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2009年9月12日 (土)

初秋の中央西線(中津川以北)撮影紀行(2・3日目)

2日目(9月11日)

別にそれに合わせて起きた訳ではないが、朝8時半にホテルから村井駅経由塩尻駅行きの送迎バスが出る。この日の第一撮影目的地は塩尻駅に近い所で、ちょうど目の前に送迎バスが停まっていたから、それに乗り込む。
お蔭でJR代190円が、節約できた。

駅から少し歩いた所で撮影を済ませ、のんびり歩いて駅まで戻る。塩尻付近はぶどうの生産やワインで名高い所だが、駅前通りにも

Dscn5000

こんな街路樹ならぬ“街路果実”がたわわに実っていた。この辺りは涼しい気候だし、秋をしみじみ実感する。

さて、ここから一旦中央西線を外れて、長野寄りの篠ノ井線に入って南松本へ逆行しようと思う。タキ貨の臨時列車6883レが、他のサイトなどで調べたところ「水・金運行にほぼ間違いない」と書かれていたからだ。今日は金曜日である。

10時54分塩尻発の電車で南松本へ至り、駅へ入ってくる貨物を待ち受けようと望遠レンズをつけて待機する。6883レの南松本到着は11時48分となっている。

11時40分、45分と段々緊張が高まってくる。果たして今日、本当に列車は運行されるのか。

……そして、これが11時48分の映像。

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見事に、玉砕~っ。

気を取り直して、30分ほど後の中津川行に乗り、木曽平沢駅を目指す。ここは「お立ち台通信」で知ったのだが、いい鉄橋が駅付近にあるとのこと。今度は別に当たり外れがある訳ではなく、鉄橋も程よく順光になっていた。
おまけ画像。撮影場所の横にあった古めかしい看板。

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電話番号の末尾が4桁ではない。電電公社による電話ではなく、町内電話の番号らしい。多分、昭和30年代初頭のものだろう。

ここから、更に少し歩いた辺りにも「いい撮影場所がありまっせ」とお立ち台通信に書いてある。その通りに歩いていくと、線路に突き当たってしまった。ただ、森の中で雰囲気はいい所なので、JR東海さんには申し訳ないが線路を渡らせてもらい、線路脇にある小さな神社(の跡?  一応朽ちかけた鳥居は立っていた)から撮影をする。

地図を見てみると、ここまで来れば次の奈良井駅までいくらも距離はないらしい。同じ駅へ戻るのもつまらないから、奈良井の方面へ向けて歩き出す。
やがて、周囲が開け始め、旧中仙道・奈良井宿の町並みと駅が見えてきた。

Dscn5011

この辺りは漆器の産地としても有名で、そこここに「木曽漆器」の看板や屋号が見える。

15時36分の電車で更に南の原野へ向かう。ここも「お立ち台通信」にガイドされていた場所がある。

現地に立つと、本に載っている場所の後方に、一段高くなった草地がある。草地からだと線路を見下ろす加減がよく、ここで撮ろうと決める。ただ、目の前に踏切があり、背の高いダンプなどが止まってしまうと、画面の下にダンプの屋根が写り込んでしまう。

時間的に、16時45分頃の834Mがうまく撮れそうだ。中津川以北の普通列車は原則JR東海の313系で運転されるが、このスジは、一日1本だけJR東日本の115系電車で運転される。
時間になり、予定通り踏切が鳴り出したので、ファインダーに集中する。その時、向こうから「ゴ、ゴォ~」と荒っぽいエンジンの音が聞こえだした。えっ、と見るとダンプがこちらへ向かって猛烈な勢いで走ってくる。わっ、わっ、早く電車、来てくれぇ……。

本日2回目の玉砕~。

そりゃ、ダンプはお仕事、私はお遊びだから、何も非難する道理はない。でも、何故一番肝心な列車の時だけ、ダンプさんが……。

草地からの撮影は諦め、何が来ても大丈夫な線路脇のお花畑で三脚を構えることにする。

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たまたま横の畑で作業しているおばさんがいたので、来意を告げ、三脚の脚だけお花畑に入れさせてもらう。写真ではダリアとキクイモが見えるが、ケイトウも綺麗に咲いている。

定期貨物を忘れていて、変なアングルで撮ってしまったのは悔やまれるが、ともあれ3本の列車を撮り、踏切が鳴る度に「私は入らないですか?」と親切に聞いてくれるおばさんに礼を言って、辞する。「また、撮りに来てくださいね」とまで言ってくれた。玉砕もあったが、地元の方の厚意で心温まる思いになる。

既に陽は山の陰に入り、もう帰るだけである。駅へ向かって戻る途中で、民家の車庫に可愛いネコがいる。つい立ち止まって声を掛けてしまう。すると、甘えたいのか、そこに寝転んで「撫でてくれ」みたいな格好をする。

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勝手に民家の車庫に入る訳には行かないから苦笑していると、当の家から飼い主のおじさんが顔を出した。顔は笑っている。私も訳を話して、怪しい者でないことはすぐ判ってもらえたようだ。この写真もおじさんに断って撮らせてもらった。

原野駅へ戻ると、ここにもニャーがいる。初めは鳴き声だけだったが、すぐに反対ホームに姿を現し、線路へ下りてこちらのホームへひょいと飛び乗った。

相当、人馴れしているネコらしく、直ぐに私の周りを纏わりつき始める。撫でてやるだけでは満足いかないらしく、待合室へ行こうとすると後をついて来る。結局、待合室に座った私の膝の上で

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勝手に寛がれてしまった。イヌより若干ネコ派の私も、悪い気はしないけれど、それにしても図々しい奴と云うか……。
10分近くこのスタイルのまま、私の膝はネコの休息所として使われることと相成った。

3日目(9月12日)

出かける前の天気予報では、今日が一番天気がいい様に言っていた。ところが、前日に見た天気予報では傘マークしか載っていない。

朝から洗馬駅へ行って2キロ近くを歩く予定だったが、目覚ましで起きてみると、悪い方の天気予報はちゃんと当たる。雨の中を歩くのが億劫になり、計画を変更。昨日玉砕した南松本駅へ行って、貨物列車の作業などを駅撮りしようと考えた。

宿を10時少し前にやっと出て、まず平田で一旦降りる。ここは対面ホームになっていて、ホーム端から反対列車が撮れる。そして、うまいことに南松本始発・10時37分の定期貨物が貨物時刻表に載っている。

時間になって遠くからEF64のヘッドライトが見えてきた。近付いてきた列車を見ると、国鉄原色ではないか。ラッキー、と思いながらファインダーを覗く。が、少し変な型に見える。
更に近付いて判ったのだが、最近になって岡山から移動してきた、1000番代車の重連であった。

次の下り列車で南松本駅へ行ってみるが、今日は土曜日。荷の動きも少ないと見えて、昨日とは駅の貨車の様子も全然違う。

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入替作業も何も行われていない。これでは写真にならぬ。

20分くらい待ったが、何も動きがないので貨物は諦め、駅端から複雑な構内配線をすり抜けて走ってくる特急列車の撮影に切り替える。普段、中央線系では見られない185系が「はまかいじ」としてやって来てくれたのは僥倖だった。

元々、フィルムもそんなに残っていなかったから、直ぐに撮り終えてしまう。一旦松本へ出て、松本から特急「しなの」で戻る予定にしてあるが、2時間以上空いてしまう。昼食時間を差し引いても大幅なお釣が来るので、松本へ着いてまず最初に「みどりの窓口」へ行く。幸い、1本早い「しなの」の希望した側の席が空いていた。

昼食を済ませ、ちょっと待ってからホームに入る。

今まで長いこと「身近なはず」の中央西線を、「はず」のまま終わらせてきたが、ちょっと今回で様子が判ったように思う。私はEF64の重連貨物だけが狙いではないので何でも撮るけれど、貨物に限定しなければ比較的あちこちに撮影に向きそうなポイントが点在しているようだ。

今回の経験を次回以降につなげられるような、そんなロケハン的な撮影旅行であった。

それから、電車の中での居眠りは極力避けましょう。

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コメント

季節・臨時貨物は運休が多いので、玉砕すると大損したような気がしますね。
EF64-1000も初めは故障か何かでリタイヤしたそうですが、今は復帰して運用しているのですね。これでますます原色の重連の撮影チャンスは減ってしまいますね。

今回は畑のおばさんや猫と心温まる出会いがあり、良かったですね。N市では心冷やされる事ばかりですからね。

投稿: N市のT | 2009年9月13日 (日) 10時48分

>N市のTさんへ
6000番台の臨時列車は、扱いが難しいですね。私もサイトや他の方のブログなどを参考に、夏季でもほぼ間違いない運転曜日を得たつもりでしたが、牽引される物が燃料なので、冬季のような確実性はないようです。
EF64の1000番代、仰せのように移動当初は故障があって暫く戦線離脱していたそうですが、今月に入ってからは逆に多治見や春日井までの運用(原則EF65牽引)でも代走しているそうです。
原色重連撮影のチャンスは減りましたが、まあ自分的には「国鉄型」なので、1000番代でも大目に見ることにします。

地方での撮影は、色々とのんびり出来ることが多いですね。いい方や愛嬌のあるネコたちに出会えたことに感謝です。都会では中々こうは行きません。
ここのところ神経がやられたまま治らないので、当分の間、都会での撮影は止めておこうと思います。折角の休みは、人情の厚い地方での撮影に費やしたいと思います。

投稿: N市のTさんへ | 2009年9月14日 (月) 00時26分

こんばんは。
人懐こい猫ちゃんですね~(^^)
見ていて和みました。

タンク車も明るい緑や紺とカラフルになりましたね。
昔は黒いタンク車が多かったように思います。

塩尻はずいぶん前に一度行きましたが記憶がありません(^^;;;
あの時はたしか初めて振り子電車の「しなの」に乗りました。

投稿: vanagon714 | 2009年9月14日 (月) 22時26分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
あそこまで人懐こい「ニャー」に出会ったのは、昭和63年に能登線を撮りに行って以来だと思います。あの時も、撮影しようとちょっとした高台(階段があるところ)に登ったら、このネコと同じように膝の上に乗られてしまいました。
そんな昔のことを思い出しながら、自分のこととは言え微笑ましいというか、気分が和みましたね。

タンク車って、私も昔は黒が殆どと云う印象でしたが、最近は明るい色の車両が増えましたね。九州では黄色のタンク貨も健在です。

塩尻駅、vanagonさんが行かれた当時は、「しなの」がスイッチバックしなければならなかった時代のことではないでしょうか。
以前は「中央本線」の名称を重視して、東京方面と名古屋方面が直通できる形で駅が設けられていました。
現在の塩尻駅は、列車の運行体系に合わせて松本方面からの列車が何れもスイッチバック無しで目的地へ向かえるように移転・改良されています。1982年5月に改良工事が為されています。
逆に、東京方面⇔名古屋方面直通の列車があれぱ、現在ではそちらがスイッチバックしなければいけない形になっています(亙り線を通る方法もありますが、これだと駅ホームへ寄れません)。

多分、vanagonさんが今の塩尻駅を見られたら、微かな記憶とも全く違うもので吃驚されると思います。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年9月14日 (月) 23時59分

本文とはあまり関係ないですが、某操作場の休憩室には「ミツワ オレンヂジュース」らしき事が書かれている鏡がありますね。

あれって何年位前の鏡でしょうか?

書いてある電話番号も明らかに現代とは異なります。

投稿: | 2009年9月16日 (水) 22時09分

本文とはあまり・・・企4です。。。

投稿: 企4 | 2009年9月17日 (木) 19時06分

>名無し並びに企4さんへ
本来、名無しのコメントは原則削除の私でありますが、あの「オレンヂジュース」の鏡を知っておられる方は身内に違いないし、多分企4さんのコメントだろうと思っておりました(笑)。
勘が当たってよかったと思っています。

さてさて、仰せの鏡、私もかなり前から気になっておりました。
確か電話番号の上が二桁でしたよね(今日は某操車場へ行っていないので確認していませんが……)。それに、「オレンジ」ではなく「オレンヂ」ですもんね。相当な年代物だと判じざるを得ません。

少し調べてみたのですが、現在の操車場の位置に旧「天白車庫・Hヶ丘分所」が開設されたのは、昭和38年8月1日のことだそうです。その時に名古屋市内の電話局番が、2桁であったのか3桁であったのか、私も生後4ヶ月相当のことになりますので判りません。
また、同分所は、先程の年月日に「操車場から昇格」とあります。
事によると、操車場時代に存在した鏡を、そのまま使い続けているのかも知れませんね。

かなりミステリー&アンチックな鏡です……。

投稿: 名無し並びに企4さんへ | 2009年9月17日 (木) 19時27分

操作場の前は路面電車の車庫(留置所)だったはずなのでその当時からの遺品ではないかと思っています。

古い木の机とか「電気局」時代からの生き残り品と思えるものが結構ありますよね(笑)

投稿: 企4 | 2009年9月18日 (金) 22時22分

>企4さんへ
いやいや、企4さんは昔のことにもお詳しいですね。
私は余り資料類など持ち合わせていないため、自分が生まれる以前のことは、そうした僅かな資料からの「聞きかじり」ならぬ「見かじり」です。
あそこまで路面電車が通じたのは、昭和34年3月のこととなっています。ですから、その時に路面電車の留置所として開設されたということになるのでしょう。因みに正式な電車運輸事務所は池下にしかなかったようですので、あくまで終点の電車留置所としてのみ機能していたようです。

ま、色々ゴタクを並べましたが、起源として考えられる最も古い時期は、昭和34年3月と云うことになりそうです。
あの、古新聞などが置いてある古い木の机はあめ色に変色していますから、ことによると仰せの「電気局」時代の物かも知れませんね(笑)。

投稿: 企4さんへ | 2009年9月19日 (土) 00時17分

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