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2010年6月 9日 (水)

上川の跨線橋・当麻の覆い屋根

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先日の石北線旅行で、後日別掲としたい、と書いた両駅の駅施設について書こうと思う。

最近、お邪魔しているブログで古めかしい駅施設のことが話題となっているので、私も私なりの視点で見物をしてきたのだ。

上の写真は上川駅の2・3番ホーム。上川駅は何度か訪れているが、来る度に「あのアーチ型のホームの屋根土台は何ゆえ出来たのだろう?」とかなり気にしている。独特の覆い屋根土台で、これもちょっと興味がそそられる。

さて、それはよいとして、上川駅の跨線橋をご覧頂きたいと思う。

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中々いい味を出している。レールと思われる鉄材で、跨線橋の補強をしている点も、古さを強調しているように見受けられる。

跨線橋入口から、階段を眺めてみる。

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階段の踏み板部分は青いビニールで補強してあるが、木造であることがありありと判る。かなりの年代を感じさせる。階段そのものが木造の跨線橋は、かなり少ないように思われる。

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跨線部分の踏板も、木造である。点字ブロックは止むを得ないが、ここまで雰囲気のいい跨線橋を、私は知らない。天井から吊るされる「おつかれさまでした」も、心を癒してくれる。「驛」を感じさせてくれる内部だと思う。

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駅舎側から見た、跨線橋の入口付近。三角屋根が、古さを際立たせている。「出口」と書かれた部分の側材は、長らくペンキの塗り直しをしていないようだ。駅創業時から、そのままなのではと思わせる、年代物の跨線橋である。

上川は、この辺りのアイヌ地名「ペニ・ウン・クル・コタン」を意訳して「川の上流に住む人の村」としたことから名付けられた駅名だという。古くから栄えた村であったことが窺える。

さて、次は当麻駅の2番ホームの覆い屋根に話題を移す。

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駅の跨線橋から眺めた、覆い屋根の全体像。これを、ホームの北側部分から見てみる。

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しっかりレールが使ってあって、これも相当な年代物だ。屋根裏は、当然、板張り。ペンキも長らく塗り直した跡がないようで、益々年代を感じてしまう。

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ちょうどやって来た4525Dと共にパチリ。どう見ても、覆い屋根よりディーゼルの方が斬新な塗装に見える。JR北海道の気動車の塗装は、比較的落ち着いた色分けだと思うのだが、それでもこの覆い屋根と比較すると気動車には新しさが感じられる。
いっそのこと、ツートンのキハ22だったら、何とか時代背景が同じになるかも知れない。

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非常に見辛い画像で申し訳ないが、レール部分の年代を写してみた。辛うじて「1928」の文字が読める(上下逆さまになっている)。私より35年も早く生まれているものであり、両親の年齢よりも上になる。老齢ながら奮闘している様は、心強い。

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覆い屋根部分の駅名標は、完全に国鉄時代のままだ。JRになってから、北海道では臨時乗降場も駅とみなすようになった。とすると、当麻の伊香牛よりの駅は本来、「将軍山(しょうぐんやま)」になる。他の駅名標は伊香牛の部分だけ塗り潰して「しょうぐんやま」に直してあったが、この駅名標だけは塗り潰していなかった。
敢えてこの部分には、手を入れていないのだろうか。

当麻は、「沼に行く川」を意味するアイヌ語「ト・オマ・ナイ」を音訳した駅名だそうだ。アイヌ語の地名は、北海道らしくて本当にいい。

2つの駅施設を、少々駆け足でご覧頂いた。こうした古さを醸す駅施設は、これからも変えずに残して欲しいものだと、心から願う次第である。

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コメント

上川の跨線橋で思い出すのは、夜行の「大雪」が上川で交換するので、宿代を浮かすのに周遊券の連中はダッシュして乗り換えていました。

上川、当麻両駅とも国鉄の匂いがまだプンプンしますね。
こういう駅に降り立つと何かホッとしますね。

投稿: N市のT | 2010年6月 9日 (水) 20時23分

読んでいて気づいたことがありまして、
当麻=とうま である一方、
原当麻=はらたいま(相模線)なんですよね。
相模線は今までにも数回利用したことがありますが、今の今まで
気づきませんでした。

ちなみに旭川市内には「永山駅」(宗谷本線)もありまして、
(石北本線にも「南永山駅」はあります)
名前は同じであっても多摩市の「永山駅」とは比較にならない
ほどのどかです(多摩市の永山駅も首都圏では閑静な方では
とは思います)。

さて、私は去年の秋に仲間内で北見の温根湯温泉に行ってきま
したが札幌-上川間がオール高速道で1時間半で行けたのです
から時代は変わったな、と実感しています。
(もし、私が運転すると2時間は余裕でかかってしまいますが)

投稿: 幹星丘2一利用者 | 2010年6月 9日 (水) 21時29分

こんばんは。
上川の跨線橋、いい味出してますね~
跨線橋はこうあって欲しいものですね。
これは取材に行かねばと思います。
当然といえば当然ですが、非電化線の跨線橋は高さが低いですよね。
赤平の跨線橋もキハ40と比べてギリギリの印象でした。
屋根の雪止めは雪国ならではです。
アーチの形をしたホームの屋根も昔からですね。

投稿: vanagon714 | 2010年6月 9日 (水) 22時08分

>N市のTさんへ
きっと、「大雪」の乗り継ぎの際にも、若い方たちがあの木製跨線橋を走り渡られたのでしょう。宿代を浮かす手段として、九州の「かいもん」に乗ったことを思い出します。
ともあれ、国鉄時代そのままの駅施設が残っているのは嬉しいことです。
いつまでもこのままで皆に愛され、使われ続けるといいですよね。

投稿: N市のTさんへ | 2010年6月 9日 (水) 23時14分

>幹星丘2一利用者さんへ
原当麻は難読駅名で、国鉄時代は駅長などへの昇級試験に、試験問題として出されたことがあるそうです。確かに「当麻」なら「とうま」が自然で、「たいま」と読ませるのは難しいと思います。

石北線に「南永山」があり、宗谷線に「北永山」があるので、少々ややこしいですね。以前、別の目的で、永山駅に降りたことがあります。旭川市内ですが、仰せのように長閑な駅でした。

札幌-上川が高速道だと1時間半ですか。オホーツクでは2時間を悠に超えていますから、客はバスに流れてしまうだろうなと思います。
温根湯は森の中の感じのゆったりしたいい所だと聞いています。ゆっくりと1週間くらい湯治でもしてみたいものです。

投稿: 幹星丘2一利用者さんへ | 2010年6月 9日 (水) 23時27分

>vanagon714さんへ
最近のvanagon714さんの記事に触発されて、じっくり観察してきてしまいました。
本当にいい雰囲気です。国鉄時代、どころか、私よりも年齢が上なのではと思われる跨線橋です。
高さは仰せのように低いですね。赤平同様、キハ40だとすれすれに感じるくらいの高さしかなかったと思います。
上川はオホーツクを利用されれば、意外と短時間で赴ける駅です。是非是非vanagon714さんの鋭い洞察力で、私より一歩も二歩も掘り下げたご観察をお薦め致します。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年6月 9日 (水) 23時34分

1928年 大正3年ですね。レール観察楽しいですね。
跨線橋の、三角屋根が無いと階段部分の屋根に積もった雪がそのままホームに積もってしまうので小屋根を作り溜める構造になっている様です。
階段を下りてきたら上から「バサッ!!」と雪ではたまりませんものですから‥
地元に住んでいると気付かない建造物の構造の違いが結構あります。
観察を始めるととても楽しいですから、是非お試し下さいhappy01

投稿: suzuran6 | 2010年6月10日 (木) 09時21分

>suzuran6さんへ
レールには必ず刻印があるものですから、私もレールを発見すると年号を見る癖があります。1928は、今まで見た中ではかなり古い方に属します(最古で1912だったと思います)。
雪国での生活体験がないので、色々と気付かないことが多いようです。
言われてみれば……ですね。
最近になって、ブログを通して皆さんに教えて頂くことが多く、勉強になります。「学問」としての勉強はもうコリゴリですが、こう云う勉強なら、まだまだ続けたいと思います。
私も東京駅のホームの屋根裏が気になっています。この旅行から帰る際に、観察しようと思えば出来たのですが、新幹線同士の乗継でしたので「またの機会にしよう」とスタコラ帰って来てしまったのでした (^ ^ゞ

投稿: suzuran6さんへ | 2010年6月11日 (金) 00時31分

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