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2010年5月17日 (月)

仙台近辺無計画旅行(3・4日目)

3日目(5月16日)

少しは計画を練ってみた(タイトルには合わないが)。8時前に起きて、先ずは下り方の陸前山王まで行く。

陸前山王は仙台臨海鉄道の始発駅にもなるので、貨車の姿も見える。

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但しここで貨物撮影の予定はない。昨日、撮影で玉砕した「こがねふかひれ」や「リゾートみのり」を撮るのが主目的なので、予め見つけておいた畑地へ行って、そこで少しく撮影する。足元にはテントウムシがチョコチョコと歩き回っていて長閑だ。「テントウムシの産婆」などと下らんギャグを思いつく。

ほぼ目的を達成したと思われるので、予定……から少々外れるが、もう少し下って愛宕まで行ってみる。

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この字を見ると、私は某・国営放送本局の昔の住所を連想してしまう。人間が古いかも知れぬ。
それはいいので、ここではほぼ「駅撮り」に近いことをしてみる。

昼前の列車で上りにかかり、仙台を通り越して更に上る。列車そのものは、昼間は仙台で必ず乗り換えなければならないようになっており、ちょっと面倒な気もする。その乗り換えた列車で北白川まで行く。駅の近辺に、いい撮影地があると撮影ガイドにある。

当の撮影地付近の踏切にて。

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通行禁止の標識が立っているのに、何故、警報機付きの踏切が存在するのだろうか?

謎を秘めたまま1時間ばかりの撮影を終え、更に上り方向に進む。次は越河(こすごう)付近に狙いを定める。ここも撮影地ガイドに載っている。

駅から降りて歩き出すと、中古のバス売り場が見えてきて、私の鈍感レーダーでも激しく反応がある。何で?とも思うが、京急バスや神奈中バス・大阪市営バスに混じって、自分の職場のバスが見えてきたからだ。

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社内番号はS-487とある。一昨年度に廃車になった車両だと思う。もう一台見えたが、社番は不明。

更に歩を進めると、その中古車屋の第二駐車場があり、

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地元のM鉄が使っていたに違いないと思われる車両が置いてあった。「名古屋22か」で4200番台のナンバーがついていた車両のはずだ。私の記憶が正しければ、先日vanagon714さんのブログにあった「ワールドインポートフェア」で投入された車両だと思う。ヴァンホールっだっけ?
ただ、写真で見てお判りの通り、これは売り物ではなく、単に倉庫として使われているようだ。

同じ駐車場にて。これは帰りに気付いたのだが

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右端の車両、後輪の後ろだけが「二階建てバス」になっている。かなり珍しい車両だと思う。車体に大きく「VOLVO」とあるからメーカーは判るけれど、こんなバスは初めて見た。前所有者は「富士交通」とあった。

バスの写真ばかりだが、ここでもちゃんと撮り鉄はしたので、ご心配なく。

今日も風があって寒い、との天気予報を信じて厚着をしてきたら、今度は逆に暑いくらいであった。分厚いセーターは、レンズを入れるナップザックに押し込めて行動する羽目になった。

4日目(5月17日)

タイトルにウソ偽りあり、になってしまうが、今日の予定は9割方決まっている。9時25分発の東北・陸羽東線経由新庄行き・快速「リゾートみのり」の指定券が取ってあり、新庄からは山形新幹線の「つばさ」、そして東京からも新幹線で名古屋へ戻るだけである。

今日は月曜日だが、臨時快速の「リゾートみのり」は運転日になっている。

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昨日までは、これの撮影に奔走していた訳だが、今日はゆったりと客になる。時刻表をじっくり見るまでは、この列車の存在に気付かなかったので、正直言ってポスターなどを見るまでどんな形の列車かも知らない始末だった。

車体にも大きなロゴが書かれている。

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車端に平成20年改造の銘板があった。新しいリゾート列車の改造などは知らないことも多く、お粗末な鉄道ファンである。形式は昔のままで、キハ48の一環として扱われている。

折角取れた指定券だが、車内はガラ空きだった。直前になって旅行会社が手放したのだろう。それはいいとして、そのガラ空きの私の席に、私より少し年上の感じの女性が座っている。声を掛けると「あら、私はここの筈だけど……」と言いながら指定券を見る。日にちも席も私と同じになっている。「ありゃ? ダブった?」と思っていると女性が「済みません、これ、帰りの指定券でした」と言った。

肝心な座席だが、シートピッチがかなり広くて快適だ。

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窓一つに座席1列である。元車の窓枠を取り払って座席を配置しているらしい。かなり贅沢な改造と言えよう。改造車によくありがちな「窓と座席のズレ」も当然ない。

定刻に発車して、ディーゼルの音を楽しんでいると、先程の女性が申し訳なく思ったのか「これ、買い過ぎてしまったので」と言いながら、缶ジュースを手渡してくれた。今時のおばさんにしては、律儀な方である。

今日も暖かそうだ。気になって田圃を見ていると、風が少しあるようで、水鏡は出来ないように思われた。ちょっと安堵の気持ちが起こる。

小牛田からは陸羽東線に入るが、進行方向が変わる訳でもなく、快適に走る。11時ちょうどに着いた鳴子温泉で、女性は会釈しながら降りていった。

ここで25分も停車する。上り列車との交換のためでもあるが

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車掌が「改札の外に足湯がありますので、どうぞご利用下さい」とアナウンスする。列車の観察に忙しくて足湯には入らなかったけれど、粋な計らいをするものである。

粋な計らいと言えば、鳴子温泉を出て少し行った「鳴子峡」の橋の上(紅葉の有名撮影地)では、「ここは速度を落として通過します」とのアナウンスが入り、5秒くらい停車してくれた。観光列車ならではである。今は新緑が眩しかった。

色々書いているとキリがないから、新庄へ着いたことにして、目新しい列車の旅は終わりにする。あとは、さいぜん書いたように、新幹線乗り継ぎで戻るだけだ。

山形新幹線では、赤湯を出たところで「前方の踏切に異常があるとの信号が入りましたので」と、少しイレギュラー停車した。新幹線に踏切もどうかと思うけれど、これで8分遅れになった。

乗っている内に徐々に遅れは取り戻され、東京へは「定刻に到着です。途中ではご迷惑をお掛けしました」とのこと。限界に近い速度で走っているはずの新幹線で、8分の遅れを取り戻した運転手さんには、拍手を送りたい。

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コメント

お疲れ様でした。
今回は天気も良く寒くなかったので、いい撮影日和でしたね。

「リゾートみのり」は運転日が多いので利用しやすいですね。
東はリゾート列車に力を入れているのでしょうか。
飯山・大糸線用と五能・津軽・大湊線用を新造するようですね。

S-487は買い手が付かないのでしょうね。3扉が原因でしょうね。基幹2号用や高速1号用の2扉車は直ぐに売れましたからね。

投稿: N市のT | 2010年5月18日 (火) 09時55分

「こがねふかひれ」と聞いて美味しそう‥と思ったのは私だけ?
塩釜から三陸海岸を北上、気仙沼あたりは「フカヒレ」の一大産地でそのあたりでは、フカヒレを黄金色に煮込み味付けし、それを使ったお寿司が食べられるそうです。残念ながら、まだ頂いた事はございませんが‥
そんな事を創造してしまった、勤務中、昼食前の私でした。

投稿: suzuran6 | 2010年5月18日 (火) 11時35分

>N市のTさんへ
初め2日は寒さがありましたが、後半2日はまあまあでした。何より雨に降られなかったのが一番助かりました。
「こがね」の方は土曜休日運転ですが、「みのり」は運転日が多くて、平日に乗り鉄を楽しみたい者にも便利な列車ですね。改造車両がまだまだ登場するとの由ですので、鉄道ニュースをチェックしたいと思います。

今時、3扉の車両を必要とする業者は少ないでしょうね。多くのバス事業者が「後乗り前降り」を採用していますから、3扉にするメリットは少ないでしょう。今までの3扉車が、すんなり引き取られた方が、寧ろ不思議だったのでしょう。

投稿: N市のTさんへ | 2010年5月18日 (火) 20時45分

>suzuran6さんへ
お仕事中にコメント頂きまして有難うございます。
「ふかひれ」はスープのイメージばかりがありまして、寿司になっていることは存じませんでした。
以前この界隈へ出掛けた時には、「黄金街道」なるキャンペーンをやっておりまして、「何でこの辺りが『黄金』になるのかな」と思っていたのですが、お蔭様で謎が解けました。
次回こちらへ赴く機会がありましたら、是非、お寿司の方を堪能したいものです。
宮城県の魚で思い出すのは、「秋刀魚」の刺身が食べたいばかりに、2年連続で秋にわざわざ気仙沼に連泊し、夜な夜な★と共に頂いたことです。三陸沿岸は、魚介類が豊富だと改めて感じました。

投稿: suzuran6さんへ | 2010年5月18日 (火) 21時03分

こんばんは。
バンホール、懐かしいですね~
たしかにワールドインポート・フェアでピカピカのバンホールを
見かけました。
画期的な輸入路線バスだったのですが・・・今では廃車体なのですね。
ボルボの廃車体は富士重工が作った「アステローペ」ですね。
アンダーフロアエンジンなのでリアに2階建て部分を作れます。
高速路線バスのも採用されて一世を風靡しました。

私はリゾート車両には疎いのですが「みのり」は見るからに快適そうですね。
窓の下辺が低いのもポイント高いです(^^)
気動車というのも惹かれます。

投稿: vanagon714 | 2010年5月18日 (火) 22時23分

ボルボは廃車体ではなく売り物でしたね。
大変失礼いたしました。

投稿: vanagon714 | 2010年5月18日 (火) 22時24分

>vanagon714さんへ
バンホールのバスですが、同じ時期に納入された他社車両よりも早めにM鉄から消え去った記憶があります。後部に向かい合わせの座席があって、評判が芳しくないと聞いたことがあります。また、排気ガスの黒煙が、当時のFそうのバスよりもかなり酷く、これも早期引退の理由になったかも知れません。
ボルボの方は、富士重製の車体なのですね。言われてみれば、最後部まで座席がありますから、アンダーエンジンで然りと思いました。
実は私は、一階の窓のない部分は「荷物室」とばかり思っておりました(汗)。観光系のバスは車種も車体も様々で、とても覚えきれないようです。

リゾート系の車両は、JR東の範囲でかなりあちこち走っています。時刻表に載っている列車が多いので、探すのも容易です。是非是非どれかに乗られてみることをお奨めします。指定席料金だけで楽しめますので、お財布にも優しいかと……。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年5月19日 (水) 22時28分

バンホールのバスは画期的だなあと見たときは思ったのですが・・・
向かい合う座席はヨーロッパでは普通のようですが日本では
受け入れられないのですね~
鉄道では当たり前なのですがねぇ・・・
ボルボ・アステローペはスーパーハイデッカーの変形バージョンですね。
たしかリア・オーバーハングに1階席が無いバージョンもあったかと
思います。
バンホールでもアストロンという同じようなタイプの車があって、名古屋観光
あたりでたしか導入していたかと思います。
最後部の1階席での眺め、面白そうですよね(^^)

投稿: vanagon714 | 2010年5月20日 (木) 00時46分

>vanagon714さんへ
言われてみれば、鉄道では向かい合わせであろうが後ろ向きであろうが、それそのものは不評の対象にはなりませんよね。
敢えて言うなら、バスの方が鉄道よりも揺れが大きいですから、酔い易い方からの苦言もあったのかもしれません。
写真のバンホールバスは、M鉄での晩年は大学と地下鉄駅を結ぶ路線に専属で使われていたようです。
ボルボの方は、私も見た目は「スーパーハイデッカーに似ているなあ」と思っていました。リアに1階席がなければ、単なるスーパーハイデッカーで終わってしまう感じですものね。
この時期(1990年前後)には、ハイデッカーや二階建てでも外国産のものが多く導入されたと思います。バブルで各業者とも“目玉商品”を次々と投入していたような記憶があります。具体的に名古屋観光にそう云った車があったかどうかまでは、私の記憶に定かではありませんが、「乗ってみたくなるバス」が色々観察できたような時期だったと思います。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年5月20日 (木) 20時55分

踏切は警音機ありの遮断機なしなので第3種踏切ですね。
標識は「通行禁止」ではなく「車両通行禁止」だと思います。

ってことは歩行者や自転車押し歩きなら通れるという事だと思います。

余談ですが、私は鐘式の踏切(電鐘)が好きなので、家にあります。
コンセントに挿せば「カンカン」鳴り響きますよ♪

投稿: 企4 | 2010年5月21日 (金) 21時22分

>企4さんへ
最近は、小さな踏切でも遮断機付きのものが増えてきて、仰せの「第3種踏切」が減ったように思います。

自動車学校に行っていた時分から随分時間が経ってしまいまして、標識の意味をしっかり覚えていませんでした。「車両通行禁止」なら、説明がつきますね。失礼致しました。

最近は電子式の音声の踏切が殆どで、「カラン、カラン」と鳴る踏切には中々出会えません。ご自宅にある電鐘は大変貴重なものだと思います。

投稿: 企4さんへ | 2010年5月21日 (金) 23時04分

撮影旅行お疲れ様でした!
ヴァンホールのバス、昔デザイン博の時に上社駐車場~上社駅のシャトルバスにも使われてました。廃車体とは言え、まだ“現役”だったんですね。これは私の推測ですが、早々と姿を消した理由は輸入車ゆえの、特に海外からの部品の取り寄せに起因するメンテナンスの費用や時間が余分にかかること、実際に乗ったわけではないので完全な憶測になりますが、国産のに比べると座席が少なく、また冷房も弱かったのでは?と思います。
そしてさらに憶測すると、エンジンが5.6Lと小さかった上に後輪前部の車体右側座席の下に寄せて置かれていたこと(当然エンジンルームは窮屈になる)、ストップ&ゴーの多い日本独自の使われ方をされると特に真夏にオーバーヒートを頻発させていたのでは?と思えます。

投稿: リニモ1号 | 2010年5月31日 (月) 15時11分

>リニモ1号さんへ
まさか、東北の片田舎でこのバスに出会うとは思いも寄りませんでした。
同時期に入ったバスよりは、かなり早くにM鉄から姿を消してしまいました。私もN外大(当時のA女子短大)のバスをやっていた頃は、頻繁にすれ違ったり後ろにくっついたりしていました。
早期引退の理由は諸説が考えられますね。
ただ、やはり輸入車ゆえに、貴兄が仰せられるメンテに手間がかかった点は大いにあると思います。部品の取り寄せだけでも、時間がかかってしまったのではないかと拝察する次第です。今のように、輸入バスが多く走っていた時代ではないですものね。
何れにしても、日本の道路事情にマッチしなかったことが、最大の理由であろうとは思いますね。

投稿: リニモ1号さんへ | 2010年6月 1日 (火) 22時12分

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