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2010年7月21日 (水)

飯田線南部1泊プチ旅行

1日目(7月20日)

梅雨が明けて夏本番となった。

そんな最中、愛知県東部の豊橋から北へ向かう飯田線の撮影に向かうことにした。6月初旬の渡道以来、暫く鉄分を補充していなかったため、久々の気分で出掛けることにする。

とは言え、出発前日は何かとやることが多くて、寝るのが遅くなった。結果として、ようよう起き出して名古屋駅を出発したのは、11時32分発の快速・豊橋行である。

同じ愛知県内であるが、豊橋までは快速でも1時間弱かかる。飯田線の始発駅・豊橋に着いたのは12時26分。もう少し早く起きれなかったのかと、自分ながらに思う。乗り換えた飯田線の本長篠行で、鳥居駅まで向かう。比較的有名な撮影地が付近にあるのだ。

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カーブの加減がいいからと、例の攻略本に書いてあったが、夏草が茂ってあまりいい雰囲気は醸せない。

ここから暫く歩くと、別の撮影ポイントに行ける。真昼の晴天時、汗を拭いながら次の目的地へ歩く。正直言って、ここもそんなに大したポイントではなかった。少々ガッカリした気分で撮影し、先程降りた鳥居の隣駅・大海駅へ向かう。この辺りは線路が大きくS字型にカーブしている関係で、鳥居駅へ戻るよりも大海駅へ向かった方が、手近なのだ。

大海へ向かう途中、梅雨明けで花の終わったアジサイが線路端に咲いているのを見つけた。

Dscn0398
電車とアジサイを絡めた写真を想定してみたが、それは無理らしいので、同じ場所で別アングルを狙ってみる。ちょうど来た下り列車を画材にして、それから今度こそ大海へ向かう。

滴る汗を拭きながら、16時過ぎの列車で野田城へ逆戻りする。先程来る途中で、この駅付近にサトイモ畑を見つけていたので、それをちょっと狙おうとの魂胆である。

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暑くて頭が狂いそうなので、どんな写真が撮れたかは全く不明。運を天に任せてシャッターを切っていた。する内に、夕刻17時半過ぎと相成り、今日はこれで宿泊地の豊橋へ戻ることにする。

18時20分頃、豊橋着。梅雨が明けていないことを想定して、豊橋駅から地下道で繋がっているホテルを予約してあったが、杞憂であった。目茶目茶喉が乾いているので、ホテルの対面の「海鮮居酒屋」の看板に飛び込む。

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るん、るん、るん♪。殆ど「共食い」状態だったりして(汗)。

2日目(7月21日)

Dscn0405jr119

飯田線を走る119系電車。東海地区以外にお住まいの方には、馴染みの薄い車両だと思う。それもその筈で、この電車は飯田線とその近辺でしか走っていない。

今のところ具体的な話は出ていないけれど、この電車も近々新しい車両に置き換えられるとの噂が飛んでいる。昭和58年頃にデビューしていて車令27年余。噂はかなり、真実味が高い。撮れる内に撮っておかなければ後悔するだろう。

そうは思うのだが、旅先ではいつも遅くにしか起きられない。8時40分過ぎに起き出して、支度を整え駅に出たら、9時34分発の豊川行が限界だった。この列車で、2駅行った下地駅で降りる。駅のすぐ手前に、豊川の橋梁がある。

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橋を渡っているのは名鉄電車。紛れもないJR飯田線だが、豊橋駅からこの下地を少し過ぎた平井信号所までは、飯田線を名鉄線が間借りしている。飯田線そのものが昔は私鉄で、戦時中に国鉄に買収されているから、その昔の名残りなのだろう。

橋梁を撮ったら、次は今回の最終目的地、三河槙原まで山の中を分け入っていく。

冷房の効いた電車から降りると、山の中といえども暑い。次の列車は2時間半後にしか来ないので、駅の待合スペースで休憩する。撮影予定地は駅から徒歩5分くらいだ。

暫く待つ内に、暑さに慣れてきたのか汗が退くようになった。目の前にはここから各駅への運賃表が貼られている。

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もうちょっとズームアップする。

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「重岡宗太郎」に代表される、『隣駅同士で氏名が成立する2駅』。他にも山陰本線の「萩玉江」や、徳島線の「小島貞光」など色々あるが、こんな飯田線の山奥にもひっそりとそう云う駅名が並んでいる。

さて、時間になったので、駅近くの撮影地へ赴いて少しアングルなどを考える。まあ、こんなもんかな、と思っていたらたまたまパトカーが通り過ぎ、おまわりさんと暫し雑談になる。都会の警官は何かと鬱陶しいことを言うものだが、この人とは、本当に雑談しかしなかった。こう云う大らかさは大切にしたいものだ。

目的を一つ終了したら、今度は駅を通り過ぎて、駅の反対側のポイントへ向かう。今度は19分後にターゲットが来てしまうから、急いで移動して大汗をかく。

途中では

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こんな素掘りみたいなトンネルもあって、ちょっと面白い。このトンネルの直ぐ横でも、俯瞰構図が出来るので、ここでも撮影する。

あれこれしている内に、17時01分の上り列車までの時間を潰した。この上り豊橋行で帰らないと、家にマトモな時間に戻れない。ここから名古屋までは、2時間半ほどかかる。

豊橋まで鈍行に揺られ、豊橋では慌しい4分接続の特別快速を見送り、更に後の新快速で帰ることにする。余った時間で、KIOSKで★を買いたかったから。

暑さに渇いた喉に、夕陽を眺めながらの★はウマかった。

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コメント

豊橋からは「豊川」岡谷からは「飯田」は乗車した事があるくらいですね。
たったそれだけなのですが、昔の私鉄のにおいがプンプンする、一風変わったJR線のイメージがあります
シシャモと言う名のカペリンと 刺身そして★‥染みたでしょう。

写真が出来てからのご報告お待ちしております。

投稿: suzuran6 | 2010年7月22日 (木) 08時33分

>suzuran6さんへ
駅間距離も私鉄同様短くて、ちょっと変わった趣の路線ですよね。
ただ、ご乗車になった区間が「一番おいしい部分」を避けられるようになってしまっていますので、是非全線通してのご乗車もお奨めの路線ですよ。
確かに東京からは不便な位置関係にありますが。昔は新宿からの急行「こまがね」なんてのもありましたね。
大変暑い中の撮影でしたので、どんな出来になっていることやらです。
カペリン……よくご存知ですね。厨房に立たれるだけあって、流石!です。

投稿: suzuran6さんへ | 2010年7月22日 (木) 21時20分

昨日夜、18きっぷで東海道線下って名古屋に戻りました。
距離的に考えて、この旅で18きっぷは使ってなさそうですね。

あと隣駅同士ではなく、一つの駅名がそのまま人名でありそうな
駅には「飯山満」(千葉県)、「戸塚安行」(埼玉県)あたりが
すぐに浮かびます。


もうすぐ私も、「幹星丘2"元"一利用者」になります・・・。

投稿: 幹星丘2一利用者 | 2010年7月23日 (金) 16時20分

暑い中「プチ旅行」お疲れ様でした。
最近は本物の「柳葉魚」もJスコで5本入りで498円で売っていますのでお試し下さい。

313の増備車が導入され始めているので、119も終焉が近いですね。
119がなくなる前に1回乗り通したいと思います。

投稿: N市のT | 2010年7月23日 (金) 21時32分

>幹星丘2一利用者さんへ
私は「18きっぷ」って一度しか使ったことがないのです。それも貰い物を一券片使っただけです。
旅行全行程を普通・快速でまかなうのが難しいので、大抵は「周遊きっぷ」のお世話になっています。

ひとつ駅で人名……私が前から思っていたのは「千葉みなと」です。あと、多少無理がありますが「石狩太美」や「近江小舞子」も人名みたいな駅だなあとかねがね思っています。

投稿: 幹星丘2一利用者さんへ | 2010年7月23日 (金) 22時19分

>N市のTさんへ
本当に暑かったですねー。
疲れが残ったまま仕事をしているので、今日は少々バテ気味です。
本物シシャモ、名古屋では手に入らないと聞いていましたが、Jスコにはあるのですね。我が家の近辺にJスコがないので、ちょっと入手が難しいかも知れません。

先日N市のTさんが記事にされていた、313系の増備車の内、展示されなかった2両編成の方が119系の置き換え用では、と言われていますね。
現時点で通し運転の544Mが313系で運転されていますので、ご乗車の際はお気を付け頂ければと思います。

投稿: N市のTさんへ | 2010年7月23日 (金) 22時26分

こんばんは。
プチ出撃お疲れ様でした。
飯田線といえば旧型国電というイメージが未だに思い浮かびます。
写真を拝見してやはり一度訪問しなくてはと思いました。
豊川を渡る名鉄電車、最後部はパノラマカーでしょうか?

投稿: vanagon714 | 2010年7月24日 (土) 00時06分

>vanagon714さんへ
飯田線は旧型国電の砦みたいなところでしたね。昭和58年6月まで、スカ色の旧国が活躍しまして、私共には「記憶に新しいところ」だと思います。
その旧国を淘汰した119系電車も、来春で終わりなのではと言われています。乗られるなら今の内だと思います。
豊川を渡っている写真ですが、後追い撮影です。ですので、先頭車側になりますが、最前2両が「パノラマカー」として、指定席料金を取られる車両です(済みません、最近名鉄さんも種別表示が変わって、私もあまりよく判りません。「快速特急」というらしいです)。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年7月24日 (土) 21時35分

暑い中お疲れ様でした。119系もいよいよ引退が迫っていますね。JR東海のエリアでは「どこに行っても313系ばっか」という日が刻一刻と近づいていますね(^^;
しかも武豊線も電化後は313系が入るようです。

あと119系って飯田線向けに設計されただけではなく、製造元も全車飯田線沿線にある会社-日本車両-であり、本当に飯田線と共に歩んできた電車です。

投稿: リニモ1号 | 2010年7月27日 (火) 12時47分

>リニモ1号さんへ
119系は国鉄最後期の標準モデルで、105系(新製車)と外観はそっくりですね。旧国を置き換えた時は馴染めない形でしたが、いつの間にやら飯田線の「顔」になりました。全車が日車製とは知りませんでした。
そうそう、当初は「するがシャトル」として静岡近辺で走った仲間もいますよ(塗装も違いました)。
313は大増殖していますね。1M方式ですので、最短2両までいけまして、武豊線のディーゼル置き換えにも好都合なのでしょう。
取り敢えずは211系と311系が頑張ってくれることを祈りたいですね。

投稿: リニモ1号さんへ | 2010年7月27日 (火) 22時32分

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