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2011年11月

2011年11月29日 (火)

唯一の“扶養家族”

私は結婚していない。結婚歴もない。だから妻も子供もいない。

そんな私であるが、一羽だけ扶養家族がいる。

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ボタンインコ。正式には「キエリボタンインコ」ともう一つ何かのボタンインコとの混血のようだが、何しろコイツが私の唯一の扶養家族なのである。名前は特につけていない。

私がこちら(魚澄庵)へ移る際に、不規則勤務の私一人では面倒が見切れないので、実家に残して母に面倒を見てもらっている。だが、餌だの何だの必要なものだけは母から連絡があれば私が調達してくることになっている。

当初、買ってきた時は「つがい」で買ってきた。その内に一羽だけヒナが生まれ、成鳥になった。だから一番多い時で3羽の家族がいた。

然し、数年前に母親だったインコが死に、昨年だったかに子供のインコも死んでしまった。で、現在、父親のインコだけが1羽だけ生き残っている。買ってきたのは10年以上前で、小鳥としては随分長生きしていると思う。

そのお父ちゃんインコの家(鳥籠)が、ボロボロになって使えないと母から連絡を受けた。それで先日、仕事帰りにホームセンターへ寄って、奴の新居を買ってきた。

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組み立て終わった直後の写真。これを実家に引き渡して、奴の新居としてもらうことになっている。

お父ちゃんインコも白髪が目立つ年齢になってきた。いつまで生きてくれるかは判らないが、新しい家で少しでも快適に過ごしてくれればと願っている私である。扶養手当は出なくとも、私の唯一の扶養家族には変わりがないのだから。

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2011年11月23日 (水)

琴電に渡った名古屋の地下鉄

Dscn2179四国は香川県に高松琴平電気鉄道(通称:琴電)って私鉄がある。
メインのような感じで琴平線(ラインカラー・黄色)があり、支線的な位置付けで長尾線(ラインカラー・青緑)と志度線(ラインカラー・赤)が走っている。

四国の鉄道としては珍しく標準軌を採用しており、そのために走る車両にも特色がある。現在では主に、元京浜急行車・元京王電鉄車・元名古屋地下鉄車が使われている。京王を除けば、元々の軌間が標準軌の車両会社のものを使用しているのだ(京王だけは「馬車軌間」と呼ばれる軌間だが、これも狭軌よりはかなり広い)。琴電の車両を管理している「京王重機整備」の提案により、これらの車両を使っているという。

今書いたように、私の地元名古屋からも、琴電へ車両の譲渡が為されている。名古屋の地下鉄は東山線と名城線(含む名港線)で標準軌が採用されているから、改軌の必要がなく譲渡には都合が良かったようだ。いつだったか深夜に仕事で回送中、国道の信号で止まっていたら目の前を地下鉄車両がトレーラーに載せられて通り過ぎたのを見たことがある。この譲渡のための輸送を偶々目撃したようだ。

さて前置きはこれぐらいとして、過日の四国旅行で、名古屋から譲渡された琴電車両たちを見学してきた。現在実際に琴電で走っている元名古屋地下鉄車両をご紹介していこうと思う。
尚、琴電では基本的に2両編成を1編成として運用している。一部の例外もあるが、走っている車両は2両編成だと思って頂いていいだろう。

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派手なラッピングが為されているが、この630号は名古屋時代に中間車両から先頭車化の改造を受けた車両だ。現在は志度線で運用され、集電方式が第3軌条からパンタ式へ、また冷房化の工事も行われている。然し車体そのものはほぼ名古屋時代のままで、特に東山線で運用されていた車両だから同線沿線に住む私にとっては懐かしい。

琴電へ渡った車両は、この形を基本にして名古屋での中間車も先頭車化されている。志度線内で630号と他の車両が並んだ。

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殆ど同じ形で改造されているのがお判り頂けるかと思う。

名古屋時代に元から先頭車として製造された車両は、かなり正面のイメージが異なる。

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琴電で722号を名乗る、元名城線の車両。この形状は名城線・東山線ほぼ共通の形状で、私も「先頭車」というと、こちらの形の方がイメージ的に合う。80歳になる母にこの写真を見せたところ、母も「懐かしいねえ」と言っていた。

志度線では全車両が名古屋の地下鉄のお古である。631号の車両に乗ってみた。タネ車は名城線の中間車両である。

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「日本車両/昭和48年」。名古屋から琴電へ渡ったのは1998年から2002年にかけてらしいが、名古屋で30年近く使用された後、琴電で既に10年以上活躍していることになる。

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車内。窓から下の部分はほぼ名古屋時代の形を保っているようだ。網棚はあとから設置されたものだと思う。また、連結面の通路は名古屋時代よりもかなり広げられている印象を受けた。その為、連結妻面の窓が大幅に狭くなったように見える。

志度線の他に、長尾線、琴平線でも活躍している車両がある。

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これは長尾線用の614号+613号。タネ車は名城線の中間車両。この日は昼間時は運転されない運用だったようで、瓦町駅近くの側線に留置されていた。

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こちらは琴平線で運用される606号他の4連。これもタネ車は名城線の中間車。8月頃に長尾線から転属してきた車両で、2両編成を2つ繋げて4両編成とし、主にラッシュ時に活躍している。琴電の最も大きな車庫・仏生山に留置されていた。編成全体が見えないのが少々残念だった。

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同じ606号のサイドビュー。こうして眺めていると、色以外は名古屋時代と殆ど変わらず、懐かしさがこみ上げてくる。今ではこの形は名古屋地下鉄から完全に姿を消してしまったから、こうして他の県でお目にかかれると嬉しい。

駆け足でご紹介してきたが、機会があれば走っている姿も写真に撮ってみたいなと思う。

そして何より、いつまでもこの鉄道で愛されて活躍して欲しいと願わずにはいられなかった。

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2011年11月18日 (金)

土讃線・黒川付近での写真

色々順序が前後するが、前回お約束した通り、今回は11月に出掛けた土讃線の黒川駅近辺で撮った写真をご覧頂こうと思う。

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黒川で降りようとして、初めに目に飛び込んできたのはこのタマネギ畑であった。周囲の緑が次第に煤けた色に変わる季節だが、タマネギ畑だけは青々としていて大変目に付いたのだ。

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タマネギ畑での写真を撮って、反対側を向いたらこの土蔵が視界に入った。田舎の風情があっていいなと思い、題材にさせて頂いた。こういう渋さは四国ならではのような気がする。先入観があるのかも知れない。

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黒川のホームから阿波池田寄りを見ると、こんな景色が見られる。山深い雰囲気がお伝えできれば嬉しく思う。1/60秒のシャッタースピードだが、ブレずに写ってくれたのは幸甚だ。

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柿の実を取り込んだ写真ではこれが一番マトモかなぁと云うことで。この写真を撮った辺りの時間が一番雨の降りが強くて、上着から下着に至るまで体中びしょ濡れになって撮った。カメラ類もかなり濡れてしまったが、故障などのトラブルが起こらなくてよかった。

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流れは財田(さいだ)川。駅のすぐ南側にあるこの鉄橋も色々なアングルで狙うことができるが、今回撮った中ではこれが一番「何とか見れる」写真かと。線路の西側から撮っているので、西陽が当たっていればまた別の趣の写真が撮れたかも知れない。

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これは駅ホームから多度津寄りを向いて撮っている。こちら側も森の中から列車が飛び出てくるようなアングルになる。早い話が、駅付近だけに僅かな平地が広がっているのだ。ヘッドライトがロービームであることがよく判る写真となったのは、ある意味、霧雨のお陰かも知れない。

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上の写真を撮った後、180度向きを変えてホーム側を見たら降車客があったので、慌ててもう一枚シャッターを切った。黒川駅の乗降客数は一日平均20人前後だという。その20人の中の貴重な2人なのだろうと思う。

雨の所為にしていてはいけないが、悪天だとどうしてもシャッターを押す回数も少なくなってしまう。数少ない画像の中から拾い上げたので、雑な写真も目立つかと思う。撮影者の腕の悪さと思って、ご堪忍頂ければと思っている。

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2011年11月13日 (日)

宗太郎越え近辺での写真

立て続けに旅行に出てしまったのでややこしくなるけれども、まずは10月下旬に赴いた日豊本線「宗太郎越え」付近で撮影した写真をご覧頂こうと思う。

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写真自体は大したことないものだけれど、あることに気付いたので。拡大してご覧頂くとお判りかと思うのだが、サンバイザーには「ARIAKE」の文字が残っている。今では485系を駆逐して日豊本線の「にちりん」などで活躍する787系だが、まだ細かい部分に前任地の痕跡が残っているのが面白い。直見~直川にて。

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10月下旬というのに、まだ水田に稲穂が残っているのは「流石、南九州」と言うべきか。ちょうど来たハイパーサルーンでの「にちりん」と共にパチリ。側面が逆光になってしまっているのは少々見苦しいがお許しを。直見~直川にて。

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旅行記で「上手く撮れていたら掲出する」とお約束した番匠(ばんじょう)川の橋梁。前向きでの写真はイマイチだったけれど後追いの写真はまあまあだったので、お載せする次第である。ここは終日逆光のポイントで高曇りぐらいがちょうどいいと踏んでいたのだが、うまいこと高曇りになってくれて感謝感謝である。上岡~直見にて。

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旅行記では「コーラの自販機がなければいい雰囲気の駅舎だ」と書いた上岡駅を、コーラの自販機を排除して撮ってみた。こうした古い雰囲気の駅舎が、九州には所々に散見する。改築せずに末永く残していって欲しいものだと思う。

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国道沿いの窮屈な歩道より。線形が面白いかなと思って写した写真。S字型にカーブしていていい雰囲気に思ったのだが、列車が来るとその列車に線路が隠されてしまって、大して面白い構図になっていないなぁ、と。市棚~北川にて。

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時々撮る「鉄路で働くおっちゃん」シリーズ。作業の内容はよく判らなかったが、撮影前に降った大雨で緩んだ築堤や道床を固める工事のように思われた。「列車通過10分前」とか言う無線機の声だけはよく聞こえたのだが。市棚~北川にて。

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昼間に通る貨物列車は実質この1本(4075レ)だけなので、どこで撮るべきか悩んだのだが、たまたま編成全部が収まる地点で撮影できたのでホッとしている。空コンの部分が一部潅木で隠れてしまっているのはご愛嬌と言うことで。渡っている川は旅行記でも書いたが「小川」と云う名称。ちょっと冗談みたいな名前だ。市棚~北川にて。

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秋の代名詞、ススキをブレた列車と共に。1/60秒のスローシャッターで切っているのでススキも列車の巻き込む風でブレる予定だったのだが、中々予定通りには行かないものだ。頑なにデジカメで撮らない自分が、ちょっと情けなくなってくる。市棚~北川にて。

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ヘッドライトとそれに照らされるレールを、暗闇の中で撮ってみた。勿論バルブ撮影で6秒くらいの露光をかけている。左側の赤信号の光が線路に映じてくれると、より面白い写真になったかとも思うのだが。北川にて。

おまけの一枚。

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上岡駅の発車時刻表。正真正銘、一日に6本の列車しか停まらない。石北本線の生野・旧白滝・下白滝の「一日4本」には負けるけれど、多分JRの中ではその次に少ないのではなかろうか。記録写真に過ぎないが、こんな辺鄙な駅を訪れる機会が持てることは有難い身分だと思う。

次回は、四国の黒川駅近辺の写真をアップしたいと思っているが、取り敢えず「九州編」はこんな按配であった。
ご高覧、感謝致します。

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2011年11月 6日 (日)

土讃線・黒川駅付近を撮る旅

1日目(11月5日)

Dscn2134この間、「九州へ行った」と言った舌の根が乾かぬ内に、今度は四国行脚である。贅沢な話だが、震災との絡みとか自分の休暇の取れた日との絡みとか、色々事情があってこう云うことになっている。

尤も四国は瀬戸大橋が出来て名古屋から近くなった。岡山まで新幹線で1時間40分余、岡山で瀬戸大橋線の列車に乗り継げばもう四国である。九州までの半分ほどの時間的距離だ。

名古屋を9時半頃の新幹線で出発し、岡山・坂出・多度津とこまめに乗り継ぐ。今回の目的地は土讃線の黒川駅周辺で、金毘羅さんで知られる琴平から2つ高知寄り(奥の方)に行った駅が黒川である。

多度津から、実質、土讃線に入る。乗り継いだ列車は四国の方以外に馴染みが薄いかと思われるが

Dscn21351000この1000系のディーゼルカーである。これで黒川まで一直線だ。黒川には13時半に着いた。

残念ながら今日は雨で、列車を降りると直ぐに雨粒のお見舞いに遭う。とまれ、黒川駅の情緒ある階段を下りる。

Dscn2139黒川は築堤上にある駅なので、ホームからはひたすら「下りる」ことになる。下りた辺りは田圃や畑に囲まれていて、それなりに絵になる景色が一杯あるのだ。

雨に降られながら、来る列車来る列車を色々なアングルで構えてみる。畑も色々な作物があるので、絵題には事欠かない。列車との写真は撮らなかったけれど、

Dscn2140オクラまで植わっていた。好きな野菜ではないが、こんな白い花が咲くことを初めて知った。

着いた時間が遅かったから、暫く写真を撮っている間に、あれよあれよと周りが暗くなり始めた。天候も悪いし日も短いシーズンに入った。17時過ぎに宿泊地の丸亀方面へ向かう上りがあるから、それで撤収しようと思う。

相変わらず止まない雨に

Dscn2145ホームの照明が光り映っていた。

2日目(11月6日)

8時半の琴平行きの電車で出発する。タイトルにもある通り、今日も赴く先は黒川駅である。駅周辺を徹底的に撮りたいのだ。

琴平から乗り継いだ1000系気動車を見送り

Dscn21471000今日も駅付近をうろつこうと思う。ただ残念なことに、今日も雨が止まない。

昨日は駅の西側から撮っていたので、今日はまず駅の東側へ行ってみる。畑地が目につく。それを上手く取り込んで、絵にしてみたいと思う。
絵にした例としては

Dscn2148こんな玉ねぎ畑などもあった。

あれこれ構図を考えるが、相変わらず雨が止まない。雨が止めば隣の讃岐財田まで歩こうかとも考えていたが、それは断念する。昼頃には体もカメラもびしょ濡れになってしまった。

昼からは昨日同様、駅の西側で構図を探す。駅の直ぐ南寄りに橋梁があり、それを取り込んだ構図を模索する。柿の木もあったりして

Dscn2150_2柿の実をメインに構図を練ったりする。

午後2時を回っても雨は降っては止み、降っては止みを繰り返している。流石に傘をさしての撮影も限界になってきた。取り敢えず、小さな屋根のある駅のホームへ戻ることに決める。

と言って、戻りの列車は昨日同様、17時過ぎまでない。何とか駅撮りして時間を凌ごうと考える。

自分なりに駅撮りの構図を考え、なるべく昨日とダブらないような写真を撮る。する内に

Dscn2152今日もホームの灯りが灯る時間になってきた。もう雨はコリゴリだし、ちょうどフィルムもなくなったところで帰りの列車の時間となる。今日はこれでお終い、と。

「一つの駅付近を2日がかりで撮る」。自分でも初めての試みであったけれど、天候に恵まれずにどうも納得のいく写真は撮れなかった気がする。いや、天候の所為にしてはいけない。自分の腕が未熟なのだ。

旅行自体は明日も続くが、明日は「ことでん」こと琴平電鉄に乗ってみようと思っている。これはまた機会があれば、後日に別記事としてアップしようと思っている。

そんな訳で、撮影旅行記の方はこれで了、としようと思う。 

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