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2010年5月

2010年5月29日 (土)

コンデジ新調

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私が使っているニコンのコンデジ。6年前の暮れに買ったもので、当時としては結構な金額を払った記憶がある。

昨今のデジタルカメラの進展は、本当に日進月歩の言葉通りで、これを買ってからの新機種発売の度に、残念ながら遜色の色合いが濃くなってきた。当時は256MB(GBではない)のSDカードもまあまあの容量で、これを買って以来ずっとそのSDカードを使い続けてきた。
然し今では、そんな低容量なSDカードなど、売っている姿を全く見かけなくなった。

また、このコンデジには致命的な欠点があった。

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かように、充電池を入れる部分の裏蓋が、止め具の破損によって半開きになってしまうことがよく起こるのだ。写りには影響ないけれど、この様な状態ではいつ充電池を落としてしまうか不安になる。ここの部分の破損のために、今まで3回も修理に出した。その度に5000円を超える修理費を払っていた。

3回目の修理の際、流石に不快に思えたので、修理店を通じてメーカーに苦言を呈した。同じ場所の破損ばかりは如何なものか、と。すると、メーカーが逆切れして「あんたの扱い方が悪い」と云うようなコメントを修理伝票に書いてきた。別に粗雑な扱いをしていた訳ではない。気の短い私は、今度ここが破損したら買いなおそう、と強く心に決めた。

そして、ついに4回目の破損が1ト月ほど前に起きてしまった。

今は、コンデジなしでの生活は考えられないから

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取り敢えずは「セロテープで止める」という、何とも原始的な応急処置で、その場を凌いできた。でも、いい歳をしたおっさんが、こんな姿のデジカメを持ち歩いているとは情けない。

それで、この1ヶ月くらい、色々なデジカメを密かに物色していたのである。

結局は、フィルムカメラで贔屓にしているニコン、と云う点では変わらないが、この機種より遥かに高性能で、尚且つ遥かに安い機種に狙いを定め、とうとう先日購入に及んだ。

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「COOPIX S6000」という機種で、基本的な扱い方は今までの機種と大きく違わない。新しいものが苦手なおっさんには、こういう部分も機種選定のポイントになった。

老眼が進んだ私にも見易いように、裏面の画面もかなり大きくなっている。2GBのSDカードは、たまたま購入店のサービス期間で無料で手に入った。

これからお出掛けの時には、これが私のお伴になる。
勿論、出来るだけ長く使いたいと思っているが、前機種のような「同じ部分の破損」だけは避けて頂きたいものだと、心から強く願っている。

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2010年5月27日 (木)

東北本線仙台近辺撮影結果ご報告

やっとスキャナーが戻ってきたので、この記事が書ける。

ただ、私から言わせるとスキャナーの不具合は殆どの点で直らずに我が家へ帰って来た。パソコン側に不具合があるのかも知れない。

グタグタ言っていても仕方ないので、タイトルの件をちゃんとお届けしよう。

先ずは宮城野貨物駅の画像を3枚ほど。取り立てていい写真と云う訳ではないが、これらの写真から宮城野駅の活気ある雰囲気を感じて頂ければと思って掲載する。

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ここに見えているリフトは3台。私の背後でもう1台動いているのが確認できたから、最低でも4台のリフトが稼動していることになる。駅の略図などからしても、名古屋の貨物ターミナル駅より、こちらの方が構内は広いようだ。それだけ活気があると考えてよいのだろう。

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推進でやって来るコキと、留置されているコキの群れ。これだけ空のコキが留置されていると、駅の繁忙ぶりも自ずと感じてしまう。

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もう一枚だけ。トラック・リフト・コキのコラボレーション。リフトが動き回り、トラックが走り回り、貨車が入換される。本当に「一所」にじっとしているのが勿体ないような活況の貨物駅であった。

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撮影地ガイドで入手しておいた、品井沼駅付近の撮影地にて。近年、貨物の高速化や長編成化によって、交流電化区間にはEH500の投入が著しく、このED75が牽く貨物列車は数を減らしつつある。貨物列車が来れば、一応シャッターは押すけれど、ED75が頭に引っ付いているとついつい気合が入ってしまう。品井沼~鹿島台にて。

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早苗の時期は、いつもこう云うアングルで撮らないと気が済まないらしい。風があって水鏡が無理だと判っていたので、敢えて線路の近くには寄らなかった。電車の向こうに陸橋が小さく写っているが、もう一枚上の写真はあの陸橋上から撮影している。品井沼~鹿島台にて。

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今時珍しく、ピンクのダイヤル式公衆電話があったので、撮っておいた。ただ、ちょっとインチキをして、元画像からトリミングしてある。もう少し電話を強調させる撮り方をすべきだったなあと、反省している。品井沼にて。

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今回撮影した写真では、これが一番マトモかな、と思っている。走っている列車は、先日乗車記事にした「リゾートみのり」。手前の花は菜の花に似ているが、少し花が小ぶりなので図鑑で見たところ「カラシ(芥子)」が正答らしい。どちらにしても近縁種なのだが、最近矢鱈と野の花に興味を持っているので、細かいことが気になる。松山町~小牛田にて。

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陽が西に傾いた頃に撮れる、所謂「ギラリ写真」。ステンレスのボディは味気ないが、こう云った「お遊び」には向いているかも知れぬ。
でも、これだと車体と田圃を撮っただけになる。もう少し面白味を持たせられないかと思い、スキャンする時に思い切ったトリミングをしてみたのが、下の写真。

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水鏡が成立していない現状で、このトリミングは無理があったかな。映じているのが電車かどうか、知らない人には判らないかも……  (^ ^;;;
何れにしても、松山町~小牛田にて。

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今回私が訪れた駅では、何れも跨線橋やホームなどが改築されていて、「驛」らしい風景を見つけられなかった。で、驛ファンの方に、こんな写真は如何でしょうと撮ってみたもの。背景の緑が綺麗だったので、こんな構図にしてみたが、もっと空を強調したような撮り方の方が絵になっていたかも知れない。どうも私の撮り方は、今一、中途半端だ。ご覧の通り、北白川にて。

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中古のバス屋さんを見つけた後で、赴いた撮影地。この辺りは昼間は最低でも4両編成が来るのだが、臨時の快速(仙台シティラビット)は、思いも寄らない2両でやって来た。咄嗟に三脚上のカメラの画面を、2両用に改めた。平凡だが、こんな写真しか撮ってきていない。貝田~越河にて。

水鏡のことばかりを考えていたので、どうも今回の写真は変化に乏しく平凡なものが多くなってしまった。甲乙つけがたい、との言い方はあるのだが、これらの写真は丙丁つけがたい、としか言えない。

お付き合い頂き有難うございました。

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2010年5月22日 (土)

魚澄庵に咲く花々

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昨年記事にした際に、N市のTさんから「ウオズミアンシロバナ」の呼び名を頂いたツキミソウ。繁殖能力が旺盛なようで、年ごとに花の数が増えている。昨年同時期には15輪咲くと大騒ぎをしていたものだが、今年は毎夜、20輪以上が当たり前のように咲き誇っている。多い時には30輪を超えている。

隣の実家からいつの間にか運ばれた草花で、元々は母が私の伯母から園芸種として貰ったものらしい。だがあまりにも繁茂するので、今では母は、一部を抜き去っているそうな。

私は、白い可憐な花を見ると、抜いてしまう勇気が湧かず、今のところそのまま好き放題にさせている。増えすぎて困るくらいになったらその時はその時で、また考えることにしてある。

今日は昼間に少しばかりの庭の草抜きをしていたが、ツキミソウの他にも、結構抜く勇気が湧かなかった花がある。

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これは有名だが、ドクダミ。「ドク」とついても毒を持っているのではなく、逆に乾燥させると解毒作用があるらしく、漢方薬などにも使われているのだとか。独特の臭気があり、また抜かずにいると何年でも同じところで繁殖するので、鬱陶しがって抜いてしまう方も多いようだ。

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これもありふれた雑草のカタバミ。現在のところ、魚澄庵ではそれ程の勢力を誇っておらず、庭の隅っこにちょっと咲いている程度だ。同じ黄色い花でも、オニタビラコみたいにあちこちにヒョロヒョロと増殖しないので、まあこれも当分は抜くことはなさそうである。
あ、オニタビラコの方は、今日の作業で殆どを抜き去ってしまった。

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上のカタバミと葉の形が似ていて(この写真ではかなり判りづらいが)、私でも容易に花の名前が判ったのが、ムラサキカタバミ。昨年まで、この家では見かけなかった花だ。そもそもピンク系の花は、魚澄庵では殆ど見ることがなく、これも除草対象外。

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問題はこの花だ。図鑑などを調べても名前が出てこない。野草の名をよく知っている母に尋ねても「えー、何だろうねぇ」と言っていた。類似の野草としては「ヒゴスミレ」や「ヒメフウロ」などが挙げられそうだが、花の時期や色などの特徴が異なる。葉の形から、スミレかフウロソウの類であるらしいとの想像はつくのだが、現在、名称不明。因みに、草丈は10~25センチ程度。花の色は淡いピンク色をしている。
どなたかご存知の方がいらしたら、教えてくだされ。

我が家は「庭」と言っても、家の周囲に1m程度の空きスペースがあるに過ぎない。魚の水槽に毛が生えた程度のものではある。

そんな庭でも、ゆっくり観察していると、色々な種類の花たちが好き勝手に季節を謳歌しているようである。

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2010年5月21日 (金)

159系修学旅行用電車

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北海道ご出身の方々には馴染みの薄い車両かと思うけれど、少しだけお付き合い下さいまし。

今ぐらいの時期は、修学旅行用の臨時列車があちこちの線区を走り回っていると思う。

名古屋在住の私たちの中学の修学旅行(1978年)は、既に修学旅行列車が新幹線に置き換えられていて、在来線の修学旅行用電車に乗れる機会はなかった。

で、上の写真であるが、1972年3月の東海道本線の時刻表から抜粋したもの。スキャナーがちっとも修理から戻ってこないので、デジカメの映像でご堪忍願わなければならないけれど、当時でも4本の修学旅行電車が各地から東京を結んでいたようだ。
因みに「こまどり」は大垣始発、「わかば」が明石、「わこうど」は下関、「わかくさ」が京都のそれぞれ始発となっている。この内の「こまどり」は名古屋に程近い、大垣の電車区所属の159系電車で運転されていた。所属区をそのまま始発駅にしているのも、当時の国鉄らしくて微笑ましい。

当の、159系電車を1978年に写したものが出てきた。

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ネガから起こしてあるので、変色が著しいけれど、俗に言う「修学旅行色」を纏っている。名古屋地区には他にも修学旅行用の155系電車があったのだが、こちらは1975年頃から湘南カラーに塗り替えられて、急行型の153系や165系と混結されて名古屋地区の普通列車や快速列車に充当されていた。

159系も、冬季には臨時急行として修学旅行以外の用途で運転される機会があったそうで、中央線などの低断面トンネルを通れるように、元々が低屋根構造で造られている。皆さんが見慣れた急行用車両に比べると、おでこがペシャンとした形状であるのにお気付き頂けるかと思う。鉄道ファンからは「ペコちゃん」の別称を貰っている。

私が名古屋駅まで写真を撮りに出るようになった、1978年頃には、もう修学旅行としての用途はなかったようだ。
急行車両と同じ車内設備と、低断面トンネル通行可の特色を生かして、中央西線の臨時快速「木曽路」として運転されている姿が、私の脳裏には焼きついている。

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名古屋駅を発車していく「木曽路」号。当時の時刻表を見てみると、名古屋を9時半頃に出るのが、設定臨の時刻だったようだ。朝6時頃にブルトレを撮影した後、少し間が空くけれど、この独特のカラーの電車を撮るのが楽しみであった。

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159系電車の運転席。名古屋でも、運転手さんは気さくな方が多かったと思う(はっきり書くが、駅員さんは意地悪な人が多かった)。子供が「運転席の写真を撮らせてください」と言うと、いとも簡単に「どうぞ」と運転室へ入れてくれたものだ。153系などと殆ど変わらない運転席だとは思うけれど、今にして思うと貴重な電車の運転席に足を踏み入れたものだ。

この、「木曽路」号を中央西線の駅から撮影したものがあるので、それもご覧頂こう。

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私が現在、殆どの旅行の起点にしている千種(「ちくさ」、と読む)駅だが、駅の南側にある跨線橋からは、昔はこんな写真が容易に撮れた。今はフェンスに覆われてしまって、この角度での写真は撮れない。ホームの右側には、以前記事にした70系電車も停まっていて、古き良き時代を彷彿とさせてくれる。

と、こんな感じで、私が知っている159系電車は晩年の姿ばかりだけれど、こんなカラーの電車も走っていたのだと、少しでも多くの方に知って頂ければ幸いである。

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2010年5月17日 (月)

仙台近辺無計画旅行(3・4日目)

3日目(5月16日)

少しは計画を練ってみた(タイトルには合わないが)。8時前に起きて、先ずは下り方の陸前山王まで行く。

陸前山王は仙台臨海鉄道の始発駅にもなるので、貨車の姿も見える。

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但しここで貨物撮影の予定はない。昨日、撮影で玉砕した「こがねふかひれ」や「リゾートみのり」を撮るのが主目的なので、予め見つけておいた畑地へ行って、そこで少しく撮影する。足元にはテントウムシがチョコチョコと歩き回っていて長閑だ。「テントウムシの産婆」などと下らんギャグを思いつく。

ほぼ目的を達成したと思われるので、予定……から少々外れるが、もう少し下って愛宕まで行ってみる。

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この字を見ると、私は某・国営放送本局の昔の住所を連想してしまう。人間が古いかも知れぬ。
それはいいので、ここではほぼ「駅撮り」に近いことをしてみる。

昼前の列車で上りにかかり、仙台を通り越して更に上る。列車そのものは、昼間は仙台で必ず乗り換えなければならないようになっており、ちょっと面倒な気もする。その乗り換えた列車で北白川まで行く。駅の近辺に、いい撮影地があると撮影ガイドにある。

当の撮影地付近の踏切にて。

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通行禁止の標識が立っているのに、何故、警報機付きの踏切が存在するのだろうか?

謎を秘めたまま1時間ばかりの撮影を終え、更に上り方向に進む。次は越河(こすごう)付近に狙いを定める。ここも撮影地ガイドに載っている。

駅から降りて歩き出すと、中古のバス売り場が見えてきて、私の鈍感レーダーでも激しく反応がある。何で?とも思うが、京急バスや神奈中バス・大阪市営バスに混じって、自分の職場のバスが見えてきたからだ。

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社内番号はS-487とある。一昨年度に廃車になった車両だと思う。もう一台見えたが、社番は不明。

更に歩を進めると、その中古車屋の第二駐車場があり、

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地元のM鉄が使っていたに違いないと思われる車両が置いてあった。「名古屋22か」で4200番台のナンバーがついていた車両のはずだ。私の記憶が正しければ、先日vanagon714さんのブログにあった「ワールドインポートフェア」で投入された車両だと思う。ヴァンホールっだっけ?
ただ、写真で見てお判りの通り、これは売り物ではなく、単に倉庫として使われているようだ。

同じ駐車場にて。これは帰りに気付いたのだが

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右端の車両、後輪の後ろだけが「二階建てバス」になっている。かなり珍しい車両だと思う。車体に大きく「VOLVO」とあるからメーカーは判るけれど、こんなバスは初めて見た。前所有者は「富士交通」とあった。

バスの写真ばかりだが、ここでもちゃんと撮り鉄はしたので、ご心配なく。

今日も風があって寒い、との天気予報を信じて厚着をしてきたら、今度は逆に暑いくらいであった。分厚いセーターは、レンズを入れるナップザックに押し込めて行動する羽目になった。

4日目(5月17日)

タイトルにウソ偽りあり、になってしまうが、今日の予定は9割方決まっている。9時25分発の東北・陸羽東線経由新庄行き・快速「リゾートみのり」の指定券が取ってあり、新庄からは山形新幹線の「つばさ」、そして東京からも新幹線で名古屋へ戻るだけである。

今日は月曜日だが、臨時快速の「リゾートみのり」は運転日になっている。

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昨日までは、これの撮影に奔走していた訳だが、今日はゆったりと客になる。時刻表をじっくり見るまでは、この列車の存在に気付かなかったので、正直言ってポスターなどを見るまでどんな形の列車かも知らない始末だった。

車体にも大きなロゴが書かれている。

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車端に平成20年改造の銘板があった。新しいリゾート列車の改造などは知らないことも多く、お粗末な鉄道ファンである。形式は昔のままで、キハ48の一環として扱われている。

折角取れた指定券だが、車内はガラ空きだった。直前になって旅行会社が手放したのだろう。それはいいとして、そのガラ空きの私の席に、私より少し年上の感じの女性が座っている。声を掛けると「あら、私はここの筈だけど……」と言いながら指定券を見る。日にちも席も私と同じになっている。「ありゃ? ダブった?」と思っていると女性が「済みません、これ、帰りの指定券でした」と言った。

肝心な座席だが、シートピッチがかなり広くて快適だ。

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窓一つに座席1列である。元車の窓枠を取り払って座席を配置しているらしい。かなり贅沢な改造と言えよう。改造車によくありがちな「窓と座席のズレ」も当然ない。

定刻に発車して、ディーゼルの音を楽しんでいると、先程の女性が申し訳なく思ったのか「これ、買い過ぎてしまったので」と言いながら、缶ジュースを手渡してくれた。今時のおばさんにしては、律儀な方である。

今日も暖かそうだ。気になって田圃を見ていると、風が少しあるようで、水鏡は出来ないように思われた。ちょっと安堵の気持ちが起こる。

小牛田からは陸羽東線に入るが、進行方向が変わる訳でもなく、快適に走る。11時ちょうどに着いた鳴子温泉で、女性は会釈しながら降りていった。

ここで25分も停車する。上り列車との交換のためでもあるが

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車掌が「改札の外に足湯がありますので、どうぞご利用下さい」とアナウンスする。列車の観察に忙しくて足湯には入らなかったけれど、粋な計らいをするものである。

粋な計らいと言えば、鳴子温泉を出て少し行った「鳴子峡」の橋の上(紅葉の有名撮影地)では、「ここは速度を落として通過します」とのアナウンスが入り、5秒くらい停車してくれた。観光列車ならではである。今は新緑が眩しかった。

色々書いているとキリがないから、新庄へ着いたことにして、目新しい列車の旅は終わりにする。あとは、さいぜん書いたように、新幹線乗り継ぎで戻るだけだ。

山形新幹線では、赤湯を出たところで「前方の踏切に異常があるとの信号が入りましたので」と、少しイレギュラー停車した。新幹線に踏切もどうかと思うけれど、これで8分遅れになった。

乗っている内に徐々に遅れは取り戻され、東京へは「定刻に到着です。途中ではご迷惑をお掛けしました」とのこと。限界に近い速度で走っているはずの新幹線で、8分の遅れを取り戻した運転手さんには、拍手を送りたい。

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2010年5月15日 (土)

仙台近辺無計画旅行(1・2日目)

1日目(5月14日)

唐突ではあるが、現在

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に居たりする。

GW明けには、いつも長い連休を作って北海道などへ赴くことが多いのだが、今年は少し趣向を変えてみたいと思い、3泊4日でこちら方面を撮ろうと考えた。

それはいいが、気候がまたまたおかしくなって、名古屋でも長袖の上に上着が要るような気温になっている。仙台辺りはもう少し寒かろうと考えると、どうやって日程を組めばいいか判らなくなってしまった。それで今回は出たとこ勝負にしようと、あまり計画は練っていない。天気や気温を見て行動を変えていこうと思っている。ただターゲットが東北本線であることだけは確かだ。

取り敢えず1日目は、やっぱり寒くて尚且つ曇天なので、普通の撮影はやめて、宮城野貨物駅を訪れることにする。仙台へ着いたのが13時半頃、そこから仙石線の宮城野原駅まで乗ると、貨物駅が割と近くにある。

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徒歩10分程度で、駅の撮影地近くまで辿り着ける。

宮城野駅は、「貨物版の仙台駅」のような位置づけなので、出入りする貨物列車も多く、中での作業も実に活気がある。上の写真で見えている青い陸橋の上から、容易に撮影できるので、私みたいな貨物マニアには非常に都合がいい。

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駅構内。コンテナを積んだトラックが頻繁に出入りし、それを積卸するリフトも何台かが稼動している。折しも、構内入換のDE10がやってきて、

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コンテナを積み終えたコキを引っ張ろうとしている。

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色々な作業が次々に 並行して行われるから、見ていて飽きないし、撮るのも忙しい程である。

東側の着発線からは、3052列車が発車していく。

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東京の隅田川駅などでも活気はあるのだが、ここまで撮影がし易くしない。ここは、一旦あの陸橋に登れば、多くの作業が見渡せるから飽きる暇がない。私も訪れるのは初めてだが、気に入ってついつい居ついてしまった。

ちょっと面白かったのは、

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空のコキを手押しで移動する作業。勿論、先頭に機関車はついていない。

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4~5両繋いでいたが、空だと手押しでも動かせるのだなと楽しく拝見した。

あっと云う間にフィルム1本を消費し、気付けば1時間半以上居座っていた。一通り撮った16時少し前に退散する。

宮城野駅から再び仙台へ戻り、このままホテルへ行くのも勿体ないから、仙台空港鉄道に乗ってこようと思う。仙台駅のLEDが「次発は16時07分」と表示している。

発車間際に乗り込んだから、2両編成の車内は既に満員で、かなり無理して車内にねじ込ませてもらう。学校の下校時刻とも重なってしまったようだ。三脚バックが大きく場所を占有するので、周りの方には相当ご迷惑をお掛けする。前にいた女子高生が、ケータイでメールを打つのを諦めて、胸ポケットに入れるのが見えた。それ程の混みようだった。

それでも3つ目の南仙台で席にありつけ、名取からはいよいよ空港鉄道に入る。但し、騒音防止のためだろうか、線路は高い壁で覆われていて、外は殆ど見えない。2つの駅を過ぎて住宅地の中を抜け出たかなあと思うと、一旦トンネルに入り、トンネルを抜け出たら終点の仙台空港だった。ちょっと味気ない。

来たからには、一応、記念撮影。

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来た証にはなるだろう。

空港は普段、来慣れない所で、何か写真を撮ろうとしてもどこへ行けばいいのか判らず落ち着かない。結局、今乗ってきた列車で、7分の停留で折り返す。仙台駅には17時過ぎに着く。

予約を入れたホテルにチェックインし、少し荷物を片付けたら、再び駅へ戻る。suzuran6さんのブログで、「仙台へ来たら『牛タン定食』が定番」とあったので、これだけは予定通りの行動をとる。食い意地だけは一人前に張っているのだ。

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いっただっきまっす ♪

2日目(5月15日)

無計画に起き出す。仙台を9時13分に出る臨時快速の「こがねふかひれ」くらいは撮ろうと思う。まずは思いつきで鹿島台まで行ってみる。

が、あまりに無計画に起きたので、9時発の一ノ関行きにしか間に合わない。鹿島台で降りたものの、いい撮影場所が見つからず「こがねふかひれ」は玉砕する。

続いて、同じく快速の「リゾートみのり」が来るので、何とか撮影場所を探す。

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あまりいい撮影場所は見つからない内に、「リゾートみのり」も来てしまう。玉砕に近いだろう。上の写真は、線路と反対方向のもの。お馬さんが呑気に寛いでいて、雰囲気は悪い場所ではなかった。

一駅仙台方面へ戻って、品井沼で降りる。この付近は撮影ガイドにも紹介されていて、先程乗った時に場所も確認しておいたから、大丈夫だ。

歩いて25分くらいの吉田川橋梁付近で撮り(写真は橋と反対側)、

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少し引き返した辺りで

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俯瞰などもしてみる。下へ降りて撮ってみたが、風があって水鏡は出来ない。

おまけ。駅へ戻る途中で見つけたガード。

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レンガの橋脚になっている。開通した時から使われているのだろうか。反対側はコンクリートになっていた。

のんびりと撮っていたので、早くも14時半近い。品井沼駅へ戻り、次の下りでまたまた逆方向の一ノ関方面へ向かい、2つめの松山町で降りる。

駅の北方が水田地帯なので、色々なアングルで試して撮ってみる。ものによっては、多少見られる写真も撮れたかも知れない。相変わらず風が吹いていて、その風も冷たい。撮る内に陽が西へと傾いてきた。

17時過ぎの「リゾートみのり」の折り返しを撮り、まだ暫く水田地帯にいた。冷たい風で喉をやられたが、水田のきらめきが綺麗だった。

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明日は、いくら何でももう少し計画的に動こうと思う。

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2010年5月12日 (水)

大変なものを食べた!

前回の記事同様、少し前の話になる。

私がちょくちょく夕飯を食べに行く飯屋のような店が、魚澄庵から少し離れた所にある。そこで食事をした後、レシートを貰う。

私は買い物をしたり食事をした後、片っ端からその金額を忘れてしまう抜群の記憶力を誇っているので、レシートは極力持ち帰るようにしている。そのレシートを見ながら、お小遣い帳みたいな半ペラな用紙に、その日の使用金額を書き込む。

そして、その日も、飯屋のレシートを見ながら金額を書き込もうとして「あ?」と思った。改めてもう一度レシートを見直した。それには、食べたものの詳細も載っていて、とんでもないものを私は食べたらしいのだ。

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いつから、このブログは、下半身方面へ走るようになったのだ?

違うのだ。私が食べたのは「高野豆腐といんげん豆の煮付け」なのだ。変なところで略さないで頂きたい。

偶然とは言え、自分ながらに苦笑してしまった。

やっぱりこういう記事を書くと、下半身目当ての方が誤って訪問されるようになるだろうか。

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2010年5月10日 (月)

ハナミズキの道

一週間くらい前の写真なので、リアルオンタイムの記事ではないことを初めにお断り申し上げて。

4月の下旬にとある路線を担当したら、ハナミズキが非常に綺麗なのに気付いた。場所は名古屋市の昭和区と瑞穂区の境界辺りで、我が家からは遠く、N市のTさんのテリトリーと言っていいような場所ではある。

自宅からは遠くとも、嘗ては農学部に在籍した私である。花を愛でる心くらいは今でも持ち合わせている。それで、自分の休みの日に出掛けて、バスと花とを絡めた写真を撮ってきた。

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西の方は、白色の花が多いようだ。

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付近には大きな施設の駐車場入口などもあり、白色の花は途切れ途切れになってしまうのがちょっと残念。

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交差点より東側はピンクの花が綺麗。自分でハンドルを握っている時は、もっと花のボリュームがあったように感じたが、歩道から撮ると存外ショボイ写真になってしまった。まさか道路の中央から撮影する訳にも行かないので、これ以上の表現が出来ないのが残念だ。

私が赴いた日は、休日ダイヤでの運転で、上り・下り共に40分間隔と運行間隔があいてしまう。周囲はご覧の通り住宅も立ち並んでおり、怪しげなおっさんが長居するのはちょっとはばかれる気がして、これだけ撮ったらトンズラしてしまった。

それでも、春の(やっと)暖かい日にお花見気分で散策するのは気持ちのよいものであった。
久し振りに、「運動」らしい距離を歩いて、ちょっと汗をかいた。

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2010年5月 4日 (火)

俄か駅員

昨日の話。

仕事が休みなので、用事を済ませようと外に出た。家から最寄りの地下鉄駅・K社までバスに乗り、地下鉄駅の改札をくぐった途端に、人の動きが止まっていることに気がついた。

改札の前には

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こう出ていたのだ。私が駅に着いたのは12時20分くらいのことだったから、10分くらい前から運転が止まっているらしい。

折りしも駅員のKさんが、改札窓口の外に出てお客様に必死で案内している。Kさんは元々は私と同じ営業所におられた運転手だが、自分から希望を出して、5年程前に地下鉄の駅員へと配転された方である。

私の行先は地下鉄でなけければ行けない場所なので、地下鉄が動かないなら為すすべがない。困ったなとも思ったが、さいぜんのKさんの案内を聞いていると、事故があった駅の名を間違えて案内されている(実在しない駅名を喋っておられる)。少々動揺されているようなので、Kさんの脇に行き、合間を見て目を合わせると向こうから声を掛けてきた。

「ああ、おさかなちゃん。いや、汗かくわ……」
「大変ですね。しゃしゃり出る幕ではないかも知れないけれど、何かお手伝いしましょうか?」
「うーん、まあ……」

そこへお客様が、「改札の外に出たいのですが」と声を掛けてきた。Kさんは改札窓口へすっ飛んで行かれる。ここの駅は、昼間は僅か3人で切り盛りしているので、1人は既にホームでご案内しており、もう1人のMさん(この方も元は私の営業所におられた)は運行状況を本部と連絡するのに奔走されている、と云う状態だ。

今度はそのMさんが駅員室からすっ飛んできて、「あ、おさかなちゃん、あれ? Kさんは?」
「あ、今、改札窓口に入ってます」
「ありがと。Kさん、レスキューが到着したから、もうすぐ復旧の見通しだ。詳しい時間はまだ未定だ。」

それだけ言われて、また駅員室へ駆けて行った。

そこへ全く事情を知らない、別のお客様がやって来て、私と目が合ってしまう。Kさんはまだ窓口で先程のお客様に応対している。……止むを得ない。部門は違っても、自分の職場のことである。私服を着ているけれど、自分から切り出した。

「恐れ入ります。只今東山線は、N駅での人身事故のため、全線で運転を見合わせております。先程レスキューが到着したとの事ですので、間もなく運転再開の見通しですが、詳しい復旧時刻はまだ決まっておりません。ご迷惑をお掛けします」。

我乍ら、よく一時にこれだけの文章が言えたものだと思ったが、火事場の馬鹿力だろうか。そこへKさんがやっと戻った来た。

結局、Kさんが改札窓口に入る度に、私が駅員の真似ごとをしていた。私が応対したのはほんの数人だったと思う。不思議なもので、私は不審がられるどころか、お客様から質問されることもあった。その度に、伝達役のMさんからKさんへの最新情報を、逐次お話していた。

15分ほど経った頃、K社駅を含む藤が丘~名古屋の間で部分的に復旧することが決まった。駅にも新しい情報のテロップが流れ

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数分後にはホームに電車が到着する音が聞こえた。もう大丈夫だ。怪しげな私服の俄か駅員が出る幕ではない。

Kさんとも「大丈夫なようですね」と話して、私はホームへ向かうことにした。Kさんにもやっと心の余裕が戻ったのだろう。少し笑顔を見せて、「時間外の手当を出さなきゃね」と冗談を言われた。

ダイヤは混乱しているので、Kさんは今しばらく、改札窓口の外に立たれるようであった。

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2010年5月 2日 (日)

ご存知ですか? 「乗車定員」

前回、あんな記事を書いたら、その5日後の今日は今年2度目の冷房を入れて走ることになった。今日の方が「本来の姿」だろうが、ややこしくて頭が混乱しそうである。

さて、そんなことはどうでもよいから、今日の本文を。

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ここ何年か、私の職場で増殖を続けているJバス系のノンステップバス。

この車両は、特に高速道路を走る仕様ではなく、一般の立ち席も想定した仕様の車である。それを踏まえた上での話になる。

このバスを見てパッと乗車定員が言える方は、かなりマニア度が高いと思われる。私もこの職業に就いていなければ、定員など知らずに過ごしていたかも知れない。そして、その定員を知った時には、正直言ってかなり驚いた。意外に多いのだ。

勿体ぶっていても仕方ないので、車検証の一部をご覧頂こう。

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運転手も含めて、「78人」が正解。つまり運転手を除けば、77人までのお客様に乗って頂いてよいことになる。

あの車体に78人って、かなりのすし詰め状態になる。扉間近まで一杯に乗って頂いて、これくらいの数字になるのじゃないだろうか。特に今のノンステップ車両は、タイヤハウスの部分がベコンと飛び出ているから、それをも換算すると、一人当たりが所有できる面積はかなり狭くなってしまうと思う。

因みに[ ]で囲ってある数字はご想像がつくと思うけれど、座席での定員である。

観光・長距離仕様のバスでは定員の計算方法が異なるのだが、一般の路線バスでは床面積で定員が決まるらしい。つまり、先程チラッと書いたけれど、一人当たりの所有面積ってのがあって、それを総床面積から割ったのが定員になるのだそうだ。原則としては、通勤電車と計算方法は同じらしい。

逆の言い方をすれば、路線バスで定員オーバーを起こそうとすれば、かなりの苦渋をお客様に強いない限りそう云う事態にはならない。「そう云う事態」にならないように、予め一人当たりの所有面積を狭くしてあるのだろう。

写真に載せた車は、車検証のように1092cmの車体長であるが、前職でスクールバスの運転手をしていた頃は、あれよりもう一回り長い11.5mの車体を運転していた。0.5m長い程度だから、定員としては90人弱かと思う。

その当時に、104人を乗せたことがある。私のスクールバスの当時は、連絡する地下鉄駅に乗車整理の爺ちゃんがいて、乗車人数をチェックしていた。カウンターで数えていた数だから、大きな違いはないはずだ。あの頃は、「乗せなければ朝の混雑がはけない」として、乗せられるだけ乗せたものだ。定員なんて、当時は知らなかった。

今から思うと明らかに定員オーバーではあるが、15年以上昔の話なので、時効成立と云うことにしてやってくださいな。

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