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2009年5月24日 (日)

宗谷本線撮影紀行(5~6日目・撮影編)

5日目(5月23日)

これから2日間は、同行してくださる方がある。いつもこのブログにコメントを下さるvanagon714さんとそのお知り合いのⅠさんのお二人で、私の仕様もない撮影にわざわざ付き合って下さるというのである。

お二人とは、朝9時過ぎに永山駅で落ち合うことになっている。私の乗る列車が9時11分に永山に着くので、それに合わせて頂いた。初対面のお二人であったが、どちらも大変温厚で親切な方だった。小心者の私もすんなりお仲間入りをさせて頂く。

この日の撮影は、駅名だけを順に拾うと、北永山→蘭留→塩狩→北星~智恵文間、となる。何れもvanagonさんの車で回っていただいた。

生憎の雨となってしまったが、写真を撮ろうと外へ出ると、不思議と小雨になる。大変調子がいい。北永山でも蘭留でも、撮影に傘は不要だった。わがままを言わせて貰い、私の好きなように撮影させて頂く。蘭留では時間待ちの間、駅にも立ち寄った。

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一方で、vanagonさんは、鉄道以外にバスのことも大変詳しい方である。脳内には高性能の「廃バスセンサー」までお持ちで、車で走っていても廃バス車体があると即座に反応される。廃バスを写しているvanagonさん。

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私もバスには興味があるから、一緒にしっかりデジカメで撮影はしてある。でも、バスに関する知識は、現役運転手の私を遥かに凌いでいる。私は路線バスのことはある程度知っているけれど、ただ「好きなだけ」でバスの車体など詳しいことをちっとも覚えようとしないから、こっちの方がタジタジになってしまう。

蘭留から塩狩へ向かう途中で、お昼タイムとなり、たまたま入った蕎麦屋が大変美味だった。3人とも大いに満足する。

塩狩は、当初、私の予定では寄るつもりはなかったのだが、時間があるし、有名な小説の舞台ともなっているので寄って頂くことになった。峠の頂上の駅で、列車を待つうちにまた雨が小止みになり、大変都合がよい。峠の塩狩駅での一コマ。

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現在は長くて2両の列車しか停車しないが、蒸機時代は長い客車列車も停車したホームであったようだ。

ここから一気に北星駅と智恵文駅の中間辺りにある撮影地まで、車を飛ばしてもらう。ここは駅間が長く、徒歩では来るのがかなり困難な地点だ。お車を出していただいたお蔭で、大いに助かった。だいたい

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こんなような俯瞰撮影が出来る場所である。雨はまた小降りになったが、ハエのような小虫がいっぱい群がってきて、長い間、外にいられる場所ではなかった。

この上りサロベツ号で、取り敢えずこの日の撮影は終わり。お二人には名寄で同じ宿に泊まっていただくことになっているので、そのまま宿へ向かってもらう。

夕食後、親睦宴会と称して遅くまで話し込んでいた。良識のあるいいお話を伺うことが出来て、楽しい夜だった。

6日目(5月24日)

朝は私とvanagonさんだけが、列車で美深へ先回り。Iさんに車を回送して頂く。美深は嘗て、国鉄内でも日本一の赤字線・美幸線の始発駅であった。取り敢えずは私の目的としている撮影地へ御一緒してもらう。タンポポが綺麗な撮影地。

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画面が小さいから判り辛いかも知れないが、撮影したフィルムが上がったらまたここにアップするつもりだ。何しろ地面がまっ黄に見えるくらいタンポポが密生していた。

2本の列車を撮影後、車のIさんと合流し、少し廃線跡や駅周辺などを見て回る。林業が盛んな町のようで、貯木場が散見する。小さいながら興味深い町である。

ここから一旦、名寄へ戻る。本来私は鉄道での移動を予定していたが、列車本数の少なさに音を上げて、昼過ぎまで車でのご同行をお願いしたのである。名寄駅の直ぐ南、嘗ての名寄本線跡に「キマロキ」と呼ばれる編成の雪かき列車が静態保存されている。それを見学に行く。

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蒸気機関車を先頭にマックレーン・ロータリー・そしてまた機関車という編成。それぞれの頭文字をとって「キマロキ」と呼ばれている。今はモーターカー1台で済む除雪作業を、昔はこんな大掛かりな編成でやっていたのだと、一同感心しながら見学する。この編成の置かれている線路は本当の嘗ての名寄線のレールで、蒸気機関車の先には

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サイクリングロードと化した廃線跡が延びている。

さて、時刻は昼を大きく回った。お二人は明日から普通に仕事である。遠路遥々お呼び立てしてしまったが、そろそろ帰途について頂かないと明日に影響する。それで私は途中の瑞穂駅まで送ってもらい、そこでお別れすることにした。

私の我儘な撮影にお付き合いいただき、本当にお二人には感謝の念に絶えない。

さて、再びいつもと同じ一人ぼっちとなった私は、駅を起点にぶらぶらと宗谷線の撮影に勤しむ。車窓から予め、この駅付近ならかなり色々撮影題材がありそうと目星をつけておいたので、そう迷うこともない。国土地理院の地図を片手に、予定している地点で撮っては移動し撮っては移動し、の繰り返しである。だんだん風が冷たくなってきた。真冬用のジャンパーを着てきたが、正解だったなと思う。

16時過ぎ、駅へ戻ってくる。駅付近でまた何枚か撮る。駅と言っても

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こんなちっちゃなホームがあるだけで、普通列車でも通過する列車が多い。付近に人家も少ない。国鉄時代は「仮乗降場」と呼ばれた停車場だったろうと思う。

16時51分の普通列車を撮影して、私の今日の予定は終わり。18時09分の列車を待って、宿のある名寄へ戻るだけである。

それにしても、この2日間、vanagonさん、Iさんのお蔭で大変有意義な時間が送れた。改めてこの場を借りて、お二人に感謝する次第である。

明日は私もいよいよ帰りに向けて始動する。帰路は2泊とも車中泊となるので、ブログの更新も自宅へ戻る27日までお休みである。

自宅へ戻ったら、帰路のことをまたくどくどと書くので、よろしくお付き合いの程。

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コメント

天候がイマイチでしたが楽しかったですね(^^)
気温も思いのほか低くすぐにトイレに行きたくなります(笑)
あの虫にも参りましたね~
サロベツを撮影した橋は良い場所でしたね。
また行ってみたいです。
名寄界隈は見所が多くてけっこう面白いですね。

投稿: vanagon714 | 2009年5月26日 (火) 22時49分

>vanagon714さんへ
天候だけはどうにもならないことですが、ちょっと残念でした。
ただ、列車の時間になると、不思議と小止みになって傘要らずでしたので、お二人の普段の行いが余程良いことのお蔭だと思っています。
曇っていても、傘さえ要らなければ撮影はうんと楽になりますよ。

サロベツを撮影した橋、想像以上にいい場所でした。虫さえいなければ、最高だったんですが  (^ ^;;

私一人だったら入り込まないような所まで連れて行って頂き、色々面白い体験やら見物やらも出来ました。
こう云う旅行もアリなんだなと、目からウロコの気分です。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年5月27日 (水) 23時34分

一人で行くも良し、気のあった仲間と行くもまた良しですね~。
楽しい撮影で良かったですね~。

名寄本線も懐かしいです。
75年の3月末に大雪に見舞われ、宇津の構内に入りかかったところでキハ22が止まってしまい、消防隊に掘り起こしてもらってホームまで移動できた事がありました。
その後DE10のラッセル車が来るまで10時間位足留めを食らって、西興部~一ノ橋での9600の撮影は見事に玉砕してしまいました。

投稿: N市のT | 2009年5月28日 (木) 10時53分

>N市のTさんへ
vanagonさんが温厚な方で、本当に助かりました。でも、そもそもと言えばvanagonさんとお話を通じさせて頂くきっかけとなったのは、N市のTさんのブログからです。そういった意味では、貴兄にも厚く御礼申し上げる次第です。

お蔭様で、今までに体験したことのない撮影旅行になりました。本当に楽しい思いをさせて頂きました。

名寄本線、私は一度きりしか乗車経験がありません。87年の3月に「卒記」をしているのですが、その時に通して乗ったのが最初で最後です。でも廃止を前提に考えて乗っていますので、宇津とか一ノ橋と云う駅名は非常に印象に残っています。
今回はその線路跡を散見したのですが、あそこを自分の乗ったディーゼルが通ったんだよな、と思うと、大変感慨深いものがありました。
Tさんは経験豊富で、各線に色々な思い出を残されているようですが、玉砕だけはいけませんね。雪には強い筈の鉄道ですが、ドカ雪が昔は多かったですから、身動きできなくなってしまうともうどうしようもありませんよね。
かく言う私自身も、撮影ではありませんが羽幌線で玉砕寸前の憂き目に遭った思い出があります。

投稿: N市のTさんへ | 2009年5月29日 (金) 01時06分

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