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2010年11月

2010年11月28日 (日)

夕陽

Dscn5654少々前の画像だけど、バスのサイドミラーに写った夕陽。

「夕陽」と書くと、何か落日みたいであまり好感が持てない方もあるかも知れないが、私は夕方になって太陽が赤く染まる時間って、とても好きである。赤っぽい色ってのは、何かしら心に感動を与えてくれるような気がしている。

この写真を撮ったバスの待機所は、よく夕陽がミラーに反射して、こういう綺麗な情景を見せてくれる。実際に夕陽を見るのも好きだが、ミラーに写ると、より赤さが強調されるような気がして、ついつい手持ちのデジカメでパシャリとやってしまう。

朝焼けも、色としては同じようなものなんであるが、私は朝早い時間は大抵寝ぼけながら仕事をしているので、写真を撮る余裕が殆どない。それ故、夕陽の写真ばかり、ついつい大量生産している。

これを読んで下さっている皆さんは、どんな時間帯の色がお好きですか?

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2010年11月23日 (火)

オーディオを眺めながら

最近、まとまった時間が取れると、カセットテープをCD化する作業に没頭することが多い。

我が家には2台のカセットデッキがあったのだが、うちの1台が具合悪くなり、修理を依頼しても直る可能性が低いと知った。それゆえ、カセットテープに収録してある音楽などが聴けなくなる日も遠くないと、危機感を強めているのだ。

カセットからCDへの移行作業をしている時に、ぼんやりと自分のオーディオ類を眺めていて、ふと気がついたことがある。私が眺めていたもの達を、ちょっと羅列してみる。

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この3つの画像にある共通点は何か?

少しお判りづらいかと思うので、すんなりと解答を書くけれど、「日本語がなくて、英語ばかりだなあ」が私の感じたことだ。

日本人の英語依存・英語崇拝は著しいものがあり、この様なオーディオ類では日本語なんかが使ってあったら、逆に「ダサイ」と思われてしまうかも知れない。それほどまでに、日本語は駆逐されようとしている感がある。

然し、この様な機器類では専門的な用語も、スイッチやボタンに書かれることが多い。下に、CDレコーダーの例を掲載しよう。

Dscn07754

一番左の「OPEN/CLOSE」はお判り頂けるとして、その右側の「RHSL」とか、下のボタンの「FINALISE」とか、意味不明なものが多く存在することが見てとって頂けるだろう。ご参考までに「RHSL」は「リハーサル」の略語、「FINALISE(ファイナライズ)」とは、生のCDなどに録音した後、一般のCDプレーヤーなどでも聞けるようにCDを最終化するデジタル作業のことである。

こんなややこしい言葉類が、全部英語で書かれているのだから、自分のものとて覚えるのには時間がかかる。元来英語は苦手だから、余計、覚えが悪い。

日本語で書いても「ダサくない」書き方って、ないのかなぁと考えてしまった。

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2010年11月18日 (木)

久留米近辺撮影結果ご報告

鹿児島線の撮影結果を、玉砕モノも含めてご報告しようと思う。いや、本当に今回は玉砕が多いのだ。マトモなのを探すのが大変なくらい。

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初日に「夕陽を撮りに行く」と書いた場所で。実際に陽が画面に入る頃には雲が出てしまって玉砕しているので、夕陽が筑後川の川面に写っている写真で堪忍して頂こうと。何枚か写した物ではこれが一番マトモそうだ。列車は新幹線開業で廃止となる筈の「リレーつばめ」。肥前旭~久留米にて。

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もっとピンボケかブレがあると思っていた写真が、思いの外いい写りだったので、掲載することにする。2日目に早起きして行って撮った大牟田駅にて、この駅終着の1151レ。編成は殆どタンクコンテナで、ここから専用線で三井東圧化学の工場へ運ばれる。因みにその専用線は、以前は運炭専用の「三池鉄道」だった。

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雨は上がったけれども靄が出ている状態の時に撮ったもの。カーブした線路が面白いので、踏み切りの辺りにピントを合わせたが、そして実際に踏み切りの位置に電車がいる時にもシャッターを切っているが、この絵の方が雰囲気がいいかなと思って。渡瀬~吉野にて。

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「リレーつばめ」は間違いなく近々廃止になるからと思って、列車名ロゴの部分を流し撮りし、敢えなく敗退した例。連写の出来るカメラを持っていかなかったから、ワンチャンスしかないのだ。何年経っても流し撮りはうまくできない。南瀬高~渡瀬にて。

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これも「リレーつばめ」の写真。近い将来、この列車を置き換えるはずの九州新幹線の高架線と共に撮ってみた。新幹線にはこの写真の近くに新駅が出来るようで、在来線と共に新駅の工事中であった。ただ、駅は、とんでもなく鄙びた辺りにできるようである(新幹線が停車する必要があるのか、と思うような場所だった)。羽犬塚~船小屋にて。

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正直言うと、もうちょっと線路のカーブ加減が写りこむかと思ったのだが、殆ど直線みたいに写っていて、これも玉砕に近い。2日目に原田駅で、暗くなるのを待って撮った写真。車体の反射を期待して、黒っぽい車体の「リレーつばめ」で撮ったのだけは正解だったようだけれど。

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通称「白いかもめ」。ハイパーサルーンではなく885系で運転される「かもめ」は、こう称される。正面がちに狙ってみると、存外、間の抜けた顔に思えるのは私だけだろうか。尚、右後方に赤い電車(813系)が見えるが、あそこは「大宰府信号所」だそうだ。つまり、信号所で「かもめ」が813系の普通を追い抜いた直後の写真と云うことになる。駅間としては水城~都府楼南。

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上の写真を撮って、反対側を向いたら紅葉の葉とセイタカアワダチソウが綺麗だったので撮ってみた。本来なら「リレーつばめ」の後追いだけのつもりが、たまたまここですれ違いがあり、こんな写真になった。区間は上と同じ。

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「働くおっちゃんシリーズ」その1。保線の仕事であることは想像がつくが、具体的に何の作業かは判らない。列車と違って人の動きは「次の行動」が判らないので、大変撮りづらい。おっちゃんたちの人権に配慮して、区間は書かないでおく。

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「働くおっちゃん」その2。まあ、これは南福岡電車区と判ってしまうから、場所はぼかさない。車庫内の仕事も何をしているのか判らないことが多く、このおっちゃんも紙を手に持って、何をされているのかは不明。後方の813系電車の横から出てこられたので、構内で移動の作業でもされる方だろうか。バスと違って鉄道は特殊な職場に思えるので、人の動きにも興味が湧く。

列車本数の多い福岡の近郊区間を撮ってきたから、他にも色々な写真があるが、余り多数の写真をアップするとくどくなりそうだから、これぐらいで了としておく。
あ、あと、フィルムの埃はエアーダスターで極力取り除いたつもりだが、どうしても何枚か失敗しているようだ。そこは大きい目で見てやって下さい(礼)。

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2010年11月13日 (土)

鹿児島本線久留米近辺撮影旅行(3・4日目)

3日目(11月12日)

「9時20分発・普通」
「9時43分発・普通」
「9時08分発・特急」
「9時11分発・快速」
「9時18分発・特急」
「10時31分発・普通」
「9時47分発・特急」……。

持参の時刻表の、上りの久留米の発時刻を左から順に書いてみた。時刻が不揃いなのは、博多の発時刻で順番に合わせようとの意図らしいけれど、このややこしい羅列から「8時48分発・快速」を見つけるのには時間がかかった。

その快速で鳥栖まで行き、鳥栖始発の普通に乗り換えて田代へ至る。忘備メモに「花壇が綺麗」と書いてある。

予定通りに花を絡めた写真を撮った後、跨線橋を眺める。ここもかなり古い跨線橋だが、階段の入口がどうなっているかを見てみた。

Dscn0900蒸機時代の名残だろうか、以前vanagon714さんとやり取りした常磐線・岩間駅の跨線橋同様、ちょっとかさ上げが見られる。駅ごとに、その歴史が感じられる。

10時前の普通で都府楼南へ行く。ネットで「午前中限定」の撮影地が紹介されていた……が、駅近辺は新しい道路が出来るなどして様相が変わっており、玉砕する。

この後、天拝山、春日と降りて、撮影する。都府楼南でもそうだが、この辺りは完全に福岡の通勤圏内にある。新しい建物が目につく。

Dscn0903こんな感じの、建物を取り入れた写真を何枚か撮った。宅地化が進んでいるから、側面から編成写真を撮れるような場所は、殆どない。

降りた駅ではどこでものんびり行動していたので早々と15時過ぎになり、南福岡までやってくる。ご存知の通り、駅付近に大きな電車区がある。

Dscn0909_2

Dscn0906_2色々と目移りがして、どんな写真を撮ればいいか判らない。電車の出入りも多い。ここで大沈没する。

駅の外からも撮れる場所がないかと、構外へ出てみる。無闇に歩いて、ちょっとは撮れる場所もあったが、する内に

Dscn0914自衛隊基地の裏手に出てしまった。電車区の入口は見当がつかない。面倒なので、これで引き上げる。

陽が大きく西に傾いてきたが、帰途に二日市の駅へだけチョット、寄り道をした。

4日目(11月13日)

今日はきっちり予定が決めてある。乗り鉄に徹する。

9時11分の「準快速」で一旦博多へ向かう。「準快速」って区分はいつから出来たか覚えがないが、JRでは九州にだけ使われている。

博多からは折り返す形になるが、久留米から久大線に入る特急「ゆふいんの森」 に乗るつもりで、指定券も取ってある。

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今日乗ったのは「Ⅰ世」の方で、そっくりな形の「Ⅱ世」も存在する。

久留米までは今来たばかりの道だが、気動車で乗るとまた気分が違う。「ゆふいんの森」は車体下回りはキハ58系から作られているので、何となく好きな列車でもある。

久留米からは久大本線に入る。10分ほど走った善導寺辺りからは

Dscn0921

植木の苗木畑が散見する。独特の車窓で、この区間を乗る時はいつも楽しみにしている。

「ゆふいんの森」は名の通り、由布岳の麓の由布院などを通って大分まで行くが、私の周遊きっぷでは日田までしか乗れないので、ここで降りる。11時31分着。

ここから名古屋へ戻るには、日田彦山線を通って小倉へ出るのが最もスムーズだ。小倉からの新幹線は押さえてある。日田彦山線も何年か乗っていないから、久方ぶりに気動車に揺られることとする。

12時過ぎの田川後藤寺行に乗る。キハ47のエンジン換装車で、さっきまでの特急気動車とは乗り心地が違うが、ローカル線だから文句は言わない。30分弱乗っていると、前記事のコメントでvanagon714さんが教えて下さった「線路下の駅舎・大行司」を過ぎる。

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列車に乗りながらでよく判らなかったけれど、左手前が駅舎のようだ。日田彦山線も撮影に来たことはあるが、少し小倉寄りの彦山までしかゆっくり回ったことがなく、この辺りはノーチェックだった。何れ機会を設けて、この駅もゆっくり観察したいと思う。

田川後藤寺までは山間を行くので、紅葉が見頃だ。

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晴れていれば、もっと色合いも映えただろうが、昨日までの3日間でさんざん晴れてくれたのだから贅沢は言えない。

紅葉に見とれている内に少しずつ人家が増えてきて、13時12分、田川後藤寺へ着く。小倉へはここで更に乗り継ぐことになる。この辺りは炭鉱で嘗ては栄えた地帯で、田川後藤寺の駅構内も広い。

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今は折り返し列車の留置線になっているが、昔は運炭列車が列を成していたのだろう。北海道にしても九州にしても、炭鉱の華やかなりし頃を、少しでも見ておきたかったなと思う。

田川後藤寺からは、1時間少々で小倉に出る。

少しローカルな所に目が慣れていたから、小倉の繁忙ぶりが目には突き刺さるような気がする。

名古屋への新幹線を待つ間に、私は珍しく自分用の土産を買った。
「久留米とんこつラーメン一人前・180円」!

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2010年11月11日 (木)

鹿児島本線久留米近辺撮影旅行(1・2日目)

1日目(11月10日)

3泊4日の予定で、鹿児島線を撮影しようと思う。

新幹線で「ビュンッ」と小倉まで、小倉で13分接続の特急・有明に乗り換える。

Dscn0868写真を撮ろうとしたら、たまたま「ソニック」と並んだけれど、私が乗るのは左側の「リレーつばめ」でも使われる787系の方。右側の車両は、かの有名な「座席が○ッキーマウス」の車両ですな。

余談はさておき、「有明」で2時間弱の大牟田まで乗る。ホームにある懐かしい雰囲気の時計を眺めながら

Dscn0870右に写っているガングロの817系普通に更に乗り換える。この電車で2駅の南荒尾まで行く。今回は「福岡ゾーン」の周遊きっぷで来ていて、大牟田から先はこのゾーン券では乗れないから、さっきの「有明」で車掌から乗り越し券を買っておいた。

南荒尾では地図で見ただけの撮影地へ行ってみたが、「ハズレ」の鐘が一つ鳴り、すごすごと引き返す。

15時前の普通電車・鳥栖行きに乗って戻りにかかる。先程と同じ817系。この電車の運転室って、

Dscn0872817何か檻籠にでも囲まれているみたいで、いつ見ても好きになれない。

その「檻籠の運転室」で宿泊地の久留米へ赴く。駅前は新幹線延伸の関係で

Dscn0873整備工事中だった。開業に向けて、最後の追い込み工事になるのだろう。

ホテルのチェックインにはまだ早いから、駅から徒歩20分程度の筑後川堤防まで行ってみる。ここはネットで撮影地が紹介されていた。

Dscn0874こんな夕陽狙いの場所。どんな写りになったかは、判らない。後日の「撮影結果報告」をお待ち下され。

11月とて日の入りも早く、17時少し過ぎには太陽が見えなくなった。早いけれども、今日はこのまま駅前の宿泊ホテルへ行く。駅までの道中はブリジストンの大きな工場に沿うように歩くので、仕事帰りらしいブリジストンの制服の人ばかりとすれ違った。

2日目(11月11日)

旅先にしては珍しく、6時20分に起きる。7時少し前の特急「リレーつばめ」で、大牟田まで行く。大牟田には8時01分着の貨物列車があり、これを狙うためである。

天候は予定外の小雨で、おまけに貨物列車はどの番線に入るか判らない。早めに来たつもりだったが、狙いも定まらず、多分撮影は失敗していると思う。

気を取り直して上り方面へ戻る。2駅の吉野で降りる。幸い、雨は止んだ。

Dscn0876駅前のカーブと畑地を狙う。撮り終えたら次は、南瀬高へ赴く。

駅前の橋を渡って、撮影予定地へ急ぐ。

Dscn0877昨日から思っているのだが、この辺りの道路橋は、コンクリート製の趣のあるものが多い。この橋は、「昭和二十七年七月竣工」とあった。

鉄道の写真は、ここも畑地狙い。大豆だか何だかよく判らない畑を前景に撮り、帰路に一寸寄り道して別のアングルも撮ってみる。

昼を回ったところで、再び上り方面へ戻る。今度は一駅だけの瀬高で降りる。

瀬高は国鉄時代、佐賀とを結んだ佐賀線との分岐駅だった。1番ホームの隅に、佐賀線ホームの痕跡がある。

Dscn0884現在は自転車置き場に変貌しているようだ。振り返ってみると、

Dscn0886跨線橋が古めかしい。ピンクに塗られたレールを見てみると「1927」の刻印があった。

駅から少し歩いて、旧佐賀線との分岐地点へ向かう。カメラを構えた自分の左手に

Dscn0889使い古された枕木が積んである。恐らく、佐賀線で使われていたものに違いない。

再び上り方向へ進み、次の船小屋で降りる。

Dscn0892この辺りは、開業間近の新幹線高架と沿っている。それと絡めたものを何点か撮ってみる。日が西に傾き始めた。

またまた上り方面へ向かい、宿泊地の久留米を通り越して鳥栖まで行く。鳥栖は長崎本線を分岐するので、構内の配線が面白い。それ絡みの写真を写した後、更に上りへ向かう。

上り電車に乗ってから気付いたので、咄嗟に撮った一枚。

Dscn0896駅標がかなり古めかしい。それを貼り付けてある柱も木造で、上の方には綺麗に削った飾りまである。手の込んだことで、それが守り続けられているのは嬉しい。

電車は原田(はるだ)で降りる。まだ17時少し過ぎで、コソコソとホテルに戻るのは勿体ないから、ホームでの夜景を撮ってみる。

Dscn0898デジカメではかようにちゃんと写っているが、フィルムではどう写っているか、帰ってからが楽しみである。

チョコチョコと忙しない一日が終わった。 

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2010年11月 6日 (土)

秘境駅「小和田」とその周辺

Dscn0808秘境駅として名高い(との言い方も変だが)飯田線・小和田(こわだ)駅の記録を書こうと思う。旅日記にも「後日別掲としたい」と書いたまま、放ってあるし。

ホームの全景を上に掲出したけれど、驚くべきことに、この小和田駅は以前は交換可能の駅だったようだ。線路を剥ぎ取った側のホームにも、JRの駅名標が電柱に貼り付けられている。交換できた時代が見てみたかった。

現在使われているホームを見ると、こんなものが建っている。

Dscn0806

愛知県・静岡県・長野県、三県の境界であることが記されている。実際の地図では、県境は駅下を流れる天竜川の中にあるようで、本当の県境ではないらしい。ただ、位置的にはほぼ「三県県境」と言っていい位置にあるようだ。

ホームにはこんなものも建っている。

Dscn0809

この辺りに恋愛に関する神社などはないようだが、現在の雅子妃殿下の旧姓が「小和田」と書くので、それにあやかったものらしい。但し、雅子妃殿下の旧姓は「おわだ」と読む。

駅舎へ入ろうとすると、

Dscn0816hm

このようなヘッドマークもお出迎えしてくれる。その昔、こんな臨時列車が運転されたこともあったようだ。私の記憶にはない。

鉄道雑誌などに載せられている、比較的有名な駅舎。

Dscn0812

私は小和田に降り立つのは初めてだが、この駅舎は見覚えがある。多分、雑誌などで目にしたのだろう。その駅舎の中。

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木造でしっくりしている。何ともいい雰囲気の駅舎だ。余分なポスター類は排除した方が、尚いいように思われる。

見てみると、切符売り場の跡がある。こんな秘境と言われるような駅にも、駅員がいた時代があったらしい。切符売り場の一部をズームアップ。

Dscn0817

「ご利用ありがとうございます」の文字の下には「いい日旅立ち」の文字が……。国鉄が「いい日旅立ち」のキャッチコピーで宣伝をしていたのは、昭和53~4年のことだと思う。今から30年以上前なら、駅員の需要があったと云うことのようだ。

駅前には看板が立っている。

Dscn0813

「散策道入口」とあるから、少し散策してみよう。

それはそうと、現在、小和田なる集落は完全に消滅しており、実質、駅名のために残っている地名のようだ。最も近い集落は「塩沢」らしいが、駅からは徒歩25分とある。写真の看板に書かれている「門谷」の集落は、地図の上で見る限り、徒歩1時間くらいかかりそうだ。

余談はさておき、散策に移る。

先ず目に付いたのが

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こんな真新しい四阿。散策者のために最近設けられたもののようだが、ちょっと興醒めしてしまう。

更に少し行くと、

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これは、昔懐かしいホーロー看板だ。以前は、この絵の看板を時々見かけたものだが、近年、トンと見かけていないなあと気付く。

駅からはずっと下り坂になっていて、ふと後を振り返ったら

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駅からは随分下っているようだ。写真に写っているのは駅舎ではなく、通信関係の施設。ともあれ、こんな急な坂道を登って、嘗ては人が駅を使っていたらしい。

2~3分歩いた所で、初めての人家跡を発見する。

Dscn0821

使われなくなって何年経つのだろうか。「いい日旅たち」の頃? もっと前だろうか? 前所有者に尋ねてみたい気持ちに駆られる。

暫く歩く内に、川面が見えるようになってきた。

Dscn0823

悠々とした流れは、天竜川。流れ、と云うよりも、この辺りは佐久間ダム湖の上流に当たり、あまり「水が流れている」感じはしない。ダム湖の上流部と言ってもいいような感じだ。

こんな人気(ひとけ)のない所に、駅が存在するのは不思議な気持ちになってくる。静かでいい所だ。……と思っていると、急に対岸からバイクの音が聞こえてきた。対岸の上流部を見ると

Dscn0822

電柱が見える。距離としては、それ程離れていない所に道路が通じているようだ。対岸は、愛知県になる。

現在、小和田駅を利用する方は、この対岸の愛知県側の方だと聞いている。私が歩いた範囲では、船着場のような場所は見当たらなかった。勿論、対岸からの橋などはありはしない。詳しい事情はよく判らない。

静かな駅は、静かなまま、そっとしておいた方がよいのだろう。駅がいつまでも存続することを祈って、簡単なご紹介を終わることとする。

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