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2011年6月27日 (月)

30年ぶりの岩内線跡と岩内町

Dscn1800

先日の道央旅行記で「後日、別掲する」とした4日目・6月18日のことを記そうと思う。

このブログや他の方へのコメントで、私の初渡道が18歳の時・1982年3月であったことは何度か記してきた。その際に宿泊先としたのは、当時の同級生N田氏の母方のご実家・岩内町であった。往復の車中泊は別として、あとの宿泊は1週間くらいを全てそこのお宅でお世話になった。

岩内へは1985年6月まで国鉄岩内線が通じていた。函館線の小沢を起点とするローカル線で、当時既に「第1次赤字廃止対象路線」に挙げられていた。

折角、岩内へ行けるのだからと、その時は岩内線に何度か乗った。記録では合計2往復分乗っているようだ。

然し、岩内線が廃止になってしまってからは岩内を訪れることはなかった。要するに初渡道以来、岩内へは行っていない。

その岩内を、30年ぶりに訪れようと思う。幸いブログの繋がりでvanagon714さんからご紹介頂いたWさんが岩内のご出身だという。それで、vanagon714さん、Wさん、Wさんの親友M子さんを巻き込んで、今回の「岩内再訪ツアー」を決行することと相成った。

まずは岩内線の跡を何ヶ所か回りたい。小沢駅で「鉄」組の私と、「車」組の他のお三方と合流することになっている。岩内線があった頃の写真を持ち込んで、先回りの私は何枚か小沢駅で写真を撮る。

↓は1982年当時の小沢に停まる岩内線の列車。

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駅舎寄りの1番線が岩内線の乗り場だった。現在の写真を照らし合わせてみる。

Dscn16341

今の小沢駅は、函館線が使用する2・3番線が残るだけで、1番線は岩内線と共に消え去っている。勿論、駅は無人化されている。

跨線橋の下を覗いてみたら、こんなものが残っていた。

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錆び付いた雪かき用のダンプ。有人駅だった証とも言えよう。

もう一枚、昔の小沢での写真があった。

Img6592

自分的にはサボも写しておきたいからと撮った一枚。今回同じ角度からの写真は撮っていないが、とまれ、1番線から岩内線が発着していたことは明確に記録しているようだ。

vanagon714さんご一行と合流して、車で線路跡を辿って頂く。途中、幌似の駅跡が鉄道記念公園として残されているとの事で、立ち寄って頂く。

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車番をメモしてこなかったが、スハフとワフが留置されている。また、駅舎内には運賃表など貴重な資料も残してある。

Dscn1650

廃止時で札幌まで1310円だそうである。今だと1700円くらいになるはずだ。また、運賃表には同じく廃線になった胆振線の駅への運賃も記してあり、興味深い。

ホームへ戻り、列車と線路を眺めながら「30年前の自分が、ここを通ったんだなぁ」と呟いているとWさんが「何かこの駅、移設されたって書いてありますよ」と言った。
なるほど、説明板には「岩内線跡を国道バイパス道路として工事するため、旧幌似駅施設を平成19年にここへ移設した」とある。誤った感傷に浸るところだった。

再度、車で西前田駅跡へ向かって頂く。途中、明らかに線路跡と思われる所を国道がオーバークロスしていたりして、二十数年経っていても痕跡は何とか判る。

西前田駅で、自分が降りたとか、そう云う訳ではない。だが、当時から持っている『消え行くローカル線』との本に西前田駅の写真が少しだけ載っていて、自分が実際に乗った時に「ああ、写真の通りの駅だ」と思った覚えがあるのだ。どんな駅だったかをもう一度確かめてみたい。

国道から脇道へ入ってもらい、「多分のこの辺りに駅があったはずなんですが……」と言った時に、vanagonさんが「お、これじゃないかな」と一旦通り過ぎた道をバックしてくれた。

まさしくそうだった。雑草の中に埋もれているけれど、ホーム跡とホームへ繋がるコンクリートの階段が隙間から見えた。

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元々無人駅で、所謂「仮乗降場」に近い駅だったと思う。線路があった側から眺めてみる。

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今度こそ間違いなく「30年前に自分が通った場所」だ。今では人家もなく夏草に覆われているが、これだけの跡が確かめられれば何も不満はない。

残念なことに付近は幌似駅跡同様、道路の造成工事中で、かなり近い将来にこのホーム跡は消え去る運命にありそうだ。

西前田の次は終点の岩内になる。国道を走って岩内の街中に入る。

岩内の駅跡は、中央バス・ニセコバスのバスターミナルになっていると多くの方から聞かされている。線路跡と思われる盛土がぷっつりと消え、バスターミナルへと向かっている。

因みに1982年当時の岩内駅 ↓

Img658

これとほぼ同じと思われる角度から、現在の姿を写してみる。

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バスターミナルはホーム等を全部切り崩して作られているから、往時を偲びようにも限界がある。何しろ、この写真で私が立っている辺りがホームであったこと、そしてホームからまだ先の港方面へ線路が延びていたとの記憶は、Wさんと意見が一致した。

岩内線の跡は以上だか、あと1箇所だけ行きたい場所がある。

先程書いたように18歳当時の私は岩内町内のとある場所で1週間を過ごしている訳だが、その当時、Wさんは私の宿泊先から150mも離れていない場所にお住まいだったという。Wさんと知り合ったのは昨年の冬が初めてだが、30年前に知らぬ間に「ニアミス」していたらしいのだ。その“現場”へ向かって頂く。

Dscn1669

この写真で、私の立っている場所がWさんの当時お住まいだった辺り。信号の向こうに細い路地がクロスしているが、その路地を左へ入ったすぐの場所で私は1週間の居候をしていた。

残念ながら、当時の居候宅は取り壊されて更地になっていた。だが、30年前にこれだけの距離で、私とWさんがニアミスしたことはよくよく実感できたのであった。

6月18日当日は、この後何ヶ所か寄り道をして頂いたのだが、それを記していると、とてつもなく長い記事になるので、割愛させて頂く。ただ、最後にいつもの「お茶の間」で、同行4人に札幌のN子さん、Oさんもご一緒頂いて、楽しい一献の時間を過ごした。

***

最後になってしまいましたが、当日ご一緒頂いた皆様、本当にお疲れ様でした。特に運転手役のvanagon714さんには、またまた今回もしっかりお世話になってしまいました。心より御礼申し上げます。

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コメント

こんばんは
1997年から3年足らずでしたが倶知安に住んでいました。
当時は岩内線線路跡が農道になっていたり痕跡を確認できる場所は多かったように思いますが記録するということをしなかったため後悔するばかりです。
幌似駅跡も訪問したことがありますがバイパス工事で移設されているんですね。十数年の間にかなり景色も変わっているものと思います。
こちらからだとやや遠いので懐かしい場所のひとつではありますがなかなか訪問に至りません。

投稿: kattsu-mqc | 2011年6月27日 (月) 22時07分

こんばんは。
30年ぶりの岩内再訪お疲れ様でした。
小沢駅で合流してからあっという間に1日が過ぎましたね~

小沢の跨線橋、古いほうの写真は貴重ですね。
少しづつリフォームされながら使われてきたことが分かります。
西前田駅はもう少しで通り過ぎてしまうところでした。
廃線跡を訪れるとなんとも寂しい気持ちになってしまいます。
岩内はもう少しゆっくりしたい所でした。
また行きましょうね。

投稿: vanagon714 | 2011年6月27日 (月) 22時58分

お疲れ様でした。
小沢駅も今はヒッソリしていて淋しいですね。
有人駅の頃は活気があって「トンネル餅」も売っていましたね。

岩内もすっかり変わってしまい、年月の経過が感じられますね。
今度はユーロツアーに乗ってゆっくり、杯spaで★beerしたいものですね。

投稿: N市のT | 2011年6月28日 (火) 19時07分

>kattsu-mqcさんへ
こんばんは。
廃止から25年以上、流石に当時の面影を探すのには骨を折りました。
線路跡は農道になっている所もあり、また記事のように亜幹線道路として再開発されている所も見受けられました。
ただ、「その目」で見てみると、意外に「あ、これ、線路の跡ですよね」と云うような場所が多かったように思います。
岩内線は倶知安の持ち車両で運転されていましたから、倶知安とは何かと縁のある路線だったと思います。
旭川からは距離がありますよね。あまり詳細な記事ではありませんが、ご参考になれば幸いです。

投稿: kattsu-mqcさんへ | 2011年6月28日 (火) 21時50分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
運転手のお役目、お疲れ様でした。私は車の中から「あっちへ行け、こっちへ行け」と指図するだけでしたが、運転される方は大変だったと思います。
それでも、本当にあっと言う間の一日でした。
小沢駅では1996年にも撮影しています。その際は、2枚目の写真にある「注意し合って……」の看板がなくて、黒塀だけの古さを感じる跨線橋になっていました。
廃線跡を訪ねる作業は、ややもすると地味な雰囲気がありますが、どうして中々大変な労力の要ることだと再認識しました。寂しい気持ちも否めませんが、時代が経過してしまっているのだから仕方ないという気持ちです。
でも、岩内はいい街でした。「再々訪」の機会があるといいですね。

投稿: vanagon714さんへ | 2011年6月28日 (火) 22時01分

>N市のTさんへ
小沢駅は、今や山間の一通過駅と云った趣ですね。岩内線が分岐したり、急行が止まっていた頃の面影はありません。
トンネル餅は知りませんでした。1982年当時の時刻表では「300円のすし」が売っているとだけ書いてあります。

岩内の街中も、家の軒数が減ってしまったなぁと思いました。地元の方のお話でも「民家は半分くらいになっているのでは」とのことでした。
beerと言えば、岩内の地ビールが売っていて買ってきましたよ。苦味の強い旨味のある★でした。

投稿: N市のTさんへ | 2011年6月28日 (火) 22時12分

私が岩内を訪れたのはもう鉄道が無くなってからでした。
でも、駅舎が残っていたような…

函館本線の山線部分の駅は、線路が撤去され行き違いができなくなっているところが多いですね。今度、有珠山が噴火したらどうなることやら…

投稿: suzuran6 | 2011年6月29日 (水) 01時04分

小沢近辺はは小さい頃からとても印象に残っている場所です。
小沢の駅から北側の山を越えた所に国富の精錬所がありちょっとした工場街でした。列車は見ることが無かったのですが、岩内線の国富駅から全て木造のシェッドに覆われた専用線が出ていて稲穂峠からの国道沿いを走っていました。とても活気のある場所でした。
小沢の駅は蒸気機関車撮影に何度か降り立ちました、そして運転のノウハウを教わった駅です。投炭からブレーキ操作を実際やらせてもらいました。機関車は今も倶知安に保存されている79615です。
数年前ですが駅前の商店で”トンネル餅”は購入できました。街はだいぶ寂しくなってしまいましたが、今も特徴のある中折れの跨線橋が現役なのはありがたいことです。

投稿: tunnel_no2 | 2011年6月29日 (水) 11時11分

>suzuran6さんへ
岩内の駅舎は、廃止後比較的早くにバスターミナルに建て替えられたと聞いています。お越しになったのは恐らく「昭和」の年代ではないでしょうか?
駅前の旧バスターミナルは現在「道の駅」になっていました。その割には駐車場がなく参加者一同で笑っておりました。

山線部分は寂れていましたね。目名など一部の駅では「通過列車となら交換可」と云う状態になっていました(つまり一方の線路がホームと接していない)。恐らく有珠山噴火やその他の臨時列車運転時の予備的な施設だと思います。

投稿: suzuran6さんへ | 2011年6月30日 (木) 16時35分

>tunnel_no2さんへ
国富からは貨物専用線もあったのですね。私が利用した頃はもう最終末期で、キハ22が2連で走っていた記憶しかありません。窓外の景色もあまり記憶にないのですが、よく目を凝らしていれば専用線の跡地くらいは見られたかも知れません。

小沢駅では「乗務実習(?)」もされていたのですね! 国鉄ならではの長閑な計らいだと思います。私の持つ資料では既に倶知安に蒸機の配属がありませんが、同所は96の配属が多かったように伺っています。
今まであまり跨線橋などをじっくり見なかったのですが、vanagon714さんに教えて頂いて「ああ、なるほど、変わった作りだよなぁ」と納得した次第です。記事にしていませんが支柱のレールには「1920」の文字がありました。

投稿: tunnel_no2さんへ | 2011年6月30日 (木) 16時58分

国鉄岩内線は実はこの記事拝読するまで存在すら知りませんでした。
当時私は旭川に住んでいたので、全く札幌より遠い地のことなど
全くわかりませんでしたので。

運賃表の写真見て「岩内駅から東京都区内までと大阪市内までの
運賃の差が1900円しかないのはなぜ?」と思いました。経路が異
なるというだけではないのでは?とも思えますが…。

あと、岩内のバスターミナルの写真に写っているバスですが車内に
トイレがないことから、札幌に行くバスではないと思います。

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2011年7月 2日 (土) 22時40分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
貴兄のお歳から察するに、岩内線の存在はご存じなくても仕方ないのではと思います。胆振線とか瀬棚線とかも恐らくご存じないでしょう。年齢差がありますから止むを得ないと思います。

運賃表は幌似からのものですが、経路が大いに異なりますので東京でも大阪でもあんな程度の運賃差で済みます。国鉄時代はそう云うものでしたよ。

岩内でのバスですが、以前は札幌-岩内などを走っていたバスだそうです。現在は都落ちして、岩内地区で使用されていると聞きました。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2011年7月 3日 (日) 00時52分

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