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2011年6月

2011年6月27日 (月)

30年ぶりの岩内線跡と岩内町

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先日の道央旅行記で「後日、別掲する」とした4日目・6月18日のことを記そうと思う。

このブログや他の方へのコメントで、私の初渡道が18歳の時・1982年3月であったことは何度か記してきた。その際に宿泊先としたのは、当時の同級生N田氏の母方のご実家・岩内町であった。往復の車中泊は別として、あとの宿泊は1週間くらいを全てそこのお宅でお世話になった。

岩内へは1985年6月まで国鉄岩内線が通じていた。函館線の小沢を起点とするローカル線で、当時既に「第1次赤字廃止対象路線」に挙げられていた。

折角、岩内へ行けるのだからと、その時は岩内線に何度か乗った。記録では合計2往復分乗っているようだ。

然し、岩内線が廃止になってしまってからは岩内を訪れることはなかった。要するに初渡道以来、岩内へは行っていない。

その岩内を、30年ぶりに訪れようと思う。幸いブログの繋がりでvanagon714さんからご紹介頂いたWさんが岩内のご出身だという。それで、vanagon714さん、Wさん、Wさんの親友M子さんを巻き込んで、今回の「岩内再訪ツアー」を決行することと相成った。

まずは岩内線の跡を何ヶ所か回りたい。小沢駅で「鉄」組の私と、「車」組の他のお三方と合流することになっている。岩内線があった頃の写真を持ち込んで、先回りの私は何枚か小沢駅で写真を撮る。

↓は1982年当時の小沢に停まる岩内線の列車。

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駅舎寄りの1番線が岩内線の乗り場だった。現在の写真を照らし合わせてみる。

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今の小沢駅は、函館線が使用する2・3番線が残るだけで、1番線は岩内線と共に消え去っている。勿論、駅は無人化されている。

跨線橋の下を覗いてみたら、こんなものが残っていた。

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錆び付いた雪かき用のダンプ。有人駅だった証とも言えよう。

もう一枚、昔の小沢での写真があった。

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自分的にはサボも写しておきたいからと撮った一枚。今回同じ角度からの写真は撮っていないが、とまれ、1番線から岩内線が発着していたことは明確に記録しているようだ。

vanagon714さんご一行と合流して、車で線路跡を辿って頂く。途中、幌似の駅跡が鉄道記念公園として残されているとの事で、立ち寄って頂く。

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車番をメモしてこなかったが、スハフとワフが留置されている。また、駅舎内には運賃表など貴重な資料も残してある。

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廃止時で札幌まで1310円だそうである。今だと1700円くらいになるはずだ。また、運賃表には同じく廃線になった胆振線の駅への運賃も記してあり、興味深い。

ホームへ戻り、列車と線路を眺めながら「30年前の自分が、ここを通ったんだなぁ」と呟いているとWさんが「何かこの駅、移設されたって書いてありますよ」と言った。
なるほど、説明板には「岩内線跡を国道バイパス道路として工事するため、旧幌似駅施設を平成19年にここへ移設した」とある。誤った感傷に浸るところだった。

再度、車で西前田駅跡へ向かって頂く。途中、明らかに線路跡と思われる所を国道がオーバークロスしていたりして、二十数年経っていても痕跡は何とか判る。

西前田駅で、自分が降りたとか、そう云う訳ではない。だが、当時から持っている『消え行くローカル線』との本に西前田駅の写真が少しだけ載っていて、自分が実際に乗った時に「ああ、写真の通りの駅だ」と思った覚えがあるのだ。どんな駅だったかをもう一度確かめてみたい。

国道から脇道へ入ってもらい、「多分のこの辺りに駅があったはずなんですが……」と言った時に、vanagonさんが「お、これじゃないかな」と一旦通り過ぎた道をバックしてくれた。

まさしくそうだった。雑草の中に埋もれているけれど、ホーム跡とホームへ繋がるコンクリートの階段が隙間から見えた。

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元々無人駅で、所謂「仮乗降場」に近い駅だったと思う。線路があった側から眺めてみる。

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今度こそ間違いなく「30年前に自分が通った場所」だ。今では人家もなく夏草に覆われているが、これだけの跡が確かめられれば何も不満はない。

残念なことに付近は幌似駅跡同様、道路の造成工事中で、かなり近い将来にこのホーム跡は消え去る運命にありそうだ。

西前田の次は終点の岩内になる。国道を走って岩内の街中に入る。

岩内の駅跡は、中央バス・ニセコバスのバスターミナルになっていると多くの方から聞かされている。線路跡と思われる盛土がぷっつりと消え、バスターミナルへと向かっている。

因みに1982年当時の岩内駅 ↓

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これとほぼ同じと思われる角度から、現在の姿を写してみる。

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バスターミナルはホーム等を全部切り崩して作られているから、往時を偲びようにも限界がある。何しろ、この写真で私が立っている辺りがホームであったこと、そしてホームからまだ先の港方面へ線路が延びていたとの記憶は、Wさんと意見が一致した。

岩内線の跡は以上だか、あと1箇所だけ行きたい場所がある。

先程書いたように18歳当時の私は岩内町内のとある場所で1週間を過ごしている訳だが、その当時、Wさんは私の宿泊先から150mも離れていない場所にお住まいだったという。Wさんと知り合ったのは昨年の冬が初めてだが、30年前に知らぬ間に「ニアミス」していたらしいのだ。その“現場”へ向かって頂く。

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この写真で、私の立っている場所がWさんの当時お住まいだった辺り。信号の向こうに細い路地がクロスしているが、その路地を左へ入ったすぐの場所で私は1週間の居候をしていた。

残念ながら、当時の居候宅は取り壊されて更地になっていた。だが、30年前にこれだけの距離で、私とWさんがニアミスしたことはよくよく実感できたのであった。

6月18日当日は、この後何ヶ所か寄り道をして頂いたのだが、それを記していると、とてつもなく長い記事になるので、割愛させて頂く。ただ、最後にいつもの「お茶の間」で、同行4人に札幌のN子さん、Oさんもご一緒頂いて、楽しい一献の時間を過ごした。

***

最後になってしまいましたが、当日ご一緒頂いた皆様、本当にお疲れ様でした。特に運転手役のvanagon714さんには、またまた今回もしっかりお世話になってしまいました。心より御礼申し上げます。

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2011年6月22日 (水)

道央地区イロイロ旅行(5~8日目)

5日目(6月19日)

前日に引き続き、6時20分頃に起きる。今日は札沼線の末端部分・一日3往復しかない区間を撮る予定なので、7時02分の札沼線・石狩当別行を逃すととんでもないことになる。

前日もお世話になったvanagon714さんが、同じ列車で石狩当別まで同行してくださることになっている。ホームの約束した場所で、無事に落ち合う。

当別までは40分余かかっている筈だが、vanagonさんの貴重なデジタルコレクションを拝見している内に、もう当別に着いていた。私はこれから先の新十津川行きキハ40 400番代に乗り、vanagonさんはホームにてそれを撮影しがてらで、お別れとなる。

さて、私は1時間以上乗った於札内で降りる。特別な景色ではないが

Dscn1685水田を前景にしたのんびりした場所で、自分の折り返し列車を撮る。

10時前にそれを撮ってしまうと、次は12時過ぎまで列車がない。一駅手前の鶴沼付近までゆっくり歩こうと思う。

今日も好天で、次第に暑くなってきた。線路は鶴沼まで短絡しているので営業距離は1.8キロになっているが、道路は迂回しているので3キロ近くを歩く。日頃の運動不足がたたって足首が痛い。

予定していた撮影地に着き、また三脚を構えて暫く待つ。

Dscn1689こんな雰囲気のいい踏切が間近にある。

この付近で上下列車を撮り、早起きが続いて疲れてもいるので、浦臼行きの中央バスを待つことにする。ここだと列車は18時過ぎまでないが、浦臼まで戻ると16時過ぎの石狩当別行きがあり、乗り継ぎで札幌へは18時前に戻れる。

バス停の名は

Dscn1691だが、市街地らしいものはなく商店もない。私は愚かなことに昼食を買い忘れてきた。辛うじてジュースの自販機はあったので、缶コーヒーを飲んで粗末な昼食代わりにする。

2時間近くバスを待ち、浦臼へ戻って予定通りに札幌へ帰ることとする。今日は北海道医療大学が学園祭らしく、日曜日なのに同駅から学生がどっと乗ってきて、当別までの一駅間だけだが単行のキハ40は満員になった。

当別からは貴重なキサハ144に乗って札幌まで戻れた。ラッキー!

6日目(6月20日)

今日はゆっくり起きる。取り敢えず小樽に近い朝里まで行って、海岸沿いの写真を撮る予定でいる。朝里へは9時20分頃に着く。

天候が少し怪しいが

Dscn1694こんな感じの場所で三脚を構える。1時間ほどゆっくり撮影する。

さて。

前記事でのhamusutarさんのコメントでも書かれているが、今日の12D(オホーツク2号)で白ボウズが札幌へ戻ることが確定している。札幌到着後に手稲まで回送されると他の方からも伺っていたので、私は反対ホームからでも撮影条件のいい発寒駅を白ボウズGETの場所として選んだ。被られたら仕方ないと覚悟の上ではある。と云う訳で、朝里から発寒まで戻る。

回12Dの発寒通過時刻は、私には判らない。ただ、12Dの札幌到着時刻や前後の列車から、推計することは出来る。

ほぼ予想通りの時刻に、札幌方から183系らしいヘッドライトが見えてきた。幸い被られそうな列車も来ない。雨がパラつきそうな中、後追いで白ボウズを「カシャリ」。嬉しかった。

この後、以前から気になっていた岩見沢の向こうの峰延付近へ赴く。雑誌に「いい撮影場所がある」と書かれていのだ。ここで、14時過ぎから15時半頃まで居つく。

少し早いがこれで札幌へ戻ることとする。実は12Dの返しで17D(オホーツク7号)にも白ボウズがついている可能性がある、と皆様から聞かされていたのだ。17Dは札幌を17時30分に出る。多分、17時20分には入線する筈だ。17Dが停まる札幌駅9番線の対面、8番線で待つこと暫し……ホームの案内放送と共に入ってきたのは

Dscn1707ご連絡下さった皆様、有難うございます!! お蔭様です!!

ただ、白ボウズを堪能しすぎて、もう一つ落とし穴があることには気付かなかった。17Dの発車を見送っていると「キロ9」が連結されているではないか。思わず「しまった!」と声が出た。

まあ、これは自分のミスだから止むを得ない。内地の人間が白ボウズをGET出来ただけでも良しとしなければいかんだろう。

撮影した後、vanagon714さんオススメの駅構内そば屋「蕎麦紀行」で、一人、祝杯を挙げた。

7日目(6月21日)

道内最終日となる今日は、例によって乗り鉄で過ごすことになっている。取り敢えずは9時06分発の「フラノラベンダーEXP」で根室線経由・富良野まで行く。使用される車両は

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これですな。今回は1号車の先頭席を押さえてある。

滝川までは函館本線を行くが、そこからは根室本線に入る。途端に列車の速度が落ちてローカル線に入った雰囲気になる。もっとも根室本線は石勝線開通前は道東へのメインルートだった。「ローカル線」などと言うと昔を知る方からお叱りを受けるだろう。

……だが、現実は仕方ない。芦別ですれ違った列車は

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紛れもなく単行列車であった。

富良野では5分乗り継ぎで、釧路行の普通がある。例の「滝川発釧路行・日本一長距離の定期鈍行列車」だ。以前乗った時は普通のサボだったが、いつの間にか

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こんな注釈入りのサボに替えられていた。これで帯広まで赴く。私の持つ切符で行ける東限が帯広であるのと、帯広名物「豚丼」を食べるのが帯広行きの理由である。

4人BOX席を独り占めし、窓を開ける。富良野からは狩勝峠に向かうので、徐々に窓からの風か涼しくなる。窓外は今日も晴天で

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木々の緑はまだ若く見える。職場の同僚は今頃、暑い名古屋でハンドルを回しながら汗をかいている筈だが、今の私には彼岸のことである。

3時間ほどをかけて帯広に至る。流石に峠を越えると少し暑い。

さて、帯広に着いたからには「豚丼」だ。ネットで下調べした店は『昼過ぎでも行列の出来る店』とあったが、幸い14時も回っていたので店は空いていた。「並を」、と知ったかぶりの口調で注文する。

そして、

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出てきましたね~♪♪ 

ただ、私は油ギトギトの味を想像していたが、くどくなく実にあっさりしている。こんなくらいなら特盛りでも注文すればよかった。

札幌への戻りは、16時05分のスーパーとかちの予定である。豚丼一杯くらいはあっと言う間に食べてしまうから、時間が余った。駅舎を出て、外の風を浴びてみる。

高架になった帯広へ来るのは何度目かな、と思いながら駅前のベンチに腰掛ける。腹もくちくなって初老の猫みたいにウトウトしかけた時に、目の前の物に気がついた。

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何度か来ているのに気付かなかった。地平ホーム時代の線路が一本だけ残してあるのだ。何番線の位置に当たるかは判らないが、粋な計らいをするものだと感心する。

もう待ちきれなくなって早目にホームへ入る。持参の時刻表を見ると15時41分着の列車が折り返すらしい。待つ内に車内清掃員が出てきてホームに並んだ。定刻の到着かと思っていると清掃員の方たちが「15時の列車が定時に来るなんて珍しいな」なんて言っている。JR北はどんなダイヤの組み方をしているのだ?

あ、そうそう、帯広では一瞬ではあるが

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こんな車両も見れた。今回は何かとツイている。

今度は石勝線回りで帰る。札幌までは2時間半ほどの道のりである。

定刻に札幌へ着き、ここで22時の「はまなす」に乗るのが帰りの道程だ。また時間が余るが、有難いことにtunnel_no2さんから「夕食でもご一緒しませんか」とお声掛け頂いている。ホームで落ち合って、早速、駅下の居酒屋へ連れて行って頂く。

鉄道の話、学生時代の思い出話などしていたら、もう時計が21時40分を指している。「じゃあ、そろそろ」とホームへ上がる。

「はまなす」は何度か乗っているが、何れもB寝台ばかりに乗っていた。今回は一度乗りたいと思って

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これの指定券を取ってある。tunnel_no2さんも車内は初めてご覧になるそうで、ちょっと徘徊していたら発車のベルが鳴った。

新札幌の停車は覚えているが、次の南千歳はもう記憶にない。それだけ充実した一日だったのだろう。tunnel_no2さん、有難うございました。

8日目(6月22日)

5時20分頃、車掌のアナウンスで起こされる。定刻で走っているとの由。時刻表通り、5時40分に青森へ着く。

遅れも想定して、新青森からの新幹線は時間に余裕のある列車を取っている。ホームで早朝の列車を眺めながら過ごす。

青森~新青森は、自由席なら特急券なしで特急に乗れる特例がある。然し私は6時29分の青森始発・新青森行き普通列車で新青森まで行く。時刻表には僅か一駅の列車が掲載されている。701系であることは想像に難くないが、

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青い森鉄道に移管された車両での運用だった。この列車は新青森から折り返しで青い森鉄道経由・八戸へ行くらしい。

東北新幹線は、7時32分の「はやて116号」だ。現在、東北新幹線は震災後の暫定ダイヤで、新花巻から宇都宮辺りまで徐行運転をする。通常ダイヤよりちょうど1時間余分にかけて東京まで着くが、震災から僅か3ヶ月で新幹線に乗れることを有難く思わねばならぬだろう。

徐行区間では、まだ屋根を修復するビニールシートを掛けた民家を何軒も見た。改めて地震の恐ろしさを実感する。

さあ、長々と書いたから、東京からは省略しよう。何しろ、東京も晴れ、名古屋も晴れで、とうとう8日間一度も傘を使わなかった。やっぱり、ツイている!

尚、旅行記で触れなかった4日目(6月18日)のことは、後日改めて別掲とさせて頂く。また一々お名前は記さないが、今回も多くの皆様にお世話になった。この場をお借りして、厚くお礼申し上げる次第である。

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2011年6月17日 (金)

道央地区イロイロ旅行(1~3日目)

1日目(6月15日)

震災後、初めて東北地方を通り過ぎる旅行をしようと思う。

今回の日程を作るにあたり、まずは安全策として寝台列車の中で最も復旧の早かった「日本海」を使うことにした。「日本海」は大阪始発である。で、折角だから全区間を乗り通そうと考えた。

名古屋から北海道へ向かうのに大阪へ赴くのもどうかと思うけれど、兎も角、大阪へ向かう。「日本海」は山科まで東海道線を通る。それで、乗車券の区間重複を避けるために関西線経由で大阪へ向かうことにした。

名古屋を10時48分の四日市行きからスタート。大阪までは全区間を鈍行で行こうと決めていたので、途中、四日市・亀山・加茂・王寺・新今宮でそれぞれ乗り換える。新今宮には15時半頃に着いた。

ここからは大阪環状線に乗り換える。

Dscn1542103_2関西でも数を減らしつつある103系が嬉しい。これで大阪の一つ手前の(環)福島まで行く。福島で降りるのは、夕食のためである。

早めの夕食を摂り、今度こそ大阪へ向かう。日本海は17時47分の発車だが、17時早々に着いてしまって時間を持て余す。

待ち遠しい思いでホームにいると、発車7分くらい前にやっと

Dscn1551_4が入線してきた。今回は奮発してA寝台を取ってあるから、カニの次の10号車へ乗り込む。

買っておいた★を飲みながら、夕景、夜景を楽しむ。23時過ぎの糸魚川まで、しっかり起きていた。

2日目(6月16日)

朝はゆっくりの予定だったが、6時過ぎには早々と目が覚める。楽しいことがある時だけは目覚めが良い。子供と一緒だ。

起きた時は薄曇だったが、青森に近付くにつれ徐々に晴れてくる。いいぞ、と思う。

快晴の青森へ定刻・8時45分着。次に乗るのは9時28分の「スーパー白鳥」だ。コンデジで駅構内を撮影していたら、あっという間に入線の時間になった。

Dscn1561_2この写真だけ撮って、車内へ入った直後に大ハプニングが起きた。

「朝ビール」と称して★の缶をプシュッとやった瞬間、誰かが車内へ入ってきて「あれ?」と言った。私も思わず声の主を見ると……N市のTさん!!

Tさんのブログでフルムーン旅行のためこちら方面へ来られることは知っていたけれど、てっきり函館で泊まっておられるのだと思っていた。が、違ったのだ。お話を伺うと、今日、私と同じ列車で函館へ行き、函館で2時間くらい滞在されて今日中に名古屋へトンボ帰りされると言う。然も、席は私と通路を隔てた隣同士。

こんな偶然が起こるから、案外世の中はうまく回っているのかも知れぬ。

お初にお目にかかる奥方様ともご挨拶して、車販からTさんも★を買って、思わぬ出会いに「乾杯!!」。

お蔭様で、函館までなんて本当にあっという間だった。2時間余はどこへ消え去ったのだろう?

Tさんご夫妻は、直ぐに駅前などを観光されるという。私は50分くらい待って、札幌行きの特急に乗る。乗車券の関係で私は改札の外に出られないので、ホームでお互いに「それでは良い旅を」と言ってお別れする。

また、一人に戻る。改めてホームを見てみると

Dscn1566このカーブの具合が、函館駅らしいんですなぁ。北海道へ来た気分にさせてくれる。

さて、私は12時半の札幌行き特急「スーパー北斗}で、長万部で降りる。今回は「山線経由」で札幌入りしたいと思い、乗車券もそのようにしてある。長万部では40分くらいの待ちで、小樽行きの鈍行がある。

留置線を見ると、キハ40とキハ150が停まっている。ナムサン、どっちが来るかと祈るような気持ちでいたら、祈りが通じたのか

Dscn157740こっちがホームへ入ってきた。今日は何かといいお日柄である。

Dscn1579サボも嬉しい。それにエンジン非換装車ではないか。これで小樽まで行けるとは、旅に出てよかったと思う。

14時28分に発車して、2つ目の駅が

Dscn1581この駅。JRの駅名を五十音順で並べると、最後になる駅である。埼玉県に「蕨」はあるが、その後に「岱」がつくので、こっちにドベの軍配が挙がる。20年位前に、五十音順トップの「相生」からここまでの券を作ってもらって旅行したことを思い出した。

さてと。

あまりゆっくり語っていても飽きられてしまうので、以下は省略するが、何しろ順調に小樽まで来て、小樽からの乗り換え列車も予定通りに動いてくれた。19時14分、札幌着。今日から5日間、札幌駅前で泊まる。

ホテルへチェックインして直ぐに、札幌ご在住のWさんから教えて頂いた焼き鳥屋へ行った。天気はいいし、★も焼き鳥も美味いし、文句なしの一日であった。

3日目(6月17日)

朝はまたまた6時頃に目覚めてしまう。7時に起きれば十分なのに、今日も遠足日の子供みたいである。

札幌を8時ちょうど発の「スーパーカムイ」で旭川へ赴く。旭川では昨年雨天でうまく撮影できなかった旭山からの俯瞰撮影のリベンジをしようと思う。

昨年見覚えのあるバス乗り場で

Dscn1597旭山動物園へ向かう(写真のバスは、別の行き先)。乗る予定のバスの前に、旭山動物園行の急行バスが来たので、予定よりかなり早めに俯瞰撮影地に着けた。

幸い今日は好天だ。

Dscn1599下界までくっきり見える。この写真では判りづらいが、石北線の線路もしっかり確認できる。

今日は旭川ご在住のkattsu-mqcさんもお休みを取って下さったとのことで、1本目の列車が来る30分ほど前に現地で合流させて頂いた。結局ここで、13時半頃の普通列車まで粘らせてもらった。

kattsu-mqcさんのお車で、大雪山が見えるポイントまで行って頂く。

Dscn1601大雪山がくっきり見える。これだけくっきり見えるのは、地元でも珍しいとkattsu-mqcさんに教えて頂いた。1月に札幌へ来た際には大雪で玉砕していたから、まあ、これもリベンジということでお許し頂こう。

この後、予定外の宗谷本線のポイントまで連れて行って頂き、撮影に及んだ。4時間あまり、kattsu-mqcさんを拘束してしまった。結局、旭川の駅まで送って頂いて、お別れする。

高架になった旭川駅は初めてである。工事中の構内を歩きながら観察してみる。

Dscn1605非常にお判りにくい画像だとは思うが、少なくとも自分がいる場所は、以前のプラットホームだったようである。

16時のスーパーカムイで戻ることにした。途中、岩見沢で下車して駅撮りしようかとも思ったが、札幌での買い物を思い出したのでそのまま札幌へ向かった。

本日お世話になったkattsu-mqcさんには、この場をお借りして厚くお礼申し上げる次第である。

明日はチョット別の行動をとる予定なので、明日の記事は名古屋へ戻ってからアップする予定でいる。ご了承の程を。

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2011年6月 9日 (木)

オオキンケイギク

Dscn1516

北海道内でまで群生しているかは知らないけれど、オオキンケイギクって草花がある。内地ではちょうど今が見頃だ。

黄色い直径5cmくらいの花で、名古屋近辺でもあちこちで好き勝手に花を咲かせている。結構綺麗な花だなと思っていたのだが、図鑑によると明治時代に観賞用として渡来したのが最初だという。それが戦後に野生化して、爆発的に増えたのだそうだ。

群生する性質があり、私の“生息範囲”でもよく見かける。

Dscn1517

今年の花は、ちょっと早めでそろそろ終わりかけになっているけれども、こんな感じで方々に咲き誇っている。

そう云えば以前に、この花が群生している写真を485系の特急と撮ったことがあったなと思い出して、スキャンしてみた。

Img656

撮影記録には2003年6月9日とあるから、ちょうど8年前の今日に撮ったもののようだ。場所は羽越本線の越後早川駅にて、と書いてある。新潟県がもうそろそろ秋田県になる辺りにある駅だ。

単なる野草でも、ここまで群生していると流石に見事だなあと思う。今年もこの駅では、こんな光景が見られているのだろうか。

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2011年6月 3日 (金)

LED方向幕の故障

先日、ちょっと珍しい事象に遭遇したので、ご報告したい。

Dscn1380led

側面LED方向幕の故障である。左から2番目の表示が可笑しくなっているのがお判り頂けると思う。因みに可笑しくなっている部分は本来なら「猫洞通」の文字が表示されるはずだ。そう教えられて見ると、そう読めないでもない状態かとも思う。

正面幕の故障なら、運転中に自分の前を走る車のリアガラスに方向幕が映るなどして、運転者当人が気付く機会も多いと思う。然し、側面や後面が故障してしまうと、中々気付く機会がない。私もこの日は、たまたま朝の登校輸送で乗車整理に来ている立ち番の人に教えられて、初めてこの事態を知った。

通学輸送を終えて食事のために車庫に戻るなり、車庫の工場へ修理を頼みに行く。途中、車庫内で構内整理担当の係に「LEDが壊れちゃったみたいで……」と話すと「ああ、これはLED表示装置の元の基盤から取り替えなきゃいけないかも知れないよ」と言われた。
そして実際に工場に着いてみると、一言のもとに「ああ、これは私たちでは直せない。メーカーに直接頼んで基盤の元から取り替えなきゃダメだ」、とのこと。

これだけの故障なのだが、事は案外重大らしいのだ。

結局、食事の後は、乗り心地の悪いオンボロ代車での運転と相成った。LEDの表示幕は色々と利点が多いものだが、稀に故障に遭遇すると案外厄介な目に遭ってしまうと、よくよく思い知らされたのであった。

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