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2009年5月 2日 (土)

1992年晩夏・木次線

Img1992

木次線は、山陰本線の宍道と芸備線の備後落合を結ぶ山間のローカル線である。嘗ては陰陽連絡急行「ちどり」などが走った時代もあるが、現在では山越えに時間がかかり、交換などでもチョコチョコ停まる同線はもはや高速バスの敵でもない。

1992年晩夏に訪れた当時の映像を振り返りたいと思う。

上の写真は、出雲坂根駅を出発する旧型ディーゼル・キハ52 128。同車は、大糸線のキハ52が塗装変更するまでは、「最後まで旧塗装を残した車両」として、全国的に有名だった。

出雲坂根と言えば、有名なのは3段式のスイッチバックだろう。現在では、定期的にこのスイッチバックを通る列車は3往復だけだが、近年、観光列車「奥出雲おろち号」が走るようになって、少し活気を取り戻した感がある。

下の3枚は、キハ52当時の上り列車・548Dの出雲坂根付近での映像である。

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山から下りてきたキハ52。この映像では判り難いが、ここの勾配はかなりきつい。

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坂を下りきって、出雲坂根駅で一息つく同列車。当時既にワンマン運転だったが、運転手の「エンド交換」はなく、窓から顔を出して下り坂をバックしていた。

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出雲坂根で再度向きを変え、宍道方面へ降りていく。この写真を見ると、右側のスイッチバック線がかなり急勾配であるのがお判り頂けると思う。

この出雲坂根では、もう一つ有名な名物、「延命水」がある。

Img1992_2

山からの自然の湧き水は、何年経っても涸れることがなく、現存しているのは喜ばしいことだ。湧き水だから飲用するのに料金が要る訳でもなく、格好の“土産”であろう。私も飲んでみたが、夏でも冷たく、そして湧き水独特の僅かな甘みがあって、大変ウマい水であった。

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この当時、既に木次線にもキハ120が入り始めており、スイッチバック越えする仕業も含めて旧型気動車を脅かす存在になっていた。出雲三成での、新旧列車の交換風景。

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また、当時はまだ木次線ではタブレットが現役であり、新型気動車には不似合いなタブレットキャリアの受け渡し風景も見られたものである。これも、出雲三成駅にて。

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地味な存在ではあったが、キハ52 128とキハ120で補えない仕業は、キハ53が担当していた。昼間時の出雲横田までの仕業の他、朝は学生輸送の増結車としても活躍していた。これらの車両は全てワンマン化改造を受けており、木次鉄道部に残っていたキハ52 651(神話塗装と呼ばれる独特の塗装をまとっていた)は、ワンマン運転に対応していないため、末期は殆ど使用されることはなかった。この写真は出雲三成~亀嵩にての、545D。

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木次線でのもう一つの名物、亀嵩(かめだけ)駅の「駅舎内にあるそば屋」。そば屋はちょうど写真の駅名標の裏、木枠の一升瓶の通い箱の向こう側にある。国鉄時代から、予め駅の店に電話しておけば、通りかかった列車に出前してくれるサービスは好評だ。私は行程の都合から、そば屋の店内で食したけれど、黒くて太目のそばは、歯ごたえもあって大変美味だった。

陰陽連絡の役目は、残念ながら完全に他に譲ってしまったけれど、スイッチバックや話題のそば屋などの活躍で、これからもローカル線としてでよいから生き延びて欲しい。「奥出雲おろち号」などの新しい目玉もあることだし、著者としてもお奨めのローカル線である。

尚、「木次線」として、N市のTさんにコラボさせて頂きました。

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コメント

こんばんは。
立体的で風光明媚なローカル線にはやはり国鉄色が似合いますね。
対してキハ120は何かしっくりきませんね・・・
どうも田舎の風景にマッチしていないように思えてしまいます。
気持ちの問題なのでしょうかね~??
それにしても木次線、いいところですね。

投稿: vanagon714 | 2009年5月 3日 (日) 03時00分

コラボありがとうございます。
やはり国鉄色が似合いますね~。
比較するとキハ120は変な塗装ですね~。

当時は構内の庭木も綺麗に整備され美しいですね。
今は荒廃して駅が死んでいますね。

投稿: N市のT | 2009年5月 3日 (日) 18時02分

>vanagon714さんへ
こんばんは。
どう見ても、キハ52の塗装の方が付近の風景に似合っていますよね。
「近代的」なことを強調しようとして、形状だけでなく塗装も変えてみたJRの心意気は理解できますが、あまりに日本の風景には場違いな色の組み合わせですね。

気動車の塗装に関しても、「湘南型電車」とほぼ同様に、4つある案からあの塗装が選ばれたと手元の資料に書いてあります。塗装の簡略化に伴い、のちには朱色だけが残ったのはご承知の通りですが、それでもこの不釣合いな塗装よりは朱色の方が似合うように思いますね。

あれこれ、いちゃもんはつけ始めればキリがありませんが、木次線自体は風光明媚で、また大変のんびりした景色の沿線です。お時間がある時には、是非お薦めの路線です  (^ ^)

投稿: vanagon714さんへ | 2009年5月 4日 (月) 00時45分

>N市のTさんへ
vanagonさんへのコメントと重なってしまいますが、キハ120の塗装、どうにもしっくり来ません。色彩としては、緑と黄色がベースになっていますから、ある程度は日本の風景に合わせようとしたのかも知れませんが、何か「場違い」な雰囲気が拭い切れません。
いっそ、キハ120もキハ52と同じ塗装と塗り分けにしていれば、少しは風景に融合していたかも知れません。

撮影したのが、民営化されてから5年後と、まだまだJRがローカル線の経営を切り捨てていない時代でしたので、各駅では構内の植木や花壇などにも手入れが行き届いていたように思います。

現状は、Tさんのブログでしか知りませんが、自分が撮影した頃より随分荒れているように感じます。
合理化で無人駅が増えていますから、その犠牲になっているとしたら誠に残念なことです。

投稿: N市のTさんへ | 2009年5月 4日 (月) 01時03分

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