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2009年10月10日 (土)

私にとっての台風18号~955hPaの遺恨

こんな記事のコラボは、あまり歓迎すべき事態ではないかとは思うが、N市のTさんにコラボさせて頂きます。

各地に大きな被害をもたらした台風18号の愛知県上陸から、既に2日。

仕事の都合で記事を書く時間がなかったので、今更ではあるが、前日から当日の私の「事と次第」を記録しておこうと思う。

そもそも、台風が上陸した前日の10月7日、私は特別な勤務で職員の研修所へ出勤していた。研修業務があったため、たまたまこうなったのだが、研修所なるところは一般の官庁とほぼ同じで8時半出勤・17時15分の退庁となっている。そして、研修所は魚澄庵から比較的近い所にあるため、私は18時頃に自宅へ戻っていた。

この時、既に雨は本降りになっていて、私は台風が少しでも海側へ逸れることを祈りながらテレビのスイッチを入れた。

Dscn5136tv

残念ながら、避けることは叶わない様子である。テレビの音声は、「8日の朝に、東海地方へ最接近する模様」と報じている。困ったなと思う。私の翌日の出勤時刻は、8時08分と、台風が最接近する時間にぶつかりそうなのだ。

気もそぞろに夕食を終え、今までにないケースなので営業所へ電話をして尋ねてみる。主任の言うには「原則出勤。出勤が無理と思えば、車庫の仮眠室は貸し出すので、大人としての行動を取ってくれ」とだけ。

夜10時になっても大勢は変わらない。仕方ない。職場までは車で5分の距離でも、途中で何が起こるか判らない。大袈裟と笑われても良いから、車庫の仮眠室へ泊まることに決めた。諸々の準備をして、23時過ぎに車庫へ出向く。先程電話を受けた主任に「泊まらせて欲しい」と頼み、簡単に了解を貰う。
誰か一人くらい同じ考えを持つ人でもいるかと思ったが、結局泊まったのは私だけだった。

布団に入り、寝付いたのは何時か、さっぱり判らぬ。かなり長いこと寝付けられなかったことは確かだが、人のざわめく声で気が付いたから、いくらかは寝ていたらしい。時計を見ると、5時51分。明るくなってきた外を見ると、風雨が窓ガラスを叩きつけている。

仮眠室から起き出して、外の様子を伺う。

Dscn51381

Dscn51392

かなり激しい風雨だ。

もう、この時間なので、出勤の早い同僚たちは多くが車庫に到着している。だが、とてもバスを出せる状態ではない。取り敢えず、8日は一番バスから全ての路線で運転を見合わせているそうだ。嘗ての国鉄用語で言えば「テケミ(天候警戒運行見合わせ)」と云う奴であろう。

自分の出勤時間まではまだ間があるので、一旦布団に戻り、携帯PCで状況を調べてみる。

Dscn5142web

午前5時に愛知県知多半島に上陸、時速45キロとある。知多半島から名古屋までが40キロくらいだから、私が起き出した6時頃が、ちょうど名古屋に最接近している時間だったのだろう。

PCを消して、また目を閉じる。でも、もう寝られない。それに出勤してきた乗務員もどんどん多くなり、外は一層騒がしくなってきた。

7時で布団に見切りを付ける。2階にある仮眠室から出た途端、普段から懇意にしてもらっているMさんとS先輩にぶつかりそうになる。二人とも私より早い出勤の筈だが、まだ車庫にいる。
それはそうと、意外にも屋外は、雨が小降りになり、風も先程とは比べ物にならないほど弱まっている。当初の予報より早めに台風は通過したらしい。

ただ「吹き返し」がどの程度あるのか判らない。場所によっては吹き返しでトタン屋根が飛んだ、などとテレビの声が聞こえている。暫し、MさんとS先輩と雑談し、時間を過ごす。

7時半になったので、私も1階へ降りて自分の「出勤点呼」を済ませることにする。いつも同様に点呼をするが、点呼の係(助役、と呼ばれている)からは、「今のところ、待機として下さい。出庫はその都度、点呼場に呼んで指示します」とのこと。ダイヤ板だけ受け取って、再度2階へ戻る。

再びご両人と雑談していると、労組の支部長が「8時から、運行再開するよ。地下鉄が動いているのに、何でバスが動かないんだって苦情の電話も入っているし」とだけ言って、向こうへ急ぎ足で去っていく。確かに、外だけ見ると、そろそろバスが動いても可笑しくない状況である。

運行再開が決まっても、本来なら5時52分を筆頭に動き始めている筈のバスは、まだ全車両が車庫に留まっている。バスは本来の出庫順に車庫に並べてあるから、誰にどの車両を割り付けるかを決め直さなければならない。また、ダイヤのどの部分から運行再開をするかも決めなければ混乱するだけである。助役の決定があって、指示されるまで、私たちは勝手に動けない。一言に「運行再開」と言っても、そう容易なことではないのだ。

7時50分、やっと一人目の呼び出し放送がかかった。車庫から最寄の路線である。路線によっては安全確認が取れていないところもあるようで、それからまた暫く呼び出し放送はかからなかった。

7時55分に二人目、そして、8時を回るとポツポツと呼び出しがかかるようになって来た。S先輩も呼び出しがあり、「じゃあ」との一言を残して点呼場へ降りていった。

私の出庫時間は、出勤時刻の20分後・8時28分だが、呼び出しがかかるのは車庫から近場の路線の担当者が多い。この日は車庫から離れた路線の担当で、安全確認の関係からか私と同類の路線担当者は、殆ど呼ばれていない。私も出庫時刻を過ぎたけれど、全くお声のかかる気配はない。
また、中には呼び出しがかかっても戻ってくる乗務員もいて、話を聞くと「ダイヤ復帰する所は決まったけれど、車両が決まらないからもう少し待って、だってさ」と言う。かなり助役の方は混乱しているらしい。

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これは、運転再開から50分後の8時50分頃の車庫の様子。かなりの車は出て行ったようだが、この時間にしてはまだまだ多くの車が残っている。私も半ば諦めて、2階の待機所で、また横になった。その途端、私のダイヤ番号と名前が館内放送で響いた。急ぎ足で点呼場へ降りていく。

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この日の私のダイヤ板。朝夕のラッシュ時だけハンドルを持つ「中憩勤務」と呼ばれるものだが、他の営業所と共同で担当している路線、との事情もあり、より変則的な時間の勤務である。それはいいとして、時間から言って、ダイヤ板に『1』と書かれた○見町から栄の部分は、もう間に合わない。点呼場での指示は「栄まで回送して、『2』のところからダイヤ復帰せよ」というものだった。
その時の時刻は9時01分。『2』の栄発の時刻は9時35分。私たちの車庫から栄までは結構な距離があり、間に合うかどうか微妙だが「多少遅れてもいいから、安全運転で直ぐに出て下さい。担当車両は運行前点検を済ませた状態で待機させてありますから」と言われる。

点呼場に近い場所に止めてある、今日の相棒(担当車両)に慌しく乗り込む。ルームミラーと方向幕だけ合わせて発車。9時03分。

流石に道路に車は少ない。人影もまだまばらだ。路上には落ち葉は目立つが、枝まで折れたものは殆ど見当たらない。思いの外順調に走れるようだ。雨が弱く降っている程度で、吹き返しの風も全くない。結局、急がなくとも、栄には9時30分ちょうどに着いた。

Dscn5150

バスターミナルは街の中心にあるから、ビル風が強かったのか、少々折れ枝も目立つ。だが、運行には支障なさそうだ。3分だけ待機して、9時33分、予定通りにバス停へ着車。

少々空騒ぎの嫌いもあったかも知れないが、片道の運休だけで私は済んだ。あとは、ダイヤ板の通りに運行すればよい。

○見町へ向かう途中、バックミラーに僅かな青空が写った。少なくとも名古屋に関しては、50年前の伊勢湾台風に比べれば、然程甚大な被害の様子はない。私も、もう一度心の中で深呼吸をして、街の無事を確かめながらハンドルを握り直した。

***

尚、この記事はあくまで私の身辺に関してだけのことであり、多くの被害を受けられたリンゴ等の農家の方々、その他被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。

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コメント

まさに台風の日は仕事でした。未明から朝にかけての仕事ですが、帰る時(6時頃)が一番激しかったですね。
車のラジオを聞いていたら地下鉄も、鶴舞線の庄内緑地公園~上小田井と名港線は全面運休、東山線は藤が丘~星ヶ丘が徐行運転みたいでしたね。

投稿: リニモ1号 | 2009年10月10日 (土) 19時54分

>リニモ1号さんへ
大変な時間に、お仕事ご苦労様でした。
私はお蔭様で、記事の通り比較的穏やかに事が済みましたけれど、地下鉄関係は地上部分が絡むものに運休や徐行があったようですね。
記事中、9時35分栄発のバスで、千早の交差点を通る時には、まだ中央線の電車が徐行運転している姿を見ました。

あまり関係ありませんが、今日、一部の中学校では、午前中だけ代行の授業を行っていたようですね。

投稿: リニモ1号さんへ | 2009年10月10日 (土) 20時23分

コラボありがとうございます。

台風の中、前泊でお仕事大変お疲れ様でした。
私は台風の日が公休日だったのは初めてでした。
おじさんになると早く目が覚めてしまい、台風通過時の自宅前の映像を撮影し、う~ちゅ~ぶにUPしたら、某国営放送に見つかってしまい、その映像が全国放送されてしまいました。
長と二人で「出た!出た!」なんて見ていました。

投稿: N市のT | 2009年10月10日 (土) 21時10分

>N市のTさんへ
以前の東海豪雨の時は、4号で自宅へ戻ってから「あの惨事」が起こりましたが、今回はモロにかぶってしまいました。ただ前泊した甲斐あって、皆がびしょ濡れになって出勤してきた中、私だけは無傷でした。
某国営放送の件、お知らせ頂いたのですが何時からの放送かが判らずに、結局見逃してしまいました。う~ちゅ~ぶの力も、甚大ですね。Tさんのブログで動画の再確認に留めることしかできず、ちょっと残念です。
まあ、見て楽しむものではないですけれど、一つの貴重な記録ですよね。
お互いにお疲れ様でありました。

投稿: N市のTさんへ | 2009年10月11日 (日) 02時56分

こんばんは。
台風の中、変則勤務お疲れ様でした。
公共交通は何といっても安全第一ですから、こういうときの運行管理の方は
大変だったのでしょうね。
危険な中で運行するわけにもいかず、かといって走れそうなのに走らないと
市民から苦情ですか・・・?
胃が痛くなりそうですね~

札幌地方は台風の直撃を免れて雨が少し多めに降った程度でした。
日高や釧路方面の太平洋側はけっこう荒れたようです。

投稿: vanagon714 | 2009年10月11日 (日) 22時56分

>vanagon714さんへ
やはり、こうした非常時は安全により一層気を使いますね。
路線の安全確認が取れても、吹き返しの風などで木の枝が新たに折れることもあり得ますし、思わぬ所で土砂災害が起こることも考えられます。

バスは運行開始の時間が決定しても、今はノンステ車あり、ツーステ車あり、おまけに大型・中型などが混在しています。また、当日の仕業内容によっては燃料がしっかり入った車でないと困る場合もあります。
それらの条件をクリアして初めて配車が決まるので、助役は大変ですね。実は私も再開後初めてのバスを着車したところ「この路線は何時から走っているの?」と苦言とも取れない質問を貰いました。
市民の「足」を守ることも大切ですが、諸条件が整って初めて運行できるものですから、難しいものがありますよね。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年10月12日 (月) 14時00分

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