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2011年10月

2011年10月31日 (月)

ビジネスホテルの雑音事情昨今

Dscn5875行きつけのプリント屋さんが臨時休業していたので、九州での写真は今暫くお待ち頂くとして、旅行で気になっている別の事柄を書かせて頂こうと思う。

旅行へ出ると、大抵の場合はビジネスホテルに泊まる。ビジネスホテルもない小さな町なら仕方なく旅館に泊まるけれど、大抵の場合はビジネスホテルを利用する。学生時代からずっとそうだ。色々な面で自由度が高いから、どうしても旅館よりビジネスホテルに泊まった方が都合がいい。

そんなビジネスホテルも、以前は難点があった。

宮脇俊三さんの著書に「ホテルでは洗面所の配管が一番の泣き所だ」と書かれていたことがある。今から25年位前の文だったと思う。確かに言われる通り、自分の上の階の人が洗面所などを使うと、配水管を通じて排水の音がチャラチャラと聞こえて耳障りだった。あまりに大量に水などを使われると、うるさくて寝付けられないことさえあった。

ところがいつの間にか、そう云う排水の音が聞こえることがなくなっている。

今ではビジネスホテルに泊まっても、快適なのだ。「一番の泣き所」に何らかの改良が加えられたのだろう。例えば---自分の想像だが、縦一本だった配水管を、横に流れるように改良したとか。

建物の構造のことはよく知らないけれど、今時のビジネスホテルに泊まって、排水の音で悩まされることはなくなった。小さいようで大きな変化だと思う。防音もきちんとしていて、隣室のテレビの音がうるさいとか感じることはなくなった。

多分これからもビジネスホテルを使う機会は多いだろうが、こうした改良が行われることは利用者として大歓迎だ。

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2011年10月26日 (水)

宗太郎越えと九州新幹線の旅(3・4日目)

3日目(10月25日)

今日はちょっと遅めに起きる。宗太郎の一駅手前、市棚までの区間列車が7時51分にあり、それに間に合えばいいのである。

8時15分に市棚に着き、宗太郎方にある踏切へ行く。特急を待ちながらカメラを出していると地元のお婆さんが「電車の写真かね。3日前に大雨が降ってから、特急も駅の構内は徐行してるわ。あんたも気ィつけんなさい」と言われる。
そう、3・4日前にこちらでは豪雨があった。こちらへ来て以来、電車が毎度4~5分遅れて運転されているが、その徐行のためだろう。よく見ると、私がカメラを構えている方向にも

Dscn2078徐行解除の標識がある。お婆さんの言っていることは正しいようだ。こう云う忠告は有難い。

ここを撮った後、駅を見下ろせる高台への地道を行くと、豪雨の爪あとがあった。

Dscn2079道路が土砂崩れで埋もれている。徒歩でなら行けるけれど、車だと通るのは困難だと思われる。

地道を降りて再び駅近くまで戻り、今度は国道へ出る。今日はこれから隣の北川駅までの5キロ弱を歩こうと思う。一日かけてのんびりなら、十分歩けるだろう。

写真を撮りながらゆっくりと北川方面へ歩を進める。昼間の貴重な貨物列車・4075レも中々の場所で構えることが出来た。車内からのロケハンよりは思いの外、撮影できるポイントが多いようである。

昼過ぎから急に風が強くなり、少々涼しくなってきた。国道と線路は「小川」という名の川に沿っており、ゆったりした流れを眺めながらの歩きとなる。

Dscn2081川沿いなので、余計風が強いのかも知れない。

ブラブラと撮り歩き、15時半には北川の駅前まで辿り着く。思ったよりも早く着いた。

Dscn2083恐らく以前は駅舎があったのだろうが、現在はすっかんぴんとしている。ホームと離れた場所に新しいトイレだけが設置されていた。

特急を駅撮りしながら、帰りの18時23分の列車を待つ。17時05分には貴重な上り方面の普通列車もやって来る。

Dscn2087列車の後部の写真なのだけれど、ワンマン列車のウテシさん、ヘッドライトも点けっ放しですぜ。

陽がすっかり落ちて、風は相変わらず止まない。流石に寒くなってきた。長袖を着て来て良かった。尤も昨日のこの時刻には、同じ長袖のシャツを腕まくりしていた。昨日と今日とでは、それ程までに気温が違う。

延岡に戻ったら、安心して気が緩んだのかクシャミが連発して出た。天気予報では明朝は冷えるそうである。

4日目(10月26日)

タイトルにあるように今回の旅行の目的は、3月に新規開業した九州新幹線に乗ることもその一つである。博多から新八代まで、3月の開業以来ずっと乗れずに気になっていた。この旅行の帰りに鹿児島中央回りで新幹線に乗って戻ろうと思う。

朝は8時29分の普通列車・宮崎空港行で出発する。

Dscn2090713

これまた九州以外の方には馴染みの薄い車両かも知れないが、713系と云う国鉄型の車両である。以前は長崎線などで九州の一般カラーで活躍していたが、宮崎空港へのアクセス車両としてこの派手な色に塗り替えられ、宮崎地区へ移って来た。

40分ほど走ると美々津で、過日のN市のTさんのブログでも紹介されていたリニアモーターカーの実験線跡が見えてくる。

Dscn2097

Tさんのブログにもあった通り、ソーラー発電に利用されている。「国際航業グループ」との看板が付けられていた。

10時過ぎに宮崎に着き、ここで鹿児島中央行の特急「きりしま」に乗り換える。

Dscn2098787

昨日まで撮影していた特急「にちりん」でも787系は使われていたが、「リレーつばめ」の役割を終えた今は、すっかり日豊線の列車として定着している。10時18分、定刻に発車。

宮崎以南の日豊線は6~7年前に何度か訪れて撮影している。懐かしい車窓をあちこちで散見する。霧島連山も今日は綺麗に見えた。12時を回る頃からは反対側の車窓に鹿児島のシンボル、桜島も見える。

Dscn2104

今日は頂上付近が噴煙で、少し曇っているようであった。12時半前、鹿児島中央着。

ここで昼食時間を取ってある。とんこつラーメンを食べて、まだ少し時間があるので新しくなった駅前などを少し撮ったりしてみる。鹿児島の市電も見えたりして

Dscn2113

南の街を実感する。

さて、そろそろ時間なので新幹線ホームに入ろう。vanagon714さんが先日ご出張で「みずほ」に乗られた由だが、私は折角初めて乗るのだから鹿児島中央から新大阪まで、博多での乗換えなしで一気に乗り通してみたいと考えていた。その結果、伝統あるネーミングの

Dscn2123

こちらで戻ることにした。新大阪直行の「さくら」だと、新八代は通過してしまい「未乗区間」の開始が判り辛い難点はあるが、博多での乗換えをなくそうとするとこの選択肢しかないので止むを得ない。

Dscn2116n700

ロングノーズと言い、

Dscn2114

「九州/西日本」のロゴと言い、N700系の7000番代は何かと好印象である。おまけに指定席車だと座席が2+2の4列だから、実にゆったりしている。vanagon714さんのブログに「これだけゆったりしていれば長時間乗っていても疲れないだろう」と書かれていたが、まさにその通りである。

13時34分に発車し、あっと言う間に250Km/h運転になる。時刻表から推定するに、14時12分頃に新八代を通過するはずだがと思って見ていると、ほぼ予想通りにトンネルを抜けたところで速度が落ち、「新八代」の駅名標がはっきり読めた。いよいよ、である。

熊本・久留米と停まる。熊本は元々車両基地のあった所に新幹線の駅を作っているから、在来線の様子は随分変わっているだろう。だが、防音壁で変貌の様子などは見られない。トンネルも多く、外の様子があまり伺えないのは残念に思う。

あれよあれよと言う間に車内アナウンスが「まもなく博多に到着します」と言う。竹下の気動車基地を見下ろしたら、もう博多の駅へ電車は滑り込んだ。

Dscn2130

こう云う映像を私は見たかったのだ。然も、ここで乗り換える必要はない。乗り続けられる。新幹線網の発達は凄いことだと思う。

これ以上書いていたら、皆様にもウンザリされると思うので端折ることとするが、新大阪まで4時間10分乗っていても、確かに疲れなかった。それに、さっき歩いたホームが鹿児島なのに、次に降りたホームが大阪と云うのは目新しい気分になる。

新大阪から2+3列シートの「のぞみ」に乗り換えたら、やはり窮屈な気分は否めなかった。人間、楽な思いには直ぐ慣れてしまうものである。

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2011年10月24日 (月)

宗太郎越えと九州新幹線の旅(1・2日目)

1日目(10月23日)

7月に夏風邪を引いてしまった。その為に有休を3日無駄遣いし、予定が狂った。

本来この旅行は4泊5日で敢行しようと考えていたが、有休が足りないので予定を削って3泊4日とすることにした。

九州へは年に一度は詣でているが、ここ何年かは九州新幹線の開通による列車改廃を見越して鹿児島本線ばかりを撮影していた。が、春に九州新幹線は開通した。そこで今回は久し振りに太平洋側の日豊本線、とりわけ列車本数が少なく手薄になっている宗太郎越えを中心に行動しようと思う。
宗太郎の峠付近を撮影するには時間と周到な準備を要する。時刻表や地図と大相談の結果、1日削っても何とかなりそうなので、今回の旅行でこの辺りへ赴くことを決めた。

名古屋を10時少し前の博多行「のぞみ」で、小倉へ向かう。前夜の仕事上がりが遅かったので、寝不足である。岐阜羽島を通過した辺りで目を閉じたら京都の停車を覚えていない。気がついたら車掌が「間もなく新大阪です」と言っていた。

新大阪で少し乗客とのトラブルがあったらしく、3分遅れで新幹線は走る。結局小倉まで、その遅れは縮まらなかった。まぁ、小倉では13分の乗り継ぎ時間があるから3分程度なら大丈夫だ。

昼過ぎに小倉へ着き、乗り継ぐのはこの列車。

Dscn2049 そう、座席が○ッキーマウスみたいになってる、あの列車ですな。これで終点の大分まで向かう。

乗ってから初めて気付いたのだが、この列車って遮光幕まで

Dscn2052ミッ○ーマウスなんですなぁ。大分までは1時間半ほどの道のりである。

名古屋や広島などの本州では曇っていたが、小倉から先はお日様の光を浴びながらの旅程となる。有難い。

大分へは14時半過ぎの着。30分ほど待って更に南へ行く特急「にちりん」に乗り換える。大分駅は他の皆様方のブログにもあったように

Dscn2053高架化工事が進捗している。現在地平として残っているのは1番線から4番線だけのようであった。

ハイパーサルーンの「にちりん」で西日を浴びながら南へ進む。宿泊地は延岡にしてあり、例によってベースキャンプ方式の連泊の予定である。大分から宮崎への県境・宗太郎峠を越え、薄暗くなりかけた延岡に着いたのは17時を回った時刻であった。

取り敢えず今日はこれだけで予定終了である。あとは駅前を徘徊して、★する場所を探すだけだ。

2日目(10月24日)

朝は珍しく5時半起きをする。これは宗太郎越えをする普通列車の延岡発の時刻が、5時58分・16時49分・19時29分の3本だけとの理由による。5時58分発を逃したら大変なことになるのだ。前日の文で「周到な準備が必要」と書いたのもこのためだ。

その5時58分発の佐伯行は、大分所属のキハ220単行である。

Dscn2055220九州以外の方には馴染みの薄い列車と思うが、JR九州オリジナルの車両でコーポレートカラーの真紅に塗り上げられている。前日から見ていると、LED方向幕を装備した新車の200番代が敢えて充当されているようである。

真っ暗な中を発車し、3つ目の北川辺りから空が明るみを帯びてくる。

Dscn2058県を跨いで大分に入り、1時間ほど乗った直川で降りる。徒歩20分圏内にまあまあの撮影地を見つけてある。

すっかり明るくなって、3本くらいの特急を撮ったところで、地元のお爺さんに捕まる。何を撮っているか、どこから来たかと色々聞いてくる。次の列車の時間が近付き、「済みません、列車が来ましたので」と言っても「次の列車は、多分白い列車(ハイパーサルーンのことか)が来ると思う」と話をやめない。
撮り終えて「じゃ、場所を動きますので」と言うと後をついてくる。直ぐに次の撮影場所には着いたが、こちらはセッティングなどで色々それなりにやることはある。ファインダーを覗いている内にも「ここは特急しか来ない」「ワシの従兄弟がカメラが好きだ」「この間、甥が大分まで写真を撮りに行った」と喋り続けている。流石に鬱陶しくなって返事をしなくなったら、10分くらい一人で喋った後、「まあ、ゆっくり撮りよう」とやっと去っていった。

開放感に包まれながら、次の目的地までまた少し歩く。

Dscn2060

田園に囲まれた長閑な地帯である。この辺りで3時間近く粘った。

さて、次に2つ上り寄りの上岡付近へ行きたい。幸いにも線路と併走する国道を一日に8本のバスが走っている。13時54分に近くのバス停から佐伯方面へ行くバスがある。昼間の鉄道がない現在、神に近い存在である。

Dscn2066

大分バスの中型バスであった。

番匠(ばんじょう)川のほとりでバスを降り、河川敷に出る。たゆたう川は穏やかで、ホッとした気持ちになる。

Dscn2068_2河原へ出た限りは橋梁の写真を撮っているのだが、上手く行っているのかどうかは神のみぞ知る事柄である。後日の結果ご報告にここの写真が載っていたら、上手く撮れたと思ってくだされ。

あともう1箇所寄り道をして、15分程度で上岡の駅に着く。

Dscn2071中々いい雰囲気の駅舎である。ただコーラの自販機がなければ、の話だが。

うだうだする内に夕方近くになってきた。駅撮りなどして時間を過ごし、延岡へ帰る17時20分の列車を待つ。

待ちに待った列車は、高校生などである程度座席は埋まっている。だが、県境前の重岡で高校生は全員降りて、県境を越えた乗客は私を含めて4人だけだった。これが宗太郎越えの実態なのだ。いつの間にか昼間の普通列車がなくなってしまったが、それも頷ける状況なのであった。 

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2011年10月13日 (木)

昔日の大糸線

撮影した日にちだけはしっかり記録してある、昔の大糸線の写真が2枚だけ手元に残っている。私の小学校卒業祝いにと父が白馬方面のスキー場へ連れて行ってくれた時のもので、忘備録に1976年3月22日と記してある。

Img442dd16

かなり変色してしまっている点はご堪忍頂くとして、当時から電化されていた大糸南線部分でDD16が牽引している貨物列車であるから、非電化の北線部分へ乗り入れる運用の列車だったようである。当時の機関車配置表を見ると、長野に近い篠ノ井機関区にDD16の配置があるようで、それが出張してきているのだろう。

同じ場所で

Img443

旧型国電による普通列車も撮影してある。この当時、大糸線は旧国の宝庫だった。列車は画面右方向へ進行しているので後追い撮影になるのだが、最後部の車両はパンタ部分が低屋根構造のようにも見えるので、クモハ43の800番台かも知れない。また右から3両目は運転台がなく2ドアのようなので、サハ45(旧サロの格下げ車両)ではないかと思われる。

撮影場所は誠に覚束なく、今になって思うと安曇沓掛駅付近ではないかと思われる。

残念ながら撮影時間はほとんど記憶に残っていない。ただ昼前後だったように思うので、当時の時刻表を見てみると、電車の方は328Mか240Mの可能性が強い。

何ともあやふやな写真であるが、デジタル化の現在に残しておきたい記録なので記事としてアップさせて頂く次第である。

***

後日記:皆様方から頂いたコメントにより、撮影場所や車両形式が一部間違っていることが判りましたが、記事はそのままとしておきます。

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2011年10月 7日 (金)

知らんかった……

Dscn1847

知らんかった。かの「出前一丁」に

Dscn1848v

台湾バージョンがあったとは……(商品提供:いつもの甘木君)。

因みに「猪」は日本語で言う「豚」に相当する。つまり「とんこつ」の激辛味らしい。

作ってみたところ

Dscn1979v

かなりいい色をしている。画像では判りづらいが、麺そのものも少し赤味を帯びている。食欲をそそりそうなので早速頂いてみたが、並みのラーメン(日本で激辛として売られているもの)よりはかなり辛かった。私には十分、満足のいくお味であった。
激辛モノ苦手派の方には、敢えてオススメしかねる、そんな味であった。

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2011年10月 1日 (土)

白糸川橋梁その他での写真

台風の直ぐ後に3連休などを挟んだので、フィルムの上がりが遅くなった。

ともあれ先日の東海道線での写真をご覧頂こうと思う。

Img690231

お馴染みのカットを定位置で。時間が早いので完全に順光にはなっていない。走っている電車も昨今ではありふれた231系電車だが、いつかはこの電車にも寿命が来る。その時にはこんな写真でも貴重な記録になってくれるだろう。

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上の写真を撮った場所から50mくらい線路寄りに歩くと、白糸川橋梁を正面から撮れる。同業者の方に教えて頂いて、こちらからも撮ってみた。もう少し電車をアップにして撮る撮り方もあろうが、私は晴天に映える海が画面に取り込みたかったので、敢えて中望遠のレンズで撮っている。もう1枚上の写真とともに根府川~真鶴にて。

Img692sv

早川の駅から40分かけてノコノコやって来た撮影地。「石橋の集落の撮影地」として、ファンには比較的知られた撮影地らしい。ちょうど完全順光になる時間に赴いたので、自分では納得の行く写真が撮れたように思う。折角なので海のマリンブルーに合わせた車体色の251系「スーパービュー踊り子」の写真で。早川~根府川にて。

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昨年来た時にも早川駅でこの構内灯を絡めた写真を撮ったけれど、「アゲイン」なので違うレンズを選択して空を主体にした写真にしてみた。駅好きな方のお好みに合えばと思ってアップさせて頂く。

Img695211

鵠沼(くげぬま)と難しい読みの踏切からのカット。200mmのレンズで手持ち撮影なので、かなり苦しかった。結局私の悪癖「シャッターのある右側が下に傾く」が出てしまっている。国鉄型の211系は暫く粘ったけど、この回送列車しか来なかったので、このカットで諦めるしかない。駅間は辻堂~藤沢。

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私が赴いた日は富士山が見えなかったので、単に「カーブを行く電車」の写真と成り果てている。ここは富士山を絡められる撮影地として雑誌に紹介されていたが、この辺りから富士山が見えるのは年に何日くらいあるのだろうか。冬に出向いた方が「当たり」の確率は高いかも知れない。茅ヶ崎~平塚にて。

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戸塚駅から徒歩10分程度の撮影地……と撮影ガイドにはあったが、この辺りから歩き疲れてきて15分くらいかかった。東海道線や横須賀-総武線の電車を俯瞰気味にカーブで撮れる撮影地。横-総線の電車を主体で撮るつもりだったが、東海道線の電車に被られてしまった。まあ、被られた相手は国鉄型の211系だからいいかと思って、敢えてアップすることにした。戸塚~大船にて。

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1枚上の写真を撮ったあと、歩いて戸塚駅へ戻る途中に気付いた。「あれ、戸塚駅って部分的には川の上に駅があるんだ……」。四国の土佐北川だけが『橋上の駅』じゃないのだ。因みに川の名は柏尾川と言うらしい。

Img699

撮影した両日は9月にしては暑かった。駅にいるお客の衣装からもそれはお判り頂けるだろう。「暑さ寒さも彼岸まで」とは誠によく言ったもので、この写真を撮って彼岸を迎えたら、暑さは急に退いた。戸塚駅での一コマ。

ここ何年か、都会での喧騒が嫌になってしまって、都会での写真は余り撮らないで来た。今回はたまたま横浜辺りまで撮影してきたのだが、都会の写真は自分ではあまり面白くない。横浜駅でのカットも何枚かあるが面白い写真ではないと思うので割愛させて頂こうと思う。

まあ、ともあれ、こんな写真を撮って参りました。

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