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2009年1月 3日 (土)

とある偶然

Dscnh772rf125

12月30日から5日続いた勤務がやっと終わり、ちょっと一息ついているところである。

明日は休みなので、今晩は今年初めて実家で夕食を食べ、新年を祝うことになっている。だから今日の仕事が終わるまで、本当の気持ちを書くと、新年が来た気分など味わっている余裕も無かった。こんな年始は今年限りにして頂きたいものだ。

ところで。

私たちがよく出入りするHヶ丘に、小さなバスの操車場がある。バスが20台程度止められるだけの、本当に小さな操車場だ。

ここに、昨年12月19日に「新車搬入」の記事で書いた、お役御免の2台のバスが仮留置されている。私たちの車庫は狭くて廃車予定の車を置くスペースもないので、廃車のための処置をされると、よくここの操車場に仮留置される。写真一番手前が「私が3年間担当車として乗った」と書いた、社内番号H772号車である。もう、ナンバープレートは外され、いつでも赤ナンバーをつけて引っ張られていける状態だ。

手前側2台は私たちの車庫の車なのだが、何故か今回、他車庫の廃車車両も持ち込まれている。写真一番奥の車で、バス好きの方ならお判りだろうが三菱ふそうの車である。社内番号はRF125。理由はよく判らないが、まだ緑ナンバーがついたままになっている。

RF125号車は、基幹バスとして走っていた車をリフレッシュして、一般車に改造したものである。記号の「R」とは、リフレッシュの略だ。「F」は三菱ふそうを指す(その昔、「民生」と云うメーカーがあったため、三菱は「M」を使わない)。基幹バスとして走っていた時は、KF125が社内番号だった。

そしてこのKF125とは、私の見習い時代の師匠(指導役の運転手)が、担当車として新車で貰われた車である。つまり、『15年前の師匠と見習い』の担当車同士が、奇しくも現在同じ場所で廃車回送を待っているのである。

私の師匠は、もう定年を迎えられ、昨年春でOB乗務員も引退された。だから、ご自分が貰われた当時の新車が今どうなっているかなど、ご存知の由もないだろう。

師匠とは、年賀状だけではあるが、今も音信は続いている。元旦の日に、ちゃんと師匠からのお年賀も頂いた。勿論私も出した。でも、このことはつい最近になって起きた出来事なので、年賀状にも記していない。

この写真をきちんとプリントして、なるべく近い内に師匠に手紙で送ろうと思っている。こんな偶然が起きていますよ、との言葉を添えて。

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コメント

思い入れのある車両が引退していなくなるのは淋しいですね。
RF-125はあちこち移動していましたね。
最後はうちでした。さすが基幹で慣らしただけあって良く走る車でした。
転属してすぐ夜にこっそり乗って行ったらマニアの坊に見つかって古出来町でピカーッ、ピカーッと2発喰らいました。
まだまだ使えるので何処かの街で走るのでしょうね。

投稿: N市のT | 2009年1月 3日 (土) 19時42分

>N市のTさんへ
今回は、思い出の車両が2台同時に引退することになり、私としても色々な意味で寂しさが胸を去来します。特にRF125は師匠の最後の新車でしたから、これが廃車になれば師匠との思い出もある意味で一つのピリオドと云うことになります。

RF(KF)125の履歴、私が覚えている範囲では次のようになると思います。
N古野→J心→N川→J心→Tさんの車庫→私の車庫→Tさんの車庫
記憶違いがありましたら、ご訂正ください。私が見ていた範囲では、こんな動きだったと思うのですが。
どこかの町で、第2の人生を歩む姿を見られればと思います。

投稿: N市のTさんへ | 2009年1月 4日 (日) 15時57分

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