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2010年2月 1日 (月)

清水沢再々訪記

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今日は、珍しく画像主体の記事になるかな。

先日の札幌方面の旅行記で「後日別掲としたい」と書いた清水沢のことについて、詳細を綴ろうと思う。

清水沢とはご存知の方も多いと思うけれど、現在の石勝線(昔は夕張線といった)の支線にある、途中駅である。昔はここの駅から三菱石炭鉱業線が伸びていたが、1987年7月に廃止されている。

この石炭線があった頃は運炭列車で活気のあった駅だそうで、少し前にsuzuran6さんがその活気のあった時代をモノクロ画像で紹介されていた。それを拝読したのと、N市のTさんから「清水沢には、まだ硬券の入場券がある。手書きの切符も残っている」と教えて頂いたので、今一度この駅へ訪れようと思ったのだ。情報をご提供下さったsuzuran6さんとN市のTさんには、厚く御礼申し上げる次第である。
2年前の1月と5月に石勝線のこの支線の撮影に訪れ、2度とも清水沢駅で降りている。でも、清水沢の活況は殆ど知らずに降り立ったから、駅構内の広さに唖然とするだけで終わってしまった。今回も余り時間に余裕はないが、記録できるだけ記録しておこうと、旅行の最終日を空けておいたのだ。

さて、前置きは程々としておいて。

兎に角、清水沢駅に着いたところから話を始めよう。

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自分の乗ってきた列車を見送ったら、もう小さなホームに残っているのは私一人だった。私と共に私とほぼ同年代の男性客が降り立ったが、この方はどう見ても地元の方のようで、私みたいにカメラを構えることなくさっさと駅舎へと続く通路を歩いて行った。服装も旅行者のそれではない。

その「駅舎へと続く通路」。

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ホームからかなりの距離がある。20m……いや30mくらいあるだろう。嘗てはこの間にびっしり線路が張り巡らされ、石炭を運ぶ貨車や機関車が所狭しと待機していたそうだ。然し、その面影はこれでは全く感じられない。

ともあれ私も駅舎へ行き、先ずは「切符収集」に精を出す。N市のTさんから「駅の営業時間は14時まで」と教えられていた。2年前、私が訪れたのも14時前だったことは確かだが、私の日頃の行いが悪かったのか委託駅員さんの都合か、何しろ駅員さんはいなかった。

駅舎に入って

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この看板をちゃんと確かめ、左手にある窓口でお目当ての入場券と、行先の異なる乗車券を2枚買う。折角買ったのだから、お披露目しておこう。

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言わずもがなの硬券入場券。

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大して売り上げに貢献できた訳ではないが、何も買わないよりはいいだろう。それと偶然だが、今一度、2枚の乗車券の券番号を見て頂きたい。
ちょうど私の購入1枚目で、一つの補充券册が使い切りとなり、2枚目では新しい册の「01」枚目となっている。册のラスト番号とトップ番号を手に入れられた訳だ。珍しいケースだと自画自賛みたいな気持ちでいる。

その、券を発行してくれた駅員さんに一声かけて、再び改札の中に入ってみる。

今は何もない駅舎とホームの間のスペースに、積雪計が建ててある。

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現在の積雪、ちょうど1メートル。前日の吹雪の影響で、この辺りでも多少積雪が増えていたのかも知れぬ。

駅舎側に戻って、もう一枚。

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嘗ての炭鉱線・三菱石炭鉱業線は、私が立っている一番駅舎寄りのホームから発車していたという。但し、宮脇俊三さんの手記によると、ホームは板張りだったとのこと。何れにしても、痕跡は完全に雪に埋もれて、平成の時代に訪れる私には当時を偲ぶものは何も目につかない。

写真を撮っていると、私が個人的に好きなハトさんたちが足元に寄ってくる。やけに人懐こいなと思っている間もなく、駅舎の扉がからっと開いて、さっきの駅員さんが餌をパッと撒いてまた駅舎に戻っていった。

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ちょうどお昼時だったから、奴らは餌が撒かれることを知っていたのだろう。斜陽の街・夕張に生まれながら、定時に餌をもらえる奴らは幸せ者だ。

もう一度改札を出て、駅の北側にかかる跨線橋に登ってみようと思う。ひょっとして使われずに雪に埋もれているかと危惧したが、

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幸い、人ひとりが通れる幅だけは除雪されていた。

陸橋から眺めた、現在の清水沢駅ホーム。

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最大でも、ディーゼルカー2両が停まったら一杯になりそうな長さしかない。今度は少し駅舎側に戻って、もう一枚撮ってみる。

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ここに、何本の線路が敷かれていたのだろう。私には画像合成の技術はない。それがあれば、真っ白な雪の野原に想像のレールを敷いてみることが出来るのに。残念だが自分の頭の中で往時を偲ぶしかない。

さて、折角駅舎の外に出たので、少し買い物をしよう。ちょうど旅行の時に持ち歩くメモ帳が切れかけている。駅舎のすぐ前に

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こんな看板が見えている。メモ帳を買って、少しでも夕張の応援をしよう。尤も、本屋と兼用のお店なので、文具はそれ程置いていなかった。メモ帳も小さな物しか見当たらない。だがこれも「何も買わないよりはいいだろう」。

文具屋を出て振り向くと、道路側からの駅舎が見える。

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窓を潰した痕跡がある。嘗てはここで運炭列車の乗務員も宿泊していたのかも知れない。駅員だって沢山いただろう。平成旅行者は、あくまで想像でしかモノを言うことができない。せめてあと5年早く生まれていれば、活況を呈したここへ来る機会が持てたかも知れない。悔しい。

悔しがっていても仕方がない。ちょっと駅周辺をうろついていただけで、もう帰りの列車の時間が近付いてきた。さっき去って行った列車がここへ戻ってくる三十数分が、今回私に与えられた短い「清水沢での停留時間」なのだ。折りしも一人の老婦人が、駅へ向かって歩いて来られた。私も婦人に続いて、ホームへの通路を歩いてゆく。

すぐに、折り返し列車の姿が見えてきた。

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私が初めて夕張を訪れたのは、1987年(昭和62年)3月のこと。時、まさに国鉄が民営化されてしまうという時期で、私は国鉄石勝線・夕張支線に乗っておくのが精一杯だった。その旅行では、まだまだ先に、標津線だの湧網線だのと乗るべき線が残っていた。とても、途中のこの清水沢で降りて、三菱石炭鉱業線に乗る余裕はなかった。もう一日、捻出すれば、乗れていたに違いない。だが、当時の私の頭には、国鉄しかなかった。
何かのキャッチコピーを借りれば「一駅で二度悔しい」。

清水沢も、隣の鹿ノ谷も、何しろ旺盛を誇った当時の夕張界隈は、夜でも空が明るかったという。それが、いつの間にやら斜陽の一途を辿り、現在では「市」を維持することもアップアップの街になってしまった。

それでも、ここに残って生活している人はいる。雪が1メートル積もっていても、廃墟が街を覆い尽くしても、ここでしか暮らせない人はいる。せめて、その人たちの生活の火種として、夕張支線は残って欲しい。鉄路として残って、ここに暮らす人々を支えて欲しい。

先程の老婦人を追いかけるようにして、私も急いで汽車に乗り込んだ。駅前旅行者でもいいから、きっと、いや必ず、またこの駅へ来ることを自分の胸に誓いながら。

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コメント

日が照るとまぶしい雪景色、そんな中に清水沢の駅は埋もれているのですね。
石炭輸送のターミナル駅だった痕跡は、冬には「なぜか広い!」「駅舎が大きい」しか見当たらないのですね。
雪が解けると清水沢から分岐して行く線路跡くらいは残っているのでしょうかね?

投稿: suzuran6 | 2010年2月 2日 (火) 08時26分

こんばんは。
やはり夕張方面は雪が深いですね~
清水沢ももう一度ゆっくり訪れてみたい駅ですね。
大夕張鉄道の痕跡も探してみたいです。
夕張はここ数年間でもずいぶん景色が変わってきたように
感じます。

投稿: vanagon714 | 2010年2月 2日 (火) 23時02分

>suzuran6さんへ
suzuran6さんが清水沢駅やここに屯するギーズルD51のことを記事にされなかったら、私も多分今回ここを訪れることはなかったと思います。
今はただ、だだっ広いだけの構内を見るにつけ「ここにそんなターミナル機能を備えた施設があったのだろうか」と思えます。ご覧の通りの深い雪に埋もれて除雪もされず、冬に痕跡を探すことは最早「不可能」と言い切ってもいい状態ですね。

以前初夏に訪れた時には、北東方面(ですよね?)に伸びる線路跡らしきものを見た記憶があります。

投稿: suzuran6さんへ | 2010年2月 2日 (火) 23時37分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
自分の宿泊した宿と、朝の寝起き具合などから勘案すると、結局はこの短い時間が清水沢滞留時間の限界でした。以前の体験からすると、却って苫小牧に宿をとった方が夕張地区を効率よく回れるような気がします。
6月の雪のない時期を狙ってのリベンジも考えています。
ただWikipediaによりますと、大夕張線の痕跡を探すことは極めて困難、と書かれています(橋脚やトンネルなどの撤去や閉鎖も進んでいるそうです)。

夕張支線自体も終点の位置が大幅に変更になるなど、変化が著しいようですね。また廃墟となった炭住の撤去や、新たなリゾート施設の建設などで、私が初めて訪れた87年3月当時と比較しても、かなりの変貌が見られます。

投稿: vanagon714さんへ | 2010年2月 2日 (火) 23時54分

広い構内が雪で埋もれて、かつての賑やかだった頃を思い出すと淋しいです。
これだけ閑散としているのに駅員がいるのが奇跡ですね。
今度は夕張駅前の某ホテルにでも宿泊して、じっくり夕張見物して下さい。

投稿: N市のT | 2010年2月 3日 (水) 21時41分

>N市のTさんへ
考えてみれば、夕張駅前にも立派なホテルがありましたね  (^ ^;;;
今、市役所などの旧本町は奥の方にありますが、商店街など賑やかそうなのは清水沢駅付近の方が一段上のように思います。
夕張支線も、現在の夕張駅の場所には新駅設置に留めて、鉄道そのものは奥まで残しておいても良かったのにと思います。
何れにせよ、仰せのように清水沢があれだけ閑散としている状況で、駅員さんがいるのは奇跡的ですね。駅員さんはこのままで続いて欲しいと思います。
駅そのものは、本当に広さだけが目立つちっぽけな存在になっていますね。

投稿: N市のTさんへ | 2010年2月 3日 (水) 22時14分

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