« こんな風に見えます | トップページ | 魚澄庵大洗濯大会 »

2009年7月20日 (月)

悲惨の土讃線(阿波池田周辺)撮影紀行

先日お伝えした通り、今回の旅行地域は私の携帯PCの通信範囲外のため、PCは初めから持たずに行った。そのため、4日分のことを一気にお知らせすることになるのだが、色々事情で大いに簡略して書く。理由については、書く内にお判り頂ける筈だ。

1日目(7月17日)

新幹線で岡山まで、以降、快速マリンライナー・普通列車を乗り継いで、最初に辿り着いたのはこの駅。

Dscn4832

スイッチバックで名高い坪尻駅だ。何か四国地方では最近この駅を「秘境駅」としてテレビなどで紹介したらしく、よくある駅の備え付けノートには多くの記載があった。ただ、この日はウィークデーで然も天候も良くなかったため、降り立ったのは私だけ。

途中で、老年夫婦がやって来て「上の国道から歩いてきたが、本当に秘境ですな」と言っていた。何でも国道からだとケモノ道を600m程も歩かなければ辿り着けない由。鉄道旅行者には彼岸の話である。

でも、いい駅ではある。ここの駅のことだけは後日別掲としたいので、この程度の記載で今日は止めておく。何しろ、2時間半程いた。

再度、普通列車に乗り、徳島線との合流駅でもある佃で降りる。吉野川の鉄橋を撮ろうと思ったからだ。

ここで、撮影に関しては大変良い思いを地元に方のお蔭でさせて頂いたのだが、その詳細をネット上で公開すると、逆にご好意が迷惑となって還ってしまう恐れがあるので、ここでは略させて頂く。

まだ明るいが、小雨が止まないので、17時前に宿泊地の阿波池田へ赴く。乗車券は土佐山田までのものを買ってあるから、改札で「下車印を」と頼むと、駅員氏は少し探してちょっと大き目の印を探し当てた。あれ?と思い、私が気付いて「あ、あ、あ……」と言っている内に、印は捺されてしまった。曰く「乗車記念/使用済」。

駅員氏に切符の行先をきちんと見るよう話し、結局切符はこんな記載となって戻ってきた。

Dscn4842

投宿し、別便で送った着替えなどの荷を開ける。ところが、入れた筈の薬類一切の入った紙袋がない。

私は自律神経失調症と、慢性のアレルギー鼻炎を病んでいるので、どちらの薬も一日とて欠かすと大変厄介なことになる。それは、また追々書いていく。

2日目(7月18日)

就寝前の精神安定剤や導眠剤も当然持って来ていない。これがないと、夜かなり寝つきが悪くなり、場合によっては一睡も出来ないこともある。

昨夜はその「場合によって」しまった。

まあ、一睡も出来ないことは自宅でも稀にあるので、一応朝から予定通りに行動。

駅名だけ記しておくと、箸蔵・讃岐財田・塩入の3駅で降りて撮影した。

箸蔵ではまだよかったが、讃岐財田では好天も相俟ってかなりの暑さになる。駅近くの民家に温度計がぶら下げてあり、34度を指していた。撮影目的地も木陰一つないところで、1時間以上粘っていたら寝ていないこともあって、体調が芳しくなくなってきた。

それでも塩入の撮影は駅前だからと、懲りずに行った。塩入駅前には大々的なひまわり畑があって、とても綺麗だったのだ。花も盛りで、この機会を逃すのは癪だった。

ここの撮影をするうち夕刻になったので宿へ戻ったが、画像が1枚もないのも味気ないから、そのひまわり畑の写真だけを添付しておく。

Dscn4850

3日目(7月19日)

昨日は撮影中ずっと日向にいたから、凄い肌の焼けようだ。おまけに肌が熱を持ったまま、冷めてくれない。自律神経の薬を飲んでいないので、体温調節機能が一気にやられてしまったようだ。おまけに、昨晩同様、就寝前の安定剤なども一切ない。

で、2晩連続で全く寝られないまま朝になった。

取り敢えずは、予定通り、大歩危方面の祖谷口まで行き、25分ほど歩いて撮影する。

Dscn4855

こんな感じのところ。歩いている内は薄曇だったが、何故か撮影地へ着くとカッと日が照りつけ始めた。2晩連続の不眠で流石に体力の限界を感じる。

また、悪いことは重なるもので、時刻表にない臨時の「アイランドエクスプレス」が通ったのだが、全くのノーマークだったこともあり撮影し損ねた。カメラは国道の歩道で構えているが、その国道を通る車の音で、列車が直近に来るまで接近も判らない状態なのだ。3分おきくらいにバイクの集団まで通って、喧しくて気が狂いそうだ。

予定していた時間より早めにカメラを撤収し、かなりフラフラしながら祖谷口駅へ戻る。これ以上の普通の撮影は無理だと判断し、ならばと最終日に予定していたスイッチバック駅の新改まで行くことにしたのである。ここまで行かないと、乗車券も大々的に勿体無い。それに新改は駅からの撮影に留める予定でいたから、体力がなくとも何とかなる。

尤も、新改がスイッチバックだと知ったのは、昨年の「N市のTさんのブログ」による。私は今まで3回土讃線のこの区間に乗っているが、何れも窪川方から高知まで鈍行で来て、あとは特急や急行で通過してしまっているのだ。土佐北川の「橋上駅」は知識として知ってはいたが、これもあんなトラス橋の上にあることは同ブログで知った。

何しろ、グッタリしたまま単行のキハ32に乗って新改までやって来る。駅へ進入する列車を撮影したかったので結局ここに3時間半近くいたけれど、坪尻ほど涼しい駅ではなく、おまけに駅舎には誰かが勝手に置いて行った芳香剤が匂って、却って自然の匂いを楽しみたい者には迷惑だった。

16時41分の列車でやっと戻りにかかる。

阿波池田へ戻ってすぐに「みどりの窓口」へ行き、翌日は朝から戻りにかかるよう指変をしてもらう。

4日目(7月20日)

南風6号(9時07分発)→のぞみ158号(12時33分着)が、指変の内容。

流石に昨晩は少しだけ寝られた。いくら神経が興奮していると言っても、体力的に2晩が限度だったのだろう。少し体は楽だが、疲れが取れた訳ではないからどうにもならない。

キハ2000系は、JRになってからの気動車の中で、唯一私がエンジン音の好きな車である。目は閉じているがエンジンの音だけは嫌でも聞こえてくる。このエンジン音を、健康な体で聞きたかったなと思う。

岡山の手前で車内放送が入り、広島県内での大雨のため、上りの新幹線には大幅な遅れが出ているとのこと。まあ、岡山まで戻って来れば、あとは少々遅れても何とかなる。

車内放送どおり、新幹線改札口には

Dscn4869

こんな表示が。私が岡山へ着いた直後に運転再開しているらしいが、50~60分程度の遅れが見込まれると、駅員がマイクで怒鳴るように何度も放送している。

怒ったところで列車が早く到着する訳でもない。それに、今は自分の体の具合の問題が先で、列車が来なければ待合室で待つだけのことだ。それにしても鼻炎アレルギーの薬もないから、鼻の穴が痒くて痒くて堪らない。おまけにクシャミが連続して出る。気晴らしのために出た旅行でこんな目に遭っていては、何のために取った有休か判らない。

48分遅れで岡山駅に着いた「のぞみ158号」は、元々臨時列車で、然も

Dscn4871500

今どき稀少な「500系のぞみ」であった。これも、健康な体でなら楽しめただろうが、今はそれどころじゃない。

結局名古屋には、13時半頃着き、自宅へはその1時間ほど後に戻ってきた。兎に角薬を飲んで、寝たい。

薬を入れ忘れた自分が全て悪いから、何とも書きようがない。なので、今回の撮影記もこれで終わりにする。ただ、これではしまりがないので、最後に教訓を。

「旅行の荷物は、きちんとチェック致しましょう」。

|

« こんな風に見えます | トップページ | 魚澄庵大洗濯大会 »

旅日記」カテゴリの記事

コメント

大変でしたね…。
少し外れたコメントですみませんが、500系のぞみ、すっかり減ってしまいましたね。なくなる前に一度乗りたいです。

投稿: リニモ1号 | 2009年7月21日 (火) 09時49分

お疲れ様でした。
体調不良での出撃は辛いものがありますね。
薬の入れ忘れとは悔しいですね。

私も四国で歯が痛くなってしまい酷い目に遭った事があります。
国鉄分割民営化直前の87年3月に、近永~伊予日吉~卯之町と国鉄バスに乗り継いでいると、ジワジワ歯が痛み出して段々酷くなって、八幡浜の歯医者に駆け込んで処置してもらって、痛み止めの薬をもらい、内子から181系「南風」に乗る頃には徐々に治まって来ました。

ともかく出撃先では体調不良になりたくないですね~。

投稿: N市のT | 2009年7月21日 (火) 17時05分

>リニモ1号さんへ
薬を入れ忘れた自分が全て悪いのですから何とも書きようがありませんが、たった3日間薬から離れると、ここまで体調を崩すことは自分自身初めて知りました。参りました。

500系ののぞみ、今日も「鉄」の同僚と話していたのですが、定期運用は確か1日2往復だけですよね。臨時とは言え乗れたたことは貴重な体験の筈でしたが、これも体がへばってしまっていて殆ど楽しめずに名古屋まで来てしまいました。
来年春のダイヤ改正では全滅も噂されていますから、「ある内に乗っておかれることをオススメします!」

投稿: リニモ1号さんへ | 2009年7月22日 (水) 00時51分

>N市のTさんへ
出先での体調不良は本当に参りますね。普段、こう云った非常事態のために三脚バックに睡眠薬と1日分だけの神経の薬は入れているのですが、それもたまたま先日三脚バックを洗濯した時に出してしまっていて、どうにもならない結果を招いてしまいました。

人間、痛みで一番耐えられないのは歯の痛みだそうですね。確かに私も(自宅でですが)歯痛で一睡も出来ずに翌朝一番で歯医者へ飛び込んだことがあります。旅先なら尚のことでしょう。自分のかかりつけの医者がいない不安は、痛みを一層強めてしまうと思います。

何しろ、健康な体で旅行したいものであります。

投稿: N市のTさんへ | 2009年7月22日 (水) 01時02分

体調不良での出撃お疲れ様でした。
旅先での体調悪化には参りますよね。
私の場合は胃腸が弱いので旅の後半で下痢になったときには早く帰って休みたい一心になりました。

それにしても2日間一睡もしないで撮影行というのもなかなか体力が
ないと出来ませんね。

投稿: vanagon714 | 2009年7月22日 (水) 21時30分

>vanagon714さんへ
身から出た錆と言いますか、折角の撮影行で皆さんに良いご報告が出来ないのは情けない限りです。
それにしても、3日間薬を切らしただけで自分がああも簡単にダウンするとは今まで思いも寄りませんでした。
普段のストレスの蓄積もあって、以前より自律神経に関しては症状が悪化しているように思います。
折角の旅行ですから、誰しも気分良く行って帰って来たいものですよね。

2日間一睡もしないで撮影し続けたのは、体力ではなく、俗に言う「火事場の馬鹿力」に近いものが作用したのではないでしょうか。本州内なら予定を切り上げて帰る事も考えたと思いますが、橋一つ渡っただけの「四国にいる」との感情が必死で体を動かせたのだと思います。
もっとも、その我慢も、年齢的に限度があったということで……。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年7月22日 (水) 22時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1088631/30629778

この記事へのトラックバック一覧です: 悲惨の土讃線(阿波池田周辺)撮影紀行:

« こんな風に見えます | トップページ | 魚澄庵大洗濯大会 »