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2011年1月

2011年1月28日 (金)

雪の鹿ノ谷駅、訪問記

Dscn1069石勝線(昔の夕張線)の鹿ノ谷へ赴いたことは、先日の旅行記で記した。

今日の記事では画像を中心に、雪の鹿ノ谷駅を改めてご紹介しようと思う。

昨年の暮れに、夕鉄絡みの記事で鹿ノ谷駅から北方を望んだ画像をご紹介した。あれは初夏の画像で、ここに再掲載すると共に、ほぼ同じ角度からの雪の季節の画像を貼り付けておく。

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Dscn1057今は雪の彼方に、元・夕鉄の車庫跡が見える。除雪もされない車庫跡は、ちょっと物悲しい。少しズームアップしてみる。

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今や樹木も生え放題で、往時を偲ぶのは難しい。夕鉄に活気のあった頃は、屋根に溢れんばかりの雪が積もることはなかっただろう。

自分の乗ってきた夕張行きが、上り列車として戻ってきた。ホームに止まる千歳行き。車番を見て驚いたのだが、キハ40の825号車、苗穂の所属車両である。苗穂の車両が石勝線に乗り入れているとは知らなかった。

Dscn1060 列車も行ってしまったから、ちょっと駅舎内を眺めてみようと思う。

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先ず目に付くのが、壁に貼られた「夕張応援」のメッセージ。夕張メロンを模ったものは元々用意されていたものだと思うが、その他にもあり合せの手帳の紙片に「ゆうばり Fight!!」とか書かれていて、訪れた方々の暖かい気持ちが伝わる。

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この歌を詠んだ「昌子」さんは、実にいい歌を考えられたなぁと思う。歌の通りに花が飾られているのは、偶然なのか、この歌に合わせたものなのか、俄か旅行者には判らない。ともあれ、心が温まる。

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他の壁面にも、造花や絵手紙が貼られていて、地元の方が駅を如何に愛しておられるかが伝わる気がする。夕鉄乗り入れ時代とは比べ物にならないだろうけれど、今の地元の方々の気持ちも捨てたものではないぞと思う。

ちょっと外へ出て、駅舎を眺めてみる。

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入口の辺りだけは除雪されているが、屋根の雪はずり落ちそうに、うずたかくのしかかっている。夕張近辺は、元々雪深い所なのだろうか。山間部だからある程度の雪は当たり前と思うが、ここまで積もってしまうのは寒波の所為? それとも雪降ろしをする人がいない所為?

そうこうする内に、次の夕張行きがやって来た。鹿ノ谷を後に、一路・終点を目指していく。

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滞在時間は短かったけれど、寒い中にも心温まるモノを多く見せて頂いた気がする。もっともっと多くの人が、夕張付近に目を向けて頂けたらと、ついつい欲張ったことを考えてしまう。

かく言う私も、13時半の列車で戻らないと、内地へと戻る列車に乗り遅れてしまう。断腸の思いであるが、この列車で鹿ノ谷を後にすることとする。

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多くの人に愛されて多くの人に乗って頂いて、少しでも長く、この線やこの駅が存続することを願わずにはいられなかった。

……駅前旅行者の癖に、あまり偉そうなことを言う資格はないかも知れぬが。

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2011年1月22日 (土)

石北線・函館線撮影結果ご報告

先日の、大宴会付き旅行のフィルムが上がってきた。

今回の旅行は、札幌での大宴会が主目的だったので(他の方はどうか知らないが、少なくとも私はそうであった)、大宴会以降の写真は手抜きが多い。ともあれ、ご笑覧頂ければと思う。

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2日目に生野で拉致されて、直ぐに連れて行って頂いた常紋峠。この日は「取り敢えず」200mmで撮ったので、あんまり迫力がない写真かも。PP貨物の少し前に来る、特急「オホーツク6号」。生田原~金華にて。

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「夜も上り貨物があるから」と遠軽駅まで出掛けたものの、減便で運転されていずに玉砕したことは、旅行記にも書いた。該当する時刻帯に、網走からのキハ40単行があり、私は寒くて堪らないから、入線する時の仄かな前照灯を跨線橋から写した。当時の遠軽の気温は-7℃。風が強かったから、体感気温は-10℃を下回っていたと思う。

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生野駅付近の雰囲気は好きなので、皆さんに無理を言ってここへ赴いてもらった。列車は下りの8071レになる。空気はまだまだ冷たい時間帯だったが、雪粉を巻き上げて走る貨物の雰囲気は何とも言えないものがあった。安国~生野にて。

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「白滝発祥の地」と呼ばれる撮影のメッカに連れて行って頂いた。ここで撮ったPP貨物もよかったが、私は単行でポツンと走る気動車にも心打たれた。で、敢えてそちらの写真をアップしておく。凍てつく川が印象的な下白滝~旧白滝にて。

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貨物列車が暫くない昼間、皆さんと金華の駅で暫し休憩した時に撮ったもの。どうも私は広角レンズが好きで、こう云う撮り方を好む。それにキハ54の500番代は北海道でも見れる場所は限られるし。内地の人間の「珍しいもの見たさ」と思ってくだされ。

Img618pp

一枚目の「オホーツク」と同じ場所へ、翌日も赴いた。常紋峠を唸って登るPP貨物を、今度こそは300mmでぐっと引き寄せて。何とか後補機も判るようには写っているので、ホッとしている。

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札幌駅では見る機会が減った711系電車。ホームに止まった電車のヘッドライトにツララが下がっていて、思わず撮った一枚。今回の旅行では、札幌圏の雪は本当に凄かった。

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厚着はしていったが、大麻駅では屋根のない部分で雪に降られながら粘ったから、本当に凍てついた。降雪が激しく、24mmの広角レンズでも否応なしに雪が降っていることが判る写真になった。

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これだけ大勢の方が雪掻き作業に追われる姿は、初めて見ると思う。全員で30人は超えていただろう。これはこれで、一つの記録になると思う。岩見沢駅にて。

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同じく岩見沢にて。雪の堆く積もるホームで、自分が乗務する列車を待ち受けるのも、辛い気持ちであろうとご拝察申し上げる。雪国での乗務の大変さは、私の想像を超えるものがあるだろう。

Img623s

小さな写真では判り辛いかと思うが、車輪についた雪も並大抵な状態ではなかった。降り止まぬ雪を尻目に、特急列車の車内で暖をとるお客の方たちが羨ましくさえ思えた。豪雪だったからこそ撮れた一枚かも知れぬ。同じく岩見沢にて。

あまり多くをアップしても皆様方にウンザリされてしまわれるだろうから、この程度に留めておこう。

今回の写真では、特に石北線のものでは、撮影場所まで予め雪掻きをして下さったご同行の皆様の力によるものも大きい。改めて皆様方に御礼申し上げて、結果ご報告とさせて頂こうと思う。

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2011年1月19日 (水)

大宴会付き北海道旅行(5~7日目)

5日目(1月17日)

2日連続で寝不足だったから、今日は思う存分寝た。9時頃に、やっと布団から抜け出す。

10時03分の列車で、函館線の大麻まで赴く。昨日、思うような写真が撮れなかったから、暫く居つこうと思う。

Dscn1048それにしても、今日も凄い雪だ。写真を撮っている内に手が凍り付いてしまい、一旦改札を出て、駅の待合室で体を温める。

11時半過ぎの列車で、次の野幌へ向かう。vanagon714さんのブログで、野幌駅付近は近々高架化の予定と聞いたので、地平の内に撮っておこうと思ったのだ。

Dscn1049工事はかなり、進捗している様子である。現在は仮のホームで営業している模様だが、どちらにしても地平の野幌駅は、多分最後になりそうだ。

また、雪にまみれたので、一旦改札を出て、また待合室で暖まる。……とその時、意外なアナウンスが耳に飛び込んできた。
「只今、岩見沢方面で、架線に電気が通らない事故が発生しました。現在、江別から岩見沢の間で、全ての列車の運転を見合わせております」。

今から、岩見沢へ向かおうとしたのに、こりゃ、困る。と言って、他に交通手段がないから、ここで待ち合わせるしかない。駅の発車案内を見ていたが、

Dscn1051続々と、列車の運休が発表される。タイが泳いでいるとしか思えぬ。

結局、14時22分の岩見沢行まで、岩見沢へ向かう列車は運転されなかった。1時間近く時間を無駄にした。まあ、冬の北海道だから、ある程度のことは仕方がない。

15時前に岩見沢着。駅以外での撮影はとても出来ない気象状況だ(勿論、大雪)。止むを得ないから、駅撮りを決め込む。

Dscn1052岩見沢駅も、こんな有様だった。

列車はある程度動き出したようだが、これ以上の深入りは出来かねる。仕方ないので、遅れている札幌方面行の特急で、16時頃に岩見沢を後にした。

駅撮りでも写真は撮ったことに変わりないから、まあ、今回はこれで良しとしよう。

あ、宿へ戻る前にコンビニへ寄って、以前話題になった「マルちゃんのやきそば弁当」を大人買いし、自宅へ送った。

6日目(1月18日)

北海道旅行の慣例として、道内最後の今日は乗り鉄に捧げようと思う。今回は、以前記事に出した石勝線の鹿ノ谷へ行ってみたいと思う。嘗ては夕張鉄道と接続していた駅だ。

10時20分札幌発の「スーパーとかち」で、新夕張まで疾走する。鹿ノ谷へ向かう接続駅である。

Dscn1055

馴染み深いディーゼルカーを見ると、ホッとした気持ちになる。この列車で

Dscn1054

夕張の一つ手前が、目指す鹿ノ谷である。

鹿ノ谷での詳細は、後日別記事としたい。ただ一つ書いておくとすると、鹿ノ谷の手前の清水沢でお客は全員降りてしまい、鹿ノ谷まで乗ったのは私一人だった。

1往復の列車をやり過ごしてゆっくりした後、13時半の追分行の列車で戻りにかかる。また客は私だけだ。途中の南清水沢で一人乗ってきたと思ったら、次の沼ノ沢で降りてしまい、結局その後は誰も乗ってこなかった。

途中の駅で、遅れの特急とすれ違いがあり、追分に7分遅れて着く。降りようとしたら運転手氏が「すみませんねえ、7分も遅れてしまって」と慇懃丁寧に言ってくれるから恐縮する。

追分からは特急で札幌へ戻り、約1時間待って17時12分の「北斗星」で帰ることになっている。札幌では北斗星車内での食料品を買い込むことにしてあるので、1時間などはすぐ過ぎるだろう。

……と思っていたら、追分駅の駅員が待合室まで出てきて、私を含めて3人の客に言った。「お客様方、申し訳ない、今度の札幌行ですが、対向列車が鹿と衝突してしまって、その影響でかなり遅れそうなんです」。

30分程度の遅れは覚悟の上で予定を組んだが、余り遅れると食料品の調達が出来なくなる。困ったなと思っていたが、暫く待つと、またさっきの駅員氏が出てきて「済みません、25分遅れで運転を再開しました」と言った。

25分の遅れは札幌まで続き、食料品の調達時刻が大幅に削られた。北斗星の入線はホームで迎えたいから、怒涛の如く札幌駅構内を買い物に走り回る。かくして、

Dscn1085

写真の写りは悪いけれど、列車の入線を見届けてから、指定された個室寝台車の客となる。やっぱ、寝台車は個室の方がいい。個室で時刻表を眺めながらニタニタするのが私の趣味である。もっとも、ある方に拠れば、こう云うのを「自閉症」と呼ぶのだそうだ。

列車の遅れは今日も少しあるようで、「北斗星」も前の列車が遅れたのに絡み、2分遅れて発車した。既に外は暗い。何度も札幌へは来ているが、今回は特に多くの方と懇親があったから、去り行く札幌の風景が寂しく見える。

雪と寒さの影響で、遅れが徐々に拡大していく。苫小牧で5分遅れ、東室蘭では10分の遅れになった。窓外を眺めると、列車の飛ばした水飛沫が

Dscn1098

見る見る氷っていく。列車が走るだけでも、有難いと思わねばならんだろう。

函館では、青函トンネル内専用の機関車と付け替えをする。付け替え作業が終わって函館を出た時点で、車掌が「18分の遅れで発車致しました。このままの遅れですと、青函トンネルへ入るのは、22時57分頃になります」とアナウンスする。

私も眠くなってきたが、せめて北海道の出口である青函トンネルに入るまでは起きていようと、もう暫く、暗い窓外を眺めることにした。

7日目(1月19日)

朝は6時半から車掌のアナウンスで起こされる。だが、上野の到着は昨夜の遅れからして10時以降になるはずだ。改めて布団を被りなおす。

結局、8時半過ぎに宇都宮の手前でやっと起き出した。

顔を洗いに洗面所へ行って、戻ろうとしたら、宇都宮駅に試験用電車の「ミュートレイン」が止まっている。

Dscn1100_2

JRに1編成しかない車両だから、ちょっとした眼福ではある。

それはそうと、宇都宮は8時13分発の筈だが、今は9時少し前である。車掌が「東北地方の大雪のため、45分遅れで運転しております」とアナウンスする。かなり遅れが拡大している。まあ、今日の内に家に戻れればいいかと、遅れは気にしないことにした。

通勤電車を予定外の駅で追い越したりしながら(通勤電車の人たちには大層迷惑だと思う)、10時20分頃、やっと「北斗星」の旅は終わった。

東京までの国電に乗り換えるため、櫛型ホームの先頭まで歩いていくと、多くの人が機関車にカメラを向けていた。そうそう、昨年の10月頃に、青森~上野まで引っ張る機関車が新しいものに変わったのだっけ。

Dscn1103

私も他の人に混じってコンデジを向ける。

さて、ここからは国電と新幹線を乗り継いで名古屋へ向かうだけだから、もう書くこともない。従って、この仕様もない記事も終わりにしようと思う。ただ、それだけではあまりに締まりがないので、今回の旅行でお世話になった方々のお名前を、今一度書いておこうと思う(順不同)。

撮影&大宴会でのThanks:N市のTさん、職場の先輩Hさん、tunnel_no2さん、Tの糞爺さん、vanagon714さん

撮影でのThanks:kattsu-mqcさん、hamusutarさん

大宴会でのThank:Wさん、札幌のN子さん、Oさん、K尊師

皆様、本当に有難うございました。

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2011年1月16日 (日)

大宴会付き北海道旅行(2~4日目)

2日目(1月14日)

長旅なので、かなり省略して書いていく。

この日は、苫小牧を8時過ぎに出発。

苫小牧-(普通)-南千歳-(快速/エアポート)-札幌-(特急/オホーツク)-遠軽-(普通)-生野、との乗り継ぎで、14時前に生野へやって来た。ここで、N市のTさん、職場の先輩Hさん、tunnel_no2さんと合流する約束なのだ。

私は生野駅付近の雪野原でそのまま撮影するつもりだったが、途端に皆さんに拉致され、レンタカーでそのまま常紋峠へ連れて行かれた。有名な「PP貨物」に、ちょうど間に合うというのだ。

フィルムカメラではどんな写りになっているか判らないが

Dscn1004こんな感じで、厳冬の峠を撮影に及ぶ。因みに写真は「プッシュ」の方。

レンタカーで生田原の宿へ赴き、皆さんと親睦宴会。

Dscn1005宿の温泉で温まった後、お酒を飲まないHさんの運転で、遠軽駅へ夜の撮影。PP貨物がダイヤ上ではあったのだが、狙ったスジは運転されていずに、全員で玉砕した。

撮影している間に、宿へTの(糞)爺さんが単独で到着されていて、5人揃って夕食。長い一日だった。

3日目(1月15日)

朝は5時起きの約束。温泉で温まった後、6時には早速撮影に出発。下り8071レを2箇所で撮影。レンタカーだから為せる業。

一旦、白滝まで戻って8073レを撮影したら、遠軽へ。8073レが遠軽で長時間停車するし、その間に着く特急オホーツクで 、vanagon714さんとkattsu-mqcさんが到着されるから、そのお出迎えでもある。

Dscn10138073レの遠軽側は、国鉄色のDD51だったから、嬉しかった。11時過ぎに無事、お二方と合流して、7人の団体になる。

車で先回りして、さっき遠軽で見た8073レを迎え撃った後、金華駅で小休止。

そこから再び前日と同じ常紋峠へ行き、前日と同じPP貨物を7人で写す。

ここからは、札幌へ戻る。札幌で、今回のメインイベント・「大宴会」が待っているのだ。宴会そのものは18時頃から始まっているようだが、撮影組の7人のうち、kattu-mqcさんを除く6人が宴会に出席する。取り敢えず、旭川まで車で飛ばしてもらう。

ここで、「周遊きっぷ」で来ている私とTの糞爺さんだけは、列車の方が早く着けるからとて、一旦別れる。また、kattu-mqcさんはご都合で、残念だがここでお別れする。

T爺さんと共に特急で20時過ぎに札幌へ着き、私だけホテルのチェックインを済ませて、20時半にやっと宴会場へ辿り着く。T爺さんは、今夜の夜行バスで網走へ行くそうで、宴会半ばで中退することになっているのだ。

宴会場ではギャルのWさん・Nさんと、Oさん、K尊師が既にお待ちかねであった。って云うか、既に出来上がっていた。そこへ割り込ませてもらう。

北海道の美味いものと★を楽しむうち、22時過ぎにやっとN市のTさん、Hさん、vanagon714さんが到着し、総勢10人もの大宴会となる。再び私も飲みなおす。

そのあと、夜中の2時近くまで、カラオケにまで行った。期待通りの大宴会であった。

お名前は略しますが、皆様、お疲れ様でした!! 本っ当に楽しかったです~♪

4日目(1月16日)

朝、眠い目を擦りながら7時過ぎに起きる。8時半に札幌を出発する「旭山動物園号」を撮影するために、N市のTさん、Hさんと待ち合わせてある。

が、大雪のために函館本線は江別以北が運休状態。一応、撮影予定の大麻駅まで行ってみるが、江別より北へ行く列車は、軒並み運休に。また、玉砕する。何せ、たまに来る列車も

Dscn1024こんな状態で走っている。

大麻で、ハムスターさんと合流して4人で札幌へ向かい、することもないので、またvanagon714さんを呼びつける。5人で昼頃まで「お茶」する。

12時過ぎに「新札幌駅から撮影してみよう」という話になり、そこへ赴く。但し、vanagon714さんは、ご用があるとのことで、ここでお別れする。

14時過ぎまで4人で「何となく」撮影していた。が、ダイヤは乱れているし、めぼしい列車も来ない。結局、14時半頃に、ハムスターさんとはお別れする。

残った3人で「小樽へでも行こうか」という話になるが、札幌へ戻ってもダイヤは乱れたままで、何故か「反対側の江別に行ってみよう」ということになる。来た列車に、そのまま乗り込んで、江別へ。

だが、函館本線は相変わらず、ここから先が運休している。「大した列車も来ませんね」と言いながら、2日連続で睡眠不足の私は、札幌の宿へ帰ることにした。

普通列車で本来なら30分ほどの札幌まで、1時間かけて戻った。クタクタになって、玉砕まるけの一日だった。江別駅構内で

Dscn1045ハイモの豪快な雪かきだけが、印象に残った。

多くの方の名前が登場して、皆さん、頭が混乱されると思うが、私の作文能力では、これ以上判りやすく書けないのだ。お許し下され。

明日からは、再びいつもと同じ、単独行動になる。 

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2011年1月13日 (木)

大宴会付き北海道旅行(1日目)

1日目(1月13日)

皆様にチラチラとコメントなどで書いていたが、北海道は札幌で、大宴会を催そうとの趣旨で、渡道することになった。勿論いつものように、鉄道写真も撮るけれど、何しろ多目的な旅を計画して実行することと相成った。

さて、北海道へ行くならば往き帰りで寝台列車を利用したい。だが、多くの方がご存知のとおり、昨年12月に東北新幹線が新青森まで開通した。JR線全線完乗者たる私としては、「八戸~新青森」が新たに未乗区間として加わったことになる。それに乗ろうとするなら、北海道への往き帰りを利用するのが、効率いい。

どんなルートで往復するか。自分の都合を色々考えた結果、「往路」で新幹線に乗り、「復路」では上野行の寝台列車でゆったり戻ろうという結論になった。

と云うことで、本日が旅立ちの日。

8時半前の東海道新幹線で、東京まで。「のぞみ」ではなく「ひかり」を選んだので、自由席でも十分座ってこれた。東京からが、本日のメインイベントになる。

Dscn0990この行き先を早く見たかった。10時56分発の「はやて」で東京を出る。開業から1ヶ月余、やっと乗ることが叶う。

座席へ着くと、隣にシニアの男性が座りながら「どちらまで?」と尋ねてくる。終点の新青森までと言うと「私と一緒ですね」と穏やかな口調で言われる。シニア氏は、12000円で3日間乗り放題の高齢者向けの切符で、今日から3日間乗り倒すそうだ。

定刻に東京を出て、暫くは雪がない。北海道では大雪と皆さんから聞かされているが、12時過ぎに着いた仙台でも積雪はない。少し、拍子抜けする。

それでも、仙台から10分ほどの古川を過ぎた辺りから、徐々に雪が見られるようになる。シニア氏と「らしくなって来ましたね」と笑う。

13時過ぎの盛岡辺りから、大分「それらしく」なって来た。とは言え、積雪は20cm前後。まだ、少ない。

14時過ぎに、いよいよ私の未乗区間・八戸以北へ突入する。途端に雪が多くなって、窓外でも雪が降っているのが判る。再びシニア氏が「北国ですね」とニンマリする。

私の目的は、新青森までで、八戸からは僅か28分で到着する。呆気なく、本日のメインイベントは終了した。取り敢えずこれで、私のJR完乗率は100%に復帰する。

Dscn0992 ここからは、特急を乗り継いで、苫小牧まで行くのが今日の私の予定である。新青森では僅か8分の接続で、函館行の特急がある。指定券も取ってある。急ぎたいのだが、新青森駅では在来線への乗り換え通路が2箇所しかなく、階段もエスカレーターも人の行列になっている。これはいただけない。

ようよう在来線のホームへ辿り着くと同時に、私の乗る特急がホームに滑り込んできた。何とか間に合う。だが、ホームのアナウンスによると「函館行き特急は3分遅れています」とのこと。時間通りに来ていたら、間に合わなかったかも知れない。

新青森の乗り継ぎ通路は、何とか改善して欲しいものだ。

さて、新青森からは雪の中をひた走る。手洗いに行っている内に青函トンネルに入ったらしく、外が真っ暗になっていた。30分ほどで潜り抜ければ、白銀の大地、と書きたいが、窓外はどんより曇って雪模様で、「灰色の世界」にしか見えない。ま、兎に角、北海道へ入った。

大雪の影響で、函館へは4分遅れて到着。函館では元々10分しか乗り継ぎ時間がなく、そこへつけて晩飯の駅弁も買いたい。が、6分では足りない。辛うじてKIOSKへ行って

Dscn0998これだけは何とか死守してきた。夕飯は、車販か何かで賄おうと思う。

結局は函館から札幌行きの特急も、前の列車が遅れているとて、4分遅れで発車した。

窓外は既に暮れて、雪の中をゆっくり走る。時々駅でもないところで止まる。「前の列車が遅れております」と車掌が繰り返す。道内はダイヤが乱れているようだ。

遅れは徐々に拡大し、今日の宿泊地・苫小牧へは22分遅れで着いた。私より一歩先に北海道入りしているN市のTさんによれば「上野からの寝台列車は1時間遅れで走っていました」とのメールも頂いている。まあ、この程度の遅れなら、良しとしなければならないだろう。

おまけ画像。苫小牧で降りる直前の列車のドア(内部)。

Dscn0999寒さが車内まで入り込んでいますな。

明日からは3日間ほど、団体行動になる。旅日記の更新も一寸お休みとなるが、よろしくご了解の程を m(_ _)m 

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2011年1月 7日 (金)

運転席短信

Dscn0782過日に乗務した車両の内部を、仕事明けに撮ってみた。

最近、一部の車両に、室内用の補助ミラーが付いているようだ。写真の左側のものが、それに当たる(右側ミラーの端に私の手が写りこんでしまったのは、ご愛嬌と云うことで……)。

ご覧頂いてお判りのように、車内左側、特に中扉付近の視界確保が目的のもののようだ。私たちの職場では、降口として使われることの多い中扉なので、扉でお客様を挟むようなことがあってはならない。それを避けるために試行的に取り付けられたようだ。

先日の冤罪の話でもそうだが、こうした物で少しでも、車内の事故が減ることに繋がってくれればと思う。

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2011年1月 1日 (土)

平成23年

Img611_3 と、これだけではあまりに失礼なので……

改めまして

謹賀新年

Img610

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

                               魚澄庵庵主敬白

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