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2010年10月23日 (土)

秋季飯田線撮影旅行(1・2日目)

1日目(10月22日)

予告通り、出掛けてきておりまして。

今回、出掛けるにあたって、用意した切符。

Img585

実は、中学1年生の時(34年前!)に、全く同じ経由の切符で旅行したことがある。但し、この時は「乗るだけ」の日帰り旅行。

当時、名古屋駅へ行ってこの経由の切符を所望したら、何と硬券でこの切符が存在していた。あの切符を貰わなかったのは一生の不覚と、つくづく後悔している。今ではマルスで、チョインとこんな切符が渡されるだけだ。

この切符を携えて、9時半頃の快速で飯田線の起点・豊橋へ向かう。

お目当ての10時43分発、飯田線・上諏訪行きに乗り換える。列車の先頭部は

Dscn0783_2業務用の荷物室になっている。全線を通して運転される列車だからだろう。私はこの列車で出馬(いずんま)まで行く。2時間近くかかる。

列車は来年春で置き換えが噂される119系で、窓の桟には削り書きがある。

Dscn0784119よく見ると「60.11.13」と日付が書いてある。昭和の日付に違いない。この列車は昭和58年製だから、誕生2年後に書かれた落書きになる。間もなく、落書きと共に鉄屑となるのも、寂しい話である。

発車して1時間ほどの本長篠で、交換のために13分停車する。のんびりしていていい。

Dscn0788緑の窓外を見ると、日頃の嫌気が失せてくる。

更に走って、この7月に赴いた三河槙原でも交換。相手の列車は

Dscn0790119国鉄カラーに戻された編成との混結だった。

撮影予定の出馬に着き、駅から20分ほど歩いてみるが、予定していた場所は樹木が茂って線路が見えず、使い物にならない。仕方なく引き返し、駅に近い辺りから俯瞰気味に集落と共に撮る。列車を待つうちに薄曇の空が、見る見る本曇りになってきた。

駅へ戻ったのが15時前。だが空が暗くて、既にホームの灯りが灯っている。

Dscn0795次の下り列車を待っていたら、少し雨粒がぱらついて来た。嫌な気分になる。

15時半の列車で更に奥の中部天竜へ向かう。ここも駅近くに撮影地がある。

中部天竜で駅舎を出たら、すぐ右に佐久間レールパークの跡地があった。

Dscn0796p勿論既に、展示車両は撤去され、早くも雑草が伸び始めていた。

幸い雨は降っていない。撮影地まで行って目的を達し、今日はもう暗いから、宿泊予定の飯田まで更に山間を分け入って行く。

19時頃に着いたが、山間の町は早くも多くの店が閉まりかけていて、寂しい表通りだった。

2日目(10月23日)

旅先の朝にしては珍しく、6時半頃起きる。7時08分の上り・豊橋行に乗らないと、今日の予定がガタガタになる。

その7時08分の列車で向かった先は、城西駅。駅から歩いて程ない場所に、比較的有名な「川を渡らない鉄橋」がある。

Dscn0801こんな感じの場所。元々はトンネルで短絡していたらしいが、度重なるトンネル崩落により、川の上を迂回させる形にしたため、こんな格好になったという。

列車の来る30分くらい前に、同業者が一人来られ、話しながら撮影する。

次の目的地は、これも知られているが、秘境駅の小和田である。

最近、秘境駅がブームになってしまい、秘境とは云えない状況が見受けられる。幸い、私の乗った列車からは年配の夫婦が一組降りただけで、その夫婦も直ぐにどこかへ散策に消えた。

この駅は中々興味のある所だったので、後日別掲としたい。ただ、駅の雰囲気だけお伝えしておくと

Dscn0808こんな様なところである。山間のひっそりした駅だ。

ここに2時間ほど滞留し、次の下り・飯田方面行で、鶯巣(うぐす)に至る。ここは、ネットで駅近くの撮影地を知った。駅から徒歩10分程度だろうか、直ぐに目的の場所へ辿り着く。

Dscn0826_2フェンスに覆われているが、人一人分だけ撮影ポジションがあるのだ。次の列車までは2時間近くあったので、朝の寝不足を解消すべく、「死体ごっこ」をする(道路端に寝転ぶこと)。どちらみち、車も殆ど通らない僻地なので、さかなが陸に寝転がっていても何ら問題はない。

やっと来た15時45分の列車を撮影し、駅へ戻り、早いけれども今日はこれで撤収することにする。16時34分の下りで戻っても、宿泊地の飯田には、暗くなった18時前にしか着けれない。

飯田へ戻って、パンなどを買いに駅前のスーパーへ入ったら、変なものがあったので思わず買い込む。

Dscn0831119系を模した箱入りの饅頭。普段旅先では滅多に土産物は買わないが、国鉄カラーの119系に惹かれてしまった(ご参考:飯田駅の近くに「鼎(かなえ)」という名の駅がある)。

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コメント

川を渡らない鉄橋‥興味を惹かれます。
鉄橋・トンネルなどで通りぬけるのではなく
「迂回」しているのが素敵です(笑)
佐久間レールパークの跡地は、なぁ~んにも無くなってしまったのですね‥。
帰宅予定は?現像後のレポート楽しみにさせていただきます。

投稿: http://suzuran6 | 2010年10月24日 (日) 08時47分

携帯からもコメント書けるんですね―

昭和58年製の電車が置き換えですか。JR中央線201も先週完全に置き換わりましたが、
一方でN市地下鉄の鶴舞線にも昭和52年製が現役ですし
営団(私は決してメトロとは呼びません)ではなんと昭和49年製の車両が
副都心線や有楽町線で現役です!
しかもLED改造やドアチャイムなどいろいろと後付けされています。
この古い電車に私は平日はほぼ必ず乗ってます。

「鼎」は「かなえ」とは読めないですね。「鼎談」は「ていだん」ですが
どんな意味があるのやら…

投稿: 東上線-副都心線一利用者 | 2010年10月24日 (日) 15時59分

>suzuran6さんへ
川を渡らない鉄橋は、高校生の時に雑誌で知りました。長いこと訪れたい場所でしたが、30年の時間を経てやっと行くことが出来ました。列車が通り過ぎるさまを見ていると、何とも不思議ですよ。
佐久間レールパークは、看板だけ残っておりました。展示されていた列車は、殆どがN市に新設される鉄道博物館で再登場します。
今回は3泊4日です。まだ道中ですので、どんな写真が撮れていることやら、謎のベールに包まれております。

投稿: suzuran6さんへ | 2010年10月24日 (日) 20時35分

>東上線-副都心線一利用者さんへ
このブログは、携帯からも記事が書けますし、コメントも出来ます。最近のブログは、よく考えて設定されていますよ。

さてさて、昭和58年製の車両を廃車にするのは、一寸早い気がします。仰せのように、昭和40年代に作られた車両も、まだまだあちこちで活躍していますよね。JR海は儲かっているので、かような贅沢をするのでしょうか。個人的には解せないですね。使いようによっては、40年以上使うのも当たり前ですから。
鼎ですが、私は駅名からこの文字に入ったので、違和感なく「かなえ」と読めます。逆に「鼎談」なる言葉を知りませんでした。

投稿: 東上線-副都心線一利用者さんへ | 2010年10月24日 (日) 20時48分

おはようございます。
私もあの「迂回鉄橋」に興味津々です。
電車が渡っていく姿を見てみたいです。
単線電化のローカル線って風情を感じますね~
飯田線、いつか行ってみたいです。

投稿: vanagon714 | 2010年10月25日 (月) 07時40分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
やはり迂回鉄橋は皆さん方、興味が湧かれるようですね。私も間近で見るまでは気が済みませんでしたが、ゆっくり眺める機会を持てて、やっと溜飲が下りた気がします。
電化されながらも単線で残る路線は、何かしら長閑さを感じますね。途中駅で「列車行き違いのため……」とか言われて長時間停車するのも、味なものです。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年10月25日 (月) 21時35分

119がなくなる前に1回行かなければならないと思いつつ、なかなか行けない現状です。
単線電化で景色がいいので、ゆっくり★しながら撮影したいところです。

投稿: N市のT | 2010年10月25日 (月) 22時18分

>N市のTさんへ
地理的に、N市から行き辛い所ですが、119がなくなってから悔やんでも遅いですから、是非一度お出掛けをお奨めします。
平地から山間部まで、色々な景色が楽しめて面白い線です。今、流行の「秘境駅」もありますし……。グッドラックです。

投稿: N市のTさんへ | 2010年10月27日 (水) 21時43分

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