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2009年4月 9日 (木)

上越線渋川・水上近辺撮影紀行(1・2日目)

1日目(4月8日)

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桜花爛漫の候、との言葉があるかどうか知らないが、何しろこんな良い時期に撮影旅行に出られることを幸せに思う。(因みのこの写真は、往きの新幹線から撮った。)

朝一番から15時前の勤務を終えて、家で一休みしてから出発する。尤も、1日目は撮影地付近の宿まで行くだけだ。

自宅からバスで地下鉄駅まで出ると、駅で営業所長が「放置自転車撲滅」のポケットティッシュを配っていた。何で旅行に出てまで所長の顔を拝まねばならぬのだ。

ともあれ、地下鉄・JR中央線・新幹線と乗り継いで、夕餉時に東京へ着く。上越線列車の始発駅・上野へ向かう途中で夕食を済ます。上野からは

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これで終点の高崎まで。国鉄然とした方向幕が嬉しい。更に高崎からは

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この鈍行列車で宿泊地の渋川へ向かう。それにしても、この方向幕のローマ字の長さは、ちょっと特筆に値するような気がする。

渋川には予定より少し遅れた22時06分頃着。早速宿へ向かうが、道を間違えて宿が見つからず、知らない夜道を10分近く彷徨ってしまった。宿へ入ると、一方的にフロントは閉められており、「チェックインの済んでいない方は、キーに書かれた名前をご確認の上、自由に部屋へお入りください」と私の名前の貼られたルームキーが置いてあった。おおらかと言うか、ぞんざいと言うか……。

2日目(4月9日)

旅行へ出ると寝坊ばかりの私だが、列車本数の少ない地域へ赴くので、珍しく6時台に起きる。渋川7時35分の水上行きで、終点まで。ガラガラの車内を想像していたが、115系の6連で、車内は高校生で一杯だった。座るのがやっと。高校生らは、沼田と後閑で全て降りた。

水上から長岡行きに乗り継ぎ、まずの目的地は

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↑ここ。乗車券も名古屋からここまでのものにしてある。駅から歩いて30分ほどの所に、まずまずの撮影地がある。真冬にそこへ来たら、途中から除雪されていなくて、撮影地に辿り着けない情けない思い出を残した地だ。そのリベンジという訳。だが、4月の上越国境を甘く見てはいけなかった。撮影予定地へ行くと

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途中からこう云う状態だったのだ。然し、そう何度も同じ所へ来たくないし、雪はかなり溶けているから、何とか撮影地まで入れそうだ……でも、普通のスニーカーしか履いてない身には辛かった。息が上がるくらい大変な思いをして、やっと三脚を構える。

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日頃の運動不足もたたっているが、それにしても4月の本州で、ここまでの状態になるとは想像していなかった。読みが甘い。

下り普通列車と上り貨物を撮っただけで、半日が過ぎる。

12時15分の上り水上行きでここを去り、水上でまた乗り換えて、今度は一駅だけ乗った上牧で降りる。撮影地ガイドにいい場所があると書いてあったのだ。

ところが、20分歩いて辿り着いた「撮影地」は山の急斜面を登っていかなければならない。ガイド本には「小高い丘を登れば撮影地」とあるが、そんな甘っちょろいものではない。途中まで登ってみたが、坂がきつく危険だ。それに登りは出来ても、降りる時に降りれない恐れがある。電柱に登った猫と同じ状態になる恐れがあるのだ。結局ここは諦め、少し戻った所から、民家の土蔵の裏を過ぎて線路へ登れるケモノ道を見つけ、ここから線路へ上がってみることとする。

線路際から勝手に撮るのは危険だから、上下線がたまたま離れているのをいいことに、その隙間から撮ることにした。景色としては

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こんな感じになる。ここはトンネルの入り口のちょっとした丘を登ったところ。具体的には

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写真のフェンスのある所から三脚を構えた。線路を横断したのは我乍ら褒められないが、ここで三脚なら、お叱りには至らないだろう。1時間ほどで辞す。

戻る途中で、薬師如来堂の看板を見つける。

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奥のお墓のようなのが薬師様のお堂らしい。こう云うところでは、薬師様も大切に祀っている。好感が持てるし、いい気分になる。

午前の雪道歩行と、ここまでの歩行でかなりクタクタになりながら、上牧の駅へ戻る。

今日は敷島駅で降りて、まだ、もう一箇所撮影を予定している。既に16時近いが、日が長いので頑張って「もう一箇所」に行くこととする。この敷島駅から徒歩20分の撮影地は、大した場所でもなかったので割愛するが、カメラを構えていたら同業者らしきが車を横で止めて「今日は何か特別な列車とか、回送とかがあるんですか?」と聞かれる。先程、土樽駅で保線工事をしていた人があり、その人に尋ねたところでは18時過ぎに工臨があるだけだとのこと。その旨を伝えると、「何だ」という顔をしてその人は立ち去った。

18時過ぎの列車で、渋川へ戻ってくる。

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私にしてはかなり歩いたので、疲れた。ヤレヤレである。

投宿し、今度こそちゃんと宿泊料を払い、荷を解いてから夕餉に出る。

喉がカラカラだ。食堂で早速ビールを注文したが、誰に頼まれたわけでもないのに一杯目のビールは一気飲みになってしまった。如何に喉が乾いていたかがお判り頂けるだろう。と共に、如何に普段、運動不足かなのかも。

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コメント

上越出撃お疲れ様です。
さすが豪雪地帯だけあって、まだ残雪があるのですね。ビックリしました。

小高い丘もT爺さんならスイスイ登っていくのでしょうが、日頃運動不足の我々にはちょっとキツイですね。

天候もいいようなので大いに寛いでストレス解消して下さいね。

投稿: N市のT | 2009年4月 9日 (木) 21時56分

>N市のTさんへ
残雪は、予想以上で、本当に甘く見ていた自分が情けないですね。ただ、4月1・2日に寒の戻りで積雪があったと、工事のおっちゃんが言っていました。その影響もあったかも知れません。

T爺さんとは撮影をご一緒したことが無いので、どれくらい健脚なのかは存じません。でも、カメラバックに三脚バック、背中に小さなリュックサックのスタイルでは、T爺さんでも躊躇されるような急坂&狭いケモノ道だったと思います。

明日は、今日よりはゆったりした予定を組んでいます。元気があれば、明晩、またアップします。疲れて死にかけていたらアップは帰宅後になります (^ ^;;; 

投稿: N市のTさんへ | 2009年4月 9日 (木) 22時35分

出撃お疲れ様です。
まだ雪が残っているとはさすが上越ですね。
こちら札幌地方ではほとんど雪は見られなくなりました。
ちょっと春らしくなってきました~

複線の間からの写真ですが、手前の緑と奥の残雪を頂いた山並みが
いいコントラストですね。
こういうの大好きです(^^)

投稿: vanagon714 | 2009年4月11日 (土) 05時06分

>vanagon714さんへ
雪に関しては、除雪していない所なので多少の心配はしていましたが、「今年は暖冬だったから、大丈夫だろう」とタカをくくったのが墓穴を掘りました。まだ50cmくらい雪は残っており、場所によっては膝まで雪に埋もれました。トホホです。

複線の間からの写真、撮影地ガイドどおりに山に登っていれば、ケーブルが山にかからずもっと綺麗に写せられたらしいです(ガイドブックの見本写真は、そうなっていました)。
私なりに工夫して、稜線にケーブルがかからないように写しましたので、後日の結果ご報告をお待ちください。

投稿: vanagon714さんへ | 2009年4月11日 (土) 23時07分

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