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2008年12月 5日 (金)

名鉄パノラマカー1190レ乗車記

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……乗車記なんですが、初っ端に恥を忍んで、とんでもないものをご披露しております……。

魚澄庵庵主、3歳の時の写真である。3歳にして既に、これだけブリキの電車のコレクションをしていたんですな。我乍ら筋金入りだなぁと思うのだが、そのコレクションの中に、しっかりパノラマカーも入っているのだ。やっぱり子供心にも、パノラマカーは憧れの存在だったということだと思う。

さて、この写真はどうでもいいので、先へ進む。

いつもコメントを下さるN市のTさんに「なくなってからでは遅いですよ」と言われ、公休日の今日、とうとう7000系パノラマカーに乗りに出掛けた。定期運用は12月26日で終了してしまうから、思い切らなければ一生後悔しそうな気もして、雨の中を出掛けたのであった。

タイトルにした1190レは、岩倉を10時47分発車、終点・東岡崎には12時29分に到着する普通電車である。2時間弱の間、最後の眺めと乗り心地を楽しもうと言う魂胆である。

以下は、写真と簡単な説明で、文章はなるべく略させて頂く。

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岩倉駅3番ホームに入ってきた1190レ。方向幕の中にこの行先はないそうで、前頭板をつけての入線である。

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早速車内へ入る。先頭席は同業者に取られてしまったが、何とか前から2番目の席を確保。車内の番号表示を写しておく。「N市のTさんのブログ」にあったのと同じ、白帯入りの7011F編成であった。

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発車して20分ほどで名古屋へ。地下へ潜る下り坂の途中で、対向の岐阜行き電車とすれ違う。

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名古屋を出ると、またすぐに地上へ。雨脚が強くなってきた。

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シャッターを押すのが遅かったが、金山では別のパノラマカー編成が留置されている横を通り過ぎた。

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金山から神宮前へ向かう途中、JRの熱田駅付近で、嘗ては「パノラマカーのライバル」とさえ言われたJRの元新快速用電車・117系が車窓にちらりと見えた。

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本星崎駅での1コマ。ワンマン運転用のミラーに写る、我が7011F編成。

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鳴海駅では、二本の列車に抜かれるため、小休止。反対側ホームの6000系電車とのツーショット。

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先頭車上部にある速度表示計。普通だから中々速度は出せないが、最高で90キロまで数字が上がった。まだまだ健脚なのだが……。

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豊明では、あとから来た後輩の2200系による快速特急に道を譲る。

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新安城で停車中、ふと横を見ると、嘗ての座席指定車の証・席番表示がしっかり残っていた。

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駆け足で辿ってきたが、とにかく12時29分、定刻に終点の東岡崎へ到着。雨の中、傘をさした作業員が前頭板を外して、1190レとしての運用は終了である。お疲れ様。

因みにこの電車、このあとは豊明に回送されて、夕刻のラッシュ時間帯にまた活躍するそうだ。

***

「これで最後」のつもりで乗りにきたのだから、もう7000系のパノラマカーに乗ることはないだろう。それでも普通電車としての運用だから、のんびり乗れてよかった。多分、今日のことは一生忘れないと思う。私にボケが来て、過去のことを一切忘れないかぎり。

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コメント

おさかなさんにもこういう時代があったのですね。
当時札幌に居た私には正に新幹線は「夢の超特急」でした。
もっぱら「乗り鉄」だった私は市電のDに乗るのが好きで電車をやり過ごしてDが来るまでずっと待っていました。
今思えば母親もよく付き合ってくれたものだと思います。

7000系に出撃したのですね。私も休みだったので一声掛けて下されば良かったのに。
昨年から今年にかけて私も「抵抗勢力」の攻撃にもめげず、58系の撮影・乗車に少々無理をしましたが、出撃しました。
やはりなくなってからではなんともなりませんからね。
SL時代からの、「なくなるものへの執着」ですね。

「三つ子の魂百まで」と言いますが鉄からは一生抜け出せませんね。「抵抗勢力」には理解し難いようですが、仕方ありませんね。

投稿: N市のT | 2008年12月 5日 (金) 21時44分

>N市のTさんへ
実は隠していましたが、私にもこーゆー時代があったんです(隠さなくたって、誰だってこーゆー時代があったことぐらい判りますよね)。まあ冗談はともあれ、3つ子の魂で現在に至っております。

M山区に在住時、瀬戸線の電車にパノラマカーと同じ警笛の鳴る車両がありました。当時の瀬戸線は、赤・緑・茶の3種類の色の電車があり、その内、最小勢力の赤色電車だけが、その警笛を鳴らす装置をつけていたようです。あの写真を撮るため実家へ行くと、母が「あの赤い電車が来ると、キチガイみたいに喜んでいたね」と笑っていました(現在は本当のキチガイですが)。近所の市場へ行くのに必ず瀬戸線の踏切を渡らなければいけないのですが、私は電車が来ないと絶対に踏切を渡ってくれなかったそうです。私の母も、よく付き合ってくれたものです。

Tさんもお休みとは存じませんでした。当然、強制○廃か5号当務と思い込んでいたので、お声もかけずに出掛けてしまいました。残念!

投稿: N市のTさんへ | 2008年12月 5日 (金) 23時42分

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