日 (日) 00時13分

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