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2009年2月24日 (火)

ケチか美徳か

Dscn

いつものように小さい写真なので判り辛いかとも思うけれど、ゴミの入った袋の写真である。ゴミの写真をわざわざアップする人間も珍しいでしょうなぁ。

本題はゴミにあるのではなく、その外側のゴミ袋なのであるが。

ブルーの文字で印刷されているこのゴミ袋、名古屋市ご在住の方ならご存知の向きも多いと思われるが、名古屋市指定の「資源ごみ」回収用ゴミ袋なのである。これは、小さい20リットルタイプのもの。紙資源ゴミとプラスチック資源ゴミは、この袋で出す。

2005年に「環境万博」とさえ言われた『愛・地球博』が開催されるに当たって、名古屋市はゴミの徹底分別化を決めた。そのお陰で、こんな再資源専用のゴミ袋もあるのだ。私の住んでいる辺りは、毎週火曜日が資源ごみの回収日で、昨晩の内にこのゴミ袋を出そうかとも思ったのだが、まだゴミをぎゅっと押し詰めれば、もう一週間分くらいのゴミは入りそうなので、出すのをやめた。一人暮らしだから、出るゴミの量もコンパクトなのだ。

名古屋人はケチだと言われるけれど、私に関して言えば大いに当たっている。

このゴミ袋も、50袋が一纏めになったものを幾許かの金額でスーパーなどで買わなければならない。だから、あまり無駄遣いしたくないのだ。ゴミ袋でさえケチるのだから、ケチと言っていいと自分では思っている。

でも、違う言い方をすれば、1つの袋を大事に使うとの見方も出来る訳で、そうなるとこの「ケチ」が「美徳」に昇華してくる。そもそも、ゴミとして捨てられるものを再資源化しようとするためのゴミ袋なのだから、使われるゴミ袋の数も少ない方が好ましいだろう。スカスカの状態でも1袋のゴミ、ぎゅう詰めにした状態でも1袋のゴミなのだ。

かような次第で、私はいつもぎゅう詰めになるまで、資源ごみを出しに行かない。これをケチと見るか、美徳と見るか、勿論各々のご勝手ではある。

ただ、よくよく考えてみると、ケチと美徳も表裏一体なんですな。っと、ゴミ袋一つで大層な考察をしてしまった。

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