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2009年1月24日 (土)

信越本線長岡付近撮影記+ガーラ湯沢

過日お伝えしたとおり、長岡方面の信越線撮影に出掛けた。簡単にだが、軌跡をご紹介しようと思う。

1月21~22日

21日の仕事を終え、洗濯だの諸々の家事を済ませて家を出る。要は下り最終の新幹線と、それに接続する新潟行きの列車に乗れればそれでよいのである。

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最下段ののぞみが、最終の下り列車になる。これで京都まで赴き、京都駅ホームで日付変更線を迎える

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この列車に乗るわけだ。名古屋も京都も雨だったが、ホームに覆われた私には彼岸の話であった。

寝台列車に乗車して、30分くらい車掌の検札を待ったが一向に来ない。もう眠くなったので、とっとと着替えて寝台に横になった。眠りにつきかけた頃、車掌の「京都からご乗車のお客様、乗車券を拝見致します」の声が聞こえたが、殆ど脳みそは寝ていたので無視する。12月の旅行記でも書いたけれど、JR西日本の車掌って本当に何を考えているのだろう。寝台列車なら、京都を出て少なくとも10分以内に検札に来るのが礼儀と云うものだろう。もう一度「寝台のお客様、お休みですか」と声がしたが、不愉快さも相俟って無視を貫いた。レチ氏の声もそれきりだった。

さて、きたぐに号の寝台券は、翌朝8時10分の新津までにしてある。目覚ましはかけなかったが、うまい具合に新津到着20分くらい前に、自然に目が覚めた。仕事の時はいつも遅刻寸前にしか起きない癖に、こう云う時は器用に目が覚めるもので、我ながら感心する。

その新津のホームへ降り立って初めに出迎えてくれたのが、この列車。

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ご存知トワイライトエクスプレス、上り(大阪行)列車である。新津の正規の発車時刻は4時40分だから、団体専用の臨時仕立ての運行らしい。

薄ら寒いホームで菓子パンの朝食を食べ、折り返し羽生田行きの列車で、隣の古津駅まで向かう。駅付近の踏切から、下り列車がいいアングルで撮れると、サイトに書いてあったのだ。ここで、10時半頃の貨物列車まで粘っていた。

続いて、また一駅戻った矢代田へ行く。大したアングルがある訳ではないが、自分なりの「絵」が作れないかと思ったのだ。

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こんな感じで狙ってみたが、結果はどうなっていることやら。全体的に、新津に近い方では積雪が少なく、長岡に近付くほど積雪が多かったようである。

天気はそれほど良くなかったが、この後、更に一駅戻った田上駅付近でまた少し撮ってみる。一時的に日も射して、まあ悪い印象ではなかった。愚図愚図撮るうちに早くも夕暮れの帳が下りてきたので、この日の撮影はこれで終了。

1月23日

朝は結構ゆっくりしていた。出発したのは9時06分発の新潟行で、である。ただ、私は2駅乗っただけの押切で降りる。駅から少し長岡寄りに、田圃の広々とした場所があり、ここを狙って降り立ったのである。

駅からすぐに細い流れがあり、橋を渡っていると水鳥の鳴き声がする。鳥好きの私は敏感に反応し、彼らの写真を撮っておいた。

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かなりの数いる。それにしても、この寒いのに平気で水に浸かっている彼らの神経が判らない。思わず立ち止まって、「あんたたち、寒くないの? 風邪引かないの?」とついつい声を掛けてしまう。こんな所でも、一人上手をしている。

天気予報では、「朝は曇りで昼から雨」とのたまっていたが、ここにいる間は日も射し、気分的にまずまずであった。

1時間ほどでここを辞し、今度は保内駅まで向かう。駅付近の長岡方・新津方、どちらにも絵になりそうな場所があるように思ったからである。結果的には、長岡方の方は何とか絵にできたが、新津方の方は煮ても焼いても食えぬ状態で、かなり苦労して一つのアングルを作り出した。うまく撮れていたら、後日の「結果ご報告」でアップする予定でいる。

保内駅辺りで結構ゆっくりしたから、戻りにかかったのは13時52分発の列車になった。

さて、次に降りる駅は今回の旅行で最後の撮影地になる。降りる駅の候補は2つあって、気分が向いた駅で降りようと思った。この辺りは新潟近郊圏で電子マネーの代名詞になっている「Suica」が使える。私はSuicaは持っていないが、これと互換性のあるJR西日本の「ICOCA」を持っている。降りる駅が定まっていないから、このICOCAで入場した。こう云う時、カード式の乗車システムは便利だ。

結局は、帯織で降りることにした。駅近くで、車窓を神社の鳥居が掠めたからである。私も以前よりは歳をとったのか、こうした歴史的な構造物と列車を組み合わせた写真に興味を覚えるようになった。で、車窓から眺めた感じでは、何とか列車と絡めた写真になりそうなので降りることにしたのである。

帯織付近では、長岡寄りへ2キロほど歩いた地点が「お立ち台」として非常に有名だが、私はわざとそれを無視し、反対側の新津方面へ歩き始めた。10分も歩かぬ内に、先程車窓を掠めた神社へ到達した。

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神社自体は大きなものでもなく、誠にひっそりしているけれど、私にはそれが却って好印象に思えた。神社の外と中から、2~3枚ずつ撮ってみたが、さて、結果は如何に。それはいいとして、15時くらいから冷たい風が非常に強く吹き始めた。下手すれば、雨も降り出しかねない様相である。幸い私がここにいた16時過ぎまで、雨粒は落ちなかったけれど。天気予報が外れたのはよろしいことだ。帰路はその強い北風に吹かれながら駅へ戻り、17時過ぎの列車で宿のある長岡へ戻った。

1月24日

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朝起きたら、今度こそ天気予報の通りになっていた。「明日はぐっと冷え込み、一日中雪となるでしょう」と言っていたが、本当にその通りだ。

さて、今日は撮影の予定はない。帰りがてら、かねがね気になっていた「ガーラ湯沢」へ赴こうと思ったのである。

まずは上越線の

Dscn_7 この列車から出発する。9時49分発・土日休だけの臨時列車である。5両もつないでいるが、お目当て(だと思う)のスキー・スノボの客はなく、1両に10人ほどの客を乗せただけで終始した。越後湯沢、11時08分の定刻着。

「ガーラ湯沢」とは、鉄道ファンの方にしか通用しないと思うので、ちょっとだけ解説させて頂く。

越後湯沢駅から2キロほど離れた場所に、JR東日本が開発した「ガーラ湯沢スキー場」がある。ここへのアクセスのために、冬季だけ上越新幹線の越後湯沢駅から、営業キロで1.8キロのガーラ湯沢駅まで、新幹線列車を乗り入れさせるのである。走る車両は新幹線電車だが、在来線という扱い。それはいいとして、困ったことにこの区間は営業期間の冬を終えると、時刻表の巻頭地図からも消えてしまうのである。

私は2003年の8月に、南武線・浜川崎支線を最後にJR線を完乗した。然し、季節的とは言え時刻表の巻頭地図に掲載される線に乗っておかないのは、「完乗」を謳うものとして気にかかる。単に季節列車の運転される臨時線と扱うなら乗らなくてもいいが、何ともすっきりしない。そんな気分のまま何年か過ごしてきたのだが、過日、私鉄をも全線完乗した職場の同僚にここに乗ったかどうかを訊ねると「乗ったよ」との答え。氏の完乗基準も、私の考えに近く、「時刻表の巻頭地図に載っていれば乗る」とのことであった。それで、折角この近くへ来たからとて、今回の旅行の帰路を利用して乗ろうということにしたのである。

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話が長引いたが、11時08分に着いて、次のガーラ湯沢行は11時22分発。中々の好接続である。少し新幹線ホームで待つと、案内放送が鳴って上越新幹線の車両が姿を現した。

乗ってしまえば僅か1.8キロだから3分で着いてしまった。敢え無く「全線完乗」のための乗車は終わった。

ガーラ湯沢は本当にスキーヤーのための駅らしく、改札を出ると目の前に飛行場のような広い「リフト券・レンタルスキー、スノボ貸出し」のカウンターがあるだけで、あとはスキー場へ直結する通路があるだけのようであった。完乗以外の目的で鉄ちゃんが訪れるところではないなと思った。更に驚いたのは、飲料の自販機。

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値段をよくご覧頂きたい。通常120円の缶コーヒーなど、全ての飲料が通常価格より30円増しなのである。益々、鉄ちゃんが来るところではない。然し折り返しの列車にはちょっと時間がある。ここで持参のパンと、缶コーヒーで昼食をと考えていた。まあ、150円の缶コーヒーもそうそう飲む機会もないかと思い、結局は予定通り、ここの自販機で缶コーヒーを買った。

パンを食べ終わり少しすると「東京行き、たにがわ410号の改札を致します……」と案内放送が入った。ここから東京までの新幹線自由席特急券は既に買ってある。スキーに縁のない者は、とっとと立ち去った方が良さそうだ。

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LEDの方向幕だからちょっと写真写りが悪いが、兎に角これで東京へ出て、更に東海道新幹線に乗り継いで、後は帰るだけである。

幸い雨には降られなかったし、豪雪で列車が止まるようなことにもならなかったし、一駅間だけだけど乗ったことのない線にも乗れたし、まあまあの首尾だったかな。贅沢を言い出せばキリがないし、こんな気休め旅行も良かろう。

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コメント

信越方面出撃お疲れ様でした。
最近は合理化で車掌も1人しか乗っていないのではないでしょうか??
それで検札に時間がかかって30分も来なかったのでは?
国鉄時代はグリーン車に車掌長、最後尾に専務、その他専務が乗務していて3人の車掌が手分けして検札していたので、素早く終わりましたね。

西日本の車掌には私も2回程「銀河」でやられました。
車両の真ん中辺を指定して取るのですが、名古屋以前で乗車した客に売ってしまって結局真ん中からズレたところに寝ることになりました。思わず「バカ者!」と言っていました。
閑散期で車両に私しかいなかったので名古屋まで暖房が切ってあって、あわてて「今暖房を入れます」なんていうのがありました。

ガーラ湯沢で「完全踏破」ですね。
私も7~8年前に乗りに行きました。
「きたぐに」~北越急行~越後湯沢と乗り継いで、この後新潟に行って新潟交通と磐越西線のD51と蒲原鉄道に乗りました。

投稿: N市のT | 2009年1月25日 (日) 10時57分

>N市のTさんへ
合理化で、車掌が一人乗務なのは判ります。でも、きたぐにの場合、寝台車は4両しか連結しておらず、京都から乗車した人間はそういませんでしたから、30分以上検札に来ないのはちょっと時間のかかり過ぎだと思います。
不正乗車の多い自由席から検札をするとの説もありますが、国鉄時代ならそういう「イジメ的」なことも度々あったように聞いていますが、民営化した訳ですから、高い料金を払っている寝台客から検札するのも一つの礼儀のように思うのですが。

新潟交通と蒲原鉄道、何れも過去の乗り物になりましたね。ローカル私鉄くらいは乗車しておくべきだったなあと、国鉄偏重の自分をちょっと反省しております。

投稿: N市のTさんへ | 2009年1月25日 (日) 22時07分

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