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2009年9月18日 (金)

魚澄庵、その後の話3題

今までに、魚澄庵の暮らしに関わることを何題か書いてきた。今日は、それらの話題の内3つの事柄について、「その後」をお伝えしようと思う。
尚、今回初めて、元となる話題のページへ飛べるようにリンクを貼ってみた。話題が思い出せない方も多いと思われるので、色が異なった記事タイトルの部分をクリックしてみて下され。

まずは、6月12日に書いた「やっと名前判明」、ツキミソウの話題について。

花が咲き始めたのは元記事を書いている6月頃からだが、花は一日1輪とか2輪程度でも兎に角途切れずに毎日咲いている。そして、先日は遂に13輪もの花が咲いた。

Dscn5027

写真には11輪しか写っていないが、私が写真を撮っている玄関前の三和土の後部に、もう2輪咲いている。

元記事にも書いたように、繁殖力がかなり旺盛なのは事実なようで、隣の実家からこちらへ伝播しても盛んに勢力を広げているようだ。母によると実家では、増えすぎているので一部は抜き取ってさえいるとのこと。

これからがいよいよお月見のシーズンなので、ツキミソウとしても今を盛りと咲いているようである。魚澄庵では今のところ抜き取っていないけれど、あまり玄関前で繁茂するようならば、私も少し考えることになるだろう。白い可憐な花なので、ちょっと抜き取るには勇気が要りそうだが。


続いて、7月31日に書いた「ネプチューンへの思いあれこれ」について。

ネプチューン社製のバス用案内放送テープデッキを、職場の工場の方のご厚意で鳴らせるようにして頂いた訳だが、100V→24Vのデコデコを失くしてしまって、無用の長物となっていた。

そのデコデコが3日前に出てきた。何のことはない、私が今こうして記事を書いている机の片隅に、ビニール袋に入れた新品の状態のまま転がっていた。机の上は全く整理が為されていないので、折角大切な物を机の上にポンと置いただけでも、魚澄庵では行方不明になってしまうのだ。私は我が机の上を「名古屋の富士山樹海」と呼ぼうかとさえ思っている。

さておき早速、結線してテープデッキを稼動させてみた。

Dscn5031

ちゃんと、電源の赤ランプも点灯している。テープは、嘗て私の営業所で使っていて業務用粗大ゴミに出される寸前のものを何本か、上司のお許しの下、頂いているので、それらを聞いてみた。

バスの案内放送のテープだから、興味のない人に聞かせても仕方ない代物ではある。だがこれらのテープを、毎日仕事のBGMのように聞いていた身としては、結構懐かしいものがあった。

例えば「スポット広告放送」といって、その停留所に近いお店などの名を広告として入れさせてもらうことがある。このスポット放送も、お店などのスポンサーが広告を拒否されればテープからは消えていく。逆に、別の広告放送が新たに入ることだってある。時期によってスポット放送の内容はどんどん変わっていく。
また、始発停を出た時の案内放送用語も、年代によって異なっている。

更に懐かしかったのは、「バスロケ情報」といって、バスの接近情報をバス停に知らせるための車載機のコード番号も、この案内テープで自動設定していた。『バスロケ情報、○○××を設定します。ピロピロピロピロピロ(電子的な音)』といった用語と音声で、テープ巻頭の業務放送の部分に入っていた。
現在では方向幕と連動した合成音声によるデジタル放送なので、バスロケ情報は「ピロピロピロ……」の音がなくとも、始発で方向幕を変える時の操作だけで自動的に設定されるようになっている。テープ放送車が全て廃車となり、もう6~7年が経過するだろうか。あの「ピロピロピロ……」の音は、本当に久し振りに聞いた。


最後に、8月9日の記事、「ヤモリ復活」について。

一昨日の晩の写真であるが、

Dscn4974

当庵の玄関の外に、ピッタリ引っ付いているヤモリを見かけた。体も大分大きくなっていて、元記事にした時には小さな子供のヤモリだったが、ほぼ大人と同じ大きさに成長しているようだ。頼もしい限りである。

奴が我が家に棲んでいることが判ってから、除草剤などは撒かないようにしている。草が生えれば手で抜く(実際にはズボラなので、滅多に草抜きなんてしないが)。私なりに、奴に対しては気を遣っているつもりである。

まあ、そんな甲斐あってか、ちょっとゴタついた時期もあったが、一応魚澄庵は平静である。以前書いたようにちゃんと奴なりに「家守り(やまもり)」の役割は、果たしているようである。

昨日、用事があって隣の実家へ行ったのだが、爬虫類嫌いの母は植木鉢などを移動しようとして、コイツが下にいると飛び上がってしまうそうである。どうも隣にも出張に行っているのか、或いは奴の兄弟でも棲んでいるらしい。まあまあと母をたしなめて来たけれど、コイツなりに一生懸命生きているのだから、母の心臓を止めない程度で共生していければと思っている。

少々長くなったが、「その後の話題」でありました。

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魚澄庵の暮らし」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。

そういえば数年前までは終点のバス停名を放送すると運転席あたりから「ピー」音がしていましたね。

初期と後期ではピー音が鳴るタイミングが違っていたと思います。

放送同時の「ピー」と言い終わってからの「ピー」があったと思います。

投稿: 企4 | 2009年9月18日 (金) 22時28分

>企4さんへ
「ピー」音が鳴るタイミングは、
◎テープ車の場合は放送が終わってから
◎合成音声車(現行車)の場合は放送と同時
でした。
これだけは、現役乗務員として体験していますので、間違いないコメントだと思います。

投稿: 企4さんへ | 2009年9月19日 (土) 00時23分

ヤモリ君も元気そうで良かったです(^^)
家の守り神が居ると思うと安心ですね~
こちらには生息していないようなので羨ましい限りです。

投稿: vanagon714 | 2009年9月20日 (日) 01時22分

>vanagon714さんへ
はい。ヤモリ、元気そうで私もホッとしております。
一人暮らしの私にとって、家を空けた後のことは常に不安が付きまといます。
奴がいてくれると思うだけでも、ちょっとした気分の安定剤になります。末永く我が家で暮らして欲しいと思っています。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年9月20日 (日) 22時52分

ヤモリさんが元気に成長しているのは嬉しいですね~。
末永く魚澄庵を守ってくれるといいですね。

投稿: N市のT | 2009年9月21日 (月) 12時10分

>N市のTさんへ
ヤモリ、元気そうな様子で私も何よりと思っております。
今日も先程、ゴミを出しに行こうと思いましたら、写真と同じ玄関のガラスに「ピタシ」と貼り付いておりました。
「元気かね? しっかり頼みますよ」とついつい声を掛けてしまいました。  (^ ^)

投稿: N市のTさんへ | 2009年9月21日 (月) 22時30分

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