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2010年9月

2010年9月30日 (木)

土讃線・高知近辺撮影結果ご報告

先日の土讃線のフィルムが上がってきた。

前月の『水戸黄門様』では「暑さから逃げたい」の一心で、何か、撮るための工夫を忘れてしまっていた気がする。「撮ること」に対して、かなり消極的だったと思う。

その反省を踏まえての今回であるけれど、皆さんの目にはどう写るかなと……。

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私の隠し子ではない。時間待ちの間に、私の目の前でおもちゃの列車で遊んでる子が、余りに楽しそうだったので、ご母堂にお許しを頂いて撮らせて貰った一枚。私は本来、子供が苦手で、そう好き好んで撮影対象にしない。この子を撮ろうとしたのは、多分「鉄」の血が私に感じられたからだろう。私みたいな将来を迎えなければいいが。ご母堂とのお約束で、撮影場所は内緒。

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このカットは定番だから、雑誌などで見られた方も多いのではと邪推する。有名な「大歩危・小歩危峡」の鉄橋。区間もズバリ、小歩危~大歩危になる。雨に降られてはいたけれど、撮ることに集中しようとしてたから、余り気にならなかった。それと負け惜しみではないが、ここは晴天より雨に煙っていた方が、何となく「らしい」と思っている。

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豊永駅から25分くらい歩いた撮影地にて。攻略本の作例ではオーソドックスに3両編成を横撮りしてあったが、「次に来るのは単行の普通列車だなぁ」と思いついて、わざと違う構図を選んでみた。ススキも入っているし、それなりに秋の絵になっているような気がしている。豊永~大田口にて。

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トラス橋梁上の駅・土佐北川駅を外から見ると、こんな感じになる。ちょうどホーム部分には覆いがかかってしまっていて、言われなければここが駅だとは判らないだろうと思う。敢えて言えば、「単線の土讃線にしては、幅の広い鉄橋だな」と感じる方が、あるかも知れない。

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土佐北川のホームから眺めた、上り側の部分はトンネルになっている。隧道と橋梁が隣り合わせであることを判らせたいために、こんな撮り方をしたが、思い切ってもっとトンネルだけをズームアップした方が良かったかも知れない。列車のいる位置は大杉~土佐北川と云うことになる。

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「駅好き」な方に、ご納得頂けるかは判らないけれど、土佐北川駅を忠実にシンメトリーにして撮ってみた。幾何学的な鉄橋の中にいるから、思わず知らず、こういう撮り方をしてみたくなる。旅行記の方でも書いた通り、ホームの幅は狭くて、特急の通過時はおっかない。

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繁藤駅の辺りで、「お決まりでない場所」でも撮った、と書いた、お決まりでない方の場所。線路近くのヒガンバナが余りに綺麗だったので、何とかして構図にしてやろうと、苦心惨憺した挙句の一枚。結局は「花ピン・列車ボケ」で誤魔化した (^ ^;;;  角茂谷~繁藤にて。

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ヒガンバナネタを、もう一枚。岡花駅の付近で撮ったもの。これも、ネットでの作例とは全く違う仕上がりになった。上の写真と同じ「花ピン・列車ボケ」だが、広角レンズで青空を多く取り入れてみた。ただ、青空部分には高圧電線が写り込んでしまっていて、あまり未倒毛のいい写真ではない。岡花~土佐加茂にて。

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花ついでに、もう一枚。今度はキバナコスモスの花。斗賀野駅で降りたら、駅前があまりにもこの花で綺麗だったので、列車から降りたお客さんを対象にシャッターを切った。これも、一応「駅」の写真だけど(こじつけっぽい・汗)。

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ほぼ「最後の一枚」に近い写真。布師田で降りて訪れた、高知運転所。旅行記でも書いたように、運転所を見て回るうちに陽が西に傾いてきたので、「落日」と「落陽列車(もう動かない12系客車)」を組み合わせてみた。「ただ綺麗なだけ」と言われそうだが、汚いよりは綺麗な方がいいと思って。

自分なりに一生懸命撮って来たから、こんなつまらない写真でも、一応自分では納得している。鄙びたロケーションが多かったから、それに助けられたのもあるかも知れない。

……と云う、3泊4日の結果ご報告でした m(_ _)m

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2010年9月26日 (日)

土讃線・高知近辺撮影旅行(3/4日目)

3日目(9月25日)

今日は高知から西の方(下り方面)へ赴く。高知、と言うよりも土佐山田以西は普通列車の本数が多いので、それ程、早起きをしなくて済む。

8時26分の須崎行で岡花まで出向く。ネットで撮影地が紹介されていた。

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何のことはない里山地帯だけれど、こんな風景も大切にしたいものだ。それにしても、思いの外、稲刈りは早いようである。

「おかばな」は、駅名は「岡花」、地名は「岡端」となっている。駅名にする時に、佳字を好んだためだという。

11時過ぎの列車で、更に西の斗賀野へ至る。ここもネットで駅付近の撮影地が紹介されていた。

その撮影地であるが、私の三脚を構えた所は

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こんなんで、明らかに線路敷跡である。反対側にも

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錆びてはいるが、勾配標などが残っている。考えられることとして

1.何処かへの貨物引込み線が嘗てはあった
2.線路の付け替え(高規格化など)に伴い、僅かに線路が移動した

などが挙げられるが、線路はスラブ軌道になどなっていない。どう云う事情かは、駅前旅行者には判らぬ。

2時間少々この辺りで撮り、14時過ぎの列車で、戻りにかかる。伊野で途中下車して、また少し撮り、その後、今度は高知を通り越して布師田まで行く。駅の近くには、高知駅の高架化に伴い移動した高知運転所がある。

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駅からも運転所は見えるけれど、この写真はホームの白線をオーバーして撮ったもので、駅からの撮影はあまりオススメできない。

この写真の更に左側に気になる車両が見えるので、ブラブラと歩いて行ってみることにする。

やはり思った通りで、

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嘗ては「ムーンライト高知」などで活躍した12系のグリーン車化改造車だ。但し、塗装などは

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かように見事に錆び落ちており、単なる静態保存らしい。全検標記は「19-11」となっていた。保存されている線も本線とは繋がっているが、多分復帰することはないだろう。

運転所をブラブラ見学している内に、日がどんどん西に傾いてきたから、今日はこれで高知へ帰ることとする。

一日中sunで、暑い一日であった。

4日目(9月26日)

今日は最終日で、撮り鉄の予定はない。乗り鉄して楽しもうと思う。

で、朝はゆっくり、9時前に高知駅へ出没した。土佐くろしお鉄道の「ごめん・なはり線」の列車が、高知まで乗り入れている。乗ったことのない私鉄だから、様子を見に一往復しようと思う。

「私鉄」とは云っても土佐くろしお鉄道は、第3セクターで、JR四国と余り境目のない鉄道だから、乗ってみたいとの気が湧く。元々、この線は、「国鉄阿佐線」として鉄建公団が工事していた線である。

さて、ホームへ入ってきた列車を見ると、車体に形式番号が書いてある。

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なるほどね。「クロシオ」ですか。

車内へ入ると、独特の造りになっている。前半分が転換型のクロスシート、後半分がロングシートなのだ。早くから並んだので、クロスシートの海側席を死守する。

そのクロスシートも

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かなり、背ずりの高さが高い。前に座っている人の頭は完全に見えない。何かと独創的である。

発車して15分くらいの後免までは、JRの土讃線を行く。ここからが、土佐くろしお鉄道になる。乗務員も交代する。

車内放送を聞いていると「次は、後免町(ごめんまち)、『ごめんまちこちゃん』の駅です」などと言う。どの駅も、駅名を姓として、下に名をつけている。曰く「あかおか えきん(?)さん」だの、「和食(わじき) カッパ君」だの……。各駅とも駅名標の下に、姓名に合うイラストまで描いてある(咄嗟に撮ったものなので、写りが悪くて済みません)。

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はっきり言って、どれもあんまり可愛いキャラじゃないなぁと思っていたら、何と、かの「ア○パ○マン」の作者の手によるものだった。失礼!

外は晴れていて、じきに「くろしお」の名に相応しい海が見えてきた。海岸を行くのは、いつもながらにいい気分だ。海を見たり、陸を見たり、1時間あまりで終点の奈半利へ着いた。

ここまで来たら、室戸岬も行ってみたいが、時間がないので今の列車で直ぐに戻る。今度は、安芸での乗り換えはあるが、兎も角、12時過ぎには高知に戻ってきた。

名古屋への帰りの列車は14時過ぎの「南風」号で、昼食を済ませても、まだ少し時間がある。

駅前には、初日から気になっていた路面電車の姿が見える。駅前から南北の路線は、本数が多くて路線は短いようなので、これも往復してみることにした。正式には「土佐電鉄/駅前線・桟橋線」というのだそうだ。

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ガッタンコ、ガッタンコと、たまには、こんな乗り物もいいですなぁ。40分余で往復できた。運賃は1乗車190円。380円で路面電車往復を楽しめれば、安いものだと思う。

さて暫く待って、14時13分、特急の「南風18号」で岡山へ戻る。岡山から名古屋までは新幹線で2時間かからない。

往きには岡山で乗り継ぎ出来ないアクシデントもあったが、帰りはちゃんと乗り継ぎ出来て、19時前には名古屋へ戻ってきた。高知から名古屋まで5時間要しないとは、瀬戸大橋といい、新幹線といい、改めて偉大だと思う。

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2010年9月24日 (金)

土讃線・高知近辺撮影旅行(1/2日目)

1日目(9月23日)

昨年、睡眠薬などを忘れて散々だった四国の土讃線を撮り直しに行こうと思う。

岡山まで新幹線、そこでスルッと瀬戸大橋線~土讃線の特急「南風5号」に、乗り換え……乗り換え……駅のテロップで「瀬戸大橋線は児島駅での人身事故のため、現在、運転を見合わせています」。…… 乗り換えれない……。

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写真の時点では、南風5号の発車案内が出ているが、9分乗り継ぎのはずの列車は影も形も見えぬ。する内に、ホームのアナウンスで「本日、特急『南風5号』は、事故のため運転を取りやめさせて頂きます。ご利用のお客様は、1時間後の特急『南風7号』をご利用下さい」。と言った。あのなー。

度々旅行に出ているから、こう云う経験がない訳ではない。然し、指定券まで取った列車が運休となるのは久々のことだ。仕方ないので、行列している「みどりの窓口」へ行き、指定券を変更してもらう。空いていたのは、たまたま最後の一席で、然も窓側ではなく通路側席であった。

一時間余分に待って、「南風7号」で阿波池田へ向かう。阿波池田からは普通列車に乗り継いで、小歩危(こぼけ)まで行くが、本来なら24分接続の普通列車は当然もう出てしまっている。次の普通列車までは1時間以上、阿波池田で待機しなければならない。何とも不都合だが、止むを得ない。

瀬戸大橋を渡って四国に入り、阿波池田には4分ほどの遅れで着。自分の乗ってきた特急を見送って

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向こうのホームを見たら、臨時のトロッコ列車が見えた。

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車両はアンパンマンのトロッコ列車だが、中に乗っている着ぐるみはアンパンマンの類ではない。この辺りの伝説の妖怪を模したものらしく、子供さんの団体が乗っていた。自分の乗る列車は運休になったけれど、思いがけぬ眼福。

★を飲んだりして時間を潰し、13時48分の普通列車で、やっと小歩危へ至る。昨年撮り損ねた場所(その1)で、小歩危と大歩危の境界付近を行く橋梁まで、25分くらい歩く。雨が降っているが、今日は覚悟が出来ているので、あまり雨は気にならない。

やって来たのは、こんな所。

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雨雲がかかってしまい暗かったから、どんな風に写っているかは結果を待つしかない。もっとも、撮っているうちに、雨は止んだ。

ここで2時間以上粘って、今日の予定はここだけだから、小歩危の駅へ戻る。

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それにしても、小歩危は貧相な駅舎ですなぁ。

列車運休の煽りで、小歩危から高知への乗車列車も、「鈍行列車オンリー」から「大歩危での特急乗り継ぎ」に変わる。

その特急のお蔭で、高知へは当初予定より5分遅れただけで着く。今日から3日間、高知をベースキャンプにする。高架化された高知駅へ降りるのは初めてで、何か勝手が悪かった。

2日目(9月24日)

旅先の朝には珍しく、6時半に起きる。高知を7時03分の上り普通列車に乗らないと、次は10時43分まで目的地へ向かう列車がないから、仕方がない。

普通列車を土佐山田で乗り継いで、向かったのは豊永駅。ここから歩いて25分ほどの場所に、いい撮影地がある、とガイド本に書いてある。

目的地に辿り着いたはいいが、

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撮影場所は茂みの中にある。止む無く草を掻き分けて、撮影に臨む。

ここで2時間近く粘った。特急「南風」がアンパンマン列車のなども通り過ぎ、「ノーパンマン列車」 などと下らんことを考える。

同じ道を引き返して、豊永駅へ戻る。途中では

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こんなのもいたりして、平和である。

昼過ぎの列車で戻りにかかり、昨年撮り損じた場所(その2)へ行く。目的地は土佐北川駅そのもので、トラス橋上に駅があることで有名なところである。因みに

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こんな感じのホームである(ホーム幅はかなり狭い)。
橋の上の駅は1986年に線路を付け替えた際に生まれたのだそうで、線路の基礎の部分にも

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かように、比較的新しい年月が記されている。

ここでも2時間弱を過ごし、15時前の列車で更に戻って、繁藤(しげとう)で降りる。ここも、徒歩20分ほどの場所に、撮影地が紹介されている。

お決まりの場所と、お決まりでない場所と、2ヶ所で撮影する。足元にはあちこちでヒガンバナが咲いていて、綺麗だった。

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2010年9月18日 (土)

胸が痛む……

最近、人の心は荒んで、特に若い世代を中心に暴力的な行動に出る人も多いようだ。

ストレスの多い社会だから、人がそのように育ってしまったのだろうか。自分もストレスに晒されてはいるが、他のものを傷つけるような行動はしたくない。

で、これは先日、バスの某終点の公衆洗面所で見つけたもの。

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今時、落書きなんぞ珍しくもない。都会でも地方でも、公共のものにはこうした落書きが当たり前になってしまった。何とも胸の痛む、悲しい現実である。

自ら進んで落書きをするってことは、落書きに快感を覚えるからだろう。確かに私だって「給料上げろ」とでも書いてみたい気持ちはある。だが、書けない。一応、自制心が働くからだ。

親が自制心を教えなかった結末なのだろうか。
だとすれば、親の方も何とも情けない親である。……親って、私たちの世代になる筈だが。

それにしても、この落書きは随分大きな態度に出ているものだ。

「打倒愛知県警」??

警察を打倒するのなら、テロかクーデター的なことをしなければ無理ですぜ、お坊ちゃま。

警察もこんなことを書かれていないで、こう云うことを書く連中をどんどん捕まえて逆に「打倒」してやって頂きたいものである。落書きの無い平和な世の中を取り戻して欲しい。

***

一部の方にはお伝えしてありますが、実は自宅据え置きのパソコンのディスプレイが壊れてしまいました。幸い保証期間内なので「故障貧乏」にはならずに直して頂けるようですが、直るまでの間、ミニパソでの更新も辛いので、ちょっと更新が滞ると思います。
尚、旅先からの「旅日記」は“旬”をお伝えしたいので、従来通り、書いていくつもりです。
決して病気等ではありませんので、ご心配の程には及びません。ご了解下さい。

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2010年9月13日 (月)

バスの“汗”

9月も中旬に入ったが、名古屋は中々思うように涼しくなってくれない。

バスのクーラーも、まだまだ渇を入れて活躍中。

そう云う時にできるもの。

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何のことはない、クーラーから出された車内の湿気だが、バスがよく停車する場所だと、水溜りみたいになってくる。メーカーに拠らず湿気の排出口は同じ位置にあるので、こうして溜まる訳だ。
この写真は某終点の操車場。休憩室に近い駐車バースほど皆がバスをよく停めるので、水溜りもどんどん規模が大きくなる。バスたちの「汗」みたいなもんだ。

時折、ここらに居ついたハトが、この水を飲んでいることがある。奴らも余程、水気が欲しいと見える。

古いバスに乗務すると「冷房の利きが悪い」とかって、文句を垂れたりしているけど、バスはバスなりに頑張って冷房してくれている。

あの水溜りは、そんな「頑張り」の結晶のようなものだろう。

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2010年9月11日 (土)

『走れコウタロー』のレコードから

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私が持っている数少ないレコードの一つに、『走れコウタロー』がある。曲自体は1970年(私が小学1年生の時)に発表されているが、このレコードは翌年の自分の誕生日に、伯母に買ってもらった。

定価は「400円」とある。当時の名古屋のバスの料金は、30円。現在の料金が200円だから、それから換算すると、かなり高額な誕生日プレゼントだったことになる。

多分(あくまで多分)、この曲は全国的にヒットしたから、ご存知の方も多いと思う。とりわけ、「各馬ゲートインから一斉にスタート……」に始まる早口アナウンスは、流行語にもなった。私はとても全てを覚えられる年齢ではなかったが、早口で一気に言える小学4年生の先輩が羨ましかった。この曲の圧巻部分と言ってもいいだろう。

この年齢になって歌詞等を見返してみると、結構興味深い点が色々ある。
登場する馬の名前の多くが、麻雀の上がり手であることも面白い。歌っている「ソルティ・シュガー」のメンバー名も、和訳してみると「塩っぽい砂糖」で、ヘンテコリンである。そもそも、曲名の「コウタロー」ってのは、ソルティ・シュガーのリーダー、山本コウタローさんから取ったものだろう。

時代が経っても、この曲の魅力は色褪せないなと思う。

ところで、この曲のB面をご存知だろうか。実は

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こんな曲が入っていたりする。この曲をご存知の方は、かなりフォークソングに詳しいと言っていいだろう。大抵の方は、聴いたこともない、真のB面曲である。

ラジオでも、『橋』は流れているところを聞いたことがない。私も長いこと聞く機会がなかったが、先日、友人に頼んで、B面をテープに落としてもらった。
『走れコウタロー』は今の世にCDとなって残っているが、『橋』は幻の曲みたいだ。
こっちの方こそ、真に懐かしい曲のような気がした。

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2010年9月 6日 (月)

統一して欲しいコト

最近は、バスのメーカーも色々な意味で統一化の方向に進んでいるようである。
現状では、国内のバスエンジンは、2つのメーカーでしか作られていないことなども、その代表格なのではと思う。
その他にも、ハザードランプの出し方など、国内の4メーカーで仕様が統一されつつあるものも、あれこれとある。

そんな昨今でも、まだまだ統一化が進まないものはある。

私が特に気になるのは、「排気ブレーキのかけ方」が、ふそうだけ異なることだ。

排気ブレーキは、今時のバスはハンドル下部の左側、つまりウインカーの反対側にあるレバーで、かけるようになっている。Jバス(日野・いすゞ)やUDの例をご覧頂こう。

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レバーを自分に対して手前側に倒すことで、排気ブレーキをかけるようになっている。

ところが、ふそうだけは

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180度逆で、自分に対して向こう側へ押し出して、排気ブレーキをかける構造になっているのだ。

咄嗟の時には、どちらへレバーを倒せばいいか判らなくなるから、これはメーカー間で話し合って、統一して欲しいものだと思う。

個人的に、ふそうのバスは大変運転しやすくて好きなのであるが、排気ブレーキだけは、どうも扱い辛いのである。

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2010年9月 1日 (水)

名鉄谷汲線跡探訪記

残暑厳しき昨日、名鉄谷汲線の廃線跡を探訪してきた。

そもそもが「名鉄谷汲線って、どこ?」とお尋ねを受けそうなので、最初に時刻表巻頭地図の写しをご覧頂こうと思う。版元は「交通公社の時刻表・1986年11月号」である。

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名古屋から北西方面へ40キロ余り、地図に赤線で囲んだのが、名鉄谷汲線である。北海道での地理で言えば、小樽辺りに住む方が、定山渓鉄道を懐かしむのと似ているだろうか。
谷汲線は平成13年(2001年)9月一杯で廃線になっているので、廃止から9年が経つことになる。

この谷汲線を好んだのは、私の鉄道趣味の原点となる車両が最後まで活躍していたからだ。私は幼少時、名古屋市M山区の瀬戸線沿線に住んでいたが、当時瀬戸線で走っていた電車たちが、晩年はこの谷汲線で余生を送った。
懐かしさの余り、谷汲線には何度か足を運んだものだが、廃線になってからはふっつりと訪れていなかった。

定点比較写真を中心に、ご紹介していこうと思う。

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終点の谷汲駅に停まる、750型電車。現在は、地元有志の方の手により、同型車が駅跡にそのまま残されている。

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パンタグラフさえ見比べなければ、現役時代と殆ど区別はつかない。

同駅改札口付近から、ホームを覗いた写真もあった。

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これも現在と比較してみると、

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お客様と架線の有無くらいしか、判別点はないかと思う。展示場所は屋根で覆われ、かなりいい状態で保存されているようだ。

駅から少し離れた踏切付近より。

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少し撮影位置は異なるが、

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こんな感じだろうか。これだけ離れると、架線や架線柱の有無が目に付くかも知れない。また現在では、私が谷汲線を訪れるようになって以来使われることの無かった右側線(2番線)にも、晩年に使われた500型車両が留置されている。
それと、背景の建物に、今は「昆虫館」の文字が見える。

そうそう、行先を示す前頭板だけれど、末期は作業を省くために

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こんな相互式のものが使われていたが、現在の保存車両では

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往年の単独表示のものに、はめ替えられている。剥製のような保存車両には一抹の寂しさも覚えるが、いい行先板だなと思う。

谷汲駅のカットはこの程度として、2つ岐阜寄りの長瀬駅での写真がある。

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先程、谷汲駅の2番線に停められていた、細面の500型電車だ。この写真の当時は、スカーレットの単色になってしまっている。線路などの設備が残されているのは、終点の谷汲付近だけなので

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現在は単なる草地になってしまっている。ここに駅があったと言っても、知らぬ人には信じて頂けないかも知れない。

敢えて言うと、この写真の後方には

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バラストが残っていた。でも9年もの間に、バラスト跡にも野の花が当たり前に咲くようになっている。胸が少し痛む。

終点近辺だけを再見してきたに過ぎないが、久し振りの訪問は懐かしかった。

カンカン照りの中を歩くのは当然暑い。でも、夏の終わりの一日に、いい想い出ができた。

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(ご参考)現役時代の写真:長瀬駅……1982年4月撮影
                谷汲駅……2000年9月撮影

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