« ヤモリ復活 | トップページ | 関東圏撮影紀行(1日目) »

2009年8月11日 (火)

長い、長い坂道

Dscn4886

私が中学2年生の時だから、1977年か78年の話。柴田まゆみという歌手が「白いページの中で」と云う曲でデビューした。

曲調が大変私の好みに合っていたので、非常にお気に入りの曲だった。ただ、当時はレコードなど買う金はとても持っておらず(鉄道写真で手一杯)、この曲が入ったCDをやっと手に入れたのは、まだ5年程前のことである。

この曲の歌詞で「長い、長い坂道を、今、登っていく」との部分がある。曲の「さび」へつながる部分で、私は殊にここが気に入っていた。

気に入った理由は、魚澄庵付近の地形に大いに関係する。上に載せた写真は、魚澄庵の北側にある坂道で、この長い坂を登らないと我が家には帰れない。ただ、家の南側には、大した坂道はない。

私が小学3年でこの地へ引っ越した当時、家の南側は一面の空き地で、直線で500mほど離れた私の出身中学(後にそうなった)まで十分見渡せた。中学以外、特に私の生活に関係のある建物はなく、その頃の私に必要な建物は、皆、家の北側にあった。小学校、文房具屋、スーパー、バス停、友人の住む住宅、どれも家から北側に位置していた。だから、この坂道を下りて用事を済ませ、帰りには必ず、この長い坂道を登らなければならなかった。当時既に40歳を過ぎていた母親は息を切らしてこの坂を登ったし、私も自転車をこぐのにはたいそう大変な思いをしたものだ。

中学に通うようになって、やっと自分の生活が家より南へ向き始めた。また医者やスーパーなど、生活に必要なものも家より南側にボツボツ建ち始めた。今でも自分が頻繁に乗り、尚且つ運転手となることもある家の南側のバス路線も、私が中学1年の時に開通したものだ。

こうして、坂を登る必要のない生活に徐々に慣れてくると、逆に北側の坂道が身近な癖に懐かしく思えるようになった。そんな頃に「長い、長い坂道を……」の曲が流行ったので、余計印象に残るようになったのだと思う。そして、私の生活は自宅から南寄りに傾いたまま、現在も続いている。

最近になって、時折であるが自宅より北側にある飲食店へ夕食へ出るようになった。中小の美味い飲食店が、坂の下にできたからだ。それで、気分次第でひと月かふた月に一度は、北側へ向かって夕食に出る。

帰りに坂を登る時、私はいつも心の中で「長い、長い坂道を……」と歌いながら、息を切らしている。いつの間にか、ここへ引っ越した当時の母親の年齢を、追い越している自分に歳月の速さを感じながら。

***

何となく始めたいい加減なブログですが、お蔭様で開始から1年が経過しました。尚、当初半月ほどは異なるサーバーを使用していたので、初代の「魚澄庵日志」は

http://oosakana.blogtribe.org/

にてご覧頂けます(今は全く使用していませんので、その内閉鎖されると思いますが)。

これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

                              魚澄庵庵主敬白

|

« ヤモリ復活 | トップページ | 関東圏撮影紀行(1日目) »

魚澄庵の暮らし」カテゴリの記事

コメント

1周年おめでとうございます。
今後ともひとつよろしくお願いします。

78年といえば、高校を卒業して就職した年ですね~。
汲み取りの便所掃除のお仕事を思い出します。
それからもう31年も経っているのですね~。
月日の経つのは速いですね~。

投稿: N市のT | 2009年8月11日 (火) 22時43分

開設一周年おめでとうございます。これからもよろしくお願いします!

ところで出身中学校って、上社から坂を登っていったところにあるI中学校でしょうか。実は私は昔上社駅からI小・中学校に至る坂の途中、スイミングスクールの南側に住んでいました。当然ながらI小・中学校の卒業生です…。

投稿: リニモ1号 | 2009年8月12日 (水) 14時33分

>N市のTさんへ
>1周年おめでとうございます。
有難うございます。
いっとう最初にコメントを下さったのも、Tさんでしたね。とても嬉しかったのを今でも覚えています。

さて、月日は百代の過客にして……と『奥の細道』の冒頭を持ち出すまでもなく、歳の経過と共に月日が経つのが早くなってきたような気がします。
Tさんの当初のお仕事は、そういう内容が与えられたのですか。
私はそんな次第で、78年はお気楽に電車の写真を撮ったり、音楽を楽しんだりしておりました。尤も、78年後半は、受験生になりましたので、ちょっとそれどころではありませんでしたが。
4歳の年の差で、ちょっとだけ付近の風景に違いがありますね。まあ、今となっては、同じ「おじさん」でありますが。

勝手なコメントを書いておりますが、何はともあれ、これからも宜しくお願い致します。

投稿: N市のTさんへ | 2009年8月12日 (水) 22時33分

>リニモ1号さんへ
>開設一周年おめでとうございます。
有難うございます。

さてさて、出身中学ですが、仰る通りの学校です。リニモさんの方が私の後輩に当たるのでしょうか(私は昭和53年度卒です)。
因みに小学校は、イニシャル一文字だけにすると同じ学校名になりますが、別の書き方をするとI石小学校の出身です。私が引っ越した当時は、K流小学校の分校でした。1年後に分離独立して、I石小学校になりました。
ですので、私はI石小学校は第3回卒業生と、かなり若い卒業年度回数になります。

ご存知だとは思いますが、リニモさんがご出身のI小学校は、名東区内の小学校全ての元祖になります。先程書きましたK流小学校も、I小学校から昭和42年に分離独立した学校です。リニモさんのI小学校からすると、私たちのI石小学校は「孫」に当たりますね。

元・地元の方にもこのブログを読んで頂いていると思うと、大変書き甲斐があり嬉しい気持ちになります。これからも、どうぞ宜しくお願い致します。

投稿: リニモ1号さんへ | 2009年8月12日 (水) 22時49分

ブログ開設1周年おめでとうございます。
これからもよろしくお願い致します!

長い坂道の先にある我が家・・・いい響きですね(^^)
最初写真を見ても坂道に見えませんでしたが、よく建物を見ると
けっこうな登りなのですね。
我が家の場合、長い長い線路渕を歩いてから左に曲がって・・・
あまり歌詞にならなそうです(笑)

投稿: vanagon714 | 2009年8月13日 (木) 19時50分

>vanagon714さんへ
>ブログ開設1周年おめでとうございます
有難うございます。お蔭様で、物事の長続きしない私でも1年続けることができました。

夜に、食事から帰る途中で撮影したものなので、お判りになり辛いかと思いますが、結構長く、また傾斜もきつい坂道なのです。
引っ越した当時は、親を恨んだものです。
以前住んでいた所が、逆に坂の一番下で、大雨の度に床下浸水していたので、親が一念発起してこの地を選んだようです。

では、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年8月13日 (木) 22時40分

二度目のコメント失礼します。

私はI中学校の平成2年度の卒業生になります。魚澄庵さんの一つ下に女優の一路真輝さんがいたらしいですね。
ついでに写真の坂道はす○家のすぐ近くのですね…。

話は思い切り飛びますが、坂道、ということですみません。二年前に再結成された「あみん」のアルバムに入っている曲に「改札口を抜けて緩い坂を上れば…」という歌詞がありますが、これはH丘駅~S山女学園大学にかけての情景みたいです。

投稿: リニモ1号 | 2009年8月15日 (土) 08時29分

>リニモ1号さんへ
I中学、同窓の一つ下に芸能人がいたとは全く知りませんでした。あとで、ネットで検索して調べてみます。
私はテレビを殆ど見ない人間ですので(いや、さかなですので)、芸能関係のことは15年くらい前の状態から時が止まっています。殊に一人暮らしを始めた5年前からは、テレビが我が家にあるのが勿体無いような暮らしをしていますので、余計判りません。
一応、ネットニュースなどでの○ピーが逮捕されたとかそんな程度のことは知っていますが。

で、写真の坂道も、仰る通りであります。

そんな次第から「あみん」が再結成されたことも知りませんでしたが、私たちのメイン仕事場・H丘から南へ向かうS山の方面は、確かに緩い登り坂ですね。あそこも、遂に歌として歌われるようになりましたか。
「あみん」のことですから、M鉄O森駅を下りて直ぐのK城大学へ行く登り坂のことではないですよね(笑)。

投稿: リニモ1号さんへ | 2009年8月15日 (土) 22時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1088631/30921935

この記事へのトラックバック一覧です: 長い、長い坂道:

« ヤモリ復活 | トップページ | 関東圏撮影紀行(1日目) »