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2009年8月19日 (水)

関東圏撮影紀行(2・3日目)

2日目(8月18日)

この日の行先は

Dscn4951

そう、川越線である。昨日は横浜近辺で撮影を終わっているのにわざわざ「さいたま新都心」を宿泊地にしたのも、今回の旅程で川越線をメインにしたいとの思いがあったからである。

前夜、夜行バスで「思う存分」とまでは寝られなかったので、目覚ましをかけずに、目が覚めた時間で行動しようと思っていた。それでも、そうそう遅くにはならず、9時くらいには起き出した(十分遅いですかね……汗)。

川越線の始発駅は宿泊地の隣の大宮駅、それも地下ホームからの発車となる。どちらみち、私が持っている「周遊きっぷ・東京ゾーン券」では川越線には乗れないから、一旦改札を出て、ICOCAでピッと入り直す。

そんなこんなで実際に撮影行動を始めたのは、10時くらいからとなった。でも、一歩、東北線からはみ出て川越線に入ると、途端に景色が変わり緑が多くなる。沿線もそれなりに落ち着いた風景が主体となる。

川越までは一駅ごとに降りて撮影していた。そんな中で、とある駅前を降りたら、閑静な住宅街なのに、一軒だけ場違いな店が目に付いた。

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別に悪い店とは言わないが、ちょっと周りの風景からは突出しているような……。だいたい、この付近に住んでいる方で、ここの店に入る殿方は極めて少ないと思われる。どこのお店で遊んだかが、一目でバレてしまう。

さて、大宮から川越までには6つの駅がある。それらに一々ゆっくり付き合っていたので、川越ではお昼タイムを大幅にオーバーしてしまった。駅前は沿線には珍しくショッピングセンターなども乱立し、食べる店も簡単に見つかる。

然し、それはいいとして、いわゆる「埼京線」として10両編成の電車が運行されているのはここまでである。

Dscn49546

東京圏の特許とも言うべく6扉車も、ここまでの運用だ。ここから先は、同じ国電型でも4両編成の電車に変わる。埼京線として川越までを「国電区間」扱いしているけれど、利用者数を見てもそれは窺える。

ついで。川越駅にあったポスター。この構図なら、下から覗けばひょっとしたら

Dscn4953

と期待して下から撮ってみたが、期待したものは何も見えなかった。嫌だねー、オジンって。

さて、下らないことはいいから、4両の205系に乗って今度は一駅越えた的場へ行く。流石に編成両数に似合った風景が目立つ。水田もあちこちに散見する。新都心「さいたま」とはかなりの違いだ。

写真を撮り忘れたが、ここの的場では駅構内に人道踏切がある。国電の走る地帯で、構内踏切を持つ路線も少なかろうと思う。

続いて次の笠幡へ。ここは

Dscn4956

ご覧の通りの駅構造で、交換さえできない。先程通り越した西川越の駅もそうだった。電化されているのすら、ちょっと無理があるのではと思わせる長閑さだ。駅撮りした後、少し歩いて水田地帯を走る国電の姿も撮っておいた。

のんびり撮っていたら、もう夕刻5時半である。終点まではあと一駅あるだけだし、その駅付近もここの駅付近と似たような景色だから、撮影は省略。ここから宿へ戻ることにする。

時々日も射すが、照りつけるような熱射ではなく、程々に暑い一日であった。

3日目(8月19日)

今日の予定はもう決めてある。大船駅付近で貨物線が撮れる地点へ行って、そこを撮ったらそそくさと帰ることにしてある。

8時起床。8時半に宿を出る。一旦大宮へ逆行する形で行き、ここから湘南新宿ラインで乗り換えなしで大船へ行くつもりである。

ところが、来た電車はまだ9時前なのに短い10両編成。当然車内は満員。カメラバックに三脚・小型リュックの身には、ちょっとハードだ。

次の停車駅・赤羽で私の吊り革の横へにじり込んできた女性が「バックなんかどこかへ置けばいいのに」と私に聞こえよがしに言う。こういう荷物構成だから仕方ないだろうが、馬鹿者め。

それでも新宿で席にありつき、車内も空いてきた。目的地の大船には、10時22分の着。ここから歩いて15分ばかりの所に、東海道貨物線のお立ち台があるのだ。

Dscn4959

これは、そのお立ち台から線路と逆方向を向いて撮った写真。ちゃんと神奈中バスも頻繁に走っております、ハイ。

ここで1時間以上粘り、2本の貨物列車とちょっとした別の鉄道風景写真を撮る。あっと言う間に12時を回ってしまった。自宅では用事も待っているので、これで撮影を切り上げて帰ろうと思う。ちょうどフィルムも使い切った。

ここからなら、東海道線で東京へ逆行して新幹線乗り継ぎで、17時までには自宅へ戻れる筈だ。

ちょっと暑かったので、大船への戻りには神奈中バスを使った。大船で降りたら、ツクツクボウシが盛んに鳴いている。盆ももう過ぎたことだし、そろそろ気分的に秋に向かえるな。

そう思いながら、東京方面行きのホームに並んだ。

***

さて、中々書く機会がなかったので書けなかったのだが。

これから当面、家庭の事情によりブログの更新頻度がローペースになると思う。時期は「いつまで」と、今は明言できない。今回は何とか旅行に出れたが、これから先は撮影旅行も予定通りに出られるかちょっと判らない。9月も10月も旅行用に休暇は押さえてあるけれど、実際に出られるかどうかは現時点では何とも言えない状態なのだ。

そんな次第だが、宜しくご了承の程。

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コメント

こんばんは。
出撃お疲れ様でした。
笠幡駅はホームが狭くてまるで市電の電停のようですね。
電化されてなければ完全なローカル線の雰囲気ですね。
ホームの裏にすぐ民家が迫っている雰囲気は北海道ではありえないです。
大船のお立ち台はずいぶん高い位置にあるのですね。
貨物列車の俯瞰写真、楽しみにしております(^^)

投稿: vanagon714 | 2009年8月20日 (木) 00時00分

昨年の7月に行って来ましたが、田圃に畑が続くローカルな景色が味わえて良かったです。
非電化時代はキハ30に乗った覚えがあります。

東海道貨物線の「お立ち台通信」楽しみにしています。

投稿: N市のT | 2009年8月20日 (木) 12時24分

>vanagon714さんへ
笠幡駅、本当に205系や209系が走るのは、場違いの雰囲気の駅でした。関東圏でも、他に青梅線など単線区間を持つ路線はありますが、交換の出来ない駅は少ないと思います。
でも、逆に言えば、ちょっとホッとした雰囲気を味わえましたね。
埼玉にもまだまだいい所が残っているんだとの思いもしました。
ホーム裏に民家が迫っているのは、内地ならではでしょうか。

大船の俯瞰場所は、交通量の多い陸橋からとなっています。
大型車が来ると揺れてしまうので、どんな上がりとなっていることやら……。  (^ ^;;;  

投稿: vanagon714さんへ | 2009年8月21日 (金) 00時42分

>N市のTさんへ
川越線、都会の中にあって、指の隙間のようにローカルさが残っていますよね。
今調べてみましたら、川越線の電化は1985年10月の「埼京線」開通時だそうですが、それから20年以上経ってもああした田園風景を残すことは、稀少な存在だと思います。
私もできれば、非電化時代に乗ってみたかったものです。

お立ち台通信を含めたフィルムの上がりは土曜日になります。
翌日曜日に時間があればアップしたいと思いますが、余り期待しないでくださいね(アセアセ)。

投稿: N市のTさんへ | 2009年8月21日 (金) 00時56分

実は私、小学校2年まで横浜に住んでいました。その当時と今では随分様変わりしましたよね…。
湘南新宿ライン、ということはE231系ですね。昔横浜にいた頃乗った東海道本線は当然ながら113系で、たまに165系に当たる、という感じでした。

投稿: リニモ1号 | 2009年8月21日 (金) 06時21分

>リニモ1号さんへ
そうですか。横浜にご在住の期間がありましたか。
リニモさんが小学2年までと云うことは、今から25年くらい昔のことになりましょうか。
変わったと思いますよ。新横浜とか戸塚近辺は大変な発展をしています。東海道線なら113系、横浜線は103系が入って間もない頃だと思いますね。横浜線はまだ全車がウグイス色ではなく、一部にスカイブルーも残っていた頃だと思います。
165系は、急行「伊豆」や「東海」の間合いで時折入っていたようですね。

私もちょうど、その頃から、時折上京するようになりましたので、東京圏の国電のカラーリングが華やかなのに、とても感動した覚えがありますね。懐かしいですよ。      (^ ^)

投稿: リニモ1号さんへ | 2009年8月21日 (金) 23時24分

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