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2009年9月24日 (木)

思い出の松前線旅行

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時期を逸してしまうとあまり意味がなくなってしまうから、敢えてこの時期にこの記事を書くことにする。
今日はなるべく、写真主体にしようと思う。

3日前の記事で、1987年に渡道した際のバス写真を掲載したけれど、この年は自分の「就職元年」の割に、2度も北海道へ渡っている。

その2度目の渡道がこの記事の旅行で、この時には青函航路に乗るのもまず間違いなく最後になるだろうし、松前線だけでは片手落ちだから、当然江差線の写真も撮ろうと予定を組んでいた。

そんな折、当時56歳だった母が急に「私も付いて行こうかしら」と言い出した。この頃から既に私の旅行は鉄道一点張りで、2時間に1本くらいしか来ないローカル線の沿線で、ひたすら列車を待つだけのものであった。母に「それでもよいか?」と尋ねると、「それでも構わない。私は北海道へ行ったことがないし、青函連絡船にも乗ったことがないから乗りたい」と言う。本人にそれまでの覚悟があるならと、母を同行することになった。

時期は22年前のちょうど今頃で、もう少し詳しく書くと9月12日に出発して、16日に帰ってきているようだ。この内、14日と15日を松前線の撮影に充てている。

以下、思い出と共に当時撮影した写真をご覧頂こうと思う。

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先に江差線を撮影し、一旦母は函館見物に行きたいと言う。私はまだ江差線撮影の予定を組んであったので、上ノ国駅で母を函館行きの列車に託し、私は列車から降りた。「函館を13時37分に発車するこういうサボの列車に乗るのだぞ」と全く旅慣れていない母に教えたのが、このサボ。木古内で母と合流する約束にしておいた。指定した列車に母の姿を見つけた時は、流石にホッとした。

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渡島吉岡で降りて、母には「この国道をひたすら歩けば、三脚を構える自分に追いつけるから」と言い、当時は健脚だった私は先に歩き出した。白符駅との間にある宮歌川橋梁での撮影。勿論、シャッターを切った時には母も追いついて、私の隣で同じようにコンパクトカメラを構えていた。

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白符駅直ぐ脇にある、白符隧道から顔を出そうとするキハ22。この旅行の中で私が撮った写真では、この写真を母は一番気に入ってくれた。

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及部駅で降りて、また撮影。夕刻になってきて、雲とホームを照らす僅かな灯りが綺麗だったので、撮っておいた一枚。宿は松前に取ってあり、結局この写真の後、母と二人歩いて松前の宿へ向かった。

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翌日は、渡島大沢まで列車に乗ったあと、この海岸から撮影。私は私で、この写真が松前線で一番お気に入りの一枚になっている。一方、この時母は、付近で地元の猟師のお爺さんに捕まってしまい、早く私が戻って来ないかと心待ちにしていたそうだ。と云うのは、猟師のお爺さん、訛りと方言が酷くて母には会話が殆ど理解できなかったらしいのだ。

Img374

偶々、さっきの海岸付近に函館バスのバス停があり、一旦松前に戻ることが出来るようなので、松前に戻って駅前の風景をパチリ。キハ22も懐かしいが、写真右脇に丸型のポストがあり、こちらも懐かしい。

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松前駅の構内を、ホームから少し外れた所より。松前線は既に廃線の噂が上がっており、結局ATCの設置はせずに腕木式信号とタブレットを守り通した。

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渡島吉岡付近を走る列車の中からの撮影。この少し海沿いに、現在の吉岡海底駅があると思われるが、そんな青函トンネルの工事現場の基地が車窓にも見えた。

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千軒駅で交換する上下列車。4823Dと846Dの交換。車掌の乗った列車、朱色のキハ22、何れも貴重な風景と化した。

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松前線からの最後のカット。これもある意味、今では絶対に見ることの出来ない光景だ。走る松前線の列車内から、木古内の直前で、まだ当時は列車が走っていない海峡線と江差線の線路が合流するところ。こうして見ると、複線の海峡線は堂々としているが、右隅の江差線の線路は細々としたものに見える。

***

写真は以上だが、この後、江差線の釜谷駅で降りて撮影し、更に江差線に乗り函館に戻った。函館山から夜景を眺めた後、19時45分出航の24便で、本州へ戻っている。最後の青函連絡船くらい豪華にしようと奮発し、母とグリーン船室に乗った。今から思えば1100円を余分に払うだけのことだが、当時としてはこれでも大奮発だったのだ。

でも、母と共にいい思い出が出来て本当に良かったと、これは今でも思っている。
先月で78歳になった母も、今でも「こんなに思い出に残る旅行はなかった」と言ってくれている。

そして、松前線の方は、この翌年の1月限りで廃線となっている。

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コメント

こんばんは。
親孝行旅行、いいですね(^^)
松前線、私はとうとう乗らず撮らずで終わってしまいました。
桜の名所もあったようで一度くらい撮りに行けばよかったなあと悔やみます。
キハ22も腕木式信号機も懐かしいですね。
昔よく乗った石北線を思い出します。
鉄橋を渡るキハ22の写真、レイアウトの参考になりそうです。

投稿: vanagon714 | 2009年9月24日 (木) 23時06分

大変懐かしい風景を沢山見せて頂きありがとう御座います。小学生の頃、週一度松前から函館へ通院していました。お母様は浜言葉にさぞかし苦労されたことでしょう(笑)漁師の爺さんに代わりお詫び申し上げます。写真見て「大体この辺から撮影したのかな?」てなポイントが思い浮かびます。

一度、千軒から松前まで、運転士さんの計らいでキハ22の乗務員室に乗せて貰ったことがありました。トンネルや遮断機のない踏切では「足下のペダル踏んで!」と、タイフォンを鳴らす機会も頂きました。今でもトンネルの本数覚えている(千軒~松前間で11本)くらい記憶に残っています。

現在では風景が一変してしまいました。6枚目の「櫃ノ下川橋梁」はガーターが全て取り払われ、3枚目の「宮歌川橋梁」はガーターはおろか、橋脚も全て取り払われました。トンネルは石垣やセメントで封印されたところが殆ど、その他路盤は道路(高波・津波時などの緊急避難道路)に転用された区間が多く、築堤や橋台のみが往事の姿をなんとか留めている状態です。廃止時点の沿線人口は木古内~江差よりも木古内~松前の方が多かったんですがねぇ・・・

投稿: | 2009年9月25日 (金) 04時59分

今は無き松前線の貴重な画像ありがとうございます。
入場券は集めましたが、画像がありません。

お母さんと一緒に汽車旅が出来て良かったですね~。
いい親孝行でしたね。
私の母との汽車旅は、小さい頃歌志内までSL列車に揺られて行ったのと、73年のGWにC623とD51の重連運転に、珍しく母が乗りたいと行ったので乗りに行ったくらいでしょうか。

キハ22のタブレットキャッチャーの型式が変わっていますね。
以前は車体の角にステイが付いていてキャッチャーは水平に付いていましたが、画像のものは跳ね上がっているのか縦になっていますね。

投稿: N市のT | 2009年9月26日 (土) 00時07分

>vanagon714さんへ
当時の給料や休暇日数から、渡道はするにしても、一番手前の江差・松前線の撮影が限度でしたので、こんな旅行になりました。でも、今から思うとそれでよかったと思います。

往路の青函連絡船では、母が船酔いするといけないと思い、敢えて甲板に連れて行ったところ、逆に直射日光にやられて却って船酔いして頭が痛くなったと言っていました。こちらの思惑とは逆に、親不孝になってしまいました。
それでも、現在でも色々な意味で思い出に残る旅行が出来たのは、本当に僥倖なことだと思っています。

ここまでのローカル線だと、模型の参考になるアイテムも多いかも知れませんね  (^ ^)

投稿: vanagon714さんへ | 2009年9月26日 (土) 01時09分

>名無しさんへ
ご訪問並びにコメント、有難うございます。
松前線にはかなり乗られたご様子ですね。車外から見た景色だけで、車内からの位置が想像できるというのは、相当乗り尽くしていないと出来る技ではありません。

浜の漁師さん、兎に角「昆布漁」の方であったことだけは、私も母も判りました。然しそれ以上、内地の者には……。でも、それとて、今になってはいい思い出です。

国鉄時代は、結構乗務員さんでも駅員さんでも、オープンな方が多かったように思います。私も地元の某ローカル線で、転轍機の切り替えをさせて頂いたことがあります。重たかったですけれど、その感触は今でもずっしり腕に残っています。

松前線の廃止から21年と半年くらい。沿線も変わったことでしょう。自分が写真として残した橋梁が跡形もなく消えている現実は、やはり辛い思いがあります。
2年ほど前に、海峡線の知内駅からバスで木古内駅に向かったことがあります。あの辺りだと、線路跡は築堤として草ぼうぼうで残っておりました。特に道路としても転用された所は見当たりませんでした。

雑多なブログですが、ご高覧頂けて幸甚に存じます。

投稿: 名無しさんへ | 2009年9月26日 (土) 01時26分

>N市のTさんへ
vanagonさんのコメントにも書きましたが、母が船酔いしてはと思い、青函連絡船では甲板に連れて行ったところ、逆に直射日光で暑さにやられてしまい、結果として船酔いのような頭痛を起こさせてしまいました。私の好きな北杜夫さんの著書に「親不孝旅日記」という本がありますが、私の旅もまさにその通りでスタートしてしまいました。
でも、後の行程では本当に色々貴重な思い出が出来て、それなりに良かったなと思っています。

タブレットキャッチャー、細かい所まで見られていますね。私は気付きませんでしたが、千軒駅での写真を見ると確かに縦や斜めに跳ね上げてありますね。使用しない時は、あのような形で跳ね上げていたのでしょうか。

投稿: N市のTさんへ | 2009年9月26日 (土) 01時35分

むちゃくちゃ懐かしい写真です。

私は現在松前に在住していますが、その昔東京に住んでいまして、
帰省の旅に使った松前線。

宮歌の鉄橋のある集落は母の実家の集落だったので、この景色は
見慣れたものです。また撮影された埋立地の平屋の家は、おじの
家です。

貴重な松前線の写真を発見できて幸せです。

母の実家に行くときは、松前駅から白符まで汽車に乗っていました。
ほんとうに懐かしい。

投稿: ラビット飯田幸仁 | 2009年12月 3日 (木) 20時34分

>ラビット飯田幸仁さんへ
ご覧頂きまして有難うございます。
松前線の場合ですと1泊2日の「沿線旅行者」に過ぎませんが、これだけの記録を残す機会を持てたことを今でも幸せに思っています。
まして、沿線に縁のある方から、この拙い記録を懐かしんで頂けるのは、撮影者として大変嬉しいことです。

宮歌の辺りは、かなり具体的に思い出が詰まっておられるようですね。私は単に「海と鉄橋を絡めて撮れるから」と立ち寄った場所でしたが、あれから20年以上のちに、こうしたお言葉で地元の方の思い出に触れさせて頂くことになろうとは思いも寄りませんでした。

そうそう、宮歌の鉄橋を撮影したのち、白符の駅へ歩いたのでした。結構時間がかかったように記憶しています。
一撮影者として、私も懐かしさがあります。地元の方の懐かしさには敵いませんが。

投稿: ラビット飯田幸仁さんへ | 2009年12月 3日 (木) 21時44分

ラビットさんのブログからこちらに参りました。
私は東京ですが何回か松前に行きました。鉄道を利用しましたが、数年前なので、この写真はとても素晴らしいと思います。
北海道の9月らしい雲とどこか懐かしい電車のある風景
あなたの鉄道に対する優しい思いが感じられますよ。
昔の八高線を思い出しました、笑。国鉄の官舎に住んでいた時代を思い出しました。
また拝見します。2010年も楽しみにしております。

投稿: Skye2 | 2009年12月 7日 (月) 17時33分

>Skye2さんへ
お越し頂きまして有難うございます。また、コメントを頂き感謝致します。
物心ついた頃には鉄道に激しく反応していたと記憶しておりますので、かなり鉄分の濃い人間であろうことは想像がつきます。ただ、マニア的な見方しかしていませんので、見る目が優しいのかどうかは判りません。そう感じ取って頂けたのなら、大変嬉しいことです。
国鉄官舎にお住まいだったということは、元国鉄の職員さんでしょうか? 私も小学生の頃には卒業文集に「絶対国鉄に入る」と書いています。残念ながら、夢は叶いませんでしたが(苦笑)。
1992年の12月に八高線を撮りに行ったことがあります。まだ非電化路線で、朱色のディーゼルが思う存分走っていた頃です。機会があれば、アップしたいと思います。
これからも、宜しくお願い致します。

投稿: Skye2さんへ | 2009年12月 8日 (火) 00時22分

おさかなさんへ。
私の父が国鉄職員でしたので物心ついた頃には国鉄官舎に住んでおりました。1992年に八高線を撮りにいらしたのですか?その時期には父が定年で官舎を出ていました。拝島駅から八高線で進むとちょうど青梅線との間に変電所があり、その手前にまだ官舎があります。そこにいました。今は民間の保線工事会社が土地ごと買い上げたらしいですが。子供の頃父がそのあたりをSLで高麗川方面に上っていくのを何度も見ていました。SLのあとは電気機関車になりました。おさかなさんは電車ではないけれどバスの運転手さんですよね。またブログや写真拝見します。

投稿: Skye2 | 2009年12月 8日 (火) 14時11分

>Skye2さんへ
そうでしたか。ご尊父が国鉄マンでいらしたのですね。
私は素人ですので、どこに国鉄官舎があるか等、詳しいことは判りません。お話を聞いて、ああそうか、そんな所に国鉄官舎があったんだ、と云う程度です。ただ、そう云った環境にお住まいの方は、何となく羨ましい気持ちで見てしまいます。
仰せの通り、私はバスの運転手として働いています。鉄道マンになりたかったのですが、物理や数学が全くダメで断念しました。
仕様もない独り言ばかりのブログですが、よろしければまたお越し下さい。

投稿: Skye2さんへ | 2009年12月 9日 (水) 19時03分

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