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2008年10月20日 (月)

案内放送のデジ・アナ

Dscn

私たちのバスの、案内放送用モニター画面である。今では、全車の案内放送がデジタル化されて、こうしたモニター画面が案内放送に従って内容が変わっていく。また、運行を始める前に、今日一日の行程を入力する時もこのモニターのお世話になる。

「案内放送のデジタル化」ということは、つまりテープでの案内放送ではないことを意味する。案内放送の音声も合成の人工音声だ。テープのアナログ放送の車がなくなって、もう6~7年経つのではないだろうか。

随分贅沢な放送装置である。まだ8トラックのテープ放送のバスは全国至る所で走っているのに、私たちの職場はこんな便利なものに置き換わって久しいのだ。間違えて一つ先の案内放送を流してしまったら、逆戻し機能もあるから、それを使ってお客さんには「失礼しました。次は○○です」と一言訂正すればそれで済む。逆に案内を入れ忘れて一つ手前の放送を流してしまっても、ボタンを2度押しして、同じように肉声で一言訂正すればよい。

またテープ放送の頃は、行き先の異なる運用が混成していると、それぞれの行き先のテープを持って自分の乗務するバスまで辿り着かなければいけなかった。5本くらいのテープを制帽に入れて持ち、雨の日などはそれに傘までさしてなんていう苦労は、私たちの職場では過去のものとなった。

本当に便利な時代になって、有難い。

ところが、今日、ちょっとしたことがあって。乗り慣れた路線なのだが、お客さんから「××停留所は何個目だったかな」と言われた時、すっと頭に浮かばなかった。咄嗟に「えーっと2つ目……」と言ってからさいぜんのモニターを見たら、次の停留所であった。慌てて「あ、済みません、次ですね」とは言ったものの、これだけ乗り慣れた路線で、バス停の順序を間違えるとは!

思うに、便利になり過ぎて、モニターに頼る癖がついてしまい、頭の中で停留所の順序を忘れているのではないか。テープの頃は、きちんとバス停の順序も覚えておかなければ仕事にならなかったから、頭に叩き込んでいた。それが徐々に薄れてきてしまったのではないか。

便利になるとこう云うことが往々にしてある。人間は怠惰な動物だから、便利さにはすぐ頼ってしまう。極論だけれど、将来本当の老人になった時、物忘れが激しくなるという弊害がありはしないか? 物を覚えようと云う努力を知らぬ内に、どこかへ置き去りにしてしまってはいまいか?

些細なことかも知れないが、ちょっと気になったので、今日のお題目にしてみた次第である。

(註:写真のモニター画面は途中の停留所を示していますが、これは営業運転中に撮影した訳ではなく、このブログ用に、車庫で途中の停留所を表示させただけのことです。誤解のなきよう、後記を入れさせて頂きました。)

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バス・仕事」カテゴリの記事

コメント

今は便利になりましたね~。
押したらすぐ放送されるし、何回でも放送出来るし、どこまでいってるかモニターで見れますもね。

テープの時は、棚から選んで頭出しして、5本も6本も持っていきましたね。
T爺さんは優秀な頭脳を駆使して持っていく本数を削減していました。

途中で噛んで止まってしまったりもしましたね。
信号待ちで外して指で引っ張り出しましたね。

「おまたせしました・・・」と「次は・・・」が交互に入っていたので、停間が近い所(上山町~石川橋や桜山~広見町~滝子等)は通過の時は苦労しましたね。

今となっては懐かしいです。

投稿: N市のT | 2008年10月20日 (月) 09時47分

>N市のTさんへ
そうそう、棚からテープを選ぶことから乗務が始まりましたものね。頭出し専用の再生機もあったりして、それで早送りしたり。
運が悪いと、起点と終点を逆にしたままで棚に入れちゃう人がいて、それを早送りして、「頭」を出したりもしました。

っと、ここでもT爺さん登場ですか。あの方は、何かと頭脳明晰でいらっしゃる。そうか、組み合わせを変えれば、持って行くテープの本数は削減できたかも知れません。

そう言えば、N古野時代に「幹線18系統」と「18系統」のテープを全て間違えて持っていってしまい、食事まで全て肉声でアナウンスした情けない記憶もあります。
今となっては本当に懐かしく思います(苦笑)。

投稿: N市のTさんへ | 2008年10月20日 (月) 23時17分

高校生の頃、駅からうちの近くのバス停まで土曜日だけ時間が合ったのでよく乗っていたのですが「次は○○です」っていう音声がバス停近くになっても流れなくて「どうしよう」と思って思わず音声も流れていないのに降りますボタンを押した事があります。ドキドキしました。でも次も同じように流れなかったので、もう押す事にしました。降ろしてもらえないと困るので。まー、そのバスも結局今は走ってないんですけどね。貸切だったもんなー、仕方ないのかなー?友達の家に遊びに行く時も使っていたのに。同じ町内なのに友達の家まで、車で5分もかかるんですよ。田舎はつらい(涙)

投稿: ゆう | 2008年10月21日 (火) 14時05分

>ゆうさんへ
今は少なくなりましたが、以前はお客が明らかに地元客で、それも1人しか乗っていないような時だと、運転手がサボって案内放送を入れるボタンを押さなかった事がしばしばありました。
私はバスマニアでもありますから、そのような状況でも迷わず降車ボタンを押しますけれど、高校生だとちっょと勇気が要るかもですね。降ろして貰えなければそれは困るから、迷わずボタンを押しちゃいましょう。

田舎だと「町内」の範囲が広いから、同じ町内でも車で5分ってこと、あり得ますよね。でも、そう云う所で育った人は、精神的にワイルドになれると思うんですが。まあ、人それぞれなので、一概に決め付けられないですけどね。どっちにしても、田舎が辛いことには変わりないですね。

国鉄が民営化されずに国鉄のままだったら、今でもそのバスは走ってくれていたかも知れませんよ。民営化は弱者切捨て政策で、ロクなことはないですね。

投稿: ゆうさんへ | 2008年10月21日 (火) 23時02分

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