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2009年9月21日 (月)

二昔前の道内のバス

私は大学を卒業した後、更に一年間、学校の研究室に居候していた。良く言えば「学部研究生」、悪く言えば単なる「就職浪人」である。

居残った事情は色々あるのでここでは割愛するが、そんな次第で私が学生を終わろうとした時にした旅行は、純粋に「ソツキ(卒業記念旅行)」とは言い難い。だからただ単に「大旅行」と呼んでいるのだが、時は1987年2月から3月にかけてで、とんでもない経由の一筆書き切符を作ってもらい、そのルートと廃止直前のローカル線にも寄り道をする、総計29日間の旅行だった。時期を見て頂けばお判りの通りだが、「国鉄最後の旅行」でもあった。

切符の終点は稚内にしてあったから、青函連絡船で人生2度目の道内入りを果たした後、あちこちを羊腸のように巡った。
その際に僅か4枚であるが、道内の乗り合いバスの写真を撮っているので、今日はその画像をご紹介しようと思う。プリントからのスキャンなので、画像が悪い点はお許し下され。

Img3491

Img3502

上下共に、室蘭駅の付近で撮った道南バス。今とは駅前風景が異なるので、現在も同じ場所に道南バスの車庫があるかどうか、定かではない。

上は、当時の道南バスとしてはかなり気合の入った車両だったと思う。UDではないかなと思うのだが、札幌とを結ぶ都市間バス。この当時、後軸二輪(後に私が入った運送会社では、こういう軸配置を「ひこずり」と呼んでいた。前輪が後輪を「ひきずる」ように見えるので、こう呼んだそうだ)のバスはまだ珍しく、それで記録的に写したものだと思う。

一方下は、路線バス群。懐かしいタイプの富士重車体の左2台は、何れもUDである。その内、右側の新しいタイプの車体の車は塗装が異なるけれど、この頃から道南バスはこのタイプの塗装に変えつつあったらしい。
その右がふそうで、確かこれは中型だったような記憶がある(記憶違いならゴメンナサイです)。回送と表示しないで、「非営業」とあるのが名古屋にはない表示方法で、面白かった。
更に右は、日野。詳しくは判らないが、多分この時期ならもうRCだと思う。

この当時は今よりもっと、バスのことに詳しくなかったので、道南バスの塗装を見て「中央バスの系列なのかな」と思っていた。若干ではあるが、中央の赤白塗装に似ていたからである。実際には、道南バスは特にどこのグループでもないとの事実を、後年になって知った。

Img348

これは、根室標津駅前で撮影した、言わずと知れた阿寒バス。vanagon714さんのブログを見るまで、この塗装が丹頂鶴を表しているとは知らなかったとの写真は、これのことである。私は単に、ウインカー部分が赤く塗ってあるので、面白い塗装をする会社だなあと思っただけだったのだが。多分これも、RCだと思う。

Img351

これは、REではないかと思うのだが、宗谷バス。天北線の浜頓別駅で普通列車の停車時間があったので、ふらりと外に出て撮影したもの。天北線より二足くらい先に廃止になった興浜北線の代替バスだ。初め、塗装だけを見て何も知らない私は、名古屋のM鉄系の会社かと思ったくらい似た配色であった。実際には、宗谷バスって東急のグループに属しているそうであるが。

昔の写真なので稚拙な撮り方のものが多いけれど、ちょっとした記録にはなっていると思う。

それにしても、これらの写真が22年前のものとは、我乍ら時の経つのの速さに「ガーン」と思ったりもしている(最後に滝汗)。

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コメント

こんばんは。
懐かしい写真ありがとうございます。
道南バスのUD3軸、当時は画期的な導入だったと思います。
札幌~室蘭線には1年くらい前にDA66というひとつ前の3軸車を
中央バスが導入、激戦区となっており利用者には嬉しい限りでした。
早速往路道南、帰路中央とUD3軸乗り比べをしました。
この頃の路線車はまだまだモノコック主流だったのですね。
阿寒バスの写真もいいですね~(^^)
私は道内在住にもかかわらず阿寒バスのまともな写真がありませんでした。

投稿: vanagon714 | 2009年9月21日 (月) 23時36分

>vanagon714さんへ
長距離・観光仕様のバスは殆ど見てもスルーしていた当時ですので、3軸のバスをマトモに見たのはこの時が初めてだったと思います。
中央バスが一足お先に入れていたのですね。そして、それらの乗り比べに行かれたというvanagonさんも凄い!!

22年前だと、一般路線車はモノコックが主流でしたね。スケルトンは多分日野が最初だったかなと思いますが、登場したのが1984年くらいだった記憶です。リベットがないボディは画期的に見えましたね。
こうして見ると、何でも「一応撮るだけ撮っておく」精神が大切だと思いますね。10年、20年経てば、貴重な資料になってくれますから。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年9月22日 (火) 21時48分

貴重な画像ありがとうございます。
D南バスも赤白時代が懐かしいです。最近は緑色になってしまいピンときませんね~。

阿寒バスは今も変わらぬツルの柄でいいですね~。
宗谷バスも昔と変わらぬ赤白塗装で、この柄を見ると最北の地に来たと実感が湧きます。

私も中央の3軸車がデビューしたら直ぐに乗りに行きました。帰りは781系「ライラック」でした。

投稿: N市のT | 2009年9月23日 (水) 21時30分

>N市のTさんへ
道南バス、私も知らない内に更に新しい塗装になっていますね。一昨年だったか、乗る機会があって驚きました。
恐らくあの特急バスなどと同じ系列の色ということで、現行の塗装に変えたのでしょうね。

阿寒バスが走る方面へは、当分旅行の予定がありません。丹頂鶴の塗装をしっかり今一度確認してみたいのですが。

宗谷バスも塗装は変わっていないようですね。私も一度目の体験から、「あの色を見たら、日本最北端」と思うようになりました。

結構皆さん、3軸車には関心を持ってみえるのですね。私は高速バス系にはそれ程興味がなく、珍しい型を見ても「へぇ~」で終わってしまいます。今なら、精々デジカメで写真を撮る程度ですね。

投稿: N市のTさんへ | 2009年9月23日 (水) 22時22分

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