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2010年1月

2010年1月28日 (木)

札幌近辺撮影旅行(6~8日目)

またまた3日分を溜めてしまった。行程上止むを得ないのだが、何しろまた手短に3日分の記事を書いていくことにする。

6日目(1月26日)

これは6日目ではないけれど、ホテルの自室から撮影した夜景。

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前回の記事を書いてから、19階の自室からコンデジで撮影した。今まで私が泊まったホテルでは、最も背の高いホテルである。因みに宿泊室は21階まである。

この写真を撮った時は、翌日がここまでのことになるとは思わずに、ノーテンキであったのだ。

天気予報で、石狩地方はこの日、荒れるし冷え込むと言っていた。こう云うことだけは天気予報は実によく当てる。

前日と同様、10時20分発の札沼線のキハ201で札幌駅を出発。既に雪が強く降り始めていた。この日は新川駅から、目星をつけておいた駅やその周辺を順に奥へ進む予定でいた。

新川では先ず駅ホームから新琴似方面を向けて望遠レンズを構える。風も出てきたので三脚をしっかり据えて、新琴似寄りにある道路を跨ぐ橋を狙っていた。構図上、上り列車しか撮れないので、2本の列車を撮るために40分かかってしまう。20分間隔の運転でも2本の列車を撮ろうとすれば、計算上こうなるのは当たり前の話だ。然も、風が強まってきて列車に遅れが出始めた。上りは10分程度の遅れで、それも含めると同じ場所で50分待っていたことになる。

撮る内に、風が益々強まって、雪の降り方も激しくなってきた。まあ、ここまで来たからにはと思い、望遠撮影が終わると一旦駅を出て、線路沿いで高架を行く列車を狙える所まで少し歩く。然し、手が冷たくて敵わない。私にしては珍しく撮影中に手袋をはめる。吹雪の中、訳の判らない路地でカメラだけ持って立ち尽くしているから、近所のお婆さんらしきが変な目でこちらを見て通り過ぎていく。

やっと1本の列車を撮り終えたら、もう寒くてならない。取り敢えず新川駅へ戻ろう。早くもお昼時となったので、持参のパンにプラス缶コーヒーを買って、粗末な昼食とする。

次の目標は太平駅だ。札沼線の駅は、前日のあいの里公園までは全て有人駅と思っていたら、太平駅は無人で粗末な待合スペースがあるだけ。外は猛吹雪になっている。とても駅の外へは出られない。列車も4分だの6分だの、遅れていると頻繁にアナウンスが入る。駅の跨線橋やホームで雪を避けながら必死で列車を撮る。

次に向かった百合が原でもほぼ同じこと。地元の人でも「寒いですね」と言っている。ダイヤは乱れが酷くなったようで、ホームには遅れを告げるアナウンスが頻繁に入るが、風の影響もあって「3分遅れ」なのか「4分」なのか「6分」なのか全然聞き取れない。ホームには折角

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こんな液晶ディスプレイがあるのに、呑気に「温泉紀行」だのの宣伝ばかりしている。こう云うものをもっと活用すれば、情報も正確に伝わるのにと思う。
因みに、確か同じ百合が原で撮った、ホームの状況。

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撮ったのは篠路駅だったかもしれないが、何しろ凄いことになっている。列車が走っているだけでも不思議だ。ほうほうの体で篠路駅へ逃げる。篠路は以前、終着になる列車もあったから有人駅だろう。予想は当たり、有人駅には暖かい待合スペースもある。

篠路へ来たのは14時くらいだが、新川で吹雪になりだしたのが11時頃だったから、3時間くらい風雪に耐えていたことになる。その間何を撮影したか、あまり覚えていない。メモ帳には列車番号と撮影した駅・カメラの露出とシャッタースピードは記されているが、それ以外は詳しく書いている余裕もなかった。
冬山登山者が「何でこんな所で道を誤るのだ」と云うような場所で道を誤り、命を落とすとの話はよく聞く。それと似たような状態に私もなっていたのだろう。記憶が曖昧で、正確な判断力も失っていたように思う。

少し体を温めた後、篠路駅で何カットかシャッターを押したが、もう体力の限界である。苗穂まで行くと、駅前によくお世話になっている鉄道用品ショップがあるから、そこへ逃げ込むことに決めた。

ここの店は、vanagon714さんとご一緒している時に「入りますか?」と尋ねられたのだが、沈没するに決まっているので、敢えて「後日、一人で来ます」とお答えした。外はまだ強風だし、時間は15時半くらいに着いて、十分に沈没できる。結局予想通りに1時間以上の轟沈となった。いつもと似たようなものも買って、散財も勿論した。

夕食を済ませて早めにホテルへ戻り、地元のニュースを聞いていたら、札幌の昼間の気温は、朝より冷え込んで-7度だったとのこと。これに風速5m以上の風が相俟っていたから、体感気温は-10度を割り込んでいただろう。内地の人間が、よくぞ耐えていたものだと自分ながらに感心した。

7日目(1月27日)

19階の部屋で迎える朝も、これで最後となった。贅沢なバイキングの朝食もこれが最後である。存分に味わってから、ホテルをチェックアウトする。

この日は撮影は殆ど考えておらず、石勝線・夕張支線の清水沢へ行こうと決めていた。行って帰って札幌駅で少しゆっくりしていれば、帰りの列車・カシオペアの発車時刻の16時12分などすぐだろう。

幸い、昨日の吹雪は嘘のように収まり、いつものように人々が雪道を歩いている。いつも撮影の時に背負う大きな望遠レンズの入ったナップザックは、衣類などの荷物と一緒に既に宅急便で自宅に向けて送ってある。カメラバックと三脚バックだけの身軽な姿で、札幌駅へ赴く。

たまたまではあるのだが、この日乗ろうとしていた夕張方面への特急も、前2日と同じ10時20分発である。でも、前2日はロングーシートの普通列車で西へ、この日はゆったり座席の特急で東へ向かう。周遊きっぷだと特急でも自由席は乗り放題だから、これを使わぬ手はない。

夕張支線の分岐する新夕張までは特急で1時間と少し。外は晴れだして、爽快な気分で特急列車を見送る。

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昨秋投入されたばかりの、新型車両である。

さて、ここからは一気にローカル線の客に変身する。

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こんな行先で、つまり清水沢とは、あの夕張の市内にある小さな駅なのだ。駅では14時までなら、委託の駅員さんが硬券の入場券や手書きの切符を発券してくれるとN市のTさんから教えて頂いた。それらを手に入れ、あとは嘗て私鉄線をも分岐していた駅の変貌振りを観察するのが目的である。

当の清水沢駅に関しては、ここで書くと長くなるので後日別掲としたい。ただ、行きと同じ列車の折り返しまで、30分余の滞在では短かすぎて残念だった、とだけは記しておこう。

戻りの列車は乗っていればそのまま千歳まで連れて行ってくれるので、終点の一つ手前の南千歳で降りた。ここからは新千歳空港始発の快速列車が、札幌へ向けて15分ヘッドで運転されている。新空港開港のおかげで、千歳線はすっかり便利になった。

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札幌近辺ではお馴染みの車両である。ところが車内へ入ると満席である。ちょうど飛行機の到着と重なってしまったらしい。暫くデッキで立っていたが、昨日体力を消耗したから立っているのも億劫だ。時刻表を繰ると、北広島で停車して普通列車を追い抜くことになっている。普通列車に乗ったところで札幌到着が12分遅れるだけだ。急ぐ旅行でもないから、北広島で普通に乗り換えよう。どうせ、昼間の普通列車はガラガラだろうし。

目論見は当たり、北広島からは座席にありつける。14時52分、札幌へ戻ってきた。

さて、本州へ戻る寝台特急「カシオペア」は先程も書いたように16時12分の発車である。車内での夕食用の駅弁を買い、「びいる」を買い、その他車内で必要なもの諸々を買い溜めてもまだ時間は1時間近くある。そう言えば昨日、最近このブログにコメントを下さるようになった「幹星丘2一利用者」さんから『私も今、実家のある札幌に戻っています。カシオペアの時間辺りには、札幌駅近くでバスの写真を撮っていると思います。明日はおさかなさんのお見送りに行きましょうか』とメールが入っていた。そこで、少々厚かましいが、彼にメールを送ってみた。曰く「只今、札幌駅某所にてボケーッとしております」。

10分もせぬ内に、幹星丘2一利用者さんの人懐っこい顔が現れた。彼も私同様、鉄・バス好きで、私が名古屋でバスの運ちゃんをしていることが元で知り合えた方である。話が会わぬ筈はない。会話が弾み、列車の入線時刻が近付いたので一緒にホームへ入ってもらい、話は尽きることがないくらいだった。少し「カシオペア」の客室内も見てもらっていたら、もう発車1分前になっていた。

……そんな次第で、到着時にはvanagon714さんにお出迎え頂き、去る時には幹星丘2一利用者さんにお見送り頂くという、大変贅沢なご身分となってしまった。

因みに、行きの列車同様、自分の客室内の写真だけアップしておく。

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A寝台扱いの個室で定員は2人である。寝る時は写っている椅子双方をくっつける形で引き出すと、ベッドになる。もう一人分は、カメラバックが置いてあるけれど、あの左手側に人が一人、横になって入り込めるスペースが十分にある。つまり「L」の字型に2人の人間が休むという構造になっている。

往路の「トワイライト」同様、2人分のスペースを一人で占有し、びいるを飲んでヨイヨイとやっている内に、適当に夜が更けた。

8日目(1月28日)

目覚めたのは宇都宮の辺りだったかな。何しろ時計を見たら8時を指していたので、起きることにした。

勿論、窓外のどこにも雪はない。ここ数日ずっと雪を見続けていたから、逆に不自然に感じてしまう。

大宮の手前辺りから「東北線の通勤列車のダイヤが乱れております」で徐行や信号停止が相次ぎ、終着の上野には約20分遅れの9時45分頃に着いた。

上野からは普通に東海道新幹線で帰るのもつまらないと思い、切符の経由を中央線・塩尻経由としてもらってある。中央線に乗るなら新宿へ向かわねばならぬ。寝台列車が遅れることは往々にしてあるので、新宿は11時発の特急を予定してある。上野から山手線で新宿までは25分。新宿ではまた、時間を持て余す。
新宿ではホームにもう私の乗る列車は入っていて、車内整備のために乗れないだけである。

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この列車で、塩尻まで参る。

またまた因みに、車両番号を見ていて気付いた。

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車両形式番号の前に「◆」のマークが書いてある。これは、中央線などに多い低断面のトンネルでも通過可能なパンタグラフを付けた車両にだけ附される、国鉄時代からの表示記号である。民営化されてから既に20年以上が経つけれど、JR各社の共通マークとして健在なのだなとちょっとだけ嬉しくなる。

定刻に新宿を発車し、また雪のある山間部へ向かう。流石に本州中部では小淵沢辺りまで来ないと雪山は見えないが、そこを過ぎて茅野の辺りからは線路際にも雪が散見するようになった。ここ数日の慣習で、何故かホッとする。普段、名古屋では雪が少しでも積もると「困った」と大騒ぎする癖に、たった数日のことで雪に親近感を持っている。自分ながらに殊勝なことだと思う。

対向列車待ちのため、3分ほど遅れて塩尻着。次に乗る名古屋行きの特急「しなの」にはまだ25分ほどあるから、この程度の遅れは何でもない。昼食を食べていないので、駅の立ち食いそばを食す。

「しなの」は、途中の中津川までの特急券しか買っていない。特急ばかりではつまらないので、最後の中津川から先は、快速列車に乗り継ぐつもりである。ただ、今日は帰宅したら直ぐに、近所のかかりつけの医者に出向かなければならない。新型インフルエンザの予防接種の予約が取れているのだ。今日の診察時間に間に合わないと、キャンセル扱いでワクチンは廃棄されてしまう。

特急「しなの」は、私の気持ちを察しているかのように、快調に木曾谷を下っていく。次第に見慣れた景色となっていく中で、今回ほど充実した北海道への旅行があったかしら、と思った。
多くの方に出会ってお世話になった。heart01や♪もあった。出迎えて頂いて、見送って頂いて……。果報者だよな、が最後に頭に浮かんだ言葉。

せめて、もう一度、その方々のお名前を列挙させて頂いて、旅行記を終わろうと思う。

Special thanks to
vanagon714さん、yrr03464さん、Nさん、Wさん、vanagon714さんの奥さん、幹星丘2一利用者さん(お会いした順で書かせて頂きました)。

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2010年1月25日 (月)

札幌近辺撮影旅行(2~5日目)

旅行1日目の記事だけ亀山のホテルから書いて、それきり書いていないから、今日まとめて書こうと思う。かいつまんで簡略的に書くつもりだが、読み疲れた方は遠慮なく途中でギブアップしてくだされ。

2日目(1月22日)

朝、予定通りに起きれたから、遅刻することなく予定通りの8時03分発・関西線加茂行に乗る。キハ120という小ぶりなディーゼルカーだが、中央にある4人掛けのボックスシートに座れる。朝の通学の流れとは逆のようだ。

終点の加茂までは1時間半くらい、最近よく関西線に乗る所為か途中で景色を見るのに飽きてしまった。私には珍しいことである。ただ、加太越えのスイッチバック信号所・中在家が閉鎖されて信号機が横を向けているのは初めて見た。

加茂から一駅だけ電車に乗り、次の木津で今度は奈良線に乗り換える。奈良線は考えてみると、23年ぶりに乗ることになる。当時は電化されたばかりで2両の105系だった覚えだが、今は関西線と同じウグイス色の103系4両になっている。民営化されてから需要が増えたらしい。
ただ、沿線の景色には何も見覚えがなく、新興住宅地が目につくだけだった。終点京都へ11時09分定時着。

少し外へ出て昼食後、いよいよ札幌へ向けてひた走る「トワイライトエクスプレス」の客となる。京都は12時39分発。ホームでブラブラしていたらあっという間に時間になって、入線アナウンスが入る。

トワイライトに関しては、外観をご存知の方も多いと思うので、私が乗った「B寝台2人用個室」の写真だけを載せておこう。

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一人で2人用の客室を占拠するので、かなりゆったり感じる。写真のように車内でのんびりPCも広げられる。極楽だね~。

因みに心配していた雪や強風であるが、レチさんよればこの先心配はない筈とのこと。

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小松付近での車窓だが、積雪もない。先週、「天皇陛下万歳」と言って玉砕されたN市のTさんには申し訳が立たないくらいだ。

暖かい車内でウトウトする内に、夕暮れ時を迎える。「トワイライトエクスプレス」から見たトワイライトの映像(確か魚津付近にて)。

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夕餉のことなどはちょっと後日別掲としたいので、省略。

3日目(1月23日)

予定ではぐっすり寝るつもりが、何故か夜中の3時頃、機関車付け替えのために停車した青森信号所で目が覚めてしまう。直ぐ寝れるだろうとタカをくくっていたら、そのまま全く寝られなかった。レチさんが案内していた「3時41分頃に青函トンネルに入ります」も、五稜郭での再度の機関車付け替えも、全部記憶にある。それでも布団からは出たくないので、7時17分の洞爺到着までは意地で寝転んでいた。

この日は土曜日で、札幌駅でそのままvanagon714さんと落ち合うことになっている。早速vanagon714さんに「おはようメール」を打つ。

列車は幸いほぼ定刻に走り、少し寝不足のまま9時55分頃札幌へ到着した。到着ホームでvanagonさんと落ち合う約束で、すぐに「お久し振りです~」となる。

この日は市内でバスの撮影をメインにとお願いしてある。行程としては

札幌中央バスターミナル→JR苗穂工場→札幌駅→ブログで知り合いになって頂いたyrr03464さんのお勤め先→自分のホテル(西11丁目)のチェックイン→札幌駅付近の変わった飲み屋さん

となった。因みに札幌のバスのことなら任せておけ、のvanagonさんが札幌駅北口で教えて下さった情報。

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どちらも富士車体のUD車の後姿だが、「左が中央バスのオリジナル、右は元市営からの譲渡車ですね」と瞬時に言われる。何故お判りかと尋ねると「左の車は3連テールになっていますからね。右のテールランプの形は元市営車の独特の形状なんですよ」とのこと。

私もバス好きだが、自分の勤め先以外のバスのことは最近てんで判らない。一方のvanagonさんは、札幌近辺のバスに関しては、見た瞬間に「これは2台しかない車で珍しい」とか「これは横浜市営からの譲渡車」と言われるので、改めてvanagonさんの知識豊富さに感心してしまう。

その後にお邪魔したyrr03464さんの所で長居してしまったために行動が遅れだしたが、何と夜の飲み屋さんは「プチ合コンですね」と言われる。vanagonさんの職場の女性社員さんお二人を呼んでくださってあるというのだ。私の目と心は途端にheart01と♪に変わってしまい、睡眠不足などどうでもよくなった。

合コンには1時間近くも遅れてしまったが、久し振りにギャルお二人とお酒が飲めて、嬉しかった。飲食中、私は努めて平静を装っていたが、実際には心の中はheart01と♪で埋め尽くされていたのだ。困った中年オヤジある。

あ、因みに私は自分より10歳以上若い女性は、全て「ギャル」と呼んでおります。

あと、heart01と♪の中で「北海道限定のソフトドリンク」を飲ませて頂いた。

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サイダーと似た味の炭酸飲料なのだが、何しろheart01と♪で飲料の名前をメモるのを忘れてしまい、何という飲料だったか判らなくなった。「ナポリタンスパゲティーに似た色だから」とvanagonさんが言われた言葉を断片的に覚えている。「ナポリナントカ」だったと思うのだが……。

23時頃に解散し私も宿泊先のホテルに戻ったが、まだ頭の中がheart01と♪になっていて、地下鉄を降りてからホテルと逆方向へ歩き出してしまう有様だった。

冗談はさておき、ご一緒頂いたNさん、Wさん、有難うございましたheart01♪(ちっとも冗談をさておいていない)。

4日目(1月24日)

今日もvanagon714さんと一日ご一緒頂くことになっている。ただ、前日の寝不足が崇り、流石に早起きは出来ない。9時過ぎに起きるのがやっと。vanagonさんのご自宅に近い大麻まで私がJRで出向く約束になっていたが、大麻に着いたのはもう11時近かった。

早速、お車であちこちを回って頂く。函館線の撮影もあちこち回って頂いたし、江別近辺の「ちょっとした名所」巡りもして頂く。vanagonさんのブログでしか拝見したことのない景色などを実際に見せて頂き、ちょっと感動する。と共に、改めてネットの偉大さにも感心する。1500キロ離れた自宅でも同じ景色が見られるのは、凄いことだと思う。

15時くらいに「我が家へ寄って行って下さい」と言われ、お言葉に甘えることにする。出先からご自宅へ行く途中で、江別の中央バス車庫の前を通り、私も気になっていた中央バスの旧塗装車・赤白車を見ることが出来た。

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もう、中央バス全車を合わせても10台程度しか残っていない稀少車で、有難かった。

さて、vanagonさんのお宅へ入ると、途端に愛犬のめぐちゃんから凄い歓迎を受けた。私も犬は嫌いではないが、この熱烈歓迎は衝撃的だったなあ。めぐちゃん、絶対に番犬にはなれないと思う(笑)。

趣味や私の仕事絡みの話、秘密のお部屋などの拝見をしていたら、あっという間の夜だった。最後には夕食までご馳走になってしまい、もう私は申し訳が立たぬ。

そうそう、折角撮影しておいたので。めぐちゃんと、vanagonさんの奥様が買ってこられた可愛らしいカピバラさんのティッシュケースとのツーショット。

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ホテルへ戻り、早速vanagonさんにお礼のメールを打っていたら、自分のセーターにめぐちゃんの毛が2本、まだ残っているのに気がつき、何かジーンとしてしまう。今までの自分の人生の中で、あそこまで私を熱烈に歓迎してくれたワンちゃんはいなかった。今更ながらに嬉しさが込み上げてきたのだ。

ジーンとした気持ちのまま、vanagonさんへのメールを送信した。

2日間に亙り、vanagon714さん、有難うございました。

5日目(1月25日)

今日からは、また単独行動に戻る。今日は電化の工事が進む札沼線を、非電化の内に撮っておこうと思う。PDC(客車を改造したディーゼルカー)があれだけ数多く走る線は、全国的にも珍しい。

時刻表も何も見ずに、適当に起きて適当に札幌駅へ行ったら、私が撮影したいと思っていた「あいの里公園~石狩太美間の石狩川橋梁」を通る列車が意外に少ないことを初めて知った。昼間は20分間隔で札幌駅からの列車があるのだが、1時間に2本は一歩手前のあいの里公園で終点となってしまうのである。

然も、PDCに乗れると期待していたのが、たまたま来た列車は函館線・952Dよりの直通列車。

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つまり、先日来vanagon714さんのブログで話題になっていた、電車と協調運転用の201系だったのだ。4編成しか存在しないのに、よくぞこの列車を引き当てたものだ。

つべこべ言っても仕方ない。ロケハンしながらこの車両であいの里公園へ向かう。終点に着いたら着いたで、また何か撮るネタはあるだろう。あいの里公園駅では事実その通りになり、予定より大幅に長居してしまう。

肝心な石狩川橋梁は、この駅から徒歩10分程度、と撮影ガイドに書いてある。雪や地理不案内も重なり、20分以上かかって橋の堤防へ着いたら、橋梁に新たにトラスが延長されており、玉砕する。

電化される区間は詳しく知らないが、多分、札幌医療大学前くらいまでだろう。で、あいの里公園から一旦、石狩当別駅まで行ってみる。今日は何か撮影の意欲が湧き、石狩当別でもあれやこれやと撮影ネタを探してシャッターを切っていた。一昨日の合コンの、heart01と♪がまだ利いているのやも知れぬ。

当別駅の改札脇に、札沼線のダイヤグラムが張ってあり、駅員さんの許可を頂いてちょっと撮らせてもらう。

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夜中の2時や3時にもスジが引いてあり、列車番号代わりに「モ」とか「タモ」と書いてある。排雪列車のモーターカーなどの時刻だそうだ。

14時29分発の札幌行で、一駅の石狩太美まで戻る。ここも撮影ガイドに載っている場所があり、こちらは車窓で確認済みなので行ってみる。

歩く内に「ちらほら」の雪が急に激しくなり、一時は吹雪いた。それに、目的としている踏切の脇には、何故かパトカーが待機している。吹雪こうが、パトカーがいようが、撮影の目的は曲げたくないので、吹雪かれつつ尚且つパトカーに監視されつつ、あれこれのアングルで撮影する。次第に雪は止んだ。

撮り終えて、身支度を整えパトカーの横を通ると窓が開いて「どこからみえたの?」と聞かれる。ポリさんの顔は笑っている。名古屋からだと言うと「手ぇ、冷たくねぇべか」と言われる。撮影の時はシャッターが切りにくいので私は大抵、手袋をしない。「いつものことですから」と笑うと「いい写真、撮っていぎなよ」とまた笑ってくれる。こう云うおまわりさんばかりだと、いいなあ。

太美駅へ戻るうちに西日が射してきた。

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ちょっと幻想的な景色である。

陽も傾いてきたので、あとは、あいの里教育大駅でもう少し撮っただけで、今日は終わりにした。残った部分は、明日またゆっくり撮ろう。

18時にはホテルへ戻れる時間だった。

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2010年1月21日 (木)

またまた、旅の序章

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毎月毎月、飽きもせずに旅行へ出ている。

で、今回は上の切符をご覧頂けばお判りのように、北海道へ行く。登別が目的地という訳ではなく、周遊きっぷのゾーン入り口が登別というだけのこと。実際の目的地は、札幌近辺の予定としてある。宿も札幌のホテルを押さえてある。

もう一度「で」、上の切符をご覧頂けばまたまたお判りのように、本日、もう既に旅行は始まっている。今朝は5時38分という出勤時間で、ちゃんと仕事をした。それを終えてから、旅行に出て来ている。仕事終わりが15時10分くらいなので、帰宅してから着替えたりして身支度を整え、17時少し前に自宅を出発した。

いつものようにバスと地下鉄を乗り継ぎ、中央線の千種駅から旅行が始まる。名古屋まで10分ほど通勤電車に揺られた後、関西線で北海道とは逆方向の西へ向かう。

実際に北海道へ行くための列車として、明日出発する大阪始発札幌行きの「トワイライトエクスプレス」の個室券が取れいている。ただ、折角「トワイライト」に乗るのなら、少しでも長い距離を乗りたいので、当の列車は京都から乗る。そのために、今日は取り敢えず関西線で

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ここまで来ており、今日はこの駅近くのビジネスホテルで寛いでいる。明日は、関西線で更に西進し、奈良の手前の木津(きづ)から奈良線に乗り換えて北上し、それで京都へ出る予定になっている。いつぞのように寝過ごしさえなければ、京都を12時39分に発車する「トワイライト」にはちゃんと間に合うように、時刻表を繰ってある。

先日、日本海側を通る夜行列車の「北陸」「能登」が、3月のダイヤ改正で廃止になるからとて、ブログの先輩のN市のTさんが旅行に出られたのだが、多くの方がご存知のようにドカ雪による運休でTさんの旅行は殆ど目的未完で終わってしまった。

私の乗る予定の「トワイライト」も、モロに日本海側を通る。昨日は天気が回復してほぼダイヤどおりに列車は走ったようだが、昨晩から今日にかけての雨の後、急速に天気図の冬型が強まっている。日本海側の路線はあちこちで既に「強風による運休」が出ている。私もN市のTさんの話は他人事ではないのだ。明日、私が乗る予定の「トワイライト」が、どんな状況になるかは神のみぞ知る物語である。

列車がどんなに遅れてもいいから、兎に角札幌まで辿り着けるように運転されて欲しい、これが現在の私の唯一の望みである。先程食事のために外出したら、凄い北風になっていた。不安が煽られる。

札幌到着後、色々と楽しみにしていることも数多い。何とかなって欲しいなあと自分のことだけ都合の良いように祈りつつ、今晩は亀山から「旅の序曲」を演奏している私である。

追記:亀山駅の駅標写真がブレているのは、名古屋駅で調子に乗って買って飲んだ「びいる」の作用により、猛烈な尿意を我慢して撮ったからである。亀山へ向かう普通電車に、トイレはついていなかったのだ。悲劇は既に始まっている……のだろうか。

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2010年1月18日 (月)

おじさんのExcel教室

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表計算ソフトとして各方面で活躍している『Excel』。仕事で使っておられる方も多いのではとご拝察申し上げる。

私は仕事がワッパ回しに過ぎないので、仕事でExcelを使う機会は全くないといってよい。ただ、パソコンを少しでも使う者として、このソフトは使いこなせると大変便利な様である。

大変便利な「様である」などとの表現を使うのも、実は私がこのソフトを全く使いこなせていないからである。パソコン音痴も勿論認めるが、こと、Excelに関しては使い始めたのが2年位前で、まだまだ初心者マークが取れない状態だから、こちらに関しては“音痴以上”かも知れぬ。

然も、私が使っている機能は、現在のところ「データベースとして」に限定されている。ごくごく初歩的な機能を使って、「鉄道写真のアルバム」と「自分が所有するサイドボード(サボ)」の2点について、データを入力してあるに過ぎない。

ただ、現在、私が所持している諸々の印刷物の中には、明らかにこのソフトを使用したと思われるものがある。Excelの解説書(写真に写っている物を2年前に大枚叩いて購入した)を読んでいると、色々複雑な関数なども利用できるように書いてある。大体私は「関数」と聞いただけで、もうダメになる。中学時代に最初に理解できなくなって挫折を始めたのが、数学の諸々の「関数」である。今でも「関数」と聞くだけで、身の毛がよだってしまう。それぐらい苦手である。

また、(出来る人曰く)写真の画像を取り込んで、ポスターのようなものも簡単に作れるそうな。そう言えば10年くらい昔に、従兄弟が私の鉄道写真を使って、カレンダーを作ってくれたことがある。あれも、Excelを使ったと言っていたっけ。この機能は、大変初歩的な技術だそうだが、今の私にはまだ全く未知の世界だ。

おじさん、と呼ばれても可笑しくない年齢になってくると、理解度が落ちてくる。解説書を読んでも意味が通じないこともある。最近、このブログを始めたことである程度のパソコン用語は通じるようになってきたが、元々頭の中が「文系」の人間だから、数学用語のように複雑なパソコン用語の理解には時間がかかる。

「60歳になってからパソコンを始めた人だっていくらでもいるんだよ! たかだか46歳で偉そうなこと言っていないで、精進しなさい!」。そんな声が聞こえてきそうだ。だが、私のように仕事を持ち、尚且つ家事もこなさなければならない人間にとって、パソコンに向き合う時間は極めて限定されてしまう。

それに、普段は視神経を酷使する仕事だから、先日も書いたような老眼の始まったおっさんには、仕事が控えている時にパソコンと格闘することはそうそう出来ない相談なのだ。

このブログを、私より年上の方も多く読んで下さっていることは重々承知している。だが本人なりの事情もあるので、どうか温かい目でExcelの出来ないこのおっさんを見てやってくだされ……。

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2010年1月15日 (金)

プレ・ヒーター論争

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私たちの職場のバスに装備されているプレ・ヒーター。日本電装製のものを装備している。

ここ最近の寒さには、当然の如く大変重宝がられているのだが、私たちの職場では平成13年式の車両を最後に、プレ・ヒーターが装備されなくなった。理由は単純で、車両単価を下げるためである。

現在主流となっているノンステップバスの殆どは、プレ・ヒーターがついていない。バスの車内を暖めるためにはアイドリングだけではとても追いつかないから、走行を始めなければ車内は暖かくなってこない。私たちも寒くて堪らないが、暖かい車内を期待しているお客様にとっても期待を裏切る仕様のバスになっている。

4年位前、私が労組の端っこ委員をしている時に、職場の委員会でプレ・ヒーターの復活について要望を出してみたことがある。ところが、本社から返ってきた答えには驚いた。「北海道のバスでさえ、プレ・ヒーターなどの贅沢装備はついていない。名古屋でプレ・ヒーターをつけることなど論外である」。当時の労組支部長からこの言葉が発せられた時、委員会席上ではざわめきが起こった。「本社は一体どこを見て物事を喋っているのだ」と、ひそひそ声も上がった。

今はアイドリングストップが当たり前になってしまったので、終点の転回場などでエンジンをかけたままにしておけば、市民からでも苦情の電話などが入ってしまう。ところが、私たちの営業所では、終点に着いてから30分以上の待機時間があるようなダイヤも何本かある。そんな時にプレ・ヒーターがついていなかったら、次に発車するまでに車内はすっかり冷め切ってしまう。
それで、私は次の委員会の時に「鉄道部職員のように、職場指定のジャンパーを支給して、車内でもそれを着用しての乗務を認めて欲しい」と要望した。然しこれも、にべもなく否定の回答が返ってきた。

それじゃあ、ということで、私は2年前だったかの初夏に北海道へ旅行した時、たまたま終点で居合わせた乗り合いバスの運転手氏に尋ねたことがある。旅行中にあまり自分の身分は明かしたくないが、変なオタクと勘違いされても面白くないから、自分の身分を明かした上で「そちらのバスにはプレ・ヒーターはついていますよね?」と聞いたのだ。すると運転手氏は、当たり前だろ、という顔をして「そりゃ、ついていますよ。大体、北海道でプレ・ヒーターなしのバスじゃ、お客さんも私らも凍え死んじゃいますよ。」とあっさり答えた。
私は畳み掛けるように、職場委員会での本社からの回答の話をしたら、運転手氏は苦笑とも何ともいえない表情をして「お客さんの職場の上司さんたちは、余程物事を知らない人たちなんだろうねえ。ひょっとして、冬の北海道、来たことねえんでねえべか」。一言一句までは合っていないかも知れないけれど、最後にはとうとう北海道の方言丸出しになってしまったのだけはしっかり覚えている。

かように、私たちの職場は、赤字を減らしたいがために、必要と思われる装備までをも外した車両しか購入しないようになった。それどころか、防寒着の着用運転さえも認めないという、滅茶苦茶な態度で私たちに対峙している。

現場職員を大切にしない企業は、やがて潰れるよと、誰かが言っていた。私もそうだと思う。あの回答をした幹部職員は、きっといつも暖房の利いた部屋で、ディスクワークをしたことしかないのだろう。

今年もまた、新車と旧車の入れ換えの季節がやって来た。十数台のプレ・ヒーター付きバスが廃車になり、同じ台数のプレ・ヒーターなしバスが新車として配属される筈である。

おぼっちゃま幹部に、現場の過酷な実態を理解してもらおうとしたって、所詮無理な話なのだろう。

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2010年1月13日 (水)

名古屋という所

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本日の午前8時頃、名古屋市中心部のバスターミナルにての映像。

7時頃に始発停を発車した時は、ちらほらしていただけの雪なのだが、8時頃から30分少々、結構激しく降った。外気温も割と低く、道路にこそ積もらなかったが、車通りのない植樹帯や空き地は、うっすらと雪の色に染まった。

今年は雪が多いなと思う。天気の長期予報では「今年も暖冬」の筈だったが、今日の雪は今冬に入ってから何度目になるのかなと、ちょっと考えないといけない回数になってきた。

確かにここ数年、特にこの3年ばかりは、かなりの暖冬が続いたから、ちょっと今年の寒さは身に堪える。この程度を寒いと言っていては「シバレる」の北海道の方には笑われるかも知れないが、名古屋って意外にも夏は暑くて冬に寒いのが顕著な土地柄だと思う。

大学生の頃は、あちこちの地方からの友人がいた。福島、広島、高知……。その、地方からの友人らが、皆、口を揃えて言うのは「名古屋って盆地みたいに暑くて寒い所だな。余り住みたい所じゃないね」であった。

彼らの指摘は正しくて、名古屋付近の地形は盆地に非常に似ている。そして、南側に伊勢湾が触手を伸ばしているから、盆地的気候に輪をかけてしまっている。

更に、ちょうど冬の季節風が吹いてくる北西側に「伊吹山(いぶきやま)」という山があって、これが上州と同じからっ風を作り出してしまう。だから、雪が降らなくても季節風が強く、「思っているより寒いなあ」との感想を抱かせてしまうのだろう。

そう言えば、先程書いた福島からの友人が言っていた。「雪って、存外、暖かいもんなんだぜ。俺の田舎に降る雪は、こんな氷みたいに冷たい雪じゃないんだ。何ていうのかなぁ……握っても冷たいとか、手がしびれるとか、そんな厄介なものじゃないんだよ。だけど、名古屋の雪は、本当に冷たいや」。

私には福島の雪と、名古屋の雪との区別はつかないが、何となく言わんとすることは判るような気がする。冬の間じゅう、雪と向き合っている人だからこそ言える言葉だとも思う。

さて、今日の雪は昼には融けたけれど、今夜、下手したらまた降り積もる可能性があると天気予報で言っていた。明日は、名古屋駅まで「中央走行方式」で泳ぐ走る仕事だから、あまり天気予報どおりになって欲しくはないが。

因みに、帰宅時の自家用車の車外温度計。

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夜9時で既にこの気温である。雪が降らないとしても、明朝はちょっとした覚悟が要りそうな気配である。

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2010年1月 9日 (土)

車内アナウンス

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画像の合成技術を持ち合わせないので、横並びの画像でご堪忍頂くとして。

何年前からか忘れたが、私たちの職場では「積極的に車内アナウンスを入れなさい」との命令と共に車内放送用の帽子掛けマイクが支給され、その使用が義務付けられた。

あけっぴろげに言ってしまうと、私は車内アナウンスを入れることはそれ程苦痛に思っていない。何分にもご幼少の砌から、電車のおもちゃで遊びながら、車掌さんのアナウンスの真似事をしていた小僧である。現在もそれの延長線上のようなつもりでいる。

ただ、義務化されてしまうと人間は反発心を掻き立てられるもので、今まで好き勝手に入れていたアナウンスも逆に入れる気が失せてきてしまう。私たちの職場は上層部が専横的だから、「やれ」と言い出したらやらさなければ気が済まない。挙句の果てには「今月はこの内容のアナウンスをしなさい」と指示し、ご丁寧にも客に紛れて係長級以上の職員がこっそり添乗し、そのアナウンスをしていない乗務員をつるし上げにする始末だ。

バカバカしいことだと思う。こうやってどんどん「やる気のない企業」に育て上げていくつもりなのだろうなと、いつも残念な気持ちで上層の連中を見下している。

そんな折、もう3ヶ月ほど前になるが、研修所で研修を受ける機会があった。そこで最初にやらされたのは「自分が始発停を発車した時のアナウンスを、録音機に向かって言いなさい」であった。
録音されたものを再生して聞いてみると、自分が意外に早口でアナウンスしていることに気がついた。それで、以来、出来るだけゆっくり喋ることを心がけるようになった。

ただこの研修はこのこと以外、私にはあまり意義がなかった。私のアナウンス内容は「比較的良い」とは言われたが、あとで私だけ「もう一度喋ってみてくれるか」と言われて同じアナウンスをしてみると「ちょっと、喋り方に癖があるのが判りますね。また、口の開け方が小さいので、少し言葉が不明瞭ですね」と他の受講者に向かって教官が言った。

昨年の7月に四国旅行へ行った際に、自律神経失調症の薬を忘れてしまって寝られなかったことを書いた。自律神経の薬を飲むようになったのは、もう20年以上昔からの話である。ところがその薬の飲用によって、悲しいながら少し喋りに弊害が出るようになった。どもってしまったり、口を大きく開けて明瞭な発音をすることがかなり困難になってしまったのだ。

こうした個人的な事情を一切無視して、ただ研修所の方針だけを押し付けるような研修は、私には大変不快なものであった。多少喋り方に癖があろうと、私たちはアナウンサーまでをも目指している訳ではない。そこまで事細かに言われる筋合いはないとすら思う。

要はお客様にこちらの意思が通じればそれでよいと、今は自分にそう言い聞かせて自分のやり方を貫いている。私も結構、頑固者なのだ。

ところで、バス・鉄道のアナウンスと言えば、私たちマニアには忘れられない存在の方がいる。「あ、あ、あ、秋葉原です……」の出だしで有名な、「スーパーベルズ」のヴォーカル・野月貴弘氏だ。

鉄道車内のアナウンスを、あれ程までの音楽的要素を盛り込んでラップミュージックに育て上げた、氏の発想と功績は素晴らしいとさえ言える。あれは勿論お遊びだけれど、それでもアナウンスに関して参考になる部分は随所にある。

また、俗に言われる「車掌口調」を、車掌の経験がない氏がああも見事に再現しているのも特筆ものだろう。そもそも、野月氏の声そのものが、既に相当な「車掌ボイス」である。ああして遊び心まで加えたアナウンスを目指したら、私たちの仕事ももう少し楽な気持ちで出来るのではなかろうか。

某国営放送のような四角四面のアナウンスだけが、全て正しいとは私は思わないのだが。

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2010年1月 6日 (水)

ご、誤解です……

こんなことのカテゴリーを「バス・仕事」に入れるのも気が退けるが、今日の仕事時間中の話なので、便宜上このカテゴリーに入れておく。

今日の昼前、出勤して点呼を済ませ、車庫内の自分の乗務車両の運転席で出庫時刻を待っていたら、同僚のモー君(と仮に呼んでおこう)が運転席横の窓際に来て、声を掛けてきた。

「おさかなさん、この本……まあ、ちょっとエッチなことも書いてあるんですが、海外の鉄道のことが載っているんですよ。よければ時間潰しに読んで下さい」。

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何だか可愛いおねえちゃんの写真が表紙を飾ってはいるが、彼が言うように鉄道旅行記事の見出しも書いてある。私も深く考えずに「ああ、そう、わざわざ有難う」と言い、表紙だけを見てすぐに、自分の乗務用鞄にしまい込んだ。
海外の鉄道には正直言ってそれ程の興味はないが、折角わざわざモー君が貸してくれたのだからと思い、いつか読むだろうとの軽い気持ちだった。

今日はたまたま、食事を境に乗務車両が替わるダイヤを担当していた。車庫の食堂で食事を済ますと、自分の担当車両へ、とっとと行ってしまうのが私の常である。以前にも書いたことがあるが、乗務員の待機室は煙草の煙が凄いので、あまり私は近付きたくないのだ。

ところが今日は車両乗換えのために、食事を済ませても、自分の食後の乗務車両がまだ車庫へ戻っていないという。仕方がないので煙が立ちこめる待機室へ入り、することもないなと思っていると、先程モー君から借りた雑誌のことを思い出した。そうだ、あの雑誌でも読んで時間を潰そうと思ったのだ。

確かにモー君が言うように、韓国の鉄道事情が事細かに書いてある。

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この写真は1995年頃のものらしいが、日本ではもう見られなくなった「ハエタタキ」なども見受けられる。読んでいると、この写真でも日本では東海道本線に匹敵するくらいの幹線なのだそうだ。また、日本では絶滅寸前のタブレットも、韓国では当の東海道線級の路線で堂々と使われているとのこと。
韓流スターとか最近の韓国はもてはやされて、私は別に興味はないけれど、こと鉄道に関しては意外と立ち遅れているのだなと思いながら、いつの間にか真剣に記事を読んでいた。

「おさかなさん、おさかなさん」。

ふと声を掛けられて、雑誌の世界から目が覚めた。私の近くには友人Sが座っていた。隣には友人Aもいる。友人Sは続ける。

「あの、おさかなさんが読んでいる本の裏表紙、僕の目には、やけにグイっと喰い込んで来るんですけど」。

言われて初めて私は雑誌の裏表紙を見ていなかったことに気がついた。それで裏表紙を見た瞬間、私の目ン玉が飛び出した。

こんなだったのだ。

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私も、一瞬、どうやって自分をフォローすればいいか判らなかった。「いや、これ、モー君がさっき貸してくれて……、裏表紙までは見ていなかったものだから……」。苦笑交じりにこう言うのがやっとだった。

考えてみればモー君は、私同様に日本独身男性連盟(そんなもの存在しないが)の会員で、チョットお金が溜まると、すぐに海外へ遊びに行ってしまうのである。ここで言う「遊び」とは、勿論お判りの通りの方面の遊びである。

私とて、この歳になって今更、清純ぶるつもりは毛頭ない。枯れ始めてはいるが、『おのこ』であることには変わりがないから、そちらの方面だって興味はある。だが、モー君ほどの遊び好きではない。

友人SとAは近くへ寄って来て、雑誌のページをめくり始めた。それで判ったのだが、更にバツの悪いことにこの雑誌、鉄道記事は冒頭の10ページほどに過ぎず、あとは海外のおねえちゃんが艶かしい格好をして微笑んでいたり、「タイへ行くならココが穴場!」とか書いてあったり、そんな記事ばかりだったのである。

そんな雑誌を職場に持ち込み、裏表紙をさらけ出した上に真剣な顔をして読み耽っていたのだから、友人Sとしても声を掛けずにはいられなかったのだろう。お気持ちは判る。そして友人Aと笑いながら「いやぁ、おさかなさんも中々……ですねぇ」とまで言われる羽目に陥った。

久々に教訓を得たので、書いておこう。

教訓:職場で雑誌を読む時は、裏表紙まできちんと確認致しましょう。

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2010年1月 1日 (金)

平成22年

謹賀新年

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本年も、どうぞ宜しくお願い致します

                平成22年 元旦

                        魚澄庵庵主

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