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2009年11月

2009年11月29日 (日)

カセットのCD化、遅々として進まず

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以前、dbxをかけたカセットテープをCD化する話を書いた。私が持っているテープの内、8本程度がdbxをかけて録音してあり、それらについてはほぼCD化が終わった。

dbxが正常に作動しなくても、その点は大丈夫となった訳だが、私が所有する膨大な量のカセットテープに関しては、中々作業が捗っていない。

CD同士のようなデジタルソースのものは、比較的簡単にコトが済むからそう苦労しなくてもいい。だが、アナログソースのものは録音レベルの設定から実際のCD化に至るまで、全て自分が機械の前に待機していないといけないから、どうしても進捗率が落ちる。CDレコーダーの前に居続けるのは、まとまった時間がないと出来ない業だからだ。

昨日は久し振りに少し時間ができたので、一本のテープをCDに納めることができた。自分が大学生の頃に録音・編集したテープだから、もう25年近くが経っている。
まだテープが切れてしまうなどのトラブルは起きていないが、何度も聞いたりしているから音質も明らかに劣化している。カセットデッキは現在も2台が活躍中なので、音質やノイズリダクション(NR)の状態を見ながら、デッキの選択もしなければならない。実際にやってみると結構手間と時間のかかる作業なのである。

好きなこととは言え、1時間以上CDレコーダーの前に居座るのは楽なことではない。CDへの録音は、一度失敗してしまうとCD1枚がまるまるゴミになってしまうから、神経も使う。仕事ほど神経をすり減らす訳でもないから、まあ真剣になる必要度は仕事に比べれば楽ではある。
でも、生のCDも安物ばかりを頼りにしているとエラーが起こる可能性も強くなる。個人的には「太陽誘電社」のCDなら信頼がおけると思ってはいるのだが、この会社のCDは他のメーカー製に比べると少々値段も張る。あまりゴミとして放かるのは勿体無いとの思いも働く。で、結局は神経を使ってしまうのである。

カセットテープに限らず、手元にあるデータ類(例えば住所録など)をデジタル化するのには、時間がかかることが多い。PCに取り込むには、一旦は自分の手で入力してやらなければならない。Excelを使う機会が多くなっているけれど、大体がPCを何時間も使うことにも慣れていない。休みの日でも気が向かないと、取り掛かり難いものだ。

そういった面倒な作業を、家事の合間にやるのだから、どうしても進捗率は落ちる。全てのカセットテープをCD化するつもりまではないが、好きな曲が入ったテープ類は出来るだけCDにしておきたい。

そう云う我儘を、時間の空いたときだけにしている。で、結局は中々進まないなぁとなってしまうのだ。

ただ、1枚のCDに納めきった時には結構充実感も味わえる。まだまだテープの棚には膨大な本数のテープが順番待ちをしている。それらを、一々充実感を味わいながら、これから先もデジタルにしていくのだろう。

終わった頃には自分も定年を迎えているのじゃないか知らん、とすら思っている。

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2009年11月28日 (土)

九州だなぁと思うトキ

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私の旅行は、いつも書いているようにJRに偏っている。旧・国鉄のファンであるので致し方ないけれど、それが故に私鉄に関して知らないことも当然数多い。
殊に、関東圏や関西圏など鉄道が密集する地域の私鉄に疎いのは、鉄中心のブログを書く者として知識不足に過ぎる面があるだろう。

そう云う人間が書いているブログであることを念頭に置いて、この記事はお読み頂きたいのだが。

上に掲出した写真は、JR九州の普通列車車内で撮影したもの。見慣れないマークと思う方も多いかと思うが、注意書きにあるように「床への腰掛けお断り」のシールである。

私たちの世代から見ると、電車の床に直接腰掛ける行為など非常識極まりないことのように思うのだが(その昔、国鉄全盛期に満員列車で床に新聞を敷いて座ったというのとは、全く別の話である)、今時の中高生の方から言わせると別段珍しい行為ではないらしいのだ。車内に限らず、駅のホームで車座に座っている高校生は男女を問わずよく目にする光景になった。

冬季に雪の降る地域では、冬は床が極端に汚れたり濡れたりするから、如何な高校生と言えどもこういう行為は少ないと思う。逆に暖かい地域ほど、この行為はよく見受けられるだろうと思う。

いつ頃から始まった慣習か定かではないけれど、列車がワンマン化されて車掌による車内巡回が行われなくなってきてから増えた行為であろうことは想像できる。私の記憶で一番古いのは、平成になる直前の小浜線撮影時ではないだろうか。

だが、一般常識を兼ね備えた方なら誰でもお判りのように、この行為は大変迷惑である。それもわざわざ出入り口付近を狙って床座りをしてくれるから、乗り降りする方からはハタ迷惑この上ない行為だ。だが、そういう方たちから注意を受けても彼らはこの行為を全く止めない。それでとうとう登場してしまった情けないシールである。

このシール、私はJR九州でしか見たことがない。先程書いたように、関東・関西の私鉄では、乗ったことがないから貼られているかどうかは判らない。時期的にいつ頃からかと云うことも、はっきり記憶にない。5年以上になることは確かだが、私も最近、記憶力の減退が著しいから、もっと前からだろうなと思ってはいる。

何しろ、九州へ来て、普通列車に乗ると、このシールを目にする。そして「ああ、九州に来たな」と思うのである。変な物で「パブロフの犬」的思考をしてしまう訳だが、やはりこの行為は、九州で最も頻繁に行われているのだろうか。

尚、九州を非難するつもりの記事ではないので、そこだけは誤解のないようにお願い致します。

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2009年11月27日 (金)

同士への合図

仕事絡みの話になるのだが。

仕事をしていて、仲間に合図を送る機会は非常によくある。最もよく見られる例としては、運転手同士ですれ違った時に挙手をする、あの合図である。これはバス乗務員でなくとも多くの方々が知っている。人によっては「あの挙手は安全運転に支障があるから止めさせろ」と営業所や本社に電話を入れる暇な方まである。

挙手に関しては、また別の機会に譲るとして、他にもドライバー同士での合図は色々ある。一般ドライバーの方でもよくご存知なのが、対向車のパッシング。これは敢えて詳しく書かないけれども、「この先で何かがありますよ」の合図だ。

また、同じパッシングでもトンネル区間が多い所では、ライトの消し忘れを教えてくれている場合もある。自分が走っている場所を的確に判断して、的確な操作をする感覚はどのドライバーも持たねばならないだろう。

ところで、バスの運ちゃん業をしていると、この他にもバス独自の合図を送る必要が生じる場合がある。同じ会社同士では仲間意識もかなり強くなるので、お互いに注意しあって少しでも安全・確実な運転をし合おうとの意識が働くのは当然だと思う。

先程のパッシングにしても、バス同士だと別の意味を指す場合がある。これは、運転している本人が意外と気付かないものだから相手には感謝すべきことなのであるが、一番多いのは「ヘッドライト(或いはスモールライトなど)が球切れしているよ」と教えているのである。バスは夜でも走る機会が多いから、灯火類の球切れって、一般の方が想像している以上に多いものである。

また、私たちは祝日や交通事故死ゼロの日には、国旗や交通安全旗を取り付ける。取り付けたはいいが、翌日になっても外し忘れていることが往々にしてある。これは、すれ違いざまに自分の運転席にある旗を振ってやったりして対処できる。

それから、バスの場合は方向幕に関する合図も多い。方向幕が間違った表示をしていたり、夜になっても方向幕灯を付け忘れていたりと云うことは結構ある。

こう云う時、昼間ならパッシングをしてすれ違いざまに幕を巻くハンドルを回す仕草をする。大体の場合、これでお互いに通じ合う。夜だと、すれ違いざまに一瞬だけ方向幕灯を消してやる方法が有効だ。これで「方向幕に何らかの異常があるよ」の合図になる。

然るに最近、LEDの方向幕が増えてきた。LEDの場合、異常を知らせる方法は昼夜とも同じである。幕灯の「夜の場合」と同じことをLEDでしてやれば良い。つまり一瞬、表示を消してやれば、相手には何らかの異常があることは通じる。

然しこれには問題もある。というのは、LEDの表示装置の取り付け位置の問題なのだけれど。

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私たちのLED表示装置の例である。LECIP社製のものを用いている。私たちのLED表示は案内放送装置と連動しているので、今では余程のことがない限り誤表示することはなくなった。でも、例えば回送で車庫などへ戻る際に、本人は装置を操作したつもりでも実際には操作されていないくて、営業運転の行先表示のまま回送してしまうケースが稀にある。そんな時に、写真にある表示装置の「ON・OFFスイッチ(左上隅にある)」を切ってやる事で、相手にこちらの意思を伝えることは可能である。

だが、これはハンドル周りにLED表示装置がある場合に限られる。上に示した写真のようなレイアウトに限って可能なことなのである。

車両のメーカーによって、或いは最近の私たちのようにクラッチ式の車だったりすると、あの表示装置の部分にクラッチオイルのタンクが配されることが多いようだ。そうなると、表示装置は別の位置に移動せざるを得なくなる。最もよくある例を運転手目線でお見せしよう。

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運転席の遥か上に表示装置がある。とても手を伸ばしただけでは届かない位置だ。今ではシートベルトは当たり前だから、相手の方向幕の異常に気付いても咄嗟に表示装置のON・OFFスイッチには手が届かない。心の中で「あ、あ、あ……」と思っている内にすれ違いが終わってしまうケースが殆どだ。LEDの方向幕表示は、運転手からは表示装置のコード番号でしか識別できないから、自分では異常に気付かないまま走り続けるケースが非常に多いのである。

すれ違う時に、何でもいいから派手なジェスチャーで相手に異常を知らせる手段もある。だがこれだと、具体的に何の異常があるかを相手に正しく伝えることは難しい。それに、お客様から「運転手同士の派手な挨拶」と誤解される恐れもある。

運転手同士では、今はそう云う派手な仕草を禁止している事業者が多い。だが、伝えるべき重要なことは出来る限り伝えたい。そう云う時に、お客様の側も単に「運転手がすれ違いざまに派手な仕草をして不快だった」と苦言の電話のネタにするのではなく、何かあったのではないか、との見方をして頂けると我々は大変有難い。

人様の命を預かる仕事をしている限り、遊び半分でジェスチャーすることは近年まず有り得ない。大変重要なことなので、その点をご理解頂けたら、と私は常々思っている。

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2009年11月23日 (月)

おさかなの休日

世間様は3連休だが、今回は珍しく世間様と私の休日がほぼ一致した。「ほぼ」と云うのは、一昨日は私はれっきとした仕事でありながら、15時前に早々と勤務が終わっていて、まあ昔の言葉で言う「半ドン」みたいなものだったからである。

昨日は用事があり、昼間は自家用車で外出。私にとっては大変珍しいことである。普段ハンドルを生業としているために、休日は余程のことがない限りハンドルを握りたがらない。まあ変な言い方をすれば、昨日は余程のことがあったのだろう(←何と云う無責任な文章だ?)。

で、今日は大変長閑な一日であった。何しろ休日は寝坊に限ると思っているので、起床したのは昼の12時半頃。長閑と言うより、単に怠惰なだけの気もする。

起きたからには家の中を少しでも片付けなければと、掃除機をかけたりゴミの処理をしたり、暫し家事に追われる。但しあくまでマイペースで。

14時過ぎに、自分の趣味の買い物のために外出。今日こそ泳がない、もとい、ハンドルを握りたくないし、街中の名駅や栄に出掛けたいので、休日用の一日乗車券で出る。

以下、デジカメを持っていくのを忘れたので、買ってきた物を列挙して私の一日をご理解頂こう。

先ず名駅へ。駅の地下街に大きな本屋があり、ここは鉄道関係の書籍も充実しているので、色々品定めをして買ってきたのがこれ。

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本を読むことは好きなのだが、最近目が衰えてきて、バスの停車時間に本を読むと後々の仕事に障るようになってきた。だから、この本たちも実際に読まれるのはいつの日になるか判りはしない。尤も1冊は「鉄道写真ガイド」的な本であるが。

家を出たのが遅いのに、ここで1時間近く沈没してしまったので、バスで栄へ戻る予定を変更し地下鉄で栄へ。
栄の地下街には、時折買い物をするCDショップがある。ここは本来予定外だったが、ついついまた沈没してしまう。結局

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是をお買ひ上げになる。何だか知らないが、このおっさんは岡村孝子の曲が好きなのだ。「あみん」は別に好きでもなかったのだけれど。

他にも欲しいCDは結構あったけれど、またの機会に譲らないと財布が空になってしまうので、断腸の思いで店を出る。地下街を上手に出ると、栄では最も大きなカメラ屋さんの前に出られる。そこで

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これのお買い物。ここでは沈没するほどの気はしないので、買い物だけ済ましてさっと次の店へ足を向ける。短距離ではあるが地下鉄で一駅分を歩く。

……と言っても、次のお店で買ったのはこーゆーモノなんですなぁ。

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またこのおさかなは、こんなものばかり買ってぇ……。仕様もない奴ですなあ。

この鉄道用品屋は、元々は北海道が発端の店である。いつの間にか名古屋にも出店するようになり、いつの間にか名古屋店の店員さんともすっかり顔馴染みになっている。また、今日は北海道の本店以下全店の店長を兼ねている“親方”が名古屋店に居られたので、暫し話し込む。

こんなことをしている内に、当然縞の(?)財布は空となり、日暮れの早い時期とて外も暗くなってきたので、一旦家に戻ることにする。街中に出るのは、正直言うと、それ程得意ではない。人ごみも嫌いだし、混んでいる地下鉄だって出来るだけ乗りたくない。仕事で名駅や栄には度々来ているが、自分の用事で出てくるのは精々3~4ヶ月に1回程度なのだ。

やっと家に戻ったのは18時頃だったか。起きたのが遅く、夕食にはまだ早いので、アイロンがけなどの家事をまた黙々とこなす。

夕食のために再び外へ出て、戻ったのが21時前。

世間のお父様方がどんな休日を送っておられるのか私には全く想像がつかないけれど、46歳にして独身のおっさんは、いつもこんな感じで休日を送っている。今日はアウトドア的なことが多かったけれど、インドアの日と決め込むと一日PCに向かっていることもある。どちらにしても、私の休日は自由奔放。

とまれ、ハンドルを握る機会が少ないほど、私の休日は「休日らしい」気分がするものなのである。

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2009年11月22日 (日)

長崎・佐世保線撮影結果ご報告

先日も書いたように、スキャナーが少し機嫌を悪くしてしまっているので、今日はちょっとご機嫌を伺いながらフィルムのスキャンをしてみた。勿論、今日一日ずっとそればかりしていた訳ではないが、ともあれ読み込めた画像を遅まきながらご紹介していこうと思う。

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撮影初日に、祐徳バスに乗って出掛けた長崎線・多良~肥前大浦の撮影地での映像。今回の中ではこれが一番のお気に入りで、このあとは碌でもない写真しか並んでいないけれど、ここは結構有名な撮影地のようなので、お気に入りが撮れて当たり前と云う条件のようだ。因みに参考にしたサイトにはタテ位置の写真が紹介されていたが、私はどうもヨコ位置の写真の方が好みで、また「白いかもめ」よりはハイパーサルーンの方が好きなこともあり、敢えてこの写真をご紹介しておく。

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「適度に鄙びている」点からは、ここ以上の場所を見つけられなかったが、駅自体が鄙びている永尾駅から少し武雄温泉寄りに移動した所から撮ったもの。この辺り、全体の雰囲気はいいのだが、列車を入れて構図を作ろうとすると中々思うようなアングルが作れなかった。雰囲気に合う構図作りの難しさをつくづく感じた場所でもある。尚、走っている車両はこれもハイパーサルーンの特急「みどり」である。

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駅の雰囲気としては抜群の永尾駅での写真を2枚ほど。上の写真は、駅舎の反対側のホームから自由に駅裏へ出られるので、そこから葉を落とした柿を配して撮ってみたもの。ローカルらしさと晩秋が同居していて、私的には大変気に入った場所だった。一方下は、ご覧の通りの待合室。待合室の椅子が全て木造りで、またその椅子が適度に外の光を反射させているので、何とかそれを生かそうと思いながら撮ったもの。手入れは行き届いているものの、昔の風情をなくしていない駅の表情を感じ取って頂ければ嬉しいのであるが……。

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これは撮影紀行文の方でも、写真入りでご紹介した場所。右側の楠か何かの高木(こうぼく)が車窓から大変気になったので、赴いてみた所だ。本来なら、当の高木にもっと近付いて、木の高さを強調できるような撮り方をしたかったのであるが、木の付近はご覧の通り耕地となっているので、このアングルが限度であった。北方~高橋にて。

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上有田駅から三間坂寄りを望むと、嫌でもこの隧道が眼前に立ちはだかっている。場所を色々移動して三脚を構えてみたのだが、結果的に最も気に入ったアングルはこれだった。これ、実はホームの中途半端な位置から構えていて、列車が短い編成でなければ確実に乗降客の迷惑になってしまう場所なのである。普通列車の短編成・ワンマン化に対して良い心情は持っていないけれど、逆にそれらに助けられた一枚でもある。

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先程の上有田駅で撮影中に、同業者から「『さくら』狙いですか?」と声を掛けられたことは紀行文の中でも書いたが、これがその臨時の『さくら』。運転されることも知らなかったから尻追い撮影になっていることも、紀行文の通り。左側の小さな氏神様か何かの祠が絵になりそうで、こういうアングルで三脚を構えてしまっていたのだ。列車側面は完全逆光で、画像ソフトで加工しまくっている。ある意味これも、玉砕写真だろうか。尚、紀行文中では24系客車と書いているが、実際には14系客車の誤りであった。永尾~三間坂にて。

4日間写真を撮って、たったこれだけ? と尋ねられそうだが、たったこれだけなのである。
撮影意欲は十分にあったし、フィルムが不足していた訳でもない。なのに、何か自分の中で歯車が上手く噛み合わずに、結果として36枚撮りフィルムを2本消化しただけなのだ。列車本数が案外少ないことも、言い訳として付け加えられるだろうか。言い訳を連ねても仕方ないけれど、何しろ予想していたよりは成果が出なかったなとの思いはある。

でも、帰りの切符でちゃんと自分なりにガス抜きはしてきているので、その点は心配御無用である。

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2009年11月19日 (木)

佐賀駅前のバス見たまんま

少々間が空いてしまったが。

スキャナーの具合が芳しくないので、先日の九州旅行の撮影結果は後日にご報告することとして、今日は佐賀駅バスターミナルで撮影した写真を少しだけだがご紹介しようと思う。

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佐賀市営バスのノンステップ車。ご紹介するまでもなくいすゞガーラの中型車である。佐賀市営バスでは現在約25%がノンステ車だそうで、メーカーは国内4社をほぼ均一に導入しているとのこと。中型車の保有割合がかなり多いようで、私が撮影したものの中に大型車は残念ながら含まれていない。

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これも佐賀市営バス。言わずと知れた日野レインボーのツーステ車。方向幕周りが白色なのは名古屋の市営基幹バスを彷彿とさせるが、このタイプは自社発注車なのだそうだ。詳しく調べた訳ではないが、ヘッドライトが角目2灯になっていることから経年12年前後ではないかと思う。写真には撮れなかったが、かなり古いタイプの車も多くが現役として活躍していた。大型車の中には東京都からの移譲車などもあるとの由。

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これも佐賀市営バス。富士重車体となるとUDかいすゞか、このブログの管理人は判らなくなってしまうが(多分UDだと思う)、何しろ「ゆめタウン佐賀」の路線に用いられる車両。この専用塗装は3台しかないのだそうだ。私はラッピングかと思っていたのだが、純正な塗装だそうである。言われてみれば、天井のクーラーまで車体と同色になっている。

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塗装からもお判りのように、西鉄バス。西工Bタイプと呼ばれる視野拡大窓のないタイプの車体だ。当然、西鉄バス佐賀の車両と思っていたら、車体標記などを調べた結果、西鉄バス久留米の車両と判明。メーカーは日野である。柳川へ赴く路線は、嘗ては佐賀市営バスと共同運行していたらしいが、現在では市営バスが市外路線から撤退したこともあって、西鉄バスの独壇場となっているそうだ。

佐賀駅前には他に、祐徳バスや昭和バスなども乗り入れているが、佐賀を去る日の朝にバスターミナルを一回りしただけなので、撮影には及べなかった。

また、佐世保駅前でもバスを何台か撮影しているが、こちらは私の腕が悪く写真の殆どがピンボケまたは手ブレとなっているので、割愛させて頂くこととする。

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2009年11月11日 (水)

長崎・佐世保線撮影旅行(帰路/7・8日目)

7日目(11月10日)

今回の旅程、特に帰りの行程で、自分が取り入れたいものが4つあった。その一つが

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これである。呉線を走る「瀬戸内マリンビュー」。以前にも途中の呉からのマリンビュー3号には乗ったことがあるが、広島から通して乗ったことはない。それで前日の内に少し無理して広島まで来ておき、代わりにこの日はちょっと朝寝坊して10時06分発の1号に乗ろうとの魂胆なのであった。海側の窓寄り指定席券は確保してある。

呉線全線が海に沿うと云う訳でもないが、かなり長い区間、海辺の景色が楽しめる。また、この沿線には学生時代の友人が住んでおり、指定席とは反対になるけれど彼の家もチラリと眺められる。

車内に入ると、おばさんのグループ客が殆どで、化粧の臭いがちょっときつい。私は何につけ化粧品類は苦手なのだ。おっさんは私の他に一人乗っているだけであった。

流石に前日までの晴天は終わり、空は曇っている。でも眺めがよいことには変わりがない。気動車に揺られていれば気も和らぐ。終点の三原までは2時間以上を要すのだが、三原に着いた時は「もう終点?」と思うくらいに2時間は過ぎていた。

三原では5分の乗り継ぎ。ホームも違うし下車印も捺したいので、一人で勝手に駅構内を走り回る。

山陽線で倉敷へ出るまでに、とうとう雨が降り出した。仕方ない。晴れの日ばかりじゃないのだ。

倉敷からは僅か2駅だが伯備線に入って総社まで行く。乗ったのは嬉しいことに

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マリンライナーを引退した213系電車であった。私はこの車両、何故か好きなのである。

総社からは吉備線に乗りたいので、少し待ち時間がある。吉備線が「帰りに取り入れたいもの」の2つ目である。総社駅は最近になって井原鉄道が乗り入れるようになり、以前とは少し趣が異なっている。

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井原鉄道も元は国鉄線として建設され始めたのだが、赤字必至で工事凍結→第3セクによる建設・運用と相成った線である。線路は手前の清音から分岐しているが、殆どの列車が総社まで乗り入れる。車両もJR西のキハ120を基本にしたものである。

さて、待つこと暫し、やっと吉備線の列車が入ってきた。キハ40の2連である。勇んで車内に入ったら、

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ロング・ロングアゴーならぬロング・ロングシートであった。かなり気落ちする。キハ40でも3000番代と云うのらしい。車内の改造銘板を見てみると、かなり凄い。

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民営化後に3度も改造工事を受けている車両も、珍しいだろう。肝心な吉備線の眺めは、以前とそれ程大差ないようでちょっと安心した。ただ、途中の服部で学生と思しき一団が乗ってきた。以前は沿線にそう云った施設はなかったと思うが。

岡山の1つ手前で男子高生がどっさり乗って、満員になり吉備線の短い旅は終わった。

この後は赤穂線を経由するように券を作ってもらった。岡山発は15時55分の播州赤穂行に乗る。予想はしていたが、車内は下校生でかなり混んでいた。117系の中間車を115系化した3500番台で、初乗りにはなるけれど

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座れただけでも幸いと思わねばならない状態だった。

それでも西大寺・長船と徐々に車内は空いてきて、播州赤穂まで通して乗る客はそれほどいなかった。

播州赤穂からは山陽線直通の新快速で加古川まで出る。この日は加古川までの予定にしてある。それはいいが、2分で接続の筈の新快速は「JR神戸線内で起きました人身事故のため、反対列車が遅れております。発車が数分遅れる見込みです」と言う。2分なので諦めていた途中下車印を捺しに、また雨のホームを走った。お勤め帰りの方には申し訳ないが、私はちょっと得した気分になった。

8日目(11月11日)

長い旅行も最終日となった。

昨夜は加古川で泊まった訳だが、これは「帰りの目的・その3」で加古川線に乗りたかったからである。加古川線は今の職場に入った年の4月に撮影で乗って以来、15年以上御無沙汰している。その間に電化もされたし、沿線の変わりようが見たかったのだ。

少し早めだが7時17分発の

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これで、西脇市まで。103系電車を先頭車化させ、尚且つワンマン仕様にした車両が充当されている。以前乗った時は、キハ40や、運がいいとキハ37が来たりした。それも遠い過去の話になっている。

ラッシュの流れと反対なので、それ程混み合うこともなく西脇市へ。ここで12分接続の谷川行に乗り継ぐ。

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西脇市から福知山線と接続する谷川までの間は、同じ加古川線でも電化の必要があるのかと言いたくなるような有様である。私が乗ったのは8時20分の列車だが、これを逃すと次は10時12分までない。それゆえ加古川の出発がああも早くなったのだが、走る電車も単行のクモハ125という車両だ。この区間だけ非電化で残すと、車両の管理がややこしくなるのだろうか。

電車に似つかわしくない、鄙びた秋の景色を見ながら8時48分谷川着。8分の乗り継ぎで福知山へ出、3分の乗り継ぎで綾部から舞鶴線へ入る東舞鶴行きに乗り換える。この辺りの接続は、絶妙に出来ている。

東舞鶴からは、この旅程で最後の目的である小浜線に乗り換える。それにしても東舞鶴駅はいつの間に高架化されたのだろう? 然もその影響でホームは島式2面があるだけだ。反対側は間もなく入る特急が使うので、舞鶴線列車と小浜線列車は

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同一ホームでの乗換えとなる。便利といえば便利だが、松山駅での特急同士の乗換えとは意味が違う。2両編成同士を、狭く短いホームで乗り換えるのだ。侘しい思いは拭えない。因みに手前側が小浜線車両。先程、西脇市から谷川まで乗ったのと同じクモハ125型である。

小浜線は、1988年の11月に撮影に来ている。勿論当時は非電化であった。また、小学2年生になるまでの夏に、3回、沿線の海水浴場に連れて来てもらっており(うち1度だけは父の車で来た)、大変思い出深い線なのである。

だが、季節が夏でないことも関係あろうが、この線も何のために電化したのかと問いたくなるような状況である。2両のクモハ125も当然ワンマン運転、他には別に定期の特急などは走っていない。夏季に京阪神からの海水浴臨時直通列車を走らせるから、と電化の理由を聞いたけれど、別にそれらしいものは運転されていない。

海水浴で降り立った、若狭高浜や若狭和田の駅は建て替えられたりして、以前の面影は消え失せていた。何より、お客が全然乗らない。駅も大半は無人駅になってしまった。あの、昔日の活気はどこへ行ってしまったのかとすら思う。唯一活気のあったのは小浜駅で、ここでは29分も停車があったので、列車交換や駅舎内のKIOSKなどの様子を眺める余裕があった。

かくして2時間少々の小浜線の旅は終わり、敦賀へ着いた。ここから先は流石に鈍行に乗り続けようとは思わない。特急の「しらさぎ」に乗れば、1時間半ほどで名古屋に着く。その「しらさぎ」とは5分の好接続である。

旅の最後に小浜線を持ってきたのがいけなかったのか。いや、それにしても今日、敦賀まで乗った路線は全て民営化、或いはその決定後になってから電化された線ばかりである。そして、谷川から福知山までの30分余を除いて、全てワンマン運転であった。

温かみのある朱色の車両は、ステンレスの冷たい車両に置き換えられた。温かみのある木造駅舎は、無人化で荒れるからとて無骨なコンクリート駅舎に建て替えられた。そして何より、温かみのある車掌が車内を巡回する鈍行列車は、合理化の名の下にワンマン運転ばかりになった。
この世界に、人と人との触れ合いはない。何という殺伐な世界に私たちは生きているのだろう。これでは、平成生まれの人たちに「人の和を大切にしなさい」と言っても馬耳東風となることは、頭の悪い私でも判る。インターネットの普及で、子供たちは益々人の和から外れていく。

しらさぎ号の車内では、そんなことばかり考えていた。

こんなことを終章にするのも哀しいから、せめて私が帰路で使った切符の使用後の映像をお載せして終わりにしようと思う。入鋏印の博多駅と無効印の千種駅を含めて、私は23の駅で駅員さんとの触れ合いを為してきた。

私を名古屋まで送り届けてくれた駅員さん方、ありがとう。

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2009年11月 9日 (月)

長崎・佐世保線撮影旅行(6日目/復路)

さて、撮影も無事終了し、いよいよ本日から戻りにかかる。と言っても、当初は周遊きっぷのゾーン内の移動になる。まずは

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唐津線経由で博多まで出る。佐賀から出る唐津線列車で筑肥線の接続する唐津へ。尚、時間があるので終点の西唐津までしっかり乗る。車内は何を考えているのか暖房が効いており、暑いので、途中でたまらず窓を開けた。窓の開く列車(キハ125)でよかった。

西唐津へは10時56分着。乗り継ぎの筑肥線・博多経由の福岡空港行は11分後の11時07分発。この駅はホームが一面しかないので、慌しくキハ125が入庫して行き

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慌しく地下鉄直通の103系電車が出庫してくる。

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見ている方は、結構楽しいのだけれど。

嘗ての筑肥旧線時代の跡を確認したり、海を眺めながら筑前前原へ。ここからは、福岡市営地下鉄車両も相互乗り入れしている。

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車内で車掌に「姪浜から博多までの地下鉄の切符は買えますか?」と尋ね、地下鉄直通と書かれた感熱車補券を発行してもらう。290円也。

12時34分、予定通りに博多着。不慣れな地下から地上のJR駅へ移動する。ここでは時間を取ってあって長浜ラーメンでも昼食にと思っていたが、店が見当たらない。大体私は、函館や札幌の駅より博多駅には全く詳しくないのだ。仕方なく、ドトールコーヒー系の店でホットドックとコーヒーの昼食。

いよいよ件のかえり券に入鋏印を捺してもらい、先ずは篠栗・筑豊線のホームへ。当初乗る予定の列車だと篠栗線内での長時間停車がなく、下車印が捺してもらえない。たまたまホームに先発の篠栗行きが停まっていたので、それに乗り込んだ。

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呆気なく博多をサヨナラする。篠栗で降りて早速、下車印を頼んだら、実に丹念に経由を確認されてしまった。やはり怪しげな切符みたいだ。

本来の乗車予定の篠栗線経由門司港行は、篠栗を13時38分発になる。2両の味気ない817系ワンマンだが、窓側のいい席は空いていた。これで一気に小倉まで。

小倉では9分乗り継ぎで下関行がある。下車印だけ頼んで、慌しく下関行のホームへ降りる。車両は九州名物の

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415系1500番代車であった。ロングシートで残念だが、これで関門トンネルを抜け、本州へ戻る。

下関では、ちょっと待ち時間がある。余裕を持って下車印を頼み、広島方面白市行をホームで待ち構える。今日の宿泊地・広島まではこの列車でひたすら行くだけである。有難いことに私の好きな

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115系3000番代だった。ただ、2ドアで4両編成。そろそろ夕刻のラッシュとなるが、これで大丈夫なのかしらん。

厚狭・新山口と過ぎていくが、ラッシュの流れとは逆方向らしい。

おまけ。本日の夕景。戸田駅付近にて。

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徳山ですっかり帳が下りたが、広島まではまだ2時間余かかる。暗い中、徳山・柳井・岩国と過ぎ、宮島口辺りからはそろそろ広島圏内で車内が混み始め、19時56分、やっと広島着。乗っているだけの一日だったが、それなりに草臥れた。

因みに件の切符だが、今のところ

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こーゆー状態で済んでおります。

明日は加古川まで戻り、名古屋へは明後日の夕方近くに戻る予定である。

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2009年11月 8日 (日)

長崎・佐世保線撮影旅行(4・5日目/撮影等)

4日目(11月7日)

前日と同じ9時過ぎの列車で、佐世保線の高橋まで。人名のような駅だが、駅から少し歩いた辺りに鎮守の森のようなものを見つけたのだ。

実際に行ってみると単なる民家で、大々的に場所は明かせない。ただ、楠と思われる大木がいいアクセントになりそうで、楠だけ借景して撮影する。

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少しバックがざわめいた感じだが、まあフィルムが上がったらまたご紹介できるかも知れない。

ここは駅から思いの外離れていたので、次の目的地・上有田駅へ着く頃にはもうお昼になってしまった。

有田は窯業で知られた街だが、駅付近も

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焼き物屋の煉瓦煙突がすぐ目に飛び込んでくる。また、私は愚かしいことに知らなかったが、

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有田焼とはこう云うことだそうで、自分の地元の瀬戸物などより歴史があるらしい。ここでは駅ホームから直ぐ東側のトンネルを狙った写真ばかり撮っていた。

14時過ぎの列車で一駅戻って、三間坂へ。ここも一応、ロケハンで持参の地図に○印が打ってある。撮影目的地までは1キロちょっとあり、国道と線路に沿いながら歩く。途中で出会った「みどり・ハウステンボス」の併結特急。

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知らぬが仏と言うが、ここで撮ったのが定期特急でよかった。

撮影目的地に着いて三脚を構えていると、思わぬ時間に踏み切りの音が。実は先程、上有田の駅で同業者らしいのが「○○ですか?」と声をかけてきたのだが、意味が判らないので「そこのトンネルを撮っているだけ」と答えた。その○○がやって来たのだ。

画像はデジカメを用意していなかったからここではお示しできないが、DE10と思しき重連が「さくら」のヘッドマークをつけ24系寝台車を4両繋げて走ってくるではないか! それも私のカメラポジションとは反対方向から走ってくる。
結局、後追いの写真を1枚撮っただけで、手の下しようが全くなかった。

まあでも、先月の「ほのぼのSAN-IN」みたいな目にも遭いたくないし、後追いだけでも撮れればいいとしておきますか。

ちょっと気落ちしながら、日が暮れていった。

追記で夜。居酒屋で見つけた溜まりの瓶。

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「サンビシ」なら知っているけど、九州には一本少ないメーカーがあるんですなぁ……。

5日目(11月8日)

今日はあまり写真を撮る予定はない。一日ぐらい雨の日があるだろうと、「乗り鉄」の日を作っておいたのだが、遂行しないまま毎日晴れてくれた。で、乗り鉄中心に行動しようということだ。

私鉄にそれ程興味はないが、島原鉄道は乗っておきたい。また、ここまで来たら、大村線の快速「シーサイドライナー」にも乗りたい。両者を組み入れた結果、以下のような一日となった。

まず8時41分の長崎行き「かもめ」で諫早へ。島原鉄道の始発駅である。

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今回の周遊ゾーン券で特急に乗るのは初めてだ。窓枠に光るかもめのロゴがいい。

さて、1時間余で諫早へ着き、10時ちょうど発の島原外港行き急行に乗る。

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本当なら初乗りの線くらい、鈍行に乗りたかったのだが、時間の都合もあり仕方がない。

現在、島鉄は全列車がキハ125タイプの車両に置き換わってしまっているらしく、車庫も含めて一度も国鉄キハ20タイプの車両は目にしなかった。でも、ローカル私鉄だから急行と言えども大した速度は出ない。駅を飛ばすか飛ばさないかの違いみたいだ。

島原外港から加津佐が廃止になったのは、まだここ2~3年の話ではなかったか? あまり記憶がないが、終点で見てみたら線路はまだ敷かれたままだった。

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いつでも、この先へ走って行きそうな気がする。

帰りは、今度こそ鈍行。ゆっくり眺めと駅名を確かめながら、諫早へ戻る。向こうに時折、加津佐までの線路にダメージを与えた雲仙普賢岳が見え隠れした。

諫早から、再び「かもめ」で長崎へ出て、市内観光には用がないから改札で下車印だけ頼み、快速「シーサイドライナー」の出るホームへ並ぶ。私はこの快速、17~8年前に乗ったときから気に入っていて、こちらへ来る度に乗ることにしている。今はワンマン化されているが、運が良ければ国鉄型キハ66系にあたる。運が悪いとJR型のキハ200になる。どちらが来るかと気にしていたら

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「当たり」でした~。

車内用のビールは買ってあるし、列の先頭だからお気に入りの席を確保できるし、私にとってはこんなことでも「極楽」なのだ。佐世保までの約2時間、十分堪能した。

佐世保では、少し駅撮りもしたいと思っていたが、段々曇ってきた。これまたネット予報の通りである。

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高架のホームでは薄暗いので、数枚だけ撮って、一旦外に出る。

駅前には馴染みの少ないバスが多く走っていたから、コンデジでそちらを撮るのに夢中になる。誰かと行動が似てきたようだ。バスの写真は後日改めて御紹介しようと思うので、ここでは省略する。

佐世保からは、上の写真左側の特急「みどり」で佐賀へ戻ろうかと思っていたが、閉鎖的な特急が何となく嫌になり、少し早めの鈍行で引き上げることにする。どちらにしても、佐賀に着く時間は大きく違わない。

佐賀へ向かう鈍行で、今更ながらにビールが利いてきたらしく、武雄温泉辺りの駅の記憶が全くない。気付いたら肥前山口だった。ここからはあと15分程度で佐賀へ着く。

こうして、撮影をメインに置いた4日間が終わった。明日からは、序章でお見せした切符でいよいよ帰路に就く。

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2009年11月 6日 (金)

長崎・佐世保線撮影旅行(2・3日目/撮影)

2日目(11月5日)

少し早めに起きて、7時53分発の肥前大浦行き普通列車に乗る。これから向かう多良には、殆どの特急は停車しない。普通列車はやたら本数が少ない。苦手な早起きを強いられる場所へ向かうことになっている。

多良には9時02分着。下調べでは駅前から祐徳バスが撮影目的地近くまで出ているとあったが、駅前にバス停の姿はない。2分くらい歩いた国道で、バス停の姿を見つける。

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バス停名は「太良駅前」ではなく、ご覧の通りのことになっている。駅前バス停は地域コミュバスにのみ使われているようであった。それは兎も角、下調べのバス時刻とは異なっている。よく判らないが、9時25分発の竹崎港行きが、目的とする「波瀬の浦」を通るらしい。バスが来たら運転手に尋ねてみよう。

定刻にマイクロバスがやってきたので、運転手氏に尋ねると、優しい口調で「ああ、通りますよ」とのこと。乗り込むと「汽車ば、撮りに行きよっとですか」と、見事な方言で聞かれる。私のような客が多いのだろう。

目的のバス停までは7分。客は私だけ。運転手氏に礼を言って降りる。撮影目的地はネットで調べておいた所で、比較的すんなり判った。バス停手前からちょっと坂道を登った場所だ。

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こんな感じのところでカメラをセットしていた。2時間少々いたかと思う。長崎線は特急列車の本数が多いので、結構モノになる。

帰りは11時48分があるとバス停で調べておいた。少し待つうちに

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今度はふそうの中型が来た。これで駅へ戻る。

駅では1時間以上の待ち時間がある。早くも昼なので、昼食を食べたり地図を見ながら時間を過ごす。

次に赴いたのは、更に2つ長崎寄りの小長井駅。2年前にも降りたけれど、もう少し違う場所から撮りたくて降りてみた。まずは海岸寄りから。

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三脚の足元がこんな貝殻まるけの場所であった。
この後、別の場所へ移動したが、大した景色は見つからなかったので省略。

16時40分発の鳥栖行きで帰ったが、佐賀に着いた時にはもう真っ暗になっていた。日が短くなったなと思う。

3日目(11月6日)

朝は昨日よりずっとのんびりして、9時24分発。肥前山口で佐世保線の早岐行きに乗り換え

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終点まで。佐世保線はここでスイッチバックする形になるので、その光景を撮ろうという魂胆だ。300mmレンズが大活躍してくれる。

早岐は大村線との接続駅にもなるので、色々な列車がやってくる。ハウステンボス止まりの列車が回送で戻ったりもする。一時的に

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こんな光景も見られる。以前に比べると、JR九州もカラフルになったなと思う。昼まで早岐駅で粘る。

12時03分の普通で、一駅だけ戻る。三河内というローカル駅だ。地域名は「三川内」となっているが駅名は異なる字を書くらしい。昨日の多良も町名は「太良」であった。

往路の列車でロケハンしたつもりだが、降りてしまうと大した景色ではなく、さっさと撤収する。昼過ぎにほんの一時的に雨に降られる。昨日のネット天気予報で見たとおりだ。

ここでの画像は碌なものがないので、撮影小道具にされた籾殻袋の写真でも添付しておこう(汗)。

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次の上りで、永尾まで戻る。ここは往路のロケハンで◎をつけておいた場所である。

だいたい駅自身が

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こんな雰囲気で、国鉄時代を髣髴とさせ、誠にいい場所である。駅から徒歩で5分ほどの撮影地も、適度に鄙びていて気に入った。こう云う町でのんびり暮らせれたらと思うほどの場所だ。

既に夕刻が近くなり、下校の小中学生からお爺ちゃんまでみんなが「こんにちは」とすれ違いざまに声をかけてくれる。純朴な地域なのだろう。声をかけられて悪い気のする人もいない筈だから。

少し早めに駅へ戻り、鄙びた雰囲気の駅の写真を少し撮って、早いけれども16時半頃の列車で佐賀へ戻ることにする。佐賀まで1時間を要すので、帰った頃には暗くなっている筈だ。
いい一日だった。

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2009年11月 4日 (水)

長崎・佐世保線撮影旅行(1日目/往路)

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昨日書いたように、今日から九州は佐賀県へ出っ張り(出掛けているの意)している。

往路の今日は、それ程複雑な経路でもない。新大阪まで在来線・新幹線で博多まで・在来線で佐賀まで、との行程である。オール新幹線ではつまらないので、新大阪までは在来線で来ることにしたのである。上の写真は、その新大阪までの在来線列車の方向幕だ。

いつもなら、中央線の千種を出発して名古屋で乗り換えるのだが、今回は東海道線の下りに乗るからとて、金山で乗り継いでいる。普段しないことなので、これだけでもちょっと新鮮味がある。金山から乗り継いだ特別快速・大垣行きの後部4両がそのまま米原行きになるというので、車内移動だけで米原まで来れたのは僥倖だった。

米原からは、JR西が誇る223系の新快速で新大阪まで。途中、どの辺りだったかはっきり覚えていない(確か近江八幡の辺り)が、見事なコスモス畑が車窓を掠めた。

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こう云うのを見ると、旅に出てよかったなと思う。

で、新大阪で昼食後、

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「ひかりレールスター」で一気に博多まで。4列シートなので快適だ。
車内ではビールを飲んだり、明日以降の予定を立てたり、何かとざわざわしていた。流石に最後の30分はちょっと退屈したけれど、贅沢の極みですな。

博多からは、快速で鳥栖まで、鳥栖からは2両のワンマン(817系・どうにも好きになれない車両だ)で呆気なく佐賀へ到着した。到着時刻・17時26分。

駅から直ぐのホテルにチェックインし、少し休んでから明日以降の食料などを買い物し、その足で夕食へ向かう。ホテル直ぐそばの「まぐろ海道」とか書いてある店へ迷わず入る。「呼子漁港・唐津漁港」とかの板も貼り付けてあって、食趣をそそる。私の好きだった紀行文作家・宮脇俊三さんが、唐津で失敗されたくだりを思い出した。

腹八分目に抑えてホテルに戻り、これを書いている。

明日からは、またダラダラと撮影に入る予定でいる。明日は長崎本線の撮りこぼしを撮る予定(私は一昨年の11月にも、佐賀に泊まって長崎線を撮っている)。あまり毎日書いていても仕方ないから、1日おき位で記事の更新をしていくつもりでいる。

さー、シャワーでも浴びよっと(実にお気楽)。

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2009年11月 3日 (火)

また、旅の序章

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2日前に、職場の車庫から見た紅葉し始めの木々。

つい先日、山陰からの旅行から戻ったところであるが、明日からまた旅行に出る。今回の宿泊地は佐賀で、長崎線・佐世保線を撮影の中心とする予定。

私自身の目標として「月1回、どこかへ撮影旅行に出る」ことを掲げているのだけれど、旅行に出るためには職場の休暇が必要になる。私たちの営業所ではその月毎の有休を、3ヶ月前の月末に原則まとめて取得するシステムなので、休暇が取り易いところを狙って毎月の休暇を取る。その結果、前月の有休と今月の有休が隣合わせみたいに近付いてしまうケースもある。で、今月は取れるところで休暇を取ったらこう云うことになった。

名古屋では、そろそろ一部の木で紅葉が始まっている訳だが、今回の行先は九州方面だから、いくらここ2~3日が寒くなったとは言え、紅葉には早過ぎるだろう。まあ、適度に秋ののんびりした景色を捉えられればと思っている。

ところで、今回は豪華8連休が実現した。切符はいつものように「周遊きっぷ」を使う。そのため、往路で1日かけ、撮影に4日かけ、帰路は3日かける予定でいる。帰路は全く新幹線を使わずに、自分の乗りたい在来線を思いつくまま経路に組み込んだところ、また周遊きっぷの「かえり券」で、マルスに経由線区数オーバーフローを起こさせてしまった。
つまり、かえり券は手書きになっている。

折角なので、使用前の状態をお目にかける。

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経由は実に細かい字で書かれていて、画像アップしてもお判りになり辛いと思うので、ここに今一度経由だけを書き写しておく。

「鹿児島線・篠栗線・東水巻・鹿児島線・山陽・岩徳・山陽・伯備・吉備・山陽・赤穂・山陽・加古・福知・山陰・舞鶴・北陸・東海」。以上である。

ところでこの手書き券、券番号を見て頂くと、5月の北海道旅行の際に作ってもらった手書き券の続番になっている。これは藤が丘のM鉄観光で発行してもらっているが、5月以来、M鉄観光で手書き券を必要とするようなハタ迷惑な切符を作って貰った御仁はいなかったということらしい。

尚、『長崎・佐賀ゾーン』の周遊きっぷなので、佐賀からの帰路は唐津線・筑肥線(福岡市営地下鉄を含む)経由で博多へ出る予定となっている。また、経路では単に「山陽」となっている部分で選択乗車が出来る呉線にも乗る予定でいる。呉線の「瀬戸内マリンビュー」の指定券は取ってある。これらは、多分、紀行文の「帰りの部」で詳しく書いていくことになるだろう。

旅行の荷物の中に目覚まし時計も入れておいたので、今回こそ粗相をしないつもりである。

と云う訳で、行って参ります。

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