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2010年5月21日 (金)

159系修学旅行用電車

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北海道ご出身の方々には馴染みの薄い車両かと思うけれど、少しだけお付き合い下さいまし。

今ぐらいの時期は、修学旅行用の臨時列車があちこちの線区を走り回っていると思う。

名古屋在住の私たちの中学の修学旅行(1978年)は、既に修学旅行列車が新幹線に置き換えられていて、在来線の修学旅行用電車に乗れる機会はなかった。

で、上の写真であるが、1972年3月の東海道本線の時刻表から抜粋したもの。スキャナーがちっとも修理から戻ってこないので、デジカメの映像でご堪忍願わなければならないけれど、当時でも4本の修学旅行電車が各地から東京を結んでいたようだ。
因みに「こまどり」は大垣始発、「わかば」が明石、「わこうど」は下関、「わかくさ」が京都のそれぞれ始発となっている。この内の「こまどり」は名古屋に程近い、大垣の電車区所属の159系電車で運転されていた。所属区をそのまま始発駅にしているのも、当時の国鉄らしくて微笑ましい。

当の、159系電車を1978年に写したものが出てきた。

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ネガから起こしてあるので、変色が著しいけれど、俗に言う「修学旅行色」を纏っている。名古屋地区には他にも修学旅行用の155系電車があったのだが、こちらは1975年頃から湘南カラーに塗り替えられて、急行型の153系や165系と混結されて名古屋地区の普通列車や快速列車に充当されていた。

159系も、冬季には臨時急行として修学旅行以外の用途で運転される機会があったそうで、中央線などの低断面トンネルを通れるように、元々が低屋根構造で造られている。皆さんが見慣れた急行用車両に比べると、おでこがペシャンとした形状であるのにお気付き頂けるかと思う。鉄道ファンからは「ペコちゃん」の別称を貰っている。

私が名古屋駅まで写真を撮りに出るようになった、1978年頃には、もう修学旅行としての用途はなかったようだ。
急行車両と同じ車内設備と、低断面トンネル通行可の特色を生かして、中央西線の臨時快速「木曽路」として運転されている姿が、私の脳裏には焼きついている。

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名古屋駅を発車していく「木曽路」号。当時の時刻表を見てみると、名古屋を9時半頃に出るのが、設定臨の時刻だったようだ。朝6時頃にブルトレを撮影した後、少し間が空くけれど、この独特のカラーの電車を撮るのが楽しみであった。

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159系電車の運転席。名古屋でも、運転手さんは気さくな方が多かったと思う(はっきり書くが、駅員さんは意地悪な人が多かった)。子供が「運転席の写真を撮らせてください」と言うと、いとも簡単に「どうぞ」と運転室へ入れてくれたものだ。153系などと殆ど変わらない運転席だとは思うけれど、今にして思うと貴重な電車の運転席に足を踏み入れたものだ。

この、「木曽路」号を中央西線の駅から撮影したものがあるので、それもご覧頂こう。

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私が現在、殆どの旅行の起点にしている千種(「ちくさ」、と読む)駅だが、駅の南側にある跨線橋からは、昔はこんな写真が容易に撮れた。今はフェンスに覆われてしまって、この角度での写真は撮れない。ホームの右側には、以前記事にした70系電車も停まっていて、古き良き時代を彷彿とさせてくれる。

と、こんな感じで、私が知っている159系電車は晩年の姿ばかりだけれど、こんなカラーの電車も走っていたのだと、少しでも多くの方に知って頂ければ幸いである。

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国鉄・JR」カテゴリの記事

コメント

運転席の写真良いですねぇ。
一時は踏切事故に備えて高運転台ばかりの車両が多かったですが、JRでは普通の運転台の電車が投入されるようになりましたね。

スピードメーターの位置が今はなき名鉄のHLと同じような所にありますね。

平成7年6月に中学の修学旅行に行き、車両は昭和53年の0系でした。恐らく当時の最古参車両クラスでしょう。
行き先は「修学旅行」となっていました。
クラスによってはグリーン車でした。
私らのクラスは・・・ノーマル席でした。
進行方向左側に座り、錆び気味の名古屋臨海鉄道のレールを見ながら東京に向かったのです(笑)

投稿: 企4 | 2010年5月21日 (金) 21時15分

>企4さんへ
同じ修学旅行電車でも、田町や宮原に配置されていた167系だと、高運転台になっていましたね。運転台が低い方が、柔和な表情に見えます。
最近は、前面の補強がしっかり為された車両があるようで、再び運転台が低くなっているようですね。

私の修学旅行時は、0系新幹線しか存在しなかったので、自ずとそれで東京まで行きました。方向幕は貴兄と同じで「修学旅行」となっていました。列車名は昔の愛称をそのまま受け継いで「こまどり」でした。
列車名は違っても、実質は「こだま」と同じ扱いだったようで、各駅に停車しながらの行程だったように覚えています。
東京に向けて左側が2人掛けなのは今と同じで、私も敢えてそちらの席に座っていったのを記憶しています。また、左側の席の方が、東京の田町電車区などを眺められたものですから(笑)。

投稿: 企4さんへ | 2010年5月21日 (金) 22時56分

確かになじみの無い車両ですが、神田の交通博物館に、実物ではないのですがありましたので、見た様な気になっています。
しかし、なじみの無い車両ですが、子供の絵本などには良く登場しており、内地では修学旅行様の電車があるんだあ~の認識はありました。

私が良く遊びに行っていた「月寒駅」の駅員さんは、優しかったですよ、もっとも小さな駅ですからね。

投稿: suzuran6 | 2010年5月22日 (土) 09時05分

>suzuran6さんへ
このブログは、道内出身の方の読者が多いことは承知していましたが、私共でも見る機会の少ない車両でしたので、敢えて記事にしてみました。
そうそう、子供向きの絵本には載っていました。私も初めはそれで知りました。

名古屋近辺の駅員さんは、どういう訳か意地の悪い人が多かったんです。以前別の方にも話したことがありますが、切符に無効印が欲しい、と頼むと硬券の一端をわざと折り曲げてから判子を捺したり、もっと酷い人は「無効印? そんなもの無いわ!」とどやされたり、散々な思い出が多いのです。

投稿: suzuran6さんへ | 2010年5月22日 (土) 18時05分

修学旅行電車で修学旅行に行ってみたかったですね。
私のところは定期列車を使って京都まで往復しましたからね。
京都から東京までは「青いひかりの超特急♪♪」でした。

あの当時の駅員さんは親切なイメージしか残っていません。
お茶を出していただいたり、山菜うどんをご馳走になったり、記念切符の№1取りの時には夜待合室や通路に寝かせていただいたりと色々お世話になりました。

投稿: N市のT | 2010年5月22日 (土) 20時15分

私もsuzuran6さんに同じく、神田の交通博物館で見たような気がします。
たしかヘッドサインは「なかよし」だったように思います。
もしかしたら167系の前頭部分だったかもしれません。
修学旅行用電車といえば元祖の155系を思い起こします。
3×2の座席配置は小学生ならOKだったのでしょうね。
今更ですが一度乗って修学旅行に行ってみたかったですね。
159系の方は155系とそっくりですが車内設備を153系と同等にして
一般の臨時列車にも使えるようにしたのだそうです。
どちらも台車がコイルバネだったのでけっこう揺れたのでしょうかね?

投稿: vanagon714 | 2010年5月22日 (土) 22時07分

>N市のTさんへ
この手の車両は見るのが関の山で、乗る機会はとうとうありませんでした。私より10歳くらい年上の方だと、多分乗車の機会があったのだろうと思います。
私共が修学旅行に出る頃は、新幹線が岡山・博多と延びていた時期なので、殆ど本来の用途としては使われていなかったようですね。

駅員さんは、地域によって様々だったと思います。名古屋から少し外れた恵那やその近辺では、随分親切にしてもらいました。名古屋駅・千種駅・大曽根駅は、何れも大変感じの悪い駅員が多かったように思います。今では考えられないことですが。

投稿: N市のTさんへ | 2010年5月22日 (土) 23時06分

>vanagon714さんへ
私も交通博物館で、前頭部を見たように記憶しています。ヘッドマークは覚えていません。
昔の時刻表を見てみると、記事の列車名の他に「きぼう」「ひので」などがあったようです。
155系は仰せのように修学旅行用電車の元祖ですね。車内を見る機会がありませんでしたが、末期は153系などと混結されていたので座席配置を変更していたかも知れません。
この当時の急行用車両はコイルバネが多かったですね。空気バネは贅沢仕様みたいな時代でした。学生を乗せるだけだから、という理由で、オールコイルバネだった様ですね。脳天に響く揺れがあったと思われます。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年5月22日 (土) 23時33分

159系に加えて、155系も後に大垣に転入して来たようですね。
313系の顔(特に大垣の)を見ると大垣にいた155・159系、そして153系の生まれ変わりに思えるのは私だけでしょうか。

投稿: リニモ1号 | 2010年5月31日 (月) 14時42分

>リニモ1号さんへ
配属になった順序は詳しく知りませんが、159系は中京地区専用との目的で作られたそうですから、後になって155系が転属してきたのでしょう。
大垣の車庫の横を通る時に、修学旅行色の電車を見るのが楽しみでした。
今時の313系は、運転台が低い構造に逆戻りしましたね。仰せのように、155・153系と似通う部分を、私も感じます。

投稿: リニモ1号さんへ | 2010年6月 1日 (火) 21時49分

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