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2008年11月 7日 (金)

不眠症その後

Dscn

今日は仕事の都合でとんでもなく遅い時間にしか帰れなかったから、シャワーを浴びてこれを書いているのは、もう1時を過ぎている。眠い。でも、これは私の気晴らしも兼ねているので、そうおいそれと「今日はやめ」と云う気にはなれない。

でもって、と。今「眠い」と書いたけれど、そして、本文記事には直接書かなかったかもしれないけれど、頂いたコメントのお返事には書いた覚えがあって。8月の末ごろからとうとう不眠症に陥っていたのであった。

仕事が多忙を極めたのが原因なのは明らかだ。それに加えて暑さも加わり、夏の終わりには、なぎら健壱さんの「悲惨な戦い」よりもっと悲惨な状況になっていた。2~3日続いた不眠症なら今まで何度か経験したけど、まるっと2ヶ月、断続的に眠れない晩が続いたのは生まれて初めての悲劇である。当然、睡眠薬も複数種、医者から処方されていた。

この仕事のドンちゃん騒ぎ以降、私は一々自分の体調なども乗務手帳にメモしていて、それによると一睡も出来ずに出勤する羽目になったのが、何と15晩もあったのだ。翌朝早い出勤の時ほど、気持ちに焦りが加わるから寝られない。どちらにしても勤務時間が大幅に増えたのだから、体や心の緊張が仕事を終えて帰っても取れてくれない。それで、トータルするとこんな数字になってしまったらしい。

それが、5日ほど前から急に、何の前触れもなしに、睡眠薬を飲まずとも寝られるようになった。何と気分の楽なことか。これだけは、経験したことのある人にしか判ってもらえまい。

職場の現状を自分の心が受け入れてしまったのか、或いは先日書いたように7日から8人の新人さんが加わり多少仕事が楽になることが心を無意識に癒したのか。

どちらかは判らないが、緊張が解けたから眠れるようになったのは事実だ。自分の判らないところで、緊張の糸の張りが弛んだものらしい。

眠れる内は、なるべく薬に頼らないようにしようと思っている。

従って冒頭の写真の薬たちも、当分休業になるはずである。

有難い話である。

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コメント

眠れないという事は精神的なものでしょうね。
この仕事寝不足は辛いですからね。
かのT爺さんも眠れない時期があったそうです。
幸いにして私はいつも良く眠れるのでありがたいです。
先程も500系のグリーン車でウトウト居眠りをしてきました。

投稿: N市のT | 2008年11月 7日 (金) 20時21分

>N市のTさんへ
ありゃ? 文面から拝察するに、今日はお仕事ではないようで。例の0系新幹線でしょうか? ウラヤマシス。

それも選りにも選って、500系のG車までご乗車でしたか! 益々ウラヤマシス。

まあ、ともあれ医者にも「間違いなく精神的な理由で起きた不眠です」と言われています。でも、あれだけ肝が据わっていると思われたT爺さんでもそんな時期があったとは、ちょっと驚きです。何でもいいです。寝られれば。

投稿: N市のTさんへ | 2008年11月 7日 (金) 22時36分

T爺さんの頭が急に白くなったのもその関係かも知れませんね。
今日は天満屋から高速バスで高知入りし、「アンパンマンバス」に乗って来ます。

0系は昨日乗りましたよ~。
あのオルゴールを聞くとホロッときますね~。

投稿: N市のT | 2008年11月 8日 (土) 07時20分

>N市のTさんへ
0系新幹線のオルゴール……。そう言われてみれば、私も何年聞いていないことやら。もう一度聞いておきたかったですね、せめて記憶に残ってくれる程度でいいから。

おや、今日は「アンパンマン」ですか。九州やら四国やらと、お忙しい(?)ことで。私の方は、21日の仕事後まで、お出掛けはおあずけです。

T爺さんの件、折角ご本人が身近におられるので、今度お尋ねしてみます。悪気があって書く訳ではないですが、本当に「あの肝の座った人が」って感じがします。

投稿: N市のTさんへ | 2008年11月 8日 (土) 22時39分

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