« 小宴会 | トップページ | 旅行の切符の話 »

2009年5月15日 (金)

GW明けの情けない思い出

ゴールデン・ウィークも終わって10日ばかり、ちょっと時期が遅くなったけれど、私の非常に情けない思い出話を書くこととする。

時は1984年5月8日、私が大学3年生のGW明けのことである。

この当時、私はひとつのアルバムを纏めるために、岐阜県内の非電化ローカル線を撮りまくっていた。高山本線や太多線、明知線などの6線区を休みを駆使して撮影していた。

その中で、高山本線の長森駅付近に、当時はとても素晴らしいレンゲ畑があった。レンゲ畑とは言っても、極めて近い将来的には土に鋤き込まれて水田になってしまうのだから、時期を逸したらお仕舞である。レンゲの花のうちに撮りに行きたかった。

それで、当の5月8日は普通の平日ではあったけれども、講義(植物生理学の実験だったと思う)が昼からなのをいいことに、名古屋から程近い長森駅付近へ午前中は撮影に出掛けた。ボストンバックにカメラ機材と、そのまま登校できるように実験の講義で使う用具類を放り込んでいった。

その時撮った写真が下のものである。

Img59

ネガの退色が甚だしく、ピンク色のレンゲが紫に近い色になってしまっているが、この頃の私としては大変お気に入りの写真を撮ることができた。

さて、問題の「情けない思い出」は、ここから学校へ向かう途中で起きた。

国鉄線で名古屋駅へ戻り、直接学校へ行くために駅のコンコースを歩いていた。時刻は午前11時過ぎだったと思う。傍らにはKIOSKがあり、子供用のおもちゃなどを売っている。ああ、自分も幼い頃は、こんなおもちゃで満足していた時代があったんだよな、と一瞬懐かしいような、憂いのあるような気分になった。その顔の表情をプロは見逃さなかったのだ。

突然、「すみません」と、中年の男性に声を掛けられた。この頃は駅の構内など人の多い場所で、若い人をターゲットに新興宗教の勧誘が盛んに行われていた。私は、それにつかまったと思い、「アナタハ神ヲ信ジマスカ?」などとやってくるのだろうと嫌な思いになった。

ところが違っていたのだ。男性は汚い黒い財布のような物を私に見せ「私、少年課の○○と申しますが」と言った。何じゃ?と思ってよく見ると、黒い財布のような物には「警察手帳」と書かれていた。

少年課の○○氏は聞いてきた。「今日は、学校は?」。私は何も臆することもないので「ああ、昼からなんです」と答える。間髪入れずに少年課氏は「今、何年生なの?」「大学3年です」「どこの大学?」「△△大学です」「どこから通っているの?」「岐阜からです(写真を撮ってから云々などと言うと却って面倒なので、今来た岐阜から通っていることにした)」。

つまり、GW明けで学校が嫌になった家出少年と間違えられてしまったのだ。私はこの当時から童顔で、大学3年とは言え、高校生で十分通用するような顔立ちをしていた。

だが、矢継ぎ早の少年課氏の質問に、私は何もつまづくことなくスラスラ答えてしまったから、少年課氏もどうやら自分の過ちだったと悟ったようだ。それに私は、学生証も持っていたから、いざとなれば見せてやろうと自信満々で答えていた。

結局、少年課氏は「あ、どうも、済みませんでした。結構です」と言って、また足早に歩き去っていった。

大変トホホ的な気分であったけれど、思い返してみると「童顔」で損をしたのは、この時が初めでだったかも知れない。それにしても、返す返す情けない思い出が出来てしまったものだ。そして、それから25年が経つ現在でも、この時の様子ははっきり脳裏に焼きついている。

少年課の○○氏としても、ちょっとしくじったな、と多少なりとも屈辱感を味わっていたかも知れない。

そして、その少年課の刑事を、「アナタハ神ヲ信ジマスカ?」と勘違いした私も私だよなぁと思いながら、家出少年のように紛らわしいボストンバックをぶら下げた私は学校へ行くための地下鉄に乗った。

|

« 小宴会 | トップページ | 旅行の切符の話 »

分類不可」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
私も同じような経験があります。
高校を卒業して大学に入る直前に、補導員に声をかけられました。
もっともしつこく突っ込まれることもなく「卒業しました~」と
言ったら「そうですか」で終わりましたが・・・
学校をサボってフラフラしているように見えたのでしょうねぇ。


投稿: vanagon714 | 2009年5月16日 (土) 22時43分

>vanagon714さんへ
あれ、vanagonさんも、そんな経験がおありだったんですか。
時期的に微妙ですから、指導員もすぐに解放してくれたのでしょうね。

ただちょっと違うのは、高校を卒業した直後か、もう大学3年かと云う点ですね。
本文には書き忘れましたが、ちょうどこの時の私は床屋へ行ったばかりで、童顔の上に輪をかけた童顔になっていました。どう贔屓目に見ても、高校生に見えて当たり前のような容姿でした。
流石に二十歳を過ぎて「少年課」のお世話になるのは、情けない気分です (^ ^;;;

投稿: vanagon714さんへ | 2009年5月17日 (日) 00時20分

私も「少年課」ではなく「交通課」ですが、20歳頃明け番で10時頃帰宅して、眠いので眠気覚ましに愛車のCB50JXで実家の近所を走行中、黒バイに停められました。
「免許証は」、提示すると今度は「自賠責証は」と言いやがって、引っ張り出して提示すると、挙句の果てに「学校はどうした」ときやがったので、「今日は明け番だ、仕事してきた後だこの!」と言ってやったら、「気を付けて行きなさい」と引き下がって行きました。
皆さん似たような体験をお持ちですね。

ちなみに逆もありましたよ。
前職で19歳の時、改札口で25~6歳位の母親が3歳位の息子に「おじさんに切符渡してね」と言いやがったので、すかさず「オレまだ19歳なんですけど」と返したら、ビックリして慌てふためいて「すみません!おにいさんに切符渡してね」と訂正していまいた。
もう30年経ちますが、あの時の心臓を抉る様なショックとあの光景はハッキリ脳裏に焼きついています。
私は以後30年間のおじさん歴を持っているのですよ。

投稿: N市のT | 2009年5月17日 (日) 13時19分

>N市のTさんへ
うーん、なるほど。私だけではなかったんですね。こう云う体験って。
20歳前後って、「18歳未満出入り禁止」の場所とか、「二十歳未満お断り」のお店とか色々あって、ポリさんも目を光らせるものの区別がつけにくい面はあるのでしょうね。人の顔面だけで年齢やら職業を見抜くことは、如何なポリさんでも出来ないでしょうから。

私の場合は、年齢が下に見られることは腐るほど例があって、40になったばかりの時に、初めて行ったスナックで年齢の話題になり、私がいくつに見えるかと聞いたら、ママに「うーん、28から30くらいかな」って。これはこれで、結構ショックでしたよ。

おじさん歴30年にはとても敵いません。今でもスーパーなどで店員に「お兄さん」って呼ばれることがあります。とほほ。

投稿: N市のTさんへ | 2009年5月17日 (日) 22時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1088631/29629756

この記事へのトラックバック一覧です: GW明けの情けない思い出:

« 小宴会 | トップページ | 旅行の切符の話 »