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2011年10月13日 (木)

昔日の大糸線

撮影した日にちだけはしっかり記録してある、昔の大糸線の写真が2枚だけ手元に残っている。私の小学校卒業祝いにと父が白馬方面のスキー場へ連れて行ってくれた時のもので、忘備録に1976年3月22日と記してある。

Img442dd16

かなり変色してしまっている点はご堪忍頂くとして、当時から電化されていた大糸南線部分でDD16が牽引している貨物列車であるから、非電化の北線部分へ乗り入れる運用の列車だったようである。当時の機関車配置表を見ると、長野に近い篠ノ井機関区にDD16の配置があるようで、それが出張してきているのだろう。

同じ場所で

Img443

旧型国電による普通列車も撮影してある。この当時、大糸線は旧国の宝庫だった。列車は画面右方向へ進行しているので後追い撮影になるのだが、最後部の車両はパンタ部分が低屋根構造のようにも見えるので、クモハ43の800番台かも知れない。また右から3両目は運転台がなく2ドアのようなので、サハ45(旧サロの格下げ車両)ではないかと思われる。

撮影場所は誠に覚束なく、今になって思うと安曇沓掛駅付近ではないかと思われる。

残念ながら撮影時間はほとんど記憶に残っていない。ただ昼前後だったように思うので、当時の時刻表を見てみると、電車の方は328Mか240Mの可能性が強い。

何ともあやふやな写真であるが、デジタル化の現在に残しておきたい記録なので記事としてアップさせて頂く次第である。

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後日記:皆様方から頂いたコメントにより、撮影場所や車両形式が一部間違っていることが判りましたが、記事はそのままとしておきます。

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国鉄・JR」カテゴリの記事

コメント

貴重な画像ありがとうございます。
1976年当時、貨物列車は糸魚川のDD16が信濃大町まで乗り入れていたようです。
電化区間は旧型のECやELが走っていたので、今思えば撮影していないのが悔やまれますね~crying

投稿: N市のT | 2011年10月14日 (金) 20時02分

>N市のTさんへ
例の「PEN-EE」での写真なので、解像度が非常に悪く申し訳ない次第です。
ところでご指摘頂いた通りとしますと、撮影場所は安曇沓掛付近ではないことになってしまいます(安曇沓掛は信濃大町よりも松本寄りにある)。諸々の記憶を総合して撮影場所を推定したのですが、35年も昔のことなので何らかの記憶違いがあるのかも知れません。
1976年に糸魚川には機関車の配属がないようですので、そうすると富山第一のDD16が糸魚川常駐で乗り入れていたのでしょうか。
この当時はまだまだ旧国や旧型ELが多く残っていたようですね。私ももう少し早く写真に目覚めていればと悔やまれます。

投稿: N市のTさんへ | 2011年10月14日 (金) 22時28分

DD16が牽く2軸貨車…模型みたいですね。
スカイブルーの旧国は残念ながら雑誌でしか見た事がありません。
貴重な記録を、ありがとうございます。

投稿: suzuran6 | 2011年10月15日 (土) 11時05分

1976年というと、私が生まれる前ですね(^^)

私はまだ大糸線には乗ったことがないですし、その周辺に
足を運んだこともまだないです。

このあたりが先月まで放送されていたNHKの「おひさま」の
舞台になった場所ということは知っていました。

幸いJR東は「ウイークエンドパス」というものがあるので、
いずれ土日で乗りに行きたいと思います。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2011年10月15日 (土) 22時55分

>suzuran6さんへ
支線用DDに2軸のワムかワラ、仰せの通り模型の世界ですね。何分にも小学生でしたのでシャッターを切るタイミングが早すぎて、どんな編成だったかは殆ど判りません。覚えてもいません。
ただブルーの旧国は初めて見れたので大変興奮してシャッターを切ったことを鮮明に覚えています。名古屋地区では旧国は、どういう訳か皆スカ色だったのです。
親から借り物のカメラでしたが、あんなものでも記録しておいて良かったと思っています。

投稿: suzuran6さんへ | 2011年10月15日 (土) 23時41分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
1976年と云うとそういうことになりますか。
長閑でいい時代でした。貨物列車がかなりゆっくりした速度で走っていたことは何となく今でも覚えています。

仕事上NHKの連ドラは見ていませんが、この辺りが舞台だったらしいことは知り合いから聞かされたことがあります。
今でも比較的拓けていない良い地域ですから、格安の乗車券などでのお出掛けをお勧めします。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2011年10月15日 (土) 23時47分

おはようございます。
76年撮影の貴重な写真ですね。
DD16は現役時代にほとんど見た記憶がありません。
3月ということで白く見えるのは残雪ですね。
山間の長閑な風景が良い雰囲気ですね~
旧国はほとんど馴染みがありませんが吊り掛けモーターの音が
ジョイント音とともに遠ざかっていく感じですね。
写真を拝見しながらつい妄想してしまいます(^^)

投稿: vanagon714 | 2011年10月16日 (日) 09時10分

スカイブルーの旧国、とても懐かしいです。
旧刻は地方々でいろいろな色に塗られていましたが、なぜかイメージに合わないものは無かったような気がします。特にこの大糸線のスカイブルーは天気の良い日にはとても栄えましたね~。
雑誌等で見たときは、”なんだこりゃ”と思っていましたが、実物を見てとても気に入ってしまいました。
私は最晩年の1981年に訪れました。
先頭の低屋根800番台は大糸線に一台だけいたクモハ51804だと思います。2台目は窓配置からクロハかサロハ改造のクハ68ですね。続いてはクモハ51、4台目はご指摘の通りの”並ロ”からのサハ45ですね~。窓配置から解ります。5台目はベンチレターが押し込みタイプみたいな気がしますので、仙石線からのクモハ54かもしれません。6台目はちょっと分かりませんが、パターンからトイレ付きクハ55400番台だと思います。
長々とすみません。少し盛り上がってしましました。
なんか模型で再現したい編成ですね~。
大町以北には行かなかったのでDD16貨物は見ていませんでした。
今思うととても残念です。私もDD16貨物の走行写真がありません。

懐かしい車両、どうもありがとうございます。
81年の大糸線、電車と貨物でコラボさせていただきたいと思います。

投稿: tunnel_no2 | 2011年10月16日 (日) 17時50分

こんばんは
小学生の頃の記録がすぐに取り出せる状態で保管されているおさかなさんはいつもながら凄いですね。私の小中学生の頃の写真はネガの行方すらもわからず、社会人になってからも無記録状態で写真を見ても撮影日時などを特定できません(泣)

旧国は図鑑や雑誌で見るだけで、道内でお目にかかることは出来ませんでしたので一度でよいから乗ってみたかったなぁと今になって思いました。

投稿: kattsu-mqc | 2011年10月16日 (日) 23時33分

こんばんは。DD16の走る風景いいですね。
小生現役のDD16は手宮での入替シーンを目撃しただけです。
晩年は標津線にラッセル推進用に残りましたが、本線走行シーン撮りたかったです。

投稿: hamusutar | 2011年10月17日 (月) 22時43分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
DD16は構内入れ換えや支線貨物が主な用途だったようで、札幌近辺には殆ど姿を現すことはなかったようですね。75年当時の配置表だと小樽築港に3両の配属があるだけです。
カメラを借りれるようになってから初めての遠出だったので、電車が来る度にシャッターを押していました。運転中の父の姿も写り込んだものが多く、とてもここにはお載せできません(苦笑)。ただ、雪国への旅行でしたから3月になっても田圃に残る残雪にはとても関心を持って見ていました。
2枚の写真とも運転中の父が「一息入れたいから」と休息中に撮ったことははっきり記憶しています。

投稿: vanagon714さんへ | 2011年10月17日 (月) 22時51分

>tunnel_no2さんへ
コラボ並びに詳しいご解説、有難うございます。
それにしてもお詳しいですね~。私は70・73・80系のガイドブックは持っているのですが、それ以外の旧国のガイドブックがないのです。ですので僅かな知識と飯田線で見れた時の記憶などが頼りになるだけです。
とは言え、この当時の旧国はもう「地方へ追いやられた」後のことですので、改造車なども多く判別は誠に難しいと思います。クハ68や55は配属両数が多く、車番の特定は私にはできません。
スカイブルーの旧国に関して言えば、この写真の時と、もう一度帰りにすれ違った(一瞬のことでカメラを構える余裕もなかった)時の2度きりしか見ていません。長キマに留置してある姿なら見ていますが……。

仰せのように旧国のカラーリングは多岐にわたりましたね。上越色や阪和線の朱色などもありましたが、何れも違和感はなかったですね。国鉄時代の塗装は、どれもよく考えられた色の組み合わせだったのかなぁとも思います。

撮影地が自分の記憶違いのようなので(信濃大町で昼食を摂ったのですが、この写真は昼食前のものと記憶してしまっています)、DD16の貨物は撮影した本人も頭が混乱して判らなくなっています。35年も昔の写真をアップするなら、それなりに記憶と記録を整理しなければと反省しています。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2011年10月17日 (月) 23時21分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
普段はだらしがないことこの上ない人間ですが、鉄道写真は撮り始めた頃に写真の裏にナンバリングをしまして、それに何を撮ったかをレポート用紙に記録していました。それが今になっても延々と続いており、また偶々父が転勤族でなかったことなどからネガも捨てずに残してあると、それだけのことなのです。
今ではプリントのナンバーも15000番台に達しており、整理が追いついていません。お恥ずかしい次第です。

旧国は直流しかありませんから、北海道ご在住の方には馴染みが薄くても仕方ないと思います。ただ、吊掛けモーターの音は大変「電車」らしくて人の心に滲みると思います。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2011年10月17日 (月) 23時35分

>hamusutarさんへ
こんばんは。
DD16はこの時に見たのが初めてです。名古屋で見かけない形の珍しいディーゼル機関車だと思ったら「DD16」と書いてあって「ふ~ん」と、当時はそんな程度で済んでしまいました。
道内では築港・鷲別・釧路のみの配属だったようですね。構内入換が主作業だったようで、本線走行シーンは少なかったように聞いています。
北海道ではラッセルの推進役もあったのですね。

投稿: hamusutarさんへ | 2011年10月17日 (月) 23時43分

こんばんは、大変申し訳ありません!
調べてみますと、おさかなさんの撮影した1977年には、大糸線にクモハ43800番台が3両存在していたようです。クモハ51800も多数いたかもしれません。お写しになられた先頭車は3扉ですのでクモハ51だと思われます。ウル覚えでのコメントは注意しないといけませんね~。
反省しています・・・・
ちなみに、実物を見るよりも先に、国鉄電車ガイドブック旧性能車編、上下巻を持っていたおかげで旧国にはまってしまいました。

投稿: tunnel_no2 | 2011年10月18日 (火) 00時08分

>tunnel_no2さんへ
こんにちは。
コメントを拝読してから今一度調べ直してみました。ともあれ言えることは、一番左の車両がクモハ43でないことだけは確かですね。あれは2扉車でした。こちらこそうる覚えで書きまして申し訳ありません。
ちょうど撮影時の車両配置表を持っておりまして、それによると当時、北松本にはクモハ51804とクモハ41800の2両が低屋根3扉車として在籍していたようです。どちらかの判別は画像解像度も悪く難しいのですが、顔の表情から仰せのクモハ51804の方のような気がします。

>国鉄電車ガイドブック旧性能車編……
そうです、私はこれの下巻だけ持っているのです。当時まだ名古屋に70・73・80系が走っていたためにこちらを手に入れました。当時は財政事情も極端に厳しく、確か誕生日祝いか何かで買ってもらった記憶があります。
鉄道車両は古くなるにつれ改造などで形式が同じでも全く別物に見えるようなものも多く輩出しており、きちんとした撮影でなければ車番の確定は難しいですね。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2011年10月19日 (水) 16時06分

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